第二楽章-1:芦屋千代と愉快な仲間たち、始動
午前11時13分。
アルニカは葵通りのホームに来ていた。
美咲歩海として来るより速いからだ。
但し昼間なので、人目につかないよう注意しなければならない。
本日は快晴、電脳の空は青く、アルニカの衣装もよく映える。
「さて、音波を辿りますかね」
「おい」
アルニカが現実世界でもらったミュージックプレイヤーの音波データを出した瞬間、背後から嫌そうな声がした。
それに振り向くと、そこには青い髪をポニーテールにした女のアイコンが立っていた。
白銀の二丁銃が目印のその女は、アルニカを見るなり舌打ちした。
「あら、リュウじゃない」
アルニカは気軽に挨拶をした。
彼女の名はリュウ、つい最近アルニカが参加したサバイバルゲームの創設者であり、プレイヤーでもあったスナイパーである。
現実世界では男で、花柳の研究所に特別勤務する学生のようだ。
「こんなところでどうしたの?」
「貴様こそ何をしている。まさかあの騒動を追ってんじゃねぇだろうな」
「?……追ってるけど」
アルニカが平然と返すと、リュウは頭を抱えて落胆した。
アルニカはミュージックプレイヤーを操作しながら、リュウに別れのつもりで手を振った。
「というわけで、ちょっと急いでるから!」
「ちょっと待て。貴様が関わろうとするなら止めるまでだが?」
「私の家族のマンションがぶっ壊されたのよ、それに怪我人だって大勢いる。見過ごせないわ」
「正義のヒロイン、てわけか」
「私を止めるために来たの?」
「クソ猫は?どうせ奴も別口で動いてんだろ?両方止めなきゃ意味がねぇ」
「私を止められない様ではクロちゃんはもっと無理でしょうね」
「……ハァ」
アルニカがミュージックプレイヤーからピアノAを流した。
「この中にモールス信号があってね?電脳用と違うみたいだったから」
「何だそれ」
ミュージックプレイヤーを操作すると、ふわりと頭上に浮いた。
「何かしら?」
しかし、ミュージックプレイヤーは光り出し、一枚のメルヘンな扉に姿を変えた。
「何だこれ?」
「わからないけど、とりあえず入りましょうか!」
「入るのか?!」
「それじゃ、ご機嫌よう!」
アルニカはパステルカラーのメルヘンな扉を開けた。
その先は…………
「………オフィス?」
よくある普通の会社の、デスクにパソコンが並ぶ、オフィスの一室だった。
社員たちが黙々とパソコンに向かっている。
どうなっているんだ?
アルニカは誰からも認識されていないようで、白衣を着た男性に素通りされた。
「ここは」
「あら、着いてきてるじゃない」
アルニカの隣にはリュウがいた。
「無駄な事知られても困るからな」
「ここは見たことある?」
「そうだな。ここは研究所らしいな」
ここで二人は、ある男性の発した言葉に驚愕する。
「あぁ、いたいた。秋元博士、秋元、珠理博士で宜しいですか?」
「秋元珠理?!」
デスクにいた金髪の女性は男性に振り向いた。
「えぇ、私が秋元です」
オフィスを出て行く男性と秋元についていった二人はエレベーターに乗って地下に向かった。
「第二スキル計画と音波軍事活用計画、同時に携わっているなんて、尊敬します」
「あら、買い被りよ。私はアルゴリズムのプログラミングが主な仕事よ、特別能力があるわけではないのよ?」
「でも最年少で軍事計画のメンバーに入れるなんてなかなか無いことですから」
エレベーターが開き、真っ白な研究所のフロアに入った。
アルニカはエレベーターを降りたところで足を止めた。
リュウは何が引っかかっているのかがすぐにわかった。
「音波ってのは」
音波軍事活用計画。
アルニカは両親の話を思い出した。
音波を使って、人間だけに被害を出す兵器。
「……行くわよ。知らないままは嫌だもの」
二人は駆け足で秋元についていった。
* *
午前11時25分。
芦屋千代はブチギレ寸前だった。
それもそのはず、生徒会通知の内容が
葵通りの件に関して、全生徒会の関与を禁止。
この件は清帝学園の一任とする。
というものだったからだ。
寮の食堂で通知を受けた携帯を指差した。
「何で?!一大事なんじゃないの?!どうして私たち関与禁止よ?!」
「仕方あるまい。よほど危ない犯人の仕業か、口外できないものが関わっておるかじゃ」
昼ご飯の準備をしながら、キッチンで風紀委員の安西潔子が言った。
「煩くて適わん。キッチンから出ていけ」
「でもこれ酷いでしょ?!私は絶対調査するんだから!」
「勝手にどこへでも行くがよい。キッチンから出て行ってくれるならどこへでも」
「手伝って!」
「嫌じゃ」
きっぱりと断られ、芦屋は頬を膨らませた。
すると背後から携帯を操作する神宮亜里沙が入ってきた。
「弟情報によると、被害が最初に出たのは高層マンション。所有者は……美咲ちゃんのお母様だね。今日一人入居予定だったみたいだけど、可哀想にねー」
「美咲さん?!」
芦屋はキッチンから出ようとしたが、すぐに落胆した。
「今日はお出かけしてるんだったわね…………」
「どこにー?」
「……たしか知り合いの引っ越しに………?」
三人は無言で瞬きをした。
『それだ!!』
「亜里沙」
「あい」
神宮が安西のエプロンを無理やり脱がせ、キッチンから連れ出した。
三人はマンションへ向かった。
「おい、サラダ用パスタが!!」
「伸びる伸びるー!」
「大丈夫よちょっとくらい!」
三人で駆け足、そして立ち入り禁止になっているマンションに着いた。
電子警察の一人がこちらに気づき、三人を現場から離れさせた。
「まだガラス処理してないから、下がって!」
「生徒か」
と芦屋が言いかけたが、神宮と安西に止められた。
「戯け者!生徒会では動けないじゃろう!」
「一般生徒だよ!今は!」
芦屋は頷き、窓の割れたマンションを見上げた。
安西はアスファルトの割れ方に眉を寄せた。
「おい」
「何よ……?あれは!」
二人はよく知っていた。
あの黄緑色の髪をした青年の能力だ。
詳しく知っているわけではなかったが、一度受けている。
安西の能力“聖域”が無ければ死んでいたであろう能力だ。
「あの事件以来、消息は不明じゃ」
「どこかで匿われてたってこと?」
二人が考えていると、神宮がもう一つの大きな割れ目を指差した。
「ちー、あれってさぁ」
「……美咲さんよね、ここまで被害を食い止められるの」
芦屋は美咲の音波の威力をよく知っている。
この割れ目の形状を見る限り、美咲もここにいたということになる。
「葵通りにも行ってみよう!」
葵通りに向かって歩き出した。
手がかりがまだきっとあるはずだ。
* *
午前11時38分。
生徒会長、花岡紗夜は水無瀬しづると桜通りを歩いていた。
葵通りの事件は速報で知られているはずなのに、どうやら重要視されていないようだ。
「芦屋さん、きっと動いてるよね」
「そうね。河南さんからは連絡来たわよ?とりあえず待機にしてあるわ」
「ありがとね。私たちはどうしようか」
水無瀬は人混みの中にある学園の制服を見つけた。
「……行ってみましょうか」
「どこへ?」
「清帝学園に」
花岡はセーラー服のスカーフを引き締め、頷いた。