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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
83/110

~間奏~

午前11時。

芦屋千代は桜通りのショッピングモールの前にいた。

チェックのチュニックに白いミニスカート、伸びる脚はすらりと細く、美しい立ち姿。

モールの柱に寄りかかり、不機嫌そうにしていた。

必要以上の化粧が禁止されている女学校のため、化粧をしている本日の彼女は普段より大人びて艶めいている。

生徒会の腕章もしていないため、道行く人々としては美人が一人で暇そうにしているように見える。

「ねえ、もしかしてお一人?」

「暇どうし遊んで行かね?」

ナンパされる。

しかし芦屋はそんなことには動じない。

「暇じゃないわ。待ち合わせしてるのよ」

「でも来てないじゃん」

「僕の彼女に何か用かな?」

「?!」

その声が届くまでに、彼の気配は一ミリも無かった。

眼鏡を少し上げてみせた彼は、秋津悠だった。

そそくさとナンパが終了し、秋津は笑顔で芦屋に言った。

「お待たせ」

「遅いわよ。それと彼女になった覚えはないわ」

実は本日、芦屋はこの秋津を呼び出していた。

その理由は。

「私の親を利用して文化祭に侵入した罰なんだからね!自覚ないでしょ!」

「お父さんが言うんだもん。断れないよ」

「私の親を自分の親みたいに言わないで!」

「本当にお父さんって呼べる日が」

「来ないわよ!!」

芦屋は足早にモールに入っていった。

秋津が口をへの字にしながら歩き出した。

この二人は幼馴染みであり、親同士も仲良くしているようだ。

秋津はモールの人混みの中、芦屋の隣にピタリとついた。

「千代、何買うの?」

「食べるわ。なんかイライラする」

「あんまり食べると太」

「お黙り!」

ピシャッ。

秋津は黙った。

「そうね、焼肉食べるわ」

「太」

ピシャッ。

「もちろん、全額出して貰うわよ」

「何も悪いことしてないのに」

「私の店員姿、見たでしょ?!見てたじゃない!!」

芦屋は上の階へのエスカレーターで秋津に振り返った。

彼女は文化祭で、クラスで縁日をしていた。

店員役でお嬢様学生とはいえ、高校生の彼女は楽しさでノリにノっていた。

ひたすら文化祭をエンジョイしていた彼女は、店員の時だけカチューシャを着けていた。

「ネコ耳?」

「やめて言わないで!!文化祭とはいえ、私も馬鹿になってたのよ!まさか来るとは思ってないから!」

「僕に見せたくなかったの?」

「当たり前でしょ?!証拠写真でも撮られてみなさい!どんな脅しを受けるか」

「もちろん抜かりはないよ」

「消しなさい!恥ずかし…?!」

エスカレーターが上の階に到着したことに気付かず、芦屋は踵を引っかけてしまった。

秋津に腕を引かれ、段を上りきった時にはしっかりと抱き止められていた。

「危ないよ、今日のヒール少し高いでしょ?隣に乗りな」

「馬鹿!!高くないわよ!さっさと離れて!!」

芦屋は秋津を一発叩いてから、また彼の前にエスカレーターに乗った。

秋津は彼女の後ろ姿から靴を見た。

「……新品、やっぱり高い」

「何か言った?」

「いーえ?」

わかります、ずっと一緒にいた仲ですから。

並んだ時の身長で歩きづらさくらい、わかりますって。

秋津は一人で静かに笑った。

レストランの階に着くと、芦屋は焼肉店を探した。

「そういえば千代、僕のかわいい後輩の彼女疑惑の子がいてさ……美咲さん、知ってる?」

すると芦屋は振り返り、信じられないとでも言うかのような表情をした。

「何それ、あの問題児に彼氏いるの?」

「いや、わかんないけど。一緒にお茶してたよ」

「言われてみれば…美咲さんにハルのこと聞かれたわ。知り合いかって」

「問題児どうしでお似合いってことか」

「あんたのかわいい後輩も問題児なの?」

秋津は少し考えてから、深く頷いた。

「人並みになるまで大変だったよ」

「お互い苦労してるのね」

「でも敬うって字がまだ辞書に無いらしくて、僕のことも先輩とは思ってないかと」

「その点は私の後輩の勝ちね。うちの後輩は敬語くらいは使えるわ」

「ま、僕は兄貴分が正解だから仕方ないね」

「何かあったの?」

「まぁ、色々と」

秋津は笑いながら言ったが、その奥には何か曇ったものがあった。

芦屋はそれ以上を聞かないことにした。

焼肉店を発見した二人は、店内を覗いた。

芦屋が意気揚々と店に入ろうとした。

嬉しそうにしている彼女を後ろから呼び止めるように言った。

「生徒会長になるよ」

芦屋は目を丸くした。

振り返った先は真剣な秋津。

「立候補して、必ずなるよ」

「……」

「だから君も上がってきて」

「え、椿乃峰は推薦制よ。私の意志じゃない」

「絶対になれるから、約束してよ」

「だから推薦って」

「努力して、ここまでのし上がってきたんだ、なれないわけがない。約束してよ、僕に夢を見させてよ、そうしたら卒業しても、見失わずに進めると思うんだ」

秋津の夢。

それは芦屋も知っていた。

頷いた。

「……未来はわからないけど」

「史上初の生徒会長に」

彼女は特別な能力は持っていない。

それでも、この能力者隔離地域で治安維持に取り組む生徒会に入ることができた。

その頂点に君臨することができたら、どんなに素晴らしいことか。

この差別的な首都に、暴力ではない手段で平等を提示する。

「この焼肉は約束記念だからね」

「そうなの?私へのお詫びでしょ?約束に記念なんかいらないわ、成就したらもっと高いとこ行くんだから!」

芦屋は両手を挙げて楽しげに言った。

「え?!まさかそれも僕持ち?!」

「いいえ、それは私持ち。人でなしではあるけど、幼馴染みに変わりないんだから。前代未聞の生徒会長になれたら、そのお祝いに付き合ってよね?花柳第二の次期会長さん」

芦屋は焼肉店に一人で入っていってしまった。

秋津はそれにゆっくり歩いてついていった。

「よし、僕も頑張らないとな」

いつも彼女に勇気を貰う。

少し不安に思っていることも、彼女を見ると消える。

きっと越えることはできない。

備わっている能力ではなく、自分の努力で勝ち取った能力でここまで来た逞しいこの人の根性には、どんな能力者もきっと劣る。

それでも能力の前では劣ってしまう彼女を、あらゆるものから守るために。

同じ土俵に立ちたいし、立っていてもらいたい。

秋津は嬉しそうにメニューを手に取る芦屋を眺めながら、自分の携帯電話を見た。

メッセージが届いていた。




今日、彼女さんとお食事だよね。

何食べるの?

もしかして告白しちゃう?

フラれたら泣いて家に来てもいいよ?

もちろん、スイーツを忘れずに。



そこらの問題児より




「問題児め」

「お、もしかしてさっきの話してたやつ?」

「そう。電源切ろう、追跡されてそう」

秋津はメッセージを返してから電源を切り、芦屋と焼肉を心おきなく食べた。




「お、返信」

問題児は暗がりの部屋でパソコン画面に向かっていた。




馬鹿と天才が紙一重なら馬鹿の方であろう問題児の愚痴話してんの。

告白しないし泣きもしないし、それより君こそ告白したら?

泣いて家に来てもいいからね



問題児の兄貴分より




「あの馬鹿眼鏡、誰が兄貴分さ。次会ったらわざと根掘り葉掘り聞いてやろ……あ、ウイルス発見」

問題児はすぐに電脳世界へとログインした。

すぐに落ち合う正義のヒロインのために。

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