第四楽章‐3:結果
美咲歩海は異常な事態に遭遇した。
銀髪を一つ結びで下ろした燕尾服の男が深々と頭を垂れた。
「お待ちしておりました。美咲歩海様」
思考が停止した。
何を返せばいいかわからない。
そもそも何からつっこめばいいかわからない。
「……………」
美咲が固まっていると、男が顔を上げた。
「お話したいことがございます」
「……いや、知らない人についてっちゃダメでしょ」
男はハッとした。
青い宝石のような瞳を輝かせ、また深々とお辞儀した。
「申し遅れました。私、山吹病院管理者アリシア・フリーデンの後任となりました、グラン・ヴェルトと申します」
「アリシア?………え、あの……」
「どうしても会っていただきたい方がおります、どうかご同行を」
「…………わかったわ。病院ね」
そう言って向かった山吹病院だが、グランは受付やガードやらを全て顔パスで入った。
美咲はそれについていくしかなく、一つの病室に着いた。
名札に美咲は息をのんだ。
「……霧島……佳乃……」
「はい、彼女にはこれからアメリカに飛んで頂きます」
彼が引き戸を開け、美咲は病室に入った。
中は清潔な白一色の部屋で、それに溶け込むように白い霧島がベッドに座っていた。
窓の外を見ていたようで、美咲が二、三歩進んだところでやっと振り向いた。
銀髪のくるくるとしたカールが美しく、どこにも異常はなかった。
ホッとして美咲がベッドの隣に立った。
「良かった、霧…」
霧島が首を傾げた。
「あなた、どちら様かしら?」
美咲が止まった。
どちら様?
まさか。
手が震えた。
「え、ちょっと」
「私は金崎綾。よろしくね」
霧島であるはずの彼女が微笑み、右手を差し伸べた。
美咲は察した。
右手を差し出し、握手する。
金崎がまた微笑む。
「温かい手ね。あなた………どこかでお会いしたかしら?」
「え………」
彼女が美咲の手を両手で握る。
「どこかで……」
美咲の顔が少し寂しげに見えた。
眉を困らせたり、口の端が下がったりはしなかったが、どこか寂しげに見えた。
「んー………」
「美咲歩海」
美咲が微笑んだ。
「私は、美咲歩海。よろしく」
「ええ、よろしくね!美咲さん!」
金崎の表情がパッと明るくなった。
美咲はうまく部屋を抜け出し、外で待つグランに聞いた。
「どういうことよ……」
「あなたが新しいプログラムをインストールさせたことによって、全ての記憶がリセットされたのです。能力も無力化されましたので、治療に専念する、という形でしょうか」
「………」
美咲は口を塞いだ。
ショックだったのだ。
救おうとした霧島を記憶喪失にさせてしまったからだ。
「私は……」
「美咲様。一つ、受け取っていただきたいものがございます」
そう言ってグランは、白い封筒を差し出した。
美咲が受け取ると表には美咲歩海、裏にはアリシア・フリーデンと書かれていた。
「これ……」
「アリシア・フリーデンの遺書でございます」
美咲がグランを見た。
一切表情を変えずに言っていた。
美咲は俄に理解した。
「アリシアは昨晩、自殺されました」
「研究所でしょ?!」
美咲は声を潜めながらも怒鳴った。
グランは無表情で首を振った。
「あくまでも、自殺でございます」
「そんなわけ……」
「お読みください。大事なことが書かれているはずですから。その手紙は…………あの方が命を懸けて託した最後の言葉ですから」
美咲は封筒を開け、中の二枚の紙を広げた。
グランがまた深々とお辞儀する。
「私の役目はここまでです。では、失礼いたします」
「グランさん。あなたはこれからどうするの?」
彼が微笑んだ。
「仕事は山積みでございます。新しく管理職を務める事になりましたので」
「………そっか」
グランはもう一度お辞儀し、金崎の部屋に入っていった。
美咲は一人で病院を出た。
透き通るくらいに青い空には、城のような大きな雲が流れていた。
「………」
自然と涙がこぼれた。
歩きながら気持ちを落ち着けるのが精一杯で、手紙を読んだのは寮の庭だった。
ベンチが二つほどある豪華な庭で、美咲は一人で手紙を読んだ。
二枚目が白紙であるのを見て、苦笑した。
「………遺書は普通お返事望むもんじゃないって」
美咲はアリシア・フリーデンの遺書を読み始めた。