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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
62/110

第四楽章‐2:翌朝

午前5時12分。

美咲は我が家の温かい布団の中で、ゆっくりと目を覚ました。

昨日はお祭りで、能力喰いを止めて、襟澤要に会って………。

寮に戻らなければ。

上体を起こし、目をこすった。

「………帰ろ」

「ん、そうな。篠原さん心配してたぞ?」

「ぎゃっ!」

美咲は飛び起きた。

出入口の辺りに美咲歩遊が胡座をかいていたからだ。

着物で胡座とは、なんともはしたない格好である。

「お母さん!篠原って……寮に電話したの?」

「いや、電話がきた」

「そっか」

美咲はゆったりした寝間着用の着物を脱ぎ、きれいにたたまれた制服に手を伸ばした。

「人前で着替えるなって何度言えば………」

「お母さんだから別に。あ、そうだ。売り上げどうだった?」

歩遊が急に笑顔で話し出した。

とても好調だったようで、今日も楽しみだと語った。

青く清楚なセーラー服に着替えた美咲は、スカートの丈を膝上3センチあたりに合わせた。

「歩遊」

「ん?なんだ?呼び捨てなんてここに来た時以来だぞ」

美咲が歩遊の前に正座した。

「あ、あの……その……………」

歩遊は何も言わずに娘の言葉を待った。

その顔立ちはとても若々しく、二十代ほどに見える。

美咲はしっかりと前を向いた。

「………歩遊、カラアゲが食べたい」

「…………」

「……カラアゲが食べたい」

「………わかった。すぐ作る」

後、美咲は母とカラアゲ定食(風になった食卓)を囲み、美味しく完食した。

片栗粉が多めだからか、カラアゲには白い塊がところどころについており、それがまた美味しかったりするようだ。

美咲はふわふわの黄色いカラビナポーチをスカートに引っかけ、玄関で革靴を履いた。

歩遊が後ろから桜色の風呂敷を持って駆けてきた。

「昼飯持っていきな!おにぎりにしといたから」

「ありがとう。じゃあ……」

美咲は風呂敷を受け取り、引き戸を開け、中に眩しい朝の光を入れ込んだ。

娘は振り向き、微笑んだ。

「いってきます、お母様」

「……おう!いってらっしゃい!」

こうして美咲は家を出て、大きな木の門を蹴り開けた。

すると目の前に見知らぬ男が立っていた。

見慣れぬ長い銀髪を一つに結わえた燕尾服の男だった。

美咲が顔を見る前に、男は頭を深々と垂れていた。

「お待ちしておりました。美咲歩海様」

こんな出迎えは初めてだった。

午前6時26分。

暑い朝日を浴びながら、美咲組本家で異様な朝が始まった。




    *   *




午前6時30分。

襟澤称は我が家のソファーで目を覚ました。

だらりとした真っ黒の半袖からは腹が丸見えだった。

目は開けたが、動かなかった。

仰向けで、天井をボーッと見つめていた。

ただし、寝起きなので睨み付けているようにしか見えない。

色々とあった。

衝撃的だった。

「…………要……」

襟澤は起き上がり、ソファーから足だけ下ろした。

急に悲しくなった。

嬉しかったはずなのに。

死んだものと思っていた兄弟が生きていた。

しかし自分が知っていた彼は面影もなく、殺意まで向けられた。

困惑していた。

何かを諦めたような目がゆっくりと瞬きをし、襟澤は自分の部屋に向かった。

美咲が風邪でベッドを使ってから掃除もしていない。

急な来客は自分の汚い部屋には困るものだ。

ドアノブに手をかけ、少し止まった。

「………服とかないよな…………」

自分のではなく、美咲の着ていた服である。

実は、美咲のびしょ濡れだった服は、クラスメイトの如月まりあを呼んで着替えさせた。

妙な所で借りを作ってしまった。

顔を赤らめた後、首を振った。

部屋を開けた。

しかし彼は中に入らず、扉を閉めた。

もう一度部屋を見た。

きれいに片付いていたのだ。

床に散らばっていた漫画は棚へ、パソコン関係は全て机の上にあった。

その机もきれいに片付けられ、彼にとってはまるで自分の部屋ではないように見えた。

制服はハンガーに掛けられ、脱ぎ捨てた服は整ったベッドの上にたたんであった。

誰がやったかはすぐにわかった。

直ぐ様クローゼットを開け、安堵した。

机の上に紙が置いてあった。


〔大変お世話になりました。ありがとうございました。って着替えさせてくれた人に言っといて〕


きれいな字だった。

「俺には言わないの」

そして少し下に。


〔あと〕


シャーペンでカツカツと紙を大量にノックした跡。

相当悩んだようだ。

黒くなりすぎて小宇宙ができていた。

そしてその下に。


〔ありがとう、えり沢。〕


襟澤が含み笑いをし、すぐに吹き出した。

「名前の字が何一つとして合ってない…………こりゃ面白いや!永久保存版にして………」

襟澤は紙の裏を見て真っ青になった。

数学の問題プリントだった。

上には夏休みプリント、右下には“17”とページ数。

後、悲鳴。

「あッのバカ野郎がぁぁァァァッッ!!!!」




    *   *




午前6時48分。

椿乃峰学園女子寮では穏やかな朝を迎えていた。はずだった。

305号室。

「ねぇねぇ、ちーぃーっ!」

「うるさい!」

芦屋千代は何故かカンカンに怒っていた。

ルームメイトの神宮愛里沙が彼女に平謝りしていた。

「寝顔写メくらいいーじゃん!あたしより遅いなんて一生無いし!減るもんじゃないし!」

「とにかく写メは削除!携帯は本日没収!」

神宮のブーイングを無視した芦屋は部屋を後にした。

さっさと朝御飯を食べなくては。

と張り切って向かった食堂は何故かガラリとしていた。

ベージュと茶のタイル床と木製の美しいテーブルと椅子、その奥の席で一人だけ座っていた。

バッサリと切られた黒髪、魔女のような黒いローブの安西潔子だった。

芦屋が近寄ると、彼女は本を読んでいた。

テーブルには完食した朝食の皿があった。

「おはよう、きよ」

「気安く呼ぶでない」

クスクスと笑いながら芦屋は隣に座った。

すると安西が本を閉じ、席を立った。

「待っておれ」

安西は厨房に向かい、料理を始めた。

美味しそうな匂いに自然と芦屋は目を閉じた。

しばらくして安西が朝食を持ってきた。

並々盛られたご飯と焼き魚と味噌汁だった。

「スペシャルだ」

「昨晩、寮長が旅に出たのじゃ。しばらくは私が作ろう」

「何で?」

安西が隣に座り、芦屋は朝食を食べ始めた。

「篠原の能力は“時間旅行”じゃ。気づいたらなんとか時代にいた、ということもあるようじゃ」

「いや、そうじゃなくて。何できよが作るのよ?」

安西がきょとんとして言った。

首を傾げる。

「他に早起きできる奴がいるのか?」

芦屋が苦笑した。

しかしすぐ反論した。

「私がいるわ」

「お前は良い。生徒会の仕事があろう」

安西が本を開いた。

芦屋が頬を膨らませた。

黙々と朝食を食べ、完食した。

「ごちそうさま!」

安西が本を閉じ、完食した皿に手を伸ばした。

が芦屋が皿を持った。

「おい」

「晩御飯の買い物付き合って♪寮長の財布持って桜通りに集合ね」

「ちょ」

「ちなみに、私のほうが絶対に料理上手いんだから。勝負よ!」

芦屋は厨房に向かい、皿を水に浸けた。

安西は席を立った。

ほんの少し口の端を上げ、厨房に向かった。

大きな窓から差し込む日の光が、二人の笑いながら話す声を優しく包みこんだ。

穏やかな1日の始まりを告げた。



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