第一楽章-2:主催者の下に
午前0時。
参加人数は30~40。
そのど真ん中に黒い仮面をつけた燕尾服の男性アイコンのホログラムが現れた。
『皆様、今宵もまたようこそ“オール”へ。見事に全てのチームを倒したチームには、賞金1,000,000円。制限時間は30分。健闘を祈ります。戦闘配置、開始です』
ホログラムが消えると、一斉にアイコンが散らばり、瞬時に現れた市街地を模したエリアに入っていった。
「賞金だってよ」
「いらないわよ。ほら、尾行するわよ」
人混みの中、アルニカは筋肉質の男性アイコンを追った。
「みんな賞金のために来てるのね」
「全員倒すって言っても何チームかを他のチームに倒させて、最後に残ったチームをボコれば終わりじゃん」
そしてその15秒後。
男性アイコンを見失った。
最初の位置でアルニカは腕を組んだ。
クロが長いため息を吐く。
ぽつりと残された二人以外は、建物に隠れて配置完了。
「サバゲーの基本をわかってないよ。普通隠れるから」
「だったらそう言いなさいよ!これじゃ的よ」
「的でも良いんじゃない?当たらないんだから」
「見失った奴どうするのよ!?あちらから出てきてくれるわけないわ!」
そして30秒後、ブザーが鳴った。
開始の合図だろう。
どこからか、一発の銃弾がアルニカに向けて発せられた。
しかし彼女の前でそれは止まり、カランと音を立てて落ちた。
「ほら、当たらない」
金色の瞳が退屈そうに銃弾を見下ろした。
黒いローブで誰も彼女がアルニカだとは気付かない。
知らずに彼女の前に数人の男性アイコンが現れた。
「何だよ、初心者かぁ?」
「だったら教えてやんねぇとなぁ!このエリアの極意ってヤツを!!」
アルニカはニヤリと笑い、腕を鳴らした。
「クロちゃん、狙いは賞金だけじゃないわ。人を痛めつけるスリル、快感、優越感!これが欲しいのよ」
「いい?音叉とツールは使用禁止。音波だけで倒さないとバレる」
「わかってるわ。さぁ!全員まとめてかかってらっしゃい!その喧嘩、私が買ってやる!!」
クロがアルニカの頭から降りた瞬間、彼女は一人の顔面に跳び蹴りを食らわせた。
乱発される銃弾を音波で反射させ、ものの数秒で一チームを全滅させた。
「何よ、もう終わり?」
「サバゲーに舞い降りた喧嘩姫、恐ろしや」
午前0時5分。
アルニカはクロを肩に乗せ、走り出した。
市街地を堂々と駆け巡っているため、数多のスナイパー達が二人を撃った。
しかし銃弾は全て目の前で止まる。
「空白」
「あの男はどこにいるのかしら」
「探す必要は無さそうだよ」
アルニカは足を止めた。
午前0時14分。
目の前には探していた筋肉質の男性アイコン、仲間もいた。
「オイ、テメェ。まさか“オールキラー”か?」
「“オールキラー”、犯人はそう呼ばれているのね」
アルニカが何度か頷くと、彼はガトリングを向けてきた。
「テメェ俺を殺しに来たな!!」
「空白!」
銃撃の乱舞、一斉射撃を全て空白の壁が受け止めた。
その間を縫うように駆け出し、アルニカは筋肉質の男性アイコンの手を掴んだ。
しかしチームメイトと思われる二人がアルニカに襲いかかった。
咄嗟に仲間たちに華麗な蹴りを入れてしまい、男性アイコンから手を放して拳を構えた。
すると筋肉質の男性アイコンが路地の奥に逃げていった。
「あ!」
午前0時18分。
アルニカとクロは、続々と集まってきた賞金とスリルに飢えた参加者たちの足止めを食らった。
倒してもキリがなく、アルニカは右足で地面を踏み鳴らした。
地鳴りで怯んだアイコン達を素早く殴り倒していき、アルニカは路地の奥に目を向けた。
「クロちゃん!」
「あと7分で終了だ!早く見つけないと」
どこからか一発の銃声が響いた。
まさか、と二人は奥に進んでいった。
すると、地面にしりもちをつくアイコンが三人ほど見えた。
「どうしたの?!」
「………あ……あれ……!」
一人のアイコンが指差す方向を見て、二人は驚愕した。
路の真ん中で十字に張り付けにされ、息の絶えた筋肉質の男性アイコンがいた。
怯んでいたアイコン達がふらりと立ち上がり、震える声を絞った。
「……お前……お前らが………お前が…殺したのか!!」
「違うわ!私達は…」
三人のアイコンはアルニカに銃を向け、叫び声を放った。
今にも撃たれそうというその時、真ん中のアイコンの叫び声が止まった。
額の中心に綺麗な風穴。
アイコンはその場に崩れ落ちた。
残った二人が戸惑う間に、アルニカの真後ろの建物の上から、ケースで入口を止めたポニーテールの女アイコンが飛び降りてきた。
顔面に風を受け、崩れ落ちたアイコンにライフルで止め。
上空でライフルを背に引っかけ、腰に下げた白銀の二丁のハンドガンに持ち替え、着地とともに二人の胸を撃った。
一人に蹴り、もう一人の頭を撃ち抜き、怯んでいた最後の一人の喉に一発。
三人は強制ログアウトした。
風が白いマフラーを揺らし、青い瞳がアルニカを捉えた。
「……………おい貴様ら」
「はっ、はい!?」
後退りするアルニカの前にクロが出た。
女アイコンは二人を睨みつけ、それぞれに白銀の銃を構えた。
「何故あの男を追っていた」
「いや、それは」
「警察か?」
クロはまともに答えた。
「いや、警察はむしろ俺達の敵かな」
「ほう?だったら何者だ」
フードを取れば簡単だが、バレれば調査は困難になる。
アルニカが唇を噛むと、アナウンスが流れた。
『本日の“オール”は終了です。トップの選出はありませんでした。また来週のご参加、お待ちしております』
市街地が結晶となって消え始めた。
その場にいた三人と張り付けにされたアイコン以外がまっさらになる。
アルニカが現場に駆け寄ると、更にアナウンスが流れた。
『そして、本日お越しいただきました一輪の花に一言だけ、添えさせていただきます』
クロがアルニカを呼んだ。
「離れろ!!」
「え?」
『我が名は主催者。ようこそ、私の物語へ。心よりお待ちしておりました、アルニカ』
アルニカの目の前で、十字が光り出した。
その光が瞬くと、十字はアイコンごと爆発した。
目を瞑っていたアルニカが周りを見渡すと、あの女アイコンにクロと一緒に抱き抱えられていた。
爆風の中、その女アイコンはアルニカを見て目を丸くしていた。
アルニカは頭に触れた。
フードが爆風で取れていた。
即ち。
「…………アルニカ?」
「げ!!」
クロが真っ先に女アイコンから抜け出し、毛を逆立てた。
「ちょっと!さっさと離れてくれる?!」
「何だよ、まさか貴様がアルニカの猫か?」
「そうですけど何かご不満でも?」
早々に火花を散らすクロを制すようにアルニカは手を振った。
女アイコンから離れたアルニカがクロを撫でた。
「助かったわ、ありがとう」
「オールキラーの件か」
「そうよ。クロちゃん、被害者の居場所を特定して」
「菊通りの学生寮から。残念ながら…」
アルニカは目を伏せて頷いた。
「………尾行が駄目なら、的になるしかないわね」
「かなり物騒な事に…………あぁ、わかってますよ?言ったらもう曲げる気無いんだよね?」
「もちろんよ!手伝ってよね…?」
アルニカは言葉を止めた。
女アイコンが二人に白銀の銃を向けていた。
「オールキラーは俺が追ってる。貴様らは手を引け」
「あなたは?」
「リュウ。スナイパーだ」
「……」
クロは失笑した。
聞かなくてもわかる。
「あんた、犯人が誰だかわかってるんだね。知り合い?」
僅かに目が泳ぎ、クロはにんまりと笑った。
「それでいて止めるどころか、エスカレートさせてる。聞いてあげる。いつ犯人をその銃で撃つの?」
「クロちゃん、私達のすべき事は被害者を攻める事じゃないわ。帰るわよ」
「はーい。じゃ後で成果を送っとくよ」
クロはログアウトし、アルニカは女アイコン、リュウに頭を下げた。
「失礼な事をごめんなさい」
「……引く気は無ぇんだな」
「無いわ。私を誰だと思ってるの?悪事を放っておけるわけないのよ」
「次あのエリアで会ったら敵だ」
リュウは白銀の銃をホルダーに収め、二歩の助走で空高く飛び去った。
アルニカは爆発の跡に膝をつき、破片と血の結晶を見回した。
「…電脳で殺されて現実でも殺される?私じゃあるまいし……」
この時、アルニカは一つの仮説にたどり着いていた。
「死因によるわね」