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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
67/110

第一楽章‐1:提案

午後2時40分。

お菓子と紅茶が恋しくなる昼下がり。

美咲は大層嫌な顔で教室にいた。

その前で懸命に手を合わせるのは生徒会長の花岡紗夜だった。

「お願い!2、3曲でいいわ!」

「何か見返りあります?」

「えっ…………」

花岡が頼んでいるのは、椿祭のステージイベントだった。

ピアノで美咲に演奏してもらいたいようだ。

美咲は学園ではトップランクの能力者のため、ステージでは最後の枠に入ることが可能である。

他のトップランクも様々なステージイベントを繰り広げる予定だ。

学園としては美咲にもステージをやってもらいたい。

本人は全く乗り気ではないが。

「みっ見返り?!」

「何も無しで人雇うんですか」

学校で雇うも何も………………と思った花岡の背後から箕輪が飛び出した。

「はいはーい!美咲ちゃんピアノやりまーす!しかもオオトリでーす!ねー?」

「ちょっと!勝手に」

箕輪がまさかのオーケーを出し、花岡が安堵の息。

クラスの女子達も拍手して喜んだ。

絶対見に行く!

体育館でやるの?

楽しみ!

こうして本人以外の手によって、美咲のピアノコンサートが決定した。

一切意見を口にしなかった綿貫が美咲の肩に手を置いた。

午後4時36分。

夕焼けに染まる教室で、美咲は机に突っ伏していた。

隣で綿貫が無言で頬杖をつく。

美咲からため息が漏れる。

綿貫がそれを横目で見る。

「嫌なら言ってこようか?」

「…………いや」

美咲は体を起こし、またため息。

「ピアノは好きだし、コンサートも楽しいし……………でもお母さん誘いにくい」

「誘えばいいじゃん!絶対見に来てくれるって!」

「だから嫌なんでしょう」

美咲は席を立ち、一人で教室を後にした。

帰る先が寮で良かった、と思いながら美咲は学校を出た。

吹き抜ける風が冷たく、小さな手をセーラー服の袖に隠す。

美咲が通学路を逸れ、行き付けのカフェに向かった。

財布の中には500円、紅茶くらいは飲める。

金無しと言えど、カフェくらいは行く。

というより、カフェばかり行っているから金無しなのでは、とさえ思う美咲だった。

「おい、お嬢ちゃん」

町中で美咲を知らないのであろう若者たちが絡んできた。

美咲がため息をつく。

現在、美咲は喧嘩禁止令が出ている。

しかし、それが腹立たしかったのか、若者たちが美咲を取り囲んだ。

色々と暴言が飛び、美咲がさらにため息。

このままでは確実に喧嘩だ。

美咲が仕方なく片足で道路を叩こうとした瞬間、全く知らない声が飛んできた。

「小さい子相手に何してんだい?退きな」

黒い唾つき帽子、黒いコート、黒いブーツの肌以外が真っ黒女性が格好よく立っていた。

後ろに背負っているのはギターケースだろうか、これまた黒い。

若者たちは舌打ちまじりに退散し、女性がヒールを鳴らしながら美咲に近付いた。

「あ、ありがとうございます」

「いいって。あたしだってあんなに勇気振り絞ったんだから。いい経験だよ」

女性は自販機に寄り、ブラックの缶コーヒーを買った。

美咲も注文を聞かれたので、カフェオレを頼んだ。

おしゃれなマンション街の広い階段に座り、缶コーヒーを飲んだ。

「あたしは宮園葵。駆け出しミュージシャンってとこかな」

「私は美咲歩海。椿乃峰の一年」

椿乃峰学園を知っているようで、宮園は拍手した。

あのお嬢様学園か、と何故か喜んだ。

遠くでは大音量で昼に聞いたCYANの歌声が鳴っていた。

「あの人、“CYAN”だっけ」

「そうそう、今回はラブソングで……」

「なんか、悲しい声なんです」

宮園が首を傾げ、美咲に聞き返した。

「こう………本当は違う!って伝わってくるような……………あ、私、能力が音波で、気持ちが伝わってくるし、発することもできるんです。だから、小声ですみません」

「そうなんだ。………大変な能力だね」

「………大変って言われたのは初めてです。でも、本当です」

美咲は微笑んだ。

「今日なんて、ピアノの演奏頼まれて」

「この時期………文化祭だな。親とか誘うんだろ?」

美咲は正直に話した。

親を誘いにくいことを、なんと言えばいいのかを。

宮園は笑って返し、美咲の肩を叩いた。

夕陽が二人の影を伸ばし、宮園がブラックを飲み終えた。

「きっとお母さん待ってんじゃないかなぁ。娘のステージを見たくない親はいないんだから」

美咲は俯き、頷いた。

そして何か思い出したように顔を上げた。

「あ、あの………もうひとつ、いいですか?」

宮園にこそこそと耳打ちし、彼女がニヤニヤした。

美咲が頬を赤らめた。

「そりゃあ、誘うしかないだろ!なんなら、一緒に出掛けたり」

「そんな!無理ですって!そういった関係じゃないんで!」

「勇気出しなよ!絶対大丈夫だって!」

宮園は笑っていたが、美咲にとってその言葉は心強かった。

美咲はカバンをあさり、中から一枚の招待券を取り出した。

招待券を宮園の前に差し出した。

「えっと………その……………み、見に来ていただけませんか………ピアノも、やってみます!お礼とかそんなんじゃないですけど………」

宮園は招待券を受け取り、唇に軽く当てた。

「上出来だ。でもあとの二枚は敬語使うなよ?変だからね」

宮園がギターケースを背負って立ち上がった。

自分が飲んでいた空き缶を持ち、美咲もカバンを持って立ち上がった。

「あまり無理すんじゃないよ」

「え?」

「演奏も喧嘩も。さっき真っ向に喧嘩しようとしてただろう?」

美咲が頬をかいて目を逸らした。

「いくら能力が完璧だろうと、そいつ自身も完璧じゃなきゃいけないわけじゃないんだ。じゃ、健闘を祈るよ」

宮園はマンション街の向こうへ消えていった。

美咲はしばらくそこに立ち尽くし、午後6時07分。

無事に寮に帰った。

不在の篠原の代わりに芦屋が美咲をこっぴどく叱り、寮長室の掃除をさせられた。

翌日、クラスにて午前9時53分。

美咲は花岡にピアノステージを受けると言いに行った。

花岡は喜んで椿祭の予定表にそれを書き込んだ。

「音楽室のピアノ使っていいから!」

「はい、曲は後で決めて報告します」

「ありがとう、引き受けてくれて」

美咲は昨日のことを思い出した。

宮園葵。

椿祭に来てくれるだろうか。

そう思いながら放課後を待った。

吹奏楽部が第二音楽室に移動する慌ただしい音楽室。

午後2時48分。

美咲は綿貫と床にカバンを置いた。

「曲は決まったんすか?」

「まだ。適当に弾く」

急に引き受けた理由を聞かれたが、それには答えなかった。

美咲はグランドピアノの前に座り、綿貫は黒板の下にベタリと座った。

蓋を開け、カバーを取ると、見慣れたモノクロの鍵盤が規則正しく並んでいた。

美咲はこれをいつも美しいと思う。

楽器はどれも等しく美しい。

形、感触、音、そのすべてが五感を揺るがすのだ。

深く呼吸し、彼女は鍵盤に優しく指を滑らせた。





     *    *





午後11時52分。

群青の電脳世界のあるエリアに、黒いローブに身を包んだアルニカはいた。

ローブで隠れた頭の上には、クロがだらりと乗っていた。

周りは物騒な銃器を持つ男性アイコンが多数。

「本当に物騒なエリアね」

「ここで事件が三件も続いてる。毎週末、全チーム一斉にゲームをして一位を決める『オール』。それで一位になったチームのアタッカーが次の週、誰かに殺されてる」

「電脳内で?」

「そう。で今回殺される予定になってる命知らずはアレ」

クロが髭を揺らした。

視線の先には筋肉質の男性アイコン、その肩には回転式ガトリングが掛かっていた。

「奴を見張れば犯人がわかるかも」

「犯人が出て来たらボッコボコにするのね!」

「喧嘩禁止令も何のその、と?」

午後11時59分。

二人の背後でエリアが隔離される音がした。

灰色のフィールドに囲われ、唯一の出入り口となった重い扉が閉まっていく。

その時、閉まりかけた扉に黒い細長のケースが飛んできて、がっちりと空中で挟まった。

二人がケースを見ていると、その上にニーハイブーツが乗った。

片足で踏み込み、空中を一回転し、綺麗に着地した。

その反動でケースが扉を抜け出し、ギリギリで入ってきたアイコンの手に戻った。

艶めく青いポニーテール、長い白マフラー、青と白のストラップレストップスから露出した腹の右側には赤い炎を思わせる刺青がある。

スカートパンツから伸びるすらりとした細い両足には黒いベルトと、そこから下げられた緩めのニーハイブーツ。

青い瞳はちらと、閉まりきった扉を見てからまた前に向けられた。

クロが小声で呟いた。

「珍しいな。女アイコンなんて」

「しかも超怖そうだわ」

「さて、始まるぞ」

午前0時。

灰色のフィールドで、正義のヒロインがお忍びで電脳サバイバルゲームに参加した。

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