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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
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第四楽章‐3:お嬢様の闘い

午後7時30分。

美咲は実家に帰ってきた。

家に入るまでにひそひそ話が幾度となく聞こえてきた。

「あの背負ってる奴は何者だ?」

「変な輩じゃねーだろうな?」

襟澤が眉間にシワを寄せながら歩く。

歩遊が開けた引き戸から中に入ると、また何人もの男女が頭を垂れた。

そしてまたひそひそ話の静かな嵐。

外の者が入り、戸が閉まった瞬間、美咲は襟澤に耳打ちした。

「降ろして」

襟澤は言う通りにゆっくり美咲を木の床に降ろした。

木の香り漂う美咲家、障子が風に音を立てる。

ちょうどひそひそ話で全員が揃っていたようで、美咲は腕を組んだ。

「皆、この人は私の知人であり、私を庇ってくれた大馬鹿者です。どうか切腹させたり斬り殺したりしないで下さいね」

途中「ちょっと!」、「大馬鹿者?!」、「切腹?!」とか襟澤がツッコンだが美咲は気にしなかった。

皆声を揃えた。

「はい!!!失礼しました、お嬢様!」

「いや、お嬢様じゃなくて……」

あきらめたように美咲がため息をついた。

襟澤が小さな美咲の肩に手を軽く置いた。

そしてうなずいた。

仕方ない。

すると歩遊が駆けてきた。

とはいえ摺り足に変わりはなく、足袋が木の床に擦れる音がした。

「歩海ー!腹減ってるか?用意してあるぞ!」

美咲はうなずき、襟澤にまた背負われて(やや強制的)居間へと向かった。

歩遊が入った障子に続けて入ると、きれいに列べられたいくつもの低いテーブル、色鮮やかな刺身、野菜、他天ぷらや饅頭など和風フルコースが目に飛び込んだ。

テーブルの数はまるで修学旅行の晩御飯のように大量で、後ろにいた美咲組の面々が中に入り、席につき始めた。

一人のゴツい中年男が美咲達を呼んだ。

「お嬢!それから坊っちゃん!さっさと座んな!」

粋な口調で呼び掛けたしわがれ声の男は空いた三つの座布団を指差し、自分の席に戻った。

「ありがとう」

二人が座ると歩遊が手を叩き、皆静まった。

とても大きな畳の部屋がしんとなる。

「今日は珍しいことにお客さんが来てる!酒は絶対に飲ますなよ?歩海が無事帰ってきた記念日だ、全員揃ってなくて残念だがお前らみんなの分まで、酔いつぶれるまで飲んで飲んで飲みまくれ!!」

二人を除いて組員が一斉に大声で叫んだ。

美咲はテーブルにある烏龍茶のグラスを襟澤にも持つよう言い、自分も持った。

歩遊がビールジョッキを突き上げる。

皆も突き上げる。

溢れそうなビールが少しこぼれるくらい勢い良く。

「今日は宴だぁぁッッ!!!!」

美咲も烏龍茶を突き上げたのを見て、襟澤もあわてて突き上げる。

一気に騒がしくなった部屋で、襟澤はちらと美咲を見た。

その口は固く閉ざされて、偽るようにも見える笑みがあった。

そして烏龍茶を一口飲むと、襟澤にこっそり言った。

「絶対に勧められても飲んじゃ駄目よ」

「え?!でもさっき…………」

すると。

「坊っちゃん!お嬢様の何かい?彼かい?」

「どこまでいったんだ?」

「飲んで吐かせようぜ!」

「オラ飲め飲め!」

と波のように組員が押し寄せてきた。

こういうことか。

襟澤は苦笑いし、美咲を見た。

しかしもう左手に茶碗を持ち、刺身を食べていた。

「え!無視?!助けてくれないの?!」

「もう手遅れよ、逃げたければ無視して食べるのね」

そしてまた刺身を食べた。

襟澤はうなずき、美咲の隣で食べ始めた。

すると一人の着流し女がすりよってきた。

「じゃあさ、関係だけでも教えておくれよ♪」

後ろで男女共々沸き立った。

美咲は小さなため息をついた。

襟澤がさらりと言ってのけた。

「パートナー」

美咲は口に含んだ烏龍茶を吹き出しそうになり、口を押さえながら襟澤を殴った。

組員の笑い声がまた騒ぐ。

そして噂が広がる。

パートナーだって。

これは恋だ。

などなどと知れわたった。

襟澤はしまった、と思った。

美咲が落胆しながらも箸を進ませる。

襟澤は食べながら美咲に話しかけた。

「あんたわりと騒がしい所で育ったんだな」

「まぁね。楽しいでしょ?」

襟澤は辺りをふと見回した。

皆笑い、喜び、笑顔が溢れる家だった。

「賑わいの音」

「………ここなら何度でも帰りたくなるな」

「?」

美咲は首をかしげた。

そして宴はどんちゃん騒ぎになり、酔い潰れた組員が寝静まったのは夜遅くになった。




    *   *




午後7時58分。

芦屋は生徒会全員の召集を受けていた。

何故か隣にかの男子生徒がいた。

電子警察が今日は解散し、後日改めて召集されるようだ。

男子生徒は芦屋にひそひそと話しかけた。

「あのリボンどしたの?」

「鑑識に渡した」

「そっか。そういえばまだ名前聞いてないな、教えて」

芦屋が一切目を向けずに短く拒否した。

男子生徒は肩を落とし、両手を合わせて拝むように頼んだ。

どんだけ名前知りたいんだよ、と芦屋は内心ひいた。

そうしているうちに「解散!」と声が響き、生徒会全員が散り始めた。

芦屋は動揺を隠せなかった。

この男子生徒と話していたせいで全く話を聞き取れなかったのだから。

「まっ………」

芦屋は言葉を止めた。

もしここで聞いてませんでした、と言えば確実に白眼視され、挙げ句にこの男子生徒に笑われるはずだ。

しかし確実に内容は必要不可欠な情報のはず。

どうするべきか。

と頭を混乱させた。

「教えてやろうか?」

男子生徒がにこやかに言った。

どこか裏があるようにしか見えない嫌な笑顔だった。

「ほれ、名前」

やっぱり。

芦屋は目を瞑り、眉間のシワを指でつねった。

「情報はぁ……明日は全校生徒自宅待機、各家庭と寮長には電子警察から通達。生徒会は明後日に本部の清帝学園会議室に集合」

「先に言ってどうすんの!!!!取り引きの何たるかを知らないでしょ!!!」

ちなみに清帝学園は花柳一の成績、秩序、そして能力を誇る共学園である。

生徒は何事にも完璧で、噂では頭の良すぎる陰湿ないじめもあるみたいだ。

ただし表向きのイメージがあまりにも濃いため、その黒い噂は隠されている。

しかし芦屋はそれを整理する間さえなかった。

男子生徒はまるで母親にお駄賃を迫るように手を出した。

芦屋はもう諦めた。

「……………私は芦屋千代。椿乃峰学園の二年書記よ」

「おおぅ!あのお嬢様学校か!」

男子生徒は手を叩いて喜んだ。

何がそんなに嬉しかったかは疑問だ。

芦屋は不服そうに男子生徒を見た。

「あなたの名前は?」

「………」

口をポカンと開けた彼はすぐに辺りをキョロキョロと見回し、生徒会と電子警察が近くにいなくなったのを確認した。

そして軽やかに芦屋の手をつかみ、グッと引き寄せた。

首の後ろに手をまわし抱き寄せ、キスをした。

「!!!……………☆*々▽■◆◎※#$§@●♭ゐヰ?!」

頬に。

男子生徒は少し離れ(芦屋はまだ捕まったまま)クスクスと笑った。

芦屋は顔を真っ赤にした。

「好きになっちゃった?」

芦屋は何も言い返せないくらい動揺していた。

何か発しようとして口を開くが、言葉が出なかった。

頬と言えど、ものすごく唇に近かったのだ。

このギリギリセーフラインは何なんだ!

すると男子生徒は芦屋を手から解放し、また笑った。

「俺は清帝学園の生徒会、名前は……襟澤要。よろしくな」

芦屋は何も言えず、男子生徒襟澤は梅通りから闇に溶けるように去っていった。



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