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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
61/110

第四楽章‐1:花火

午後6時33分。

木々がざわめく祭りの夜。

浴衣姿の美咲歩海が偉そうに立っていた。

「お望み通り帰ってきたわ!」

要は下駄を食らった頬を撫でながら立ち上がった。

驚愕していた。

「能力喰いはどうした!」

「はっはー!悪事に関しては再起不能にしてきたわ!能力も全部返してもらったしね!」

下駄がよほど邪魔だったのか、もう片方も脱ぎ捨て、襟澤称に手を差し伸べた。

しかし全身麻痺中の彼が手を伸ばせるわけもなく、その間に要がナイフで美咲に斬りかかった。

咄嗟に彼女はそれを避け、右手を音波で震わせた。

要が称の肩を強く踏み、美咲が足を止めた。

「お前やっぱり言ってないんだな、“自分が人殺しだ”って」

美咲は首を傾げた。

嘲笑いながら彼は言った。

「俺は8年前、こいつに殺された」

森が沈黙した。




    *   *




「称と要はとても似てるわね」

「見分けがつかないくらい」

双子の少年はとても似ていた。

でも決定的な違いが一つだけ二人にはあった。

「でも片方は頭が良いから」

「きっとお父さんのお仕事も継げるでしょう」

片方は頭が良く、片方は全て無難な普通の子だった。

これが彼らの物語の始まり。

片方は、もう片方の頭脳を羨ましがった。

みんなが彼を見た。

僕は………。

僕は…………。

黒い影ができた。

片方は、もう片方を突き飛ばした。

死んでしまえ!

死んでしまえ!!

お前なんかいなければ僕は!

僕は…………!!




    *   *




神社の森で爆発音が響いた。

太鼓の音でかき消され、気にもされなかった。

森は荒れていた。

大木が音の刃で切り落とされた。

称が瞬きをした。

彼女が言ったからだ。

「それで?」

要が息をのむ。

「だったら何?」

大木による地響きが収まり、美咲は要の前まで歩いた。

二人の間で倒れていた称が冷や汗。

「私のパートナーに勝手な文句つけないでくれる?ぶっちゃけそんな事どうでもいいじゃない」

そして右手に溜めていた大量の音波で要をぶん殴った。

「そもそもお前死んでないじゃない!!」

また遠くへ飛ばされた要を見ながら美咲がガッツポーズ。

次は自力で称の手をつかみ、無理矢理に彼を座らせた。

風がたくさんの葉を落とさせ、小さな音がこだました。

「大丈夫?」

「動けないだけ………だな………あの、あいつは」

要がゆらりと立ち上がったので、美咲が拳を構えた。

「よくも………よくもぶん殴ってくれたな!ふざけやがって」

「かかってらっしゃい!私のパートナーを傷つけた罪は重いわよ?!」

称は美咲を呼んだが、彼女は全く聞かなかった。

間もなく、美咲と要は全身麻痺者を一名差し置いて、戦闘を開始した。

「………お………おーい………」

その時。

何羽もの鳥が羽ばたいた。


要は笑った。

美咲が身構えると、要は素早く拳銃を構えた。

月に黒光りし、その銃口からすぐに弾が飛び出した。

弾は美咲に向かっていた。

美咲は音叉が間に合わない事を直感した。

しかし、弾が美咲の目の前で止まった。

その弾を見た。

美咲の前で宙を舞い、地面に落ちるその弾を。

美咲は嬉しそうに振り向いた。

美咲に向けて右手をかざす襟澤称を。

「………やっと帰って来ましたってね」

要が舌打ちをし、拳銃を収めた。

二人に背を向け、ひらひらと手を振った。

「さすがに称クンに能力戻っちゃったら面倒だね。能力喰いも落ちたみたいだから帰らせてもらうよ」

そして要は森の闇に消えた。

美咲は襟澤と目が合った。

すると襟澤が美咲の方に手を伸ばした。

美咲がその手をつかむと、彼はそれを強く引っ張って立ち上がった。

引かれてしまった美咲を支え、言った。

「…ありがと」

「いいえ?」

襟澤は美咲が飛ばした下駄を拾ってきた。

「で、あんたどこのオルゴールから出たの」

「巾着の中」

美咲は地べたに置かれた巾着を指差した。

「怪我は?」

襟澤が何故か無言なので美咲は顔を覗いた。

また情けない顔をしていた。

そんな彼の頭を美咲が軽く叩いた。

襟澤が叩かれた箇所を撫でた。

「知ってる?そんな顔してると顔の筋肉が退化するのよ。するとそんな顔のままになっちゃうんですって」

「………それ別に実証されてな」

「笑って?どうせ気にして欲しくないんでしょ?花火見るならこっちよ」

そう言って美咲は襟澤から下駄を受け取り、素足を払ってから履いた。

「で?怪我は?」

「外傷は無いな」

美咲が軽く返事をし、先に歩き出した。

襟澤はそれに続き、神社の鳥居に出た。

後ろには稲荷像が左右に構える神社が見えた。

「階段をここまで登ってくる人いないの。ここ前のお堂で、今のお堂の裏にさらに階段あるんだ」

たしかに階段も、その周りも全く掃除されていなかった。

軽く石段を払い、二人は座った。

美咲が夜空を指差すと、大輪のような美しい花火が上がった。

その一発に続き、次々と花火が上がった。

大きな音を立てながら、花火が夜空を華やかにした。

二人は花火に目を奪われ、美しい空を眺めていた。

「………俺の親父さ、襟澤雪路っつって、花柳の防御プログラムつくったんだ」

美咲が花火から目を離した。

花火を眺める襟澤の横顔を見た。

「まぁ、天才ってやつですよ。で、俺ら双子は相応に期待されてたわけ。でもそこまで頭はなかった」

花火は絶えず上がり、星形や、花の形のものも上がった。

襟澤が指差したので美咲が花火に目を戻す。

「ちなみにさ、俺はいつか親父のつくったファイアウォールをガッタガタに崩して突破するのが夢。超えたってことになるだろ?まぁ、犯罪だけどな。でもいつか………」

襟澤が笑顔だった。

美咲はやはり襟澤を見ていた。

しかしそれも束の間、美咲を見て急に慌てた。

「いや、ぃ今のは………えっと……」

「いいじゃない」

襟澤が止まった。

「夢があるって、いいことでしょ?」

美咲が微笑んだ。

花火はもうそろそろクライマックスに向かっていた。

「あのさ…………一つ言ってもらいたいんだけど、いい?」

「?」

襟澤が真顔で言った。

「俺の名前」

「はぁ?今?何で」

「ほら、あんたすぐ忘れるから。って何顔赤くしてんの?」

美咲は頬を赤らめ、襟澤から少し距離を置いて座り直した。

襟澤の頭上で豆電球が点いた。

美咲の隣に座り直し、横に少し出した髪に指を絡めた。

「好きになっちゃった?」

いい感じに見えたシチュエーションの中、美咲は襟澤の頬を全力で殴った。

稲荷像の方まで飛ばされた襟澤の頬が煙を上げる。

「なるかアホ!バカ!死ね!次やったらエロ猫って一生呼ぶから!」

「………それって俺と一生を共にす…」

「黙れ大間抜け!」

美咲が襟澤を指差して激怒した。

しかし、二人は止まった。

暗くなったからだ。

いや、祭りの明かりがあるのでそこまで暗くはない。

空が暗くなったのだ。

花火が、終わったのだった。

美咲がすっからかんの空を眺め、襟澤を睨み付けた。

「お前のせいで花火見逃した!」

「俺のせい?!あんたが素直じゃないからじゃん!」

「何だと?!!なぁーにが好きになっちゃっただ!好きになるかボケナスふざけんな!」

襟澤が吹き出し、笑いだした。

美咲の言葉が止まり、つられて笑った。

また太鼓の音が響き始めた。

美咲は胸に手を当て、深呼吸した。

「……………………ぇ…」

その声に彼は笑いを止めた。

美咲の顔は逆光で見えなかったが、たしかに聞こえた。

その一言に襟澤は頬を赤らめた。

襟澤に手を差し伸べ、彼は立ち上がった。

「十分でしょ?帰るわよ、襟澤!」

手をつないだまま二人は階段を降りていった。

手はお互いに熱く、美咲には二人分の鼓動が聞こえた。

それ以上は喋らなかった。

必要なかった。

夜空にはまだ花火の出した煙が漂い、雲に同化していった。

空に溶けるように。




    *   *




午後7時19分。

山吹病院の管理人室で一人の女がたくさんのパソコン画面を眺めていた。

少女に見えるこの金髪の女性はアリシア・フリーデン。

アルニカにタブレットを渡した本人である。

ガードロボットのキャロラインとアンジェリカは見回りでいない。

後ろで扉の閉まる音がした。

「………こんな遅くにご苦労様だな」

ヒールの音がして、アリシアの座る車椅子の隣でそれは止まった。

「悔いは無い。私の手で救えるものがあるのなら、私のありとあらゆる知識と実力を以て救う権利と義務があるのだと思った。アルニカは本当に、正義のヒロインなんだな。………さよならだ、友よ」

アリシアの頭に銃が向けられた。

アリシアが静かに目を閉じた。

銃を向ける人物が言った。

「さよなら」

その刹那、銃声が響いた。



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