第三楽章‐2:能力喰い
銀髪の少女は祭りで華やかになった大量の電子媒体信号を眺めていた。
午後5時42分。
黒い傘を両手で抱え、表情ひとつ変えずに立っていた。
「お散歩?」
少女はゆっくりと振り向いた。
桜色の髪と瞳、水色のリボンが胸元と背中でひらひらと揺れた。
アルニカだった。
少女の名は“能力喰い”。
瞳は白と黒が反転しており、人ではないと思わせるほどの不気味さだった。
「………アルニカ」
「能力喰い………いいえ、霧島佳乃さん。あなたについては色々調べたわ、研究所でどんな実験をされたかも」
それは数年前。
霧島が幼かった頃の交通事故に遡る。
ひどい外傷だった霧島は何度も山吹病院に通った。
しかし、ある日研究所から人が来た。
「実験への協力を頼まれ、それに応じた。“全能力の没収”に」
アルニカが歯を喰い縛り、銀の大きな音叉を取り出した。
「能力は全部返してもらうわよ!」
「あなたも奪わせて」
霧島こと能力喰いが小さく、不気味に笑った。
* *
実験の内容はこのようになる。
能力者が圧倒的に多い花柳。
もちろん事故も、事件も、相次いでいる。
ある日、一人の研究員が考えた。
能力者が存在しない花柳。
非現実的な事件が起こらない日常。
それを実現するためには能力者から能力が消えなければならない。
もしくは、能力者そのものが消えなければならない。
「それが、朝霧達海の偉大な目標だ」
そう、襟澤要は静かに言った。
月をまた雲が覆い被せ、森は暗闇に落ちる。
襟澤称は黒い瞳で自らを弟と述べる彼を見つめた。
対する彼は茶髪の先をふわふわと風に乗せながら薄ら笑いしていた。
「………まァ、ぶっちゃけたところアルニカも、お前も、異常なまでに邪魔だから消しに来ました。と」
「…本当に、要だ」
「何?感動の再会でも期待してたの?」
称は涙目になりながら、死んだと思っていた自分の兄弟の無事に安堵した。
しかし要の方はそうではなかった。
「僕を殺した兄と、感動の再会なんて有り得るとでも?」
彼は右手に黒光りする大きなナイフを持った。
30センチメートル強ほどの大きさのナイフを軽々と地面に滑らせ、要は兄に斬りかかった。
これは確実にマズイ。
能力のない一般人対ナイフでは勝ち目がない。
「どんな風に殺してほしい?!馬鹿称くん!!」
称はそのナイフを避けることくらいしかできず、命懸けの鬼ごっこでもしているかのようだった。
この時、彼はふと月を見た。
何やってんだ、この状況は。
* *
午後5時56分。
アルニカは能力喰いに苦戦していた。
弱点がない。
このままでは勝ち目がない。
いっぱいに音叉を震わせ、また能力喰いに波を浴びせる。
しかし、そこには最強の壁があった。
「それ………クロちゃんの…………」
「そう。“空白”」
あらゆる波を通さない、元素さえ通さない“空白領域”があった。
一生風邪をひかない称号を輝かすあの能力が目の前でフル活用されている。
〔何か………何か弱点は………〕
そもそもクロの弱点を探すなんて考えたこともなかった。
無重力。
空白。
アルニカは能力喰いの“発火”による攻撃を避けながらふと思い付いた。
祭りが行われている明かりを見る。
そして音叉をしまう。
大きく深呼吸し、その間に能力喰いがアルニカの前で炎をさらに爆発させた。
黒煙を眺める能力喰いの顔は、それが消えた時に表情を変える。
「!?」
アルニカが大きな金のチューバを抱えて立っていた。
まるで鏡のように磨かれた管の曲線にアルニカが細く映った。
「これがあんたの弱点よ、クロちゃん!」
アルニカが少しだけチューバをずらした。
瞬間。
強い光がチューバの管から反射し、能力喰いの顔を照りつけた。
思わず目を伏せ、ハッとした。
目の前には勝ち誇ったようににやけるアルニカが。
そして彼女は拳に音波を巻き付け、能力喰いをぶん殴った。
「正義のヒロインに不可能は無いってね!」
何があったかというと、無重力の中に唯一通過させられる“光”を利用したのだ。
祭りの明かりをチューバの管で反射させ、目を眩ませた。
なんともセコいやり方、かもしれないがこれしかなかったようだ。
能力喰いは強く地面に叩きつけられ、体を震わせながらぐらぐらと立ち上がった。
「この………能力は…返せない……!」
「ゴタゴタ言ってないで返しなさい!」
能力喰いは首を振り、ずっと下を向いていた。
「………ごめんなさい………アルニカ………」
月は雲に消され、祭りの明かりが二人を照らす。
灰色に似た青の空が流れていく。
「……クロちゃんが言ってた。能力喰いの本当の“能力”」
アルニカは四月を思い出した。
「……“暗黒領域”。あの時空領域事件はただの事件じゃなかった」
「…………ならわかりますね?私がどうなるかも」
能力喰いはゆっくり顔を上げた。
「私は、能力の解放と共に死にます」
能力喰いの不気味だった瞳から、涙が溢れた。
こんなにも最後が悲しくて、苦しくて。
こんなにも。
残酷だなんて。