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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
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第三楽章-4:フィナーレ

午後3時46分。

襟澤は体育館を出て、音楽室に向かっていた。

美咲のカバンを取りに行こうとしていた。

体育館の音漏れを聞きながら、夕焼けに染まる学園を横目に廊下を歩いた。

しかし、あの青髪ポニーテールは何故あの場所にいたのだろうか。

恐らくあれは電脳で話したスナイパー、リュウだ。

しかも犯人ではないとキッパリ言った。

「二回も腹に蹴り入れやがって」

ブツブツブツブツ。

俺の専門分野はネットです。

そう言ってやりたかった。

言う間もなかったが。

彼は階段を上り、音楽室に着いた。

オオトリの後、お客様を学園の外へお送りするのが椿祭のフィナーレである。

正門の前では既に数人の生徒が誘導を始めていた。

恐らく美咲は出られないだろう。

今頃、保健室で処置を受けているはずだ。

音楽室のドアを開き、すぐに鍵を閉めた。

一つ深いため息と共に、襟澤称はドアを背に床に崩れた。

両足は前に投げ出され、目を閉じた。

「あっれ、寝ちゃうの?お姫様どうするの?」

一瞬で目が覚めた。

目の前には自分と同じ顔があった。

目の前すぎてビビった襟澤は何故か右足を吊った。

「?!あいだだだだっ!!!ちょっ!退け馬鹿!いだだだっ!」

目の前にいたのは言うまでもなく弟の要である。

名門校、清帝学園の制服をビシッと着こなしていた。

離れはしたものの、襟澤が押さえる足をつつきながら笑った。

「マジウケる!カッコ悪!!」

「ふざけんな!あぁそれと!」

称は要の制服をつかみ、力いっぱい引き寄せた。

「電気消したのお前だろ!」

「あらら、ばれちった。でも助けられて良かったじゃん!ミッションクリアーってね」

「ゲームみたいに言うな!これは現実世界だ!電脳世界じゃないんだ!」

「お姫様がそんなに心配だった?」

要が表情に暗い影を落とし、場の緊迫感は一気に高まった。

「人のこと心配できる頭はあるんだね、本とかパソコンみたいな頭だけじゃないってこと?」

称のすぐ後ろにあるドアを拳で強く叩き、怒りが滲み出る声色を震わせた。

「今でもその面見る度ムカつくよ。グッチャグチャに切り裂いてやりたいくらい!」

とくに恐怖はなかった。

普通の人間なら怯えて声も出ないだろうが、称は緊迫した表情のまま吊った右足を懸命に伸ばし、要の額を軽く叩いた。

「馬鹿要。こんなとこで俺に恨み辛み言ってどうすんの」

痛い痛い、と言いながら彼は壁を頼りに立ち上がり、要を引き剥がした。

「要が生きててくれるなら、俺は死んだ方が良いってわかってる。でも今はまだ死ねない」

「……彼女?」

「興味があっただけだったのにな。正直、初めての感情で少し戸惑ってる真っ最中」

外がさらに騒がしくなってきた。

フィナーレだ。

「俺が好きなのはアルニカじゃない」

聞いているのは、同じような顔をした兄弟だけだ。

「俺が好きなのは、喧嘩大好きでオシャレ概念ゼロで、朝っぱらから包丁ぶん投げてくるちょっと馬鹿で無謀なお姫様だ。でもきっと、あの人はそんなの望まない」

だから。

ここ数日悩み、そして今日やっと答えを出した。

「だから、この先も、俺はパートナーである事を選ぶ」

「……」

場は静まり、称は冷や汗をだらだらとかき始めた。

何を言っているんだ俺は!と自分にツッコミを入れていた。

勢いで話したような。

「…………いいんじゃないの?お姫様がその考えを察することが無ければ。ただ………一つだけ」

要が称の前に屈み、右足に触れた。

「恋ってのはさ、攻略本とかチートとか無いんだよ。お前の頭じゃ導き出せない唯一の難題が、“感情”だ」

右足の痛みがふっと消えてしまい、立ち上がる要が足を吊った原因だと分かった。

「わざと吊らせたんだな」

「小さい頃に『人間は厄介かつ難解な世界一面倒くさい生き物だ』って宣った馬鹿称クンのナイーブな初恋みたいですから?優しく教えてあげるけど」

要は音楽室の鍵を開け、ドアをいっぱいに開いた。

「恋ってのは、時に人を勇者にも、臆病者にも変える毒なんだよ……………ちなみに今の称クンは、“臆病者”だ」

称がふりむい振り向いた先には既に誰もいなかった。

「…………臆病者」

そして声が響く。



『大丈夫、そんな“臆病者”は』



目を瞑り、耳を塞いだ。



『キミ自身で殺せば良いよ』







     *     *





午後3時58分。

美咲は保健室にいた。

処置された足首を見てため息を吐いた。

ベッドに連行され、綿貫と箕輪が強引に彼女を寝かせた。

「着物とかはあたしが持って帰るから安心しな!」

「片付けも大丈夫だから、休んでてよアルミン!」

「…いや、すぐに戻るから!」

美咲の言葉は全く聞き入れられず、箕輪は満面の笑みで布団をかけてきた。

綿貫がふと辺りを見回し、箕輪を保健室の出入り口に押した。

「そろそろ行かないとな!」

「あ、菜穂!」

美咲が綿貫を呼び止めた。

「………助けてもらった。その………ありがとう」

綿貫は笑って返し、友達なのだから当然だと言ってくれた。

とその時、保健室に誰かが入ってきた。

「ちわーす。あ、いた」

「みっ、宮園さんっ!?」

ギターケースを背負った宮園葵だった。

綿貫が一番驚いていた。

「ピアノお疲れ!」

「宮園さんこそ、オオトリ、ありがとうございました。………………それに」

美咲は言いにくい言葉を喉で詰まらせた。

宮園葵は人気シンガーソングライター“CYAN”だったのだから。

しかもそうとは知らずに、彼女の曲を悲しい音だなんて言ってしまったのだ。

申し訳ない気持ちに視線を落とした。

「………そ、私はCYANさ。探したい人がいて、有名になったは良いんだけど、なんか自分らしさを見失ってた」

「誰を………探してるんですか?その人も有名人とか」

宮園がギターケースをベッドに立てかけ、美咲の隣に座った。

「いや、違うよ。両親が離婚した時に別れた弟さ。私が目立てば、もしかしたら出会える機会があるかもしれないしね。まだ小さかったから名前呼びづらくて、ずっと呼んでたよ」

次の宮園の言葉に、美咲は目を見張った。

「リュウって」

「リュウ…………」

「あ、そういや彼氏来てんの?招待券渡せた?」

「彼氏じゃありません!………でも、まぁ、渡せて、今日来てくれました」

「おめでとさん!恋はもう始まってるね!」

始まってない、とツッコミを入れたが、美咲は宮園のライブを思い出す。

「そういえば……宮園さんって、先輩だったんですね。数々の失礼を…」

「ちょっと、別に構わないよ?むしろ葵さんでいいよ」

「あ、ありがとうございます。あ、あ、葵、さん」

「いいね!私も歩海ちゃんで呼んだげるからさ。あぁ、それでね、渡したいものがあって来たんだよね」

と宮園は黒いジャケットの胸ポケットから一枚の紙を取り出した。

「私の連絡先!何かあったらいつでも相談のるよ、悩み多き青春を駆ける恩人よ!」

そこまで大層なことはしていないのだが、と思いつつ紙を受け取った。

美咲は桜色のメモをカバンから取り、素早く携帯の番号と電脳アドレスを書いた。

「い、一応!ゎ渡しておきます!」

「私は着拒設定とかしてないから大丈夫なのに!でももらっとこ、ありがとう」

「よろしくお願いします」

「ん!それじゃあ、行こうかな!今日は楽しかった、ありがとうね!」

「いえ、こちらこそ来てくださってありがとうございました!」

宮園がギターケースを背負い、爽やかに手を振った。

美咲と綿貫は深々とお辞儀して、また保健室に二人となった。

「それではお嬢、あたしはクラスに行きますね。頑張ってください!」

何を?

綿貫は駆け足で保健室を出て行き、一人になってしまった。

するとまた保健室の扉が開いた。

「何?忘れ物?」

「まぁね、お姫様を一人ほど」

美咲は顔を真っ赤にした。

綿貫かと思いきや、襟澤だったからである。

肩にはカバンが二つ、一つを美咲のベッドに置いた。

「歩ける?」

「少し痛むだけ」

「“オール”は無理そうだね」

「いいえ!出るわ!」

「出れるわけないだろ!」

襟澤が怒鳴り、美咲は縮こまった。

“オール”で一位になって狙われる事が今回の作戦。

負傷していては、20分で何チームも全滅させるのは無理である。

「怪我人を出させるほど馬鹿じゃない」

襟澤は美咲の手を握り、肩を落とした。

「…………俺は、あんたが大事。あんたが怪我したら心配になる。こんなに不安なのに………あんたは自分を大事にしなさすぎ!俺ばっかり何考えてんだか…」

「…………何を考えていたの?」

襟澤は口を塞いだ。

とても言えない。

美咲は可愛らしい小顔を傾げてこちらを見ている(襟澤レンズ)。

絶対に言えない、自分でも俄かにしか理解できていないこの感情について説明するなんて!

「あー……えっと、ですね。あの」

「ここ最近、心音が乱れてたのはそのせい?文化祭が心配だった?あ!もしかして急に学校行ったりしたから混乱させちゃったかしら!………あぁ、それは私のせいね。ごめんなさい!もう行ったりしないから!やっぱり現実世界で会わない方がいいのかしら…」

「ちょっ、ちょっと待った!そういうんじゃ……いや、あんたは悪くないから!本当に!ただ安静にしてくれていれば」

襟澤が口を尖らせると、美咲は小さく笑った。

「ふふ、心音は正常値ね。さて襟澤、物事は前向きに考えるものよ?戦い方を変えればいいのよ」

襟澤は首を傾げた。

美咲は自信満々で頷いた。

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