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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
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第一楽章-2:謎の音波

午前10時21分。

美咲はオープンカフェでロイヤルミルクティーを飲んでいた。

向かい側にはセクシーに脚を組む皆川がエスプレッソを飲んでいた。

辺りは客でいっぱいになっており、まだ避難勧告は出ていない証だ。

「応力発散を捜したいんでしょ?」

「彼に何が起きてるか知ってるんですか?」

「Bestquestion!ご褒美にcakeもいる?」

皆川は機嫌良く指を鳴らした。

するとウェイターがテーブルの前に立ち、ケーキの注文を受けた。

数分後には美咲の前にチョコレートケーキが、皆川の前にレアチーズケーキが置かれた。

「お察しの通り、私はresearcher、研究員よ。それもかなり上。アリシア・フリーデンの上司、そして応力発散を担当している庄司美耶子の上司よ」

アリシア・フリーデン。

山吹病院の管理人、能力喰いを救って殺された。

「実はあんたの母親も知ってる」

「え?!」

「classmateだったから。でも今聞きたいのは歩莉のことじゃないわよね?」

美咲はグッと堪え、頷いた。

皆川は微笑み、サングラスを少しだけずらした。

「stress:radiateにはある一定の音波によって特別指令を送れるようになってるのよ。個人の意思に関係無くね」

「特別指令?」

「そ、specialorder。“暴走”よ」

美咲は歩遊のマンション崩壊と葵通り崩壊に納得した。

そして音波をぶつけた時の表情、悲痛な叫びの意味。

「あの、その一定の音波って……」

と言いかけた美咲の前に小さなミュージックプレイヤーを差し出してきた。

「用意周到、Iknow、この音があれば彼を追えるでしょ?」

美咲は無料ではくれないだろう、と身構えた。

「freeよ」

「ありがとうございます!」

「ただし、必ず捕まえて。二曲目にspecialtrackが入ってるわよ」

「?」

皆川がいつの間にかレアチーズケーキを完食しており、席を立った。

「じゃ、陰ながら応援するわ。Goodluck!」

皆川はうさぎの被り物を指差した。

「有効に使いなさい」

「………どうも。それから、ごちそうさまです」

皆川がカフェを出て行き、美咲はミュージックプレイヤーに自分のイヤホンを差し込んだ。

聞いてみると、一音だけのばされていた。

「………ピアノA。ラと…………?なんか雑音が……………」

数秒おきに同じ音で少し切れる瞬間がある。

目を閉じ、耳を済ませた。




『全てを殺せ』




音波の能力が無ければ聞き取れない言葉だろう。

ラ、とのばされているだけにしか聞こえないであろうこのトラック。

切れているのはモールス信号だ。

音波能力者は必ず特別必修科目で研究所で習うものだ。

もちろん美咲も習い、彼も叩き込まれただろう。

他にここまでの微音量を拾える音波能力者はいない。

つまりこれが聞こえるのは花柳に二人だけだ。

応力発散にはこの信号に反応するようにコントロールされているのだろう。

またマインドコントロールだろうか。

美咲はチョコレートケーキを完食し、席を立った。

この音があれば、これを受信している唯一の応力発散を追える。

共鳴音波を捜せば良いのだから。

その時、メールの着信音がポケットから響いた。

綿貫からだった。

「……梅通り?」





      *     *





午前10時28分。

応力発散は梅通りにいた。

廃工場の片隅で、鎖が機材をぐるぐると巻いて固定し、少し緩んだ部分が彼の波に揺れた。

耳を塞ぎ、流れ込んでくる音を聞くまいと歯を食いしばる。

人を殺すのに彼は一切手を触れない。

殴るより、能力を使ったほうが早い。

しかしこの能力は嫌いだ。

だからこの能力の元である美咲歩海は大嫌いだ。

だから殺しても何とも思わないだろう。

ただ、自分の意思と思考で殺せないのでは面白くない。

あの町はどうなったろう、と自分が崩壊させた葵通りを思いながら、サビの匂いに口を尖らせた。

「……研究所か」

と呟いた時、自分ではない声がした。

「見つけたっ!!」

知っている顔だった。

名前は知らない。

覚える必要なんてない。

金髪木刀女。

何か言っているが、耳を塞いでいるのでわからない。

残念ながら読唇術なんてない。

ただ、ウザい。

だから片耳を我慢して、右手を前にかざした。

女の声がやっと聞こえた。

「とにかく何があったのか……」

「うぜぇよ金髪」

右手を握った。

衝撃波に窓ガラスが割られ、機材に巻きついた鎖がガチャガチャと音を立てる。

これで少しはこの音も紛れる。

この信号を聞かなくてすむ。

砂埃が舞い上がり、金髪木刀女は見えなくなった。

死んだだろうな。

まともに無能力者が受けたら……

と思った瞬間、砂埃の中から金髪女が目の前に現れた。

「どぅりゃぁぁぁッッ!!」

頬をぶん殴られ、壁に頭をぶつけた。

金髪女は仁王立ちし、衝撃波で折れた木刀を捨て、黒い耳栓を外した。

「あたしは綿貫菜穂!金髪って呼ぶんじゃねぇ!」

「ふざけやがって!」

応力発散は金髪女、綿貫菜穂を蹴り飛ばそうとしたが、何故か避けられた。

そして綿貫は携帯を耳に当てた。

「……あー、もしもし、歩海?うん、今目の前。…………え?」

その間にも応力発散が攻撃を仕掛けているのだが、何故か全て避けられた。

綿貫が彼に携帯を渡す。

「ちょっと聞いてみてってさ」

「………あぁ?!テメェ誰に言ってんだクズ!」

『ちょっと!!今クズっつったかお前!いいから聞けバカ!』

と電話の向こう側で美咲歩海が怒鳴った。

仕方なく応力発散が電話を耳に当てた。

刹那、ずっと頭に響いていたあの信号音が流れ、携帯を落とした。

それを綿貫がキャッチし、耳を押さえる彼のことを報告した。

「何かうずくまってるけど?」

『やっぱり。もう一度お願い』

「了解ー」

綿貫が彼の前にまた携帯を出した。

持つ気は無さそうなので、スピーカーにした。

すると先ほどとは違う音が流れた。

ピアノ音AにCが重なっている。

応力発散は携帯を奪い取り、スピーカーを消した。

「おい、ケンカ女」

『やっぱりボーナストラックは相殺音波か………どうやら研究所から送られてるみたいよ?これ』

「それくらいわかってらボケ」

『次ボケって言ったらまた聞かせるから。で、これから潜入して音波の元を壊してくるから。時間はかかるかもしんないけど、お前は下手に動かないでね』

「テメェ関係ねーだろ」

『あるわよ、私にもこの信号聞こえてるんだから。町壊すようなことはしないけど』

綿貫が携帯を奪い取り、耳に当てた。

「それで?これからどうすればいい?気絶させる?」

『いや、そんな危なっかしいことしなくていいわ。そこで見張っててもらえない?この土日でなんとかするから』

「わかった。じゃ終わったら木刀新調しに付き合ってよ」

それじゃ、と携帯をしまい、綿貫は応力発散を睨んだ。

互いに無言だ。

「…………で?気絶させんだって?」

「しなくていいってさ。とりあえず耳栓しときなよ。大まかに話は聞いたから」

「どんな」

「なんか音波が出てて、それで飛び出してったんだろ?大丈夫、一緒に行けないのは残念だけど、歩海がなんとかしてくれっから」

微笑む綿貫にイラつきが頂点に達した応力発散が彼女の首をつかんだ。

壁に叩きつけられ、その首はギリギリと締め付けられていた。咳き込む綿貫に怒鳴った。

「あんな奴に任せるとでも思ってんのか?え?テメェを殺して、さっさとあの研究員殺しに行ってやる!」

締め付けている首が細い。

温かい。

呼吸が聞こえて、脈が速くなるのがわかる。

このまま緩めなければ、こいつは死ぬんだな。

応力発散は手を緩めた。

綿貫がその場に崩れ、咳き込みながら呼吸を調えた。

「オイ金髪」

応えられるわけもなく、彼は綿貫の前に屈んだ。

「オ」

「このバカがぁぁぁっ!」

綿貫の右ストレートが一発、避けられるわけもなく床に後頭部を強打。

「死ぬかと思ったぜうォい!いいか?!今美咲家で匿える状況じゃねーのはわかんだろ?だからここでしばらく隠れるぞ!飯とかはあたしの財布でどうにかするから!それと、はい耳栓」

黒い耳栓を渡してきた。

「対音波用だからヤバいのも聞こえないんじゃない?ま、それでもヤバそうだったらあたしがどうにかすっから」

「マジでどうにかできると思ってる辺りがバカすぎるな」

午前10時42分。

二人はやっと戦闘態勢を解いた。

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