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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
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第四楽章‐2:抑圧された記憶

私は見た。

自分が殺される様を。

愛する人に、殺される瞬間を。





でもそれは違った。

私の、彼女の頭を撃ち抜いたのは愛する露木光ではない。

殺したのは、露木光によく似た兄だ。

とはいえ、光の方も全てを知っていたわけではない。

彼は兄に約束の日の朝に言われたのだろう。

『困っている人は助けなければならない』

というようなことを朝の小話程度に。

そして研究所にいる秋元珠理には小話程度に、『光は来ないかもしれない。嫌いなんだろうか』

と言って不安を持たせる。

そして夜。

光の前にはさも困っているようなシチュエーションを用意し、時間を食わせる。

光は朝の小話を思い出す。

『困っている人は助けなければならない』

電脳世界で待つ珠理の前に光は現れない。

珠理は職場での小話を思い出す。

『光は来ないかもしれない。嫌いなんだろうか』と。

その間に秋元宅に侵入した露木陽向は睡眠状態に陥っている秋元珠理の横に立つ。

ここで珠理が自分のホームページに戻る。

光と全く同じ顔をした陽向は珠理の頭を撃ち抜く。

珠理は陽向を光と思い込む。

愛する人に命を奪われた。

という間違った事実を彼女は記憶の奥底に閉じ込め、鍵をかけた。

そして電脳世界の亡霊と化した。

全ては露木陽向の手中で踊る芝居だった。

秋元珠理が見つけた単純で、難しいアルゴリズムを奪い取るための。

しかし彼女はそれさえもまた暗号化した。

それを知るために光に暗号の切れ端を見つけさせ、ゲームをつくらせた。

自分は一切命令せずに、彼はオンラインゲーム事件を発生させたのだ。

これこそが露木陽向の起こしたマインドコントロール。

その真実を美咲は一瞬で知った。

記憶が流れるように入り込み、目まぐるしく真実を作り替える。

午後7時19分。

露木は冷たい目付きで美咲を見ていた。

「………お前が何故俺が犯人だと言えるんだ?何を知ってる」

露木が早足で美咲に向かって歩き出した。

彼はジュリが最後に美咲ことアルニカに憑依したことを知らない。

美咲にフラッシュバックが起きたことを知らないのだ。

襟澤は震える美咲をちらと見て、一人立ち上がった。

美咲が見上げて何か言ったが、彼は聞いてもいなかった。

真っ直ぐに露木を睨んでいた。

確実に露木の方が背が高く、襟澤は見上げなければならない事に密かにイラッとした。

「実際あまりガラじゃないんだけどな」

「なら退けばいい」

襟澤が鼻を鳴らした。

「無理……………あれっ?」

露木が拳を固く、振り上げた瞬間、襟澤は背を勢い良く引っ張られた。

「?!」

午後7時20分。

大きな衝撃波が刃のように一直線に、露木を貫いた。

爆発音に歩遊が耳をふさぎ、美咲は襟澤の両耳をふさいでいた。

露木は遠くまで飛ばされ、地面に強く叩きつけられた。

彼は動かなかった。

衝撃波の発生源には拳を前につき出した応力発散が座っていた。

アスファルトには大きく亀裂が走り、煙を上げた。

歩遊が辺りを見回し、先ほどまで光っていた現場からライトが全て消えていることに気付いた。

「………ここもすぐ警察がくる。全員歩けるか?急ぐぞ」

歩遊は応力発散がゆらりと立ったのを見て、彼に言った。

「今日は抵抗せずにさっさとついてこい」

応力発散がうなずき、歩き始めた。

一方、襟澤はホッとため息をついた。

美咲の手がそっと耳から離れ、襟澤は目を開けた。

「………?!」

美咲の顔が反対に、襟澤を上から覗いていた。

思えば先ほどから後頭部が温かい。

一瞬で答えが出た。

襟澤は美咲に膝枕されていた。

思わず顔を上げた襟澤は額を美咲の顎にぶつけた。

美咲は顎を、襟澤は額を押さえる。

「〜〜〜〜っ!!」

襟澤は額をぶつけないように上体を起こした。

「すまん、大丈夫か」

美咲はうなずいた。

襟澤はおそらく家に向かっているのであろう、歩遊達が遠くなるのを見た。

美咲の方を見ると、彼女らのほうを指差していた。

早く行け、という解釈が妥当だろう。

美咲はぺたりとその場に座り込んで、素っ気ない態度、そして顔をしていた。

襟澤はため息をつき、美咲に背を向けて低く屈んだ。

美咲は何をしているのかわからず、首をかしげた。

襟澤が振り向いた。

「何やってんの。さっさと乗りな」

「あ………そーゆう……………却下」

美咲はあっさりと優しさを拒否。

「わかった。じゃお姫様抱っこでも」

「却下!」

「じゃ乗れ」

美咲は顔を真っ赤にし、辺りをキョロキョロと見回し、非常に躊躇いながらやっと襟澤の肩に手をついた。

「…………えと…………あーっと………」

一向に背にもたれない美咲にイライラした襟澤は無理矢理彼女の背を引き寄せ、太ももをつかみ、軽々と背負い上げた。

「ちょっ!」

「焦れったい!さっさと行くぞ」

襟澤が歩き始めた。

美咲はやっと彼の背にもたれた。

「あ、ぁあ足挫いてんなら先に言えよ」

「……………」

確かに美咲は足を挫いていた。

露木に蹴りを止められ、乱暴に振り払われた時である。

しかしそれを素直に言えるわけもなく、全員が行ったところでゆっくり行こうとしていた。

「……………」

美咲は何も喋らなかった。

「何か喋れよ」

「…………お前、本当にクロちゃんだよね?」

襟澤は自分の背から垂れる美咲の濃い桃色の髪をちらと見た。

「時空領域事件で徹夜し、オンラインゲーム事件で秋元珠理のアルゴリズムを解明した。俺はクロだ」

美咲は小さく何かを答え、頭を背にどしっともたれた。

両手で強く肩をつかんだため、襟澤は思わず止まった。

「痛!何やって……」

美咲の鼻をすする音と呟きが聞こえた。

「ん?」

……………。

「………ごめんなさい………ごめんなさい…」

襟澤は視線をキョロキョロと惑うように泳がせ、背中から感じざるをえない体温と感触に顔を火照らせた。

襟澤はゆっくり深呼吸し、強く瞬きをした。

また歩き出した。

美咲はまだすすり泣きをしている。

「おい、ちなみにあんたはまた何も悪くないからな」

美咲は襟澤の制服の袖で涙を拭いた。

襟澤が驚きながら注意したが、言う気もすぐ失せた。

「強いて言えばあの黄緑を庇うこと、あとは謝りすぎで泣き虫なこと」

「…………二つ目は関係ない………?」

美咲が襟澤の背に手を当てた。

「………緊張してる」

「ばっ!!!そんなわけ」

「心音が速い」

襟澤はもう言い返せなかった。

「…………………わかった、それは認めよう!でも変な意味があるわけじゃ!」

「ふーん」

美咲の信じる気が全く無さそうな声が小さく飛ぶ。

まだ鼻をすすっているようだった。

そんなことをしている間に歩遊が見えなくなった。

襟澤はあわてて暗闇の中歩遊を探した。

街灯が点々とついているだけの暗い道がこの首都にあるだろうか、というくらいに暗かった。

「………その角左」

襟澤は美咲の呟きに従った。

すると大きな日本家屋が視界に入りきらないくらいに建っていた。

大きな門構え、表札には“美咲組本家”と書かれていた。

「これ…………あんたの実家?」

「そうだけど」

歩遊が大きな門の前に立った。

右足を音もなく後ろに浮かせ、勢い良く門の真ん中を蹴った。

ギシギシといいながら門が開いた。

さすがに応力発散も驚き、一歩引いた。

襟澤が美咲に問いかけた。

「あんたの母ちゃんどんだけ乱暴なんだ」

「開かないのよ」

美咲はあっさりと答えた。

歩遊は我が家へ入っていった。

「あの門重いの。歩遊は美咲組初の女当主だから」

何故呼び捨て?と気になりはしたが、襟澤は歩遊と応力発散に続いた。

「お帰りなさい!お頭!歩海お嬢様!」

玄関までの古い石畳をまっすぐ導くように黒い着物姿の男女が一斉に頭を垂れ、声を揃えた。

歩遊以外の足が停止した瞬間だった。




    *   *




午後7時36分。

綿貫はリディアと菊通りの寮に着いた。

梅通りとは違い、学生の通学路でもあるために街灯がたくさんつき、明るい場所だった。

まだ帰宅途中の生徒達を電子警察や寮の管理人らが屋内に入るよう呼び掛けていた。

「ねぇ、あなた美咲ちゃんのお家の人?」

綿貫はリディアの隣でうなずいた。

右肩に竹刀をかけ、リディアの歩幅に合わせて歩いていた。

「クラスメイトだ。助けてもらってな」

「じゃあ私も一緒ね♪助けてもらったの」

リディアは綿貫と手をつないだ。

まるで子供のように腕を大きく振り、鼻歌を歌った。

「で、あなたはあの子と友達なの?」

綿貫はリディアの少し哀しげに曇った視線を感じ取った。

口調も表情も変わらないのに、彼女からどこか悲しい声がしたような気がした。

「え……………まぁ、友達…………」

「いいなぁ。私は友達じゃないかもしれない………」

綿貫は視線の奥の哀しみを理解した。

「今度聞いてみよう!私だけ友達って思ってちゃダメよね!」

「そしたらあたしも友達になれるか?!」

リディアがぱあっと笑顔になった。

一輪の美しい花のように。

「うん!なろう!」

「あとは美咲だな!」

二人は手をぎゅっと握り、寮へ向かった。

綿貫は思った。

今までの自分だったら、こんなことが言えただろうか。

友達を作ろうとしただろうか。

組の仲間達との関係以外に誰かと笑ったりすることがあっただろうか。

あの日の勇気に後悔はない。

美咲に宣言し、仲間に別れを告げ、喧嘩しに行った勇気。

ここ最近の美咲の勇気に比べれば蟻くらいに小さいかもしれないが、綿貫にとってあの日は今までにない勇気だった。

寮に帰ると、篠原がカンカンに怒っていた。

でも笑えた。

後悔はない。

ありがとう、美咲。

私の最初の、本当の友達。



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