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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
9/110

第二楽章‐4:音は……

花岡小夜はなおかさよ


椿乃峰学園女子三年。

そして生徒会長。

ふわふわしているようで真面目な先輩として有名。

ただ、電脳世界では見とれるほど美しいと噂である。(いや…そんな……)

進路は電子警察へと既に決定している。


12時27分。

途中立ち寄った大型ドラッグストアで買った包帯や傷薬などを駆使した末、美咲は綺麗に応急措置された。

芦屋の達成感に満ちた誇らしげな姿は言うまでもなかった。

女子寮近くの公園にて、美咲と芦屋はレジ袋に入っていたアメリカンドックを食べていた。

「よかったー、まだ温かい!」

「……ですね」

芦屋の喜びの声に対し、美咲の声は蝋燭に灯る火を揺らすことさえできないくらい小さかった。

二人が座っているベンチのすぐそこでは子どもたちがボールを蹴って遊んでいる。

「さすがに二回唐揚げ棒買うのはナシかな、と思って変えちゃった♪」

「……ありがとうございます」

また呼吸を感じさせない声量の言葉が芦屋にとっては煩わしかった。

何故美咲がこんなにも小声で話しているのかも、本当は話したくないとさえ思っていることも、芦屋は十分に理解していた。

芦屋はふと気付かれないくらいの小さなため息をひとつ。

「ちょっとケガさせたくらいでそんなに騒いでたら一生騒ぐハメになるわよ?」

「騒いでません」

「そうだけど……」

芦屋は苦笑。

美咲が長めの誰にでもわかる大きなため息をひとつ。

「別にそんな酷いケガじゃないから気負いしないでよ」

「酷いじゃないですか!!」

芦屋の声は止まった。

初めて美咲が怒鳴るように返答したからだ。

強い音波が響き渡り、芦屋が軽く目を瞑る。

美咲は芦屋に向かって悲鳴でも上げるかのような感情で喋った。

アメリカンドックは紙袋の中に咄嗟にしまわれた。

「私の声は今までたくさんの人の心を傷つけてきました。最低限迷惑のかからないように生きても、先輩のように今でも人を傷つけてしまうんです!」

今にも泣きそうな声は震えながら、美咲は目を瞑った。

「私の音は目に見えない凶器です」

芦屋は少しの間返す言葉をなくしてしまった。

しかし反論することに間違いはなかった。

「あんた本当は自分を理解してないでしょ」

美咲は前髪の隙間からちらと芦屋を見た。

「今の怒鳴り声聞いても私の耳は何ともないのよ?ましてや私まで悲しくなったわ。あんた成績優秀なあの“音姫”でしょ?能力が凶器になるわけないじゃない!」

美咲が胸に手を当てて芦屋を見上げる。

「……自分の所為で人がケガしたら誰だって気負いするじゃないですか!」

「まぁ、能力には責任があるからね」

美咲は眉を困らせ、芦屋の顔を見た。

「『責任?何それ』って顔ね。」

芦屋は人差し指をピンと突き立て、

「例え隔離地区でも能力者である限り能力を使うのには責任を持って欲しいものだわ。人間の言動ひとつひとつに責任があるように、能力を使うTPOにも責任があるわ」

Time

Place

Object

時、場所、その目的、全てを考え承知した上で能力者は自分の能力の威力と範囲を考えて使わなければならない。

芦屋が《TPOくらいわかるわよね?》という視線を向けたので美咲はメモに《馬鹿にすんな》と書いた。(美咲曰く、書いてやった)

「いくら強くてすごい能力者でも、少しでも悪い事に使えばそれは犯罪になる。私は能力を良い事に役立てようと生きている人達を信じてこの生徒会に入ったの」

「………」

「もちろんあなたのためにも」

能力の良い使い方。

美咲にとっては今まで考えたこともないことだった。

音波の良い使い方とは、音波の悪い使い方とは、など考えたことがなかったのだ。

「………」

「きっと喋るだけで流れる音波が人に害を与えると考えてるのは美咲さんだけなんじゃない?」

芦屋は食べおわった木の棒をくるくると振り回していた。

美咲が隣で動揺して言葉もでないのを知りながら。

真上から少し落ちかけた太陽が春の公園を照らす中、美咲は時間が止まったように黙り込んでしまった。



* *



私の名前は美咲歩海である。

幼い頃から音に愛され、音と共に歩んできた。

母から多くの楽器と曲を教えられ、父から音が人体に与え得る影響を教えられた。

私が一言声を荒げれば、誰かが耳を塞いだ。

私が泣けば、誰かが頬に一筋の涙をこぼした。

父はそれを“能力”だ、と言い張り自分のことのように喜んだ。

自分だって私が怒った時に耳が聞こえなくならないように守る耳栓を作って使っているくせに。

私はそんな父が大嫌いだった。

でも母だけは耳栓なんてしなかった。

母は言った。

「音は扱う人の心と扱い方を間違えなければ世界中の人の心を感動させられる」

そういった。

今はまだ扱い方が粗くて人を傷つけてしまうとしても、いつかそんな事さえ忘れさせるくらいの音を与えられる。

学校の音楽の授業で私が活躍したことなんか一瞬だってなかった。

しかし、私の家ではそんな悩みを打ち明ける相手さえいなかった。

才能を喜ぶ父、音を愛する母、どちらにも言えなかった。

自分が音楽の授業で一切音を出さないこと。

もちろん最初はクラスのみんなと精一杯に歌いたかった。

ただ、気持ちがこもればこもるほどその音は荒削りの水晶のように人の心を突き刺した。

みんなが耳を塞いで悲鳴を上げた時、私は恐怖した。

次から歌う時、みんなが私を睨んだ時、確信した。



私はもう二度と歌わない。


いつのまにかクラス内では話し掛けられることすら危険であるとまで言われていた。

みんなが私を避けるようになった。

もはや私に逃げ場はなかった。

そんな時、何でも知っていたかのように微笑む母が前にいた。

母は教えてくれた。

「もし学校で困ったことがあったならば、音楽室のピアノを精一杯弾いてみなさい」

何も言ってないのに、何でもわかっている優しい微笑みはわたしの悩みをかき消した。

ある日、みんなが私を横目で見ながら噂する音楽室を、私は堂々と歩いた。

黒く大きなグランドピアノに向かって、真っ直ぐに歩いた。

授業が始まるチャイムの五分前、私は黒い椅子に腰掛け、鍵盤を叩いた。



* *



美咲さん?

…………………

「……美咲さん?」

芦屋が美咲を覗いた。

美咲がハッとして辺りを見回した。

芦屋の笑い声がやけにムカついた美咲は口の端をひくつかせて芦屋に振り返った。

「そんなびっくりしなくても私が側にいてあげるから!」

「隣にアホなんていらないんですけど」

「アホじゃないわよ。私の話を無下にしないでちょうだい」

そう話していた時、芦屋の鞄からメロディが流れた。

芦屋があわてて鞄をあさり、白い携帯電話を取り出した。

スタイリッシュかつシンプルな着信音を止める前に、芦屋は美咲に手を合わせて謝った。

美咲は電話に出るよう“どうぞ”とジェスチャーをした。

すると芦屋は携帯電話を開いて耳に当てた。

「もしもし」

電話の向こう側はやけに急いでいた。

「芦屋ぁ!すぐに山吹病院来て!」

「羽賀先輩?何かありましたか?」

美咲はそっと芦屋の携帯電話に耳を傾けた。

「実は大変な………あっ?!」

芦屋が電話を耳から離し、スピーカーにした。

電話の相手が羽賀先輩から落ち着いた声の人に変わった。

「芦屋さん、水無瀬です。病院に搬送した高畑政一なのですが……」

少しだけ間を置いて静かに告げた。

「死亡しました」

二人は目を丸くした。

芦屋が了解の言葉を告げると、水無瀬はじゃ、と電話を切った。

二人は顔を見合せ、立ち上がった。

公園はまだ子どもたちの笑顔で溢れていて、春の日差しはまだこの花柳を優しく照らしていた。


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