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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
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第二楽章‐1:公園

芦屋千代あしや ちよ


椿乃峰学園女子高等部二年。

花柳をネット犯罪から守る先頭とも言われる生徒会に憧れて目指したところ、見事受かる。

少し大人びた雰囲気で、何事も真っ直ぐ。

柔道や合気道、剣道まで嗜む。(すごいでしょ)

彼女曰くの能力“根性”については不明。


午後5時07分。

美咲歩海ことアルニカは、青い電脳世界を音速で駆け抜けていた。

公園と思われる所の上空にはブラックホールと思われる亀裂が走っていた。

公園が見えた時、アルニカは絶句した。

「何これ………」

前回とは全く比べものにならないくらいの風が公園のありとあらゆるものを吸い込んでいた。

遊具にしがみつく子どものアイコンも遊具ごと吸い込まれた。

どうにかしなければ。

アルニカは大きな音叉を構え、まだ吸い込まれていない子ども達の所へ走った。

「アルニカ!!」

アルニカはその声に足を止めた。

咄嗟に振り向くとそこには藤色のウィステリアが立っていた。

夜に見るより今のほうが色鮮やかできれいだった。

「あなたは下がってなさい!部外者でしょう?!」

確かに部外者だった。

アルニカは生徒会でも電脳警察でもない。

電脳世界を駆け巡る謎の少女アイコンだった。

しかしアルニカはそんなことで足を止めてはいられなかった。

「だったらつっ立ってないで子どもを救けろよ。あんた私に文句たれにきたの?」

アルニカは子ども達の所へ走りだした。

震わせた音叉が音速をさらに加速させた。

アルニカは音叉を地面に突き刺し、子ども達二人を庇うように片手いっぱいに抱き締めた。

ブラックホールの勢いは止まらず、音叉が地面から抜けてしまうのも時間の問題だった。

アルニカは咄嗟に戸惑うウィステリアに向かって叫んだ。

「救急システム呼んで!」

ウィステリアはハッとした。

アルニカの目にはこの二人を無事に公園から帰す自信が見えていた。

ウィステリアは頷いて公園を離れた。

ウィステリアが見えなくなったところでアルニカは子ども達を見下ろした。

手の震えがすぐに感じ取れた。

「もうちょい我慢しな。絶対あん中には入らないから」

「うん……」

子ども達はアルニカの服にしがみついた。

アルニカは音叉に力を込めた。

「今日は群青だったから“ノクターン”だね」

すると音叉から“ノクターン”を奏でるオルゴールの音色が聞こえてきた。

子ども達の震えが少しづつ消えていく。

ブラックホールが吸い込む風の音がこんなにもうるさいというのに、オルゴールの音色は風に乗って公園中に響いた。

少し鳴らしていると、何故かブラックホールの穴がふさがっていき、風が止んだ。

音色とともに音叉も止まり、アルニカは二人の子どもを立たせて服を払ってやった。

「ありがとうアルニカ!」

「ここで待ってれば生徒会が来てくれるから、いい子で待ってなさいね?」

「はーい!」

アルニカは音叉を消し、髪と首のリボンを整え、子ども達に手を振って颯爽と走り去った。

生徒会がくる前に帰らないと捕まってしまうからだ。

素早く女子寮202号室に戻り、アルニカは美咲歩海に戻った。

さすがに疲れたのか、美咲はさっさとベッドに入った。

午後5時24分。

美咲は芦屋にもらった(?)ピンクのワンピースのまま就寝。



* *



午後5時28分。

ウィステリアは驚きながらも後悔していた。

公園はすっからかんだが、救急システムが到着した時アルニカが抱えていた二人の子どもが時空領域に飲まれていなかったのだ。

アルニカは二人を救い、もうそこにはいなかったのだ。

あの時ブラックホールを前に立ち向かったアルニカに対し、立ちすくんだ自分が許せなかったのだ。

「アルニカ……」

まっさらな公園に立ち尽くすウィステリアは地面に転がるオルゴールを見つけた。

群青に金の装飾、透明な宝石が表面に輝く小さな小箱のオルゴールだった。

ウィステリアはオルゴールを拾い上げ、子ども達に聞いた。

「落とし物かな?」

すると二人とも首を振った。

「違うよ、アルニカが鳴らしてくれたんだ」

「すごくきれいで風も怖くなかったよ!」

ウィステリアはありがとう、と微笑みオルゴールを鳴らしてみた。

心を落ち着かせる小さくも美しい音色が響きはじめた。

一応音楽の授業でクラシックも鑑賞する彼女は曲目がたまたまわかった。

「ノクターン第一番、変ホ短調、ショパンの曲ね」

「お姉ちゃん詳しいー!」

ウィステリアはにっこり笑ってみせた。

その日、時空領域による被害者は五名、うち行方不明者は三名だった。



* *



夜10時01分。

美咲はうっすらと目を開けた。

真っ暗な部屋で、唯一窓から注す月の光が美咲を照らしていた。

手を軽く当ててあくびをし、ソファーから立ち退いた。

「さて、行きますか」

あの公園へ。

と心の中で言葉を浮かべながら桜色のオルゴールに手を伸ばした。

美咲の発する音波が部屋中を駆け回った。

オルゴールは美咲を吸い込み、部屋はまた静かな、ただ誰もいない空間になった。

その瞬間、美咲は群青の夜を駆けた。

“アルニカ”として。

公園はすぐ近くにあり、アルニカの音速なら5秒とかからなかった。

公園に着地すると“KEEPOUT” と書かれた電子テープが侵入者の行く手を阻むように入り口に張られていた。

「んー、人が入れる隙間は無いわね」

確かに電子テープは、一定間隔で縦に並ぶように隙間などほとんどなくただ現場を守っている。

向こう側の公園サイトには何かヒントがあるかもしれないのに。

「俺が開けてきてやろうか?」

アルニカは声のするほうを見下ろした。

真っ黒に金色の瞳の猫がアルニカの足下にちょこんと座っていた。

「あ、猫!」

「ただの猫じゃないんだからクロちゃんって呼ぼうよ」

アルニカは思わず黒猫の隣にあった自分の足を退けた。

「こんなところで何してんの!」

「いや、事件あっただろ?来ると思って。で、開けてほしい?」

「……………」

アルニカが入れずに立ち往生していたのを影から見ていたのか、クロはさらりと大問題の突破口を言ってのけた。

アルニカは少し迷いながらも、クロに公園の中に入ってきてもらうことにした。

「じゃぁ……開けてきてちょうだい」

「最初から素直に“開けてきてください”って頼めばいいのに」

「さっさと行け猫が!!」

アルニカが癇癪を起こすのと対称的にクロは軽やかに電子テープの方へ向かった。

人では確実に入れないその隙間を、クロはしなやかで華奢な体ですんなりと公園サイトに侵入した。

電子テープの裏側には解除するスイッチがついていた。

クロは自分の手足が届く程度のテープを解除した。

侵入不可だっ入り口も、屈めば入れる隙間はできた。

アルニカは電子テープに触れないように公園サイトに侵入した。

中は昼と同じようにまっさらな公園だった。

ただ遊具が無いだけでこんなにも更地に見えるのか、と思いつつ、アルニカは少しでも手がかりになるものを探した。

「お前今日ガキ救けたらしいじゃん、忙しいね。で何か情報は入ったの?」

「何でそんな事聞くの?」

気になるから、と普通の返答をされたアルニカはため息をついて“生徒会から聞いた”という事実をふせて簡単に時空領域について説明した。

「何のためかは知らないけどブラックホールは何でも吸い込む。吸い込まれたものの行方はわからない。止める方法もまだわからないわ」

クロは目を点にして静止していた。

「ふーん」

「それだけ?!」

「いや、別に」

アルニカは素っ気ない態度に〔話すんじゃなかった〕と後悔しながら一つだけ残されたファイルに目を向けた。

生徒会が捜査したにも関わらず時空領域に吸い込まれなかったファイルを持ち帰り忘れるわけがない。

ではあのファイルは……………

「あれは……」

「…多分先客がいたんだな」

アルニカとクロは顔を見合せ、ファイルに駆け寄った。

もしかしたらこのファイルはその先客の忘れ物かもしれない!

もしそれが、

「犯人だったら」

「残念なことに早く解決するな」

アルニカはクロの狭い額を叩いた。

クロは額を前足(人間では手)で撫でる。

「早く解決した方が良いに決まってるでしょ」

「アルニカの活躍増えるよ」

「増えてどーすんの!!」

全く、と吐き捨ててアルニカは緑色に光るファイルに手を触れた。

ファイルにはあらゆる新聞社の電子新聞の切り抜きが沢山入っていた。

どれもまだ“空に現れた謎の亀裂”など、“時空領域”とは書かれていない。

生徒会も電脳警察も確証がない限り伏せざるをえないのだろう。

「吸い込まれたものとかってどこ行っちゃうんだろうな」

「知らないわよ。入ればわかるわよ?」

「やだよ、吸われそうだったらまたぎゅってして守ってくれれば………ぎゃあ!!」

アルニカは記事を読みながらクロを片足で踏んだ。

「あらごめんなさい、小さすぎて見えなかったわ」

「見てもいないじゃん!」

その間にアルニカは記事をすべて読みおわり(途中で飽き)、ファイルを自分のポケットに入れた。

「それ以外は何も無さそうね」

「まぁ、お前とガキ以外は全部なくなったからな」

アルニカは返答しなかった。

時空領域の亀裂があった群青の空を無言で眺めていた。

クロがアルニカの足下で一鳴き、アルニカを見上げた。

「悩み事?」

「音が少し違ったの」

「音?」

アルニカはあくびをし、話はまた今度ね、と公園を出た。

クロはアルニカが出た後“KEEPOUT” の電子テープを張り直してから外へ出た。


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