第一楽章-3:二枚目の招待券
午前0時42分。
あのエリアの基本は三人で一チーム。前線のアタッカー、それを援護するガンナー、遠方のスナイパー。
三ヶ月前から主催者が変わって“オール”が始まった。
それから一位のチームができると、そのアタッカーが殺される事件が起きている。
警察もまだ被害者の死因がこれだとは嗅ぎつけていない。
リュウはきらめく桜通りのモールの屋上に座っていた。
こんな時間ではモールの屋上など誰も使わない。
長いため息を吐いた。
立ち上がろうとすると、見えない空間に囲われる感覚に止まった。
前には金色の瞳で眠たそうに眺めてくる黒猫。
リュウはその場に屈み、白銀の銃口で小さな額を小突いた。
「まだ用があんのか貴様」
「あの人はこの世界を信じて疑わない。だから俺はその分、全てを疑う。自分で見て、聞いて、触れられるものだけが真実だからね」
「俺が主催者だとでも?」
「それは違うな。あんたはあの扉が閉まるタイミングを知っていてライフルケースをど真ん中に挟んだ。主催者なら遅刻ギリギリなんて馬鹿な真似はしない。常連なんでしょ?」
「だったら何が」
「あんたのチームも死んだ?」
リュウは銃口を押し付けた。
「スナイパーは一番後衛で奇襲をかけたり狙撃したりする役回りだ。独りであのエリアは不利だって馬鹿でもわかる。敵討ちとかやめた方がいいよ。察するに一人死んで、一人は逃げた」
「黙れ!!」
図星だった。
そのチームのアタッカーが死んだのは先月。
それ以降、サポートのガンナーは姿を消した。
「そして犯人も見た。しかも撃ち殺すわけでもなかった。違う?」
「本当にムカつく!確かに銃は使ってなかった……でも直接触れてもいなかった。というより…」
リュウはその先を言わなかった。
「能力なんだろうね。知ってる?処刑する時頭に袋を被せたり後ろ向かせたりする理由」
「あ?」
「これから殺そうって奴の顔見たら殺すの躊躇しちゃうでしょ?無情にならなければ何人も殺せないからだよ。知ってる人なら尚更だよね。あんた良い人そうだから、撃てないよ」
クロがリュウに背を向けて帰ろうとすると急に首根っこを掴まれた。
「ちょっ!?」
「俺に覚悟が無いとでも言うのか!ふざけんなクソ猫!俺が解決する!」
「面倒だなぁ………まぁ、良いんじゃないの?精々、俺の世話にならないようにしなよ」
「ならねぇよ」
「だといいけど」
クロはログアウトした。
一人残されたリュウは、今にも泣きそうな顔でログアウトした。
翌日、一人の男性が自宅で首を吊った状態で発見された。
細身の気弱そうな男性だった。
パソコンは初期化されており、サイトの履歴を見るには時間を要するようだ。
このニュースを見て美咲と襟澤は思った。
この週末、必ず一位にならなければならないと。
* *
午後5時18分。
美咲は暗がりの梅通りにいた。
大きな木製の門の前で立っていた。
表札は『美咲』。
何故ここにいるのか。
椿祭の招待券を母、美咲歩遊に渡すためだ。
実家の戸を叩くのにこんなにも時間と精神力を費やしたことはないだろう。
彼女はここに立ってから既に30分は経過している。
誰かが通ってくれれば良いものを、運が悪いことに全員が帰宅済みだった。
中は明るく、騒がしかった。
何回も深呼吸をし、戸の前に手を出す。
しかしまた深呼吸に戻ってしまう。
「駄目だ、やっぱり帰ろう」
「今さら帰っても叱られるだけだろ?」
美咲はその声に肩をびくりとさせ、ロボットのようにカタカタと門を振り返った。
そこには着流し姿の母、歩遊が立っていた。
「入れ。可愛いから襲われちまうよ」
「冗談が過ぎるよ」
歩遊はケラケラと笑いながら娘を招き入れ、騒がしい居間を素通りし、自分の部屋に入った。
追って美咲も入り、縁側から夜空の見える部屋に来た。
居間の騒がしさは当然だが、ここは静かな場所だ。
「もう夏も終わるなぁ。どうだ?二学期は」
「今は前期後期に分かれてるから。もう三期制じゃないの」
「おや、そうなのかい?そういえば、何で寮にいないんだ?郷愁かい?」
美咲は全力で否定したが、歩遊は笑って受け流した。
歩遊が流水柄の扇子を開き、中央にある藍色の座布団に座った。
美咲もその向かいの座布団に座った。
小机は無く、二人がポツリと正座していた。
膝の上で重ねた右手には、椿祭の招待券が握りしめられていた。
「あの………」
「そういえば着物は気に入って貰えたか?若い衆のを借りたりしたが」
「うん。着付けもうまくいってるし………」
美咲は顔を真っ赤にして返答した。
歩遊が眉を寄せ、扇子で美咲の顔を扇いだ。
美咲が口ごもり始めると、歩遊は扇ぐのをやめ、ただ、待っていた。
「その………実は………最後に演奏することに………なって………」
歩遊が目を丸くした。
美咲は目を瞑り、素早く招待券を差し出した。
「ょょよ、良かったら!ぁ空いてたら!まだ曲も決まってないけど」
ちらと歩遊を見ると、驚いているようだった。
「み、見に来て!頑張るから!」
すると歩遊は口元を緩め、招待券を両手で受け取った。
「もちろん。娘の晴れ舞台を見に行かねぇもんか!1日丸々空けちまうよ」
二人はパアッと笑顔になり、美咲のミッションは成功した。
怒られるのを覚悟して、美咲は寮へ帰っていった。
歩遊は居間の障子を勢い良く開け、組員たちに怒鳴り付けた。
「いつまでも何してんだい!とっとと片付けな!」
「はっ、はいぃ!」
わらわらと人が動き始め、賑わいの居間は数分できれいさっぱり片付いた。
歩遊は摺り足で居間に入り、端にある黒に金の鳳凰の装飾がされた仏壇の前に座った。
線香を上げ、静かに手を合わせた。
写真立てに飾られているのは、娘に良く似た女性だった。
「歩莉、あんたの娘が舞台に上がるそうだ。こんな誉れはねぇな」
歩遊は目元に少しの涙を滲ませ、微笑んだ。
「歩莉…………見せてやりたかったなぁ…………」
午後5時56分。