終曲:ケンカ姫、解禁。
翌日、午前9時05分。
生徒会の腕章を風に揺らしながら、芦屋千代は休日のパトロールに出ていた。
隣には面倒くさそうに歩く美咲歩海。
燦々と日の光を浴びながら、二人は梅通りを歩いていた。
9月という季節の変わり目のため、暑いような寒いようなと迷う気温。
美咲は今朝から何度目かわからない欠伸をした。
「朝はなるべく日の光を浴びた方がいいのよ」
「全世界の人間が浴びたくても私は浴びたくありません」
「全世界って………」
不機嫌ながらも美咲は、コンビニに目を付けた。
芦屋がその視線の意図を理解し、二人でコンビニに入った。
「たしか」
「唐揚げ棒二本ください」
と財布の中にお金も無いのに美咲は店員に頼み、芦屋を見た。
「ありがとうございます」
「まだ買うとは言ってない!」
しかし、店員が唐揚げ棒を袋に入れながら芦屋を見て硬直している。
え、買わないんですか?という目だ。
「か、買います!いくらですか!」
慌てる芦屋に美咲は嫌な笑み。
そしてコンビニを出た瞬間に美咲は頭を叩かれた。
二人は唐揚げ棒を食べ歩きし、ゴミ回収ロボットの前に棒を置いて回収させる美咲を芦屋が叩いた。
「あいつに仕事あげただけなのに」
「あのロボットはあなたのゴミを回収するためにあるわけじゃないのよ!」
美咲は口を尖らせながら、椿祭で完全燃焼した椿乃峰学園に到着した。
「あ、そうだ。CYANが宮園葵として現実世界に改めてデビューするそうよ」
「そうですね」
「知らなかったくせに!」
「いや、今回に限っては本当に知ってました。本人から聞きましたから」
あら、と芦屋が残念そうに返答した。
「ていうか、宮園さんって、この学園のOGだったんですね」
「そうよ。知らないで話してたの?生徒会長だった先輩よ。あ、そういえばこの前すっごいムカついたのよ!アルニカがね」
ギクリ。
絶対にあの話だ。
「サバイバルゲームのエリアだったかしら?そこの事件で私を直接呼び出したのよ?!私は生徒会なのよ?!絶対に私の事バカにしてるのよ。まぁ、創設者もサイトを畳んで一件落着!ってところね」
「へ、へぇ…」
美咲は庄司龍一郎があのエリアを畳んだ事を知った。
また彼に会う事がある。
そう思っていた。
宮園葵に真実を伝えるためにも、会わなければならない。
芦屋の愚痴を聞き流していると、ふと彼女が止まり、美咲も合わせて止まった。
正門からちょうど生徒会の三年生が出てきていた。
会長の花岡、副会長の水無瀬と羽賀、会計の上沼と千森。
芦屋は美咲を連れて素早く物影に隠れた。
「え、何隠れてるんですか」
「いやぁ、なんとなく?」
そっと5人の様子を見ると、学園に振り返りながら話していた。
二人は盗み聞きを開始した。
「椿祭、終わりましたわね。会長」
会計の上沼美代子が校舎を見上げながら言った。
隣で千森美代子が数独の本を閉じた。
「受験勉強、しないと」
副会長の羽賀が千森の肩を叩いた。
「千森ちゃんは推薦あるでしょー!あたしなんか大変だよー」
「…………だよね」
「なんと!」
花岡は校舎を見上げ、大きく深呼吸をした。
「……寂しいんですか?会長」
水無瀬が同じように校舎を見上げながら呟いた。
花岡は口の端を上げた。
「………私、決めたわ」
生徒会の4名の視線が花岡に集まる。
「来年度の生徒会メンバー」
上沼が指を組み、微笑んだ。
「まぁ、楽しみですわ」
「じゃあもう作戦も決めてるかんじー?」
「それはみんなで考えるものよ」
花岡は4名の方に振り返った。
「芦屋さんと河南さんに、しっかり繋げるわよ!」
5人で頷き、学園から解散した。
美咲と芦屋は一部始終をしっかりと聞いていた。
「……」
「先輩、そんな情けない顔する場面じゃないですよ」
「わかってるわよ!」
「それよりあっち見てください」
美咲は生徒会メンバーがいた方向とは逆を指差した。
芦屋がそちらを見ると、明らかに成人しているであろう男達が偉そうに歩道いっぱいに歩いていた。
一人が美咲を遠見で認識した。
「お、あれケンカ姫じゃね?」
美咲が真顔で男達を見た。
「芦屋先輩」
「何よ」
「椿祭、いつでしたっけ」
「昨日」
「先輩、私に何命令しましたっけ」
「喧嘩禁止令」
「それ、いつまでですか」
「………ダメよ?」
「………へへっ」
美咲が一瞬で芦屋の隣から消え、突風だけがその場に残った。
男達の目の前に美咲は降り立った。
一人が殴りかかってくると、彼女は身を屈め、腹に一発お見舞いした。
「今、喧嘩ふっかけたよね」
まとめて殴りかかろうとしてきた彼らを、靴音による音波で跳んで避けた。
空中で拳を構え、叫んだ。
「その喧嘩、買ってやるよ!!」
乾いた砂漠の渇いたサボテンがオアシスに潤うように、美咲は喧嘩禁止令から解放された。
芦屋が沸々と怒りを沸き上がらせ、ついに爆発した。
「誰が……解禁だなんて……言ったのよこの問題児がァァァッ!!!」