第三楽章‐3:破裂
アルニカは絶句した。
大勢の人間の能力と、霧島佳乃の命を天秤にかけられたのだから。
午後6時10分。
能力喰いが時空領域を元につくられた能力だと気付いた。
時空領域は、あらゆるものを飲み込んでそれを決して吐き出さない無限の空間。
これを事件と称して実験、確認をした。
犯人だった女子高生、浜風莉子も詳細までは知らなかっただろう。
この実験が成功し、そのデータは人間に直接組み込むプログラムに姿を変える。
協力者の霧島佳乃にプログラムを組み込む。
全てを飲み込む時空領域は“能力”になった。
“あらゆる能力を飲み込み、吐き出さない能力”に。
電脳世界は沈黙した。
無理矢理に時空領域をこじ開けた時とは違う。
消滅させた時とは違うのだ。
アルニカは考えた。
「………研究所でならプログラムごと取り出せないかしら」
「?」
「霧島さん、私の能力を奪いなさい」
「?!!さっきまでと言ってることが……?」
能力喰いの言葉が止まった。
アルニカが一度、彼女を呼んだ。
しかし彼女はその場でもがき苦しみだした。
「能力の暴発が始まっている」
アリシアの声がした。
アナウンスを使っているようだ。
おそらく二人にしか、今はアルニカにしか聞こえていないだろう。
「暴発?!」
すると空から小さな緑色のタブレットが落ちてきた。
拾うとアリシアがまた喋った。
「それを能力喰いの口に入れろ」
「これは?」
「新しいプログラムだ。能力の出し入れを自由にするためのな」
アルニカは苦しむ能力喰いを見た後、タブレットを握りしめた。
「何で作ったの」
「一ついいか?」
アルニカが空を見上げた。
「………服は似合ったか?」
「……着てみた。綺麗だった、ありがとう」
「そうか。では健闘を祈る。正義のヒロイン」
アルニカは少しだけ頬を赤らめ、首を振った。
「霧島さん…今助けるから!」
と走った瞬間。
アルニカは遠くに吹き飛ばされた。
能力喰いがゆらりと立ち上がる。
回りに蒸気が出るほどの熱を帯び、白黒の瞳をギラギラと光らせた。
「一筋縄ではいきませんってか」
「何してるの?」
「え?だから暴発………」
聞き覚えのある声に答えてしまった。
後ろには藤色の髪を一つに結い上げたウィステリアがいた。
腕を組んで仁王立ちしていた。
濃紺のスリットが入った着物から見える素肌が色っぽい。
「あの子どうかし」
「伏せて!」
能力喰いが火の玉を投げつけてきた。
アルニカがウィステリアを突き飛ばし、自分もその反動で火の玉を避けた。
「何あれ?!」
「巷で噂の能力喰い。このタブレットを口に入れれば止まるけど、ちょっと難しいかな」
二人は素早く立ち上がり、服の乱れを直す。
「黒猫は?お休み?」
「まぁね。今は祭りを彼女から守らないと」
ウィステリアは祭りの明かりをちらと見た。
確かにマズイ。
花柳が崩壊しかねないのだ。
「引き付ければいいの?」
ウィステリアが右手に光の粒子を集め、木刀を構えた。
アルニカが隣でギョッとする。
「剣道三段、柔道一段、合気道と書道ともに初段。真剣を扱う許可証も所得するつもりよ」
ウィステリアがため息をついた。
「全てアルニカを捕まえるために取った」
「そりゃご苦労様」
恐ろしい女だな。
書道が果たして関係あったか、というと頷けないが。
と思いつつ微笑んだ。
「今回は仕方ないわ!今あなたに死なれたら困るしね」
「?」
ウィステリアは能力喰いに向かってまっすぐ走り出した。
能力喰いが黒い傘で木刀を止めた。
ただの傘ではあり得ない硬さでびくともしなかった。
能力喰いがアルニカを探そうと視線を泳がせたので、ウィステリアは傘を振り払った。
「相手は私よ!」
鈍い金属音が響く。
ウィステリアが間を置かずに能力喰いに斬りかかった。
しかし、能力喰いが急に何か構えた。
ウィステリアのちょうど腹のあたりに拳を入れ、彼女を吹き飛ばした。
なんとか着地したウィステリアは木刀を構え直す。
「格闘も能力の内………か……!」
ウィステリアは木刀を捨てた。
能力喰いがまっすぐに走ってきた。
ものすごいスピードだった。
おそらくこれも能力だろう。
ウィステリアが軽く構えた。
能力喰いが目の前に来た瞬間。
ウィステリアは能力喰いの手首をつかみ、叫んだ。
「アルニカ!」
能力喰いがハッとして振り返った。
タブレットを持ったアルニカが音波に乗っていた。
素早くタブレットを口にいれ、顎を持って無理矢理飲ませた。
「飲め!!」
ウィステリアがまじまじと見る中、能力喰いはタブレットを飲んでログアウトしてしまった。
二人は同時に地面に座った。
大きなため息をつきながら。
「…………私の祖母は…………あなたを待って死んだ……」
ウィステリアが急に言い出し、アルニカが彼女を見た。
「友達って言ってた。私はまだ小さかったし、わからなかったけど、どうしてもまた会いたいって待ってた………」
ウィステリアが拳を握りしめた。
後悔するように顔を歪め、藤色の瞳には涙が溜まっていた。
「でもあなたは来なかった!」
アルニカは思った。
おそらく母だ。
でも彼女にとって自分はその日のアルニカだ。
幼いウィステリアが見ていたアルニカだ。
「……ごめんなさい」
「?!」
ウィステリアが彼女を見てギョッとした。
手を前にしっかり揃え、頭を垂れていた。
いわば、土下座。
「私が弁解したって何にもならないけど、きっと時間があれば行きたかったと思うの!本当にごめんなさい!私を捕まえるとかは別にいいけど、アルニカはきっと、あなたのおばあ様にとっても正義のヒロインだよ!だから嫌いにならないでほしいの!」
ウィステリアが石化した。
アルニカがハッとして口を塞いだ。
「……あなたアルニカよね?」
アルニカが冷や汗をだらだらと流す。
「あなた祖母の友達じゃないの?」
「………とっ!友達!友達です!」
明らかに、100パーセント疑いの目だ。
まずい。
アルニカはすぐに立ち上がった。
「う、ウィステリア、今日はありがとう!」
「え、べ、別にお礼なんて!………てか他に用事でも?」
「パートナーが待ってる」
あぁ、黒猫か。
とウィステリアが頷いた。。
アルニカがひらっと手を振り、音速で駆け出そうとした。
すると後ろからウィステリアが叫んだ。
「アルニカ!」
思わずびたりと止まったアルニカはゆっくりと振り向いた。
ウィステリアは着物をはらい、仁王立ちした。
「今回は私も礼を言うわ!それと、次から呼ぶときはウィズでいいわ。面倒でしょ?」
「………友達になりたいの?」
「違うわよ!!」
ウィステリアがそう怒鳴ると、アルニカはクスクスと笑った。
その反応でさらにウィステリアが怒鳴った。
「なんだ、いつか友達になれるといいのにね!じゃ、また今度」
アルニカは音速でその場を後にした。
一人残されたウィステリアはアルニカがいた場所を見て、ため息をついた。
「…………友達……かぁ…………いいえ?!私は絶対アルニカを捕まえて、その正体暴いてやるんだから!覚悟しとけよ馬鹿野郎ーッ!!」
その叫びはどこまでも遠くへ響き、エコーがかかるほどだった。
もちろんアルニカにも、その声はちゃんと聞こえていた。
* *
午後6時31分。
現実世界の森にて。
襟澤要は襟澤称の上にまたがり、頭をわしづかみにしていた。
称は左手に美咲のオルゴールを握りしめ、息を切らしていた。
「……!」
「今はお前も無能力だし、恐くもなんともない。俺の電磁波もしっかり行き届いてるみたいだしな」
称は実際、動けなかった。
要の能力は“電磁波”であり、人に触れれば体内に電磁波を送り、全身麻痺も可能である。
“空白”さえあればかかることもないのだが、生憎今は無能力だ。
電磁波は絶えず送られ、彼は普通のところ既に気絶しているはずだった。
しかし、うめき声を上げるのみでオルゴールは手放さない。
「無様だな」
要が笑った。
「アルニカ、だっけ?本当に帰ってくると思う?能力喰いの強さはお前もわかるはずだろうに………!」
要が言葉を止めた。
称が彼の服をつかんだからだ。
たどたどしく彼は言った。
「………アルニカは…………あいつは、帰ってくる!………知られず……語らず…………絶対に負けない!」
要は電磁波に耐える称をまじまじと見た。
瞬間。
「そうね」
要の頬に下駄が勢い良く飛んできた。
あまりの速さ、そしてその威力に要は称から突き放された。
ザクッと土を踏む音。
「お望み通り、帰ってきたわ!」
称が振り向いた先にいたのは浴衣姿、かつ右だけ裸足の美咲歩海だった。