表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルニカ交響曲  作者: 結千るり
51/110

第一楽章‐1:夏休みの予定

午前8時24分。

美咲は珍しく下駄箱に到着していた。

まだ登校中の生徒たちでいっぱいの場所で、彼女はすぐに上履きを履いた。

綿貫菜穂が美咲組に入ってから登校時は一緒のはずが、今日はいなかった。

階段を上がろうとした時、大人っぽい声が呼び掛けた。

振り向くと濃い紫髪の女生徒が立っていた。

その腕には“生徒会”と刺繍された腕章がきらめいていた。

「おはよう、美咲さん!今日は珍しく早いのね?」

美咲は彼女の目の前まで歩き、ぴたりと止まった。

「おはようございまーす、芦屋先輩」

先輩に対して棒読みの挨拶という礼儀知らずなのに対し、美咲はしっかりと頭を垂れていた。

芦屋千代、生徒会の腕章をつけた彼女の名前である。

二年生で美咲とは春に知り合った。

それからは町の巡回などに誘ったりと、まるで友達のような関係になっている。

はずなのだが。

「まさか朝からその顔を見るとは思いませんでした」

「私も今日も遅刻者欄にあなたの名前を書こうと思ってたんだけど」

と視線で火花を散らす仲になっていた。

しかし、芦屋は思い出したように手を叩いた。

「そうだ!聞いて!………この間会議で清帝学園に行ってきたの」

清帝といえば、頭脳、礼儀、能力、そして秩序と全てがトップといわれる有名校である。

会議が開かれてもおかしくない。

芦屋は少し顔を赤らめて続けた。

美咲が首をかしげた。

心音がわずかに揺らいだからだ。

「………実は………やっぱりいい!もうひとつが優先よ!」

「いや、言っちゃえば?」

芦屋は何故か顔を真っ赤にし、覚悟を決めたようだ。

「じっ、実は先日の事件現場で!」

「……事件現場で?」

「……………頬にキスされた」

美咲は二度まばたきをし、ハッと軽くため息をついた。

芦屋は両手を握りしめ、どこに何を向ければいいかわからないような戸惑った顔をしていた。

「………事件現場で何イチャついてんですか。仕事してくださいよ」

「私は真面目に行ったの!でもその人なにかとうるさくて!」

「で?その人殴ってくればいいんですか?」

「ダメよ!喧嘩でまたあなた怒られるわよ?でもたしかその人面白い名前だったなぁ」

芦屋は視線を宙に泳がせ、美咲はちらと時計を見た。

午前8時28分。

チャイムまであと2分である。

また遅刻だろうか。

すると芦屋が「そうだ」とまた手を叩いた。

「襟澤要!あんまり聞かない名前でしょう?」

美咲は言葉をつまらせた。

襟澤?

つい最近、聞いたな。

ものすごく最近。

「………襟………澤…………?」

「そう!あ、でもホレちゃったとかはないし、心配いらないわ!あ、早く教室行かないとね!いってらっしゃい」

美咲は何度かうなずき、その場を後にした。

襟澤?

……………奴の名前は“要”だったろうか?

忘れた。

しかし、今さら聞けない。

美咲は階段を上り、ため息をついた。




    *   *




午前8時29分。

少女は机に書かれた醜悪な言葉を懸命に消していた。

消しゴムで消しすぎたせいか、指が赤かった。

周りから小さな笑い声がした瞬間、それを切り裂くように声が飛んだ。

「よしの!」

少女はハッと廊下の方を見た。

自分が珍しく呼ばれたからだ。

廊下に続く引き戸には昨日自分を救った少女が立っていた。

「宿題後でわかんないところ教えてくれる?」

「………ええ、わかった!」

すると隣の女子が急に話しかけてきた。

「美咲さんと友達なの?」

少女は少し恥ずかしげに答えた。

「うん……そうだけど………」

その時、美咲の後ろから金髪の少女が割って入ってきた。

「お嬢!何でおいてけぼりなの?!」

「学校でお嬢って呼ばないで」

「あ、ごめん美咲」

綿貫菜穂である。

すぐさま教室でちょこんと座る少女に手を振った。

「ん!?友達?あたし綿貫!よろしくな!」

「うるさい、どっか行けよ」

美咲が綿貫の頬を廊下へと押し出した。

その様子を見て銀髪の少女はクスクスと可愛らしく笑った。

とそこへ茶髪のお嬢様オーラ満開の女生徒が入ってきた。

美咲と綿貫を見て嫌な表情になった。

「あーら、雑居房の方々が何か御用かしら」

美咲はすぐに切り返し、教室を出た。

「いいえ、では失礼します。負け犬お嬢様♪」

美咲は早足で逃げるように綿貫とB組に向かった。

長居は必要ない。

チャイムが鳴った。

本日、美咲は珍しく遅刻しなかった。




    *   *




午後2時45分。

美咲、綿貫、箕輪、そして銀髪の少女“よしの”は梅通りのとあるカフェにいた。

木製の洒落たティーテーブルセットが並び、小花柄のテーブルクロスがかかっていた。

外にもテーブルは設置されており、日除けについている屋根も少しレトロで可愛らしい。

木の柵が立てられた外の席に彼女達は座った。

美咲はたまたまそのなかでカウンターに背を向けた席に座った。

コーヒーの匂いが外にも流れ、美咲は自然に微笑んだ。

箕輪が次いで匂いに気付き、笑顔になった。

「いい薫りだねぇ」

「そーだなぁ」

………………………。

して、箕輪が“よしの”に話を振った。

「そーいえばはじめましてだね、私箕輪なぎさだよ!よろしくねぇ」

「お、あたしは今朝挨拶したからな!お前はなんて名前なの?」

“よしの”が恥ずかしげに頬を赤らめた。

「えっと…………霧島佳乃といいます。今日は皆様のおかげで友達までできまして」

美咲が目をぱちくりさせ、霧島を見た。

何を言いたいのかわかった霧島は顔をまた赤らめた。

「いや、カバンに名札があって…………あ、名前のほうだったの?」

「じ、実は……………えっと、いいんです!いきなり名前呼び捨てだなんて怒ったりしませんから!」

美咲が謝るなか、箕輪は話題を切り出した。

「そーいえばどうやってこの子助けたの?」

「簡単よ」

美咲は綿貫の長い一件で一学年(特に霧島在席のA組)に多大なる恐怖対象になった。

リーダー格である茶髪お嬢様を泣かせたり、綿貫を従えたり(友達なだけですが)、実は花柳を仕切る美咲組の娘だったりしたためである。

噂は広まり、鋼鉄の音姫はさらに強いものとなっていた。

そんな美咲の友達をいじめようものなら、何が起こるかわからない。

想像以上の制裁が待っているかもしれない。

むしろその友達の友達になったほうが安全だ、と考える生徒が多数であると考えたのだ。

そのため、美咲はフレンドリーに名札についていた“よしの”を呼び捨てし、友達であると演技したのだ。

誰かはよしのに話しかけるだろう。

「美咲さんの友達なの?」

ここで美咲はよしのに先に命令しておく。

「うん、そうだけど」と平然に返すこと。

彼女が一切言葉を詰まらせずに言ったら勝ちである。

友達確定だ。

まずい奴に手を出してしまった。

そしてみんなコロリと友達に変わるわけだ。

霧島は何度も礼の言葉を繰り返していた。

こうして話しているとまた話が変わる。

次は綿貫がため息まじりに切り出した。

美咲がアイスカフェオレを飲み、また置いた。

「あーあ、ピクニック中止で補習三昧の夏休みって死んじゃうよー」

「じゃあ旧校舎でも行ってみる?」

箕輪が楽しそうに足をブラブラさせた。

旧校舎?と箕輪以外が首をかしげた。

椿乃峰学園は花柳が“花柳になる前”からその場所にある歴史の古い学園である。

木製旧校舎もある。

何度も取り壊しを企てられたが、全て失敗に終わっている。

毎度器具が壊れたり、急に木材が倒れてきたりするらしいのだ。

箕輪が楽しそうにそれを淡々と説明した。

綿貫が怖いのは嫌いらしく、懸命に首を振ったが、むなしく旧校舎探検が決定した。




    *   *




午後11時28分。

美咲ことアルニカは暗い電脳世界を音速散歩していた。

群青に輝くはずの空は今日は曇り、灰色の絵の具を混ぜてしまったような台無しの色だった。

水色のリボンが桜色の髪と揺れ、彼女は人気のない場所で止まった。

「………少し吹くか」

美咲は右手をかざし、キラキラと光の粒が集まってきた。

光の粒は漆黒のクラリネットに姿を変えた。

電脳世界のため、準備がいらないのですぐに彼女は奏ではじめた。

美しく、深く、温もりのある音色が響き渡る。

「知らない曲だな」

アルニカが演奏を止めた。

その視線は隣、そして下に向けられた。

しなやかな体つきの黒猫がちんまりと座っていた。

彼はクロ。

凄腕のハッカーであり、先日同い年であることも、本名も判明した。

金色の瞳は夜の曇りの中でもキラリと輝いた。

アルニカの手からクラリネットは光の粒となって消えた。

「ストラヴィンスキー、ソロクラリネットのための三つの小品。第三番よ」

クロが深い相づちをうつ。

「続けてくれればいいのに」

「そのうちね」

アルニカはクロの隣で足を崩して座った。

クロが辺りを見回し、警戒しながら話しかけてきた。

二人以外は誰もいなかった。

「今日は面白い話を持ってきた」

「何?危ないルートからとか?」

「研究所によって“隠蔽されている”事件だ」

午後11時32分。

クロは続けて事件について話しはじめた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ