第四楽章-1:“オール”
午後11時。
群青の電脳世界にリュウはいた。
いつもなら遅刻ギリギリのスリルを味わうべく、ギリギリまでログインはしない。
しかし、早く来た。
理由は一つだった。
奴も来るはずだ。
ショッピングモールのホームページの屋上で、一人立っていた。
風がマフラーを舞い上げ、リュウは素早く振り返った。
迷い無く向けた銃口の先には金色の瞳の黒猫。
能力で宙に浮いており、銃声は虚しく弾が静止している。
「……やはり」
「何であそこにいたの」
クロはリュウを睨みつけ、空白の壁で屋上を囲った。
「俺に蹴り入れといてまさか『文化祭楽しみに来てました』とか言わないよね」
「何だ、本名でも言えばいいのか?貴様も言えよな。そもそもアルニカの」
「だから人って信じられないんだ。やっぱりあんたはここで潰した方が良さそうだ。そういえば男だったよね?あんた」
「俺は現実でもリュウと呼ばれている。あそこにいたのは美咲歩海に用があったからだ」
リュウはその場で座り込み、白銀の銃をホルダーに収めた。
「花柳第一研究所、能力開発課に所属している」
「成程、敵確定だね」
「………部隊が動こうとしている」
「あんたの仲間?」
「……だったらどうすんだ」
リュウは悲しげに目を伏せた。
「殺すのか?」
「………俺一人だったらな」
そうクロが言うと、上空からアルニカが降りてきた。
「あら!二人とも早いわね!いつの間に仲良くなったの?」
二人は素早く首を振った。
『仲良くなってない!!』
「会っちゃったのも何かの縁かしら?協力してくれるの?」
「敵だと言った」
アルニカは残念そうに肩を落とした。
クロがアルニカの足下でしなやかに座った。
「あっそ」
「じゃあ、これを」
リュウはアルニカから黒い耳栓を受け取った。
「始まったら付けた方が良いわ」
「?」
アルニカは意気揚々とエリアに入っていき、黒いローブで正体を隠した。
隣でクロが辺りの参加者たちを見回した。
リュウはすぐに異変に気付いた。
誰も一言も話していない。
「……おい、貴様ら何かしたのか?」
「まぁな」
「ちょっとね」
「で?本当にあのエリアで良かったの?」
「ええ、でなければ私が主役になれないわ」
「何の話だ?」
アルニカは足首を捻っていることを話し、対策を考えた。
「私にとって見晴らしの良いエリアが無いかなぁって。規則を重んじる人でしょうから、一緒に来ない方がいいわ」
「そうだね。相手を誘き出す姑息な手だから。というわけで、超大事な俺の出番なんだ」
毎回、このエリアの地形はランダムで設定される。
市街地や森、荒野や建物内。
出来る限り走らなくて済む地形があるとするならば、それは一番静かで、音を出せば全域に広まる地形。
ランダムで決まるはずのエリアを操作する。
午前0時からたった5秒でそれを行わなければならない。
背後の扉が閉まり、クロは目を閉じた。
「時が来たら、私がほぼ全員を一気に戦闘不能にする。リュウ、最初はどこかに隠れておく事をおすすめするわ」
「まさか本当にやる気とはな。ほぼ全員ってことは、貴様の策に引っ掛からない奴がいるかもしれないと?」
「そうね、個人差があるわ」
するとリュウはため息をつき、黒のライフルケースからライフルを取り出し、肩に引っ掛けた。
「残りは俺がやる」
「私は敵なんじゃないのかしら?」
「俺が本当に止めたいのは実行犯だ。その元凶であろう主催者を貴様らが潰すと言うのなら、不利益じゃねぇだろ」
アルニカは微笑んだ。
「任せるわ」
『皆様、今宵もまたようこそ“オール”へ。見事に全てのチームを倒したチームには、賞金1,000,000円。制限時間は30分。健闘を祈ります。戦闘配置、開始です』
仮面の男のホログラムの言葉とともに、エリアが塗り替えられていく。
リュウはその地形に苦笑した。
周りのアイコンも皆、エリアの難しさに苦笑した。
クロが目を開け、「よし」と呟いた。
エリア名『劇場』
フロア数10
全ての些細な音が響くほどの静寂
歩く靴音すら響く
全てのプレイヤーが嫌悪するこのエリアは、たった一人にとってはうってつけのエリアだ。
全てが響く。
即ち、音が一番響く場所からならば、全員に音を聞かせることができる。
例えどこに隠れていようとも。
30秒の配置時間、アルニカは堂々と一番大きな扉を開けた。
その向こうには二階に及ぶ客席、円形の輝かしい舞台。
リュウは俄かに理解した。
クロが不敵な笑みを見せた。
「文化祭リベンジだね」
「今日中に犯人を殴るわよ!」
「今日中?!貴様ら何企んでんだ!」
「魅惑の演奏会にウェルカムよ」
「いいね、ワクワクする」
「本当に何する気なんだ?!」
午前0時35秒。
銃撃戦が始まった。
アルニカとリュウは、クロが映し出した各フロアの映像を見ていた。
「さて、楽しいゲームの始まりだ」
「なんか良心が痛むわ」
リュウは映像に見入った。
「おい、これは……何やってんだこいつら」
映像から見えたアイコン達は、チーム戦とはかけ離れたもので、それぞれが自分のチームメイトを狙っていたのだ。
「このゲームの主催者は俺って事さ。主催者からその権力を奪う」
クロは説明した。
「このエリアの管理システムにクラッキング、参加者全員にメールを送信」
『緊急指令:調査の結果、本日の参加者の中に“オールキラー”が潜んでいる事が判明致しました。つきましては、本日のオールで“オールキラー”を撃ったプレイヤーに現金100′000円をボーナスさせて戴きます。正解であるか判断するため、撃った後にエリア内で一番広いフロアに一度お越しください。なお……』
「貴方だけにヒントを差し上げます。オールキラーは、チーム……におります。と、それぞれ自分らのチーム名、とね」
「チームは全部で12。ここにいるリュウを抜いて11。つまり最終的にこのフロアに来るのは金とスリルのためにと達成感を得た11人。彼らには私からプレゼントがあるからお楽しみに」
「勝手に何を……っ!」
リュウがハッとした。
クロがニヤニヤしながら彼女を見ていた。
「はい、自爆~」
「クロちゃんの言った通りってことね。リュウ、このエリアの創設者なのね」
「……」
それは三年ほど前の事、リュウは時間を選ばずサバイバルゲームができるよう、このエリアを立ち上げた。
誰でも入れる、自分も楽しめるエリア。
一年前、仮面のアイコンからコンタクトがあり、“オール”を提案された。
当時のそれは、全く賭け事じみた事はなかった。
リュウは仮面のアイコンに“オール”なる催事を任せた。
するとそれはすぐに悪質なものに変化していった。
周りも“オール”に意欲的に参加してしまい、止めることが出来なくなってしまったのだ。
仮面のアイコンとも連絡が取れなくなり、エリアに自分の権限が無くなった事をじわじわと認識していった。
「乗っ取られたわけだ。でも創設者に変わりは無いから、監視するために参加してた、と」
「…情けない話だ」
「それで、リュウはどうしたいの?」
アルニカはリュウの顔を覗き込んだ。
「私達が主催者を倒す。あなたは、その後も同じ事を続けるの?」
「…………俺は………」
その間に映像はガラガラと変わっていく。
早くも殆どのチームが一人となっていた。
全員がホールに向けて歩き出す。
「さぁ、あんたの出番だよ、お姫様」
午前0時18分。
ホールの前に到着したプレイヤー達はふと耳にする。
それは流麗なヴァイオリンの調べ。
『G線上のアリア』
それは誰もが知る滑らかで、美しい調べ。
残ったプレイヤー達はその音に聴き入った。
劇場ホールの舞台上にはヴァイオリンを独奏するアルニカ、舞台袖にクロ、吊り天井にライフルを構えるリュウ。
聞いたプレイヤー達は次々とその場に倒れていく。
アルニカが音波で眠らせていた。
聴力の違いなどで効果の無いプレイヤーはすぐにでもアルニカを撃つはずだ。
それを狙撃するのがリュウの役目である。
2人ほどのプレイヤーが唯一の出入り口からアルニカを狙ったが、全てリュウが撃ち抜いた。
クロはエリア内のプレイヤーを確認し、全員が気絶した事でやっとアルニカを呼んだ。
ヴァイオリンが光となって消え、アルニカは言い放った。
「“オール”の規則に、『プレイヤーは他プレイヤーに対して精神的攻撃をしてはならない』とあるわね。これを破った場合、主催者より厳重な処罰が下る。さぁ、やって頂きましょうか!厳重な処罰!!」
吊り天井でリュウは深呼吸した。
厳重な処罰など誰も受けた事がない。
明らかな挑発に主催者が乗るかという賭けに出ている。
午前0時22分。
ホールに靴音が響く。
客席の真ん中の通路を歩くのは燕尾服に身を包む仮面の男アイコン。
主催者。
主催者は舞台上のアルニカを見上げ、ゆったりと拍手した。
「やっとお会いできました、アルニカ」
「待っていたような口振りね」
「貴方が電脳の正義であるならば、私は電脳の悪である」
主催者はアルニカに黒い拳銃を向けた。
アルニカは大きな音叉を構えた。
「ご友人にも降りてもらいましょう」
吊り天井でリュウは背後の殺気に気付いた。
ライフルを持ったまま前に飛び移り、格子状の吊り天井に細い脚で着地した。
吊り天井に乗ってきたアイコンは黒い仮面を付けており、ハンドガンを片手で構えていた。
仮面を狙い、撃ち割った拍子に相手の銃弾がライフルを弾き飛ばし、リュウはすぐに白銀の二丁銃に持ち替えた。
仮面を割られたアイコンの顔を見て、彼は悲しげに目を瞑った。
「………やはり、貴様か」
現れたのは、先月にチームのアタッカーを殺され、逃げ出したはずのガンナーだった。
「なぁ、サバイバルゲームを現実世界でやったことあるか?」
「……何の話だ」
「俺の兄貴はさ、ガンナーやってて死んだんだ。でもみんな事故で済まされんだよ。誰が撃ったかなんてわかんないんだから」
ガンナーは笑みを歪ませながらリュウの額目掛けて撃った。
「こんなのにハマってる奴ら全員殺してやろうと思ってさぁ!!」
「その理由で何人殺したと思ってんだ。今日で最終日だ覚悟しろ!」
銃弾はリュウのマフラーを掠め、甲高い金属音で戦闘を開始した。
格子の足場を身軽に飛び移りながら、リュウはガンナーの脚に数発撃った。
下をちらと見ると、アルニカが主催者と戦っている様が見えた。
「何、余所見とかスナイパー失格だろうが!」
ガンナーはリュウの眼前に銃口を据えた。
その瞬間。
「空白」
放たれた銃弾が宙に浮き、跳ぼうとしていたリュウも浮いたままだった。
吊り天井の止め金具がふと消え、舞台にガンナーごと落ちた。
アルニカは自分の頭上だけを音叉で打ち払い、主催者は客席まで下がった。
舞台はボロボロになり、リュウはそれを宙から見下ろして真っ青になった。
「なっ、何が起きて……」
「俺の世話にはならないんじゃなかったの?二丁銃」
宙をペタペタと歩いてきたクロは舞台にいたアルニカと視線を合わせた。
「俺としてはあのままヘッドショットで良かったんだけどね?情報を全部吐いてもらってからじゃないとと思って仕方なくわざわざ能力使ってまで助けてあげました泣いて喜んで詫びろ」
「本当にムカつく!!さっさと降ろせ!」
「いいの?あんたのチームメイトだろ?」
「何で知ってんだ!」
舞台で気絶しているガンナーを見下ろした。
「このエリアにアクセスしたアイコンは全てリストアップしてある。膨大すぎて大変だったけど、現実世界の個人情報も抜かりなくね。アタッカーを除外、あんたの目撃証言からサバイバルゲーム経験の浅いもしくは、無い奴を探し出す。あんたのチームのアタッカーが殺されたのは、恐らく正体を知られたからだろうな」
クロはリュウをアルニカの隣に着地させ、自分はパートナーの肩に乗った。
午前0時25分。
ボロボロの劇場でアルニカは音叉を構えた。
「さぁ、終焉よ!」