第三楽章-2:第二遭遇
午後7時08分。
リディアは暗い隅田川に沿って美咲を探していた。
声を出し、美咲を呼んだ。
そして辺りを見回し、ため息をついた。
既に日は落ち、家々から温かい光が夜にこぼれる。
リディアはそれを見てまたやる気を出す。
「美咲ちゃんをお家に連れ戻さないと!野宿なんてダメなんだから!」
そして彼女はまた美咲を呼んだ。
白いワンピースをひらひらさせながら町を歩く彼女の前にうっすらと人影が見えた。
目をパッと開いた。
「美咲ちゃん?」
人影は喋らずにリディアに向かって歩くだけだった。
少し距離を置いたところでそれは止まった。
「………美咲?そうそれ。忘れるところだったな」
リディアは気付いた。
地面が割れている。
よく遠くを見ると、人が何人も倒れていた。
死んでいるのかはわからない。
リディアは足を震わせた。
動かなかった。
人影は服を血で汚し、笑っていた。
唇をガチガチと震わせながら、リディアは言った。
「……誰………?」
彼は歯から鈍い輝きを見せて笑った。
何も語らず、彼女の前に手をかざす。
それを握った瞬間、大声が空から響いた。
「その喧嘩買ったァァァッッ!!!!」
リディアは咄嗟に耳を強くふさいだ。
彼も爆音レベルのその声に耳をふさいだ。
そして彼女はリディアの前に降り立った。
一緒に青年が不時着、膝を軽く打った。
美咲歩海と襟澤称である。
リディアはホッとした笑顔で彼女を呼んだ。
美咲は目の前の彼、応力発散を指差した。
「お前の数々の悪事、誠に許しがたいものである。よって!この私が成敗してくれる!」
「古いぞあんた。」
美咲は襟澤の厳しいツッコミに硬直、そして鼻で笑った。
しかし応力発散はそんな戯けた会話は気にもしなかった。
直ぐ様手を握った。
大きな衝撃が走った。
襟澤が手を大きく払い、衝撃を止めた。
応力発散は初めて衝撃を消され、舌打ちした。
「何だお前」
「こいつの彼……」
美咲が全力で襟澤を殴った。
倒れた彼の隣でリディアが両手をあたふたと仰ぐ。
美咲はもう応力発散以外に何も見なかった。
頬を撫でながら起き上がった襟澤はリディアに支えられ、ふらふらと立ち上がった。
「あんたがリディアさん?」
「……そうよ。あのっ、美咲ちゃん戦うんですか?」
襟澤は全く深刻そうな顔をせずにうなずいた。
リディアはワンピースのポケットから黒い耳栓を取り出した。
「それいらないぞ」
襟澤がそう言った瞬間、二人の前に見えない壁ができた。
それは二人を覆い、完全に外の音が聞こえなくなった。
リディアは壁に触れようとした。
「やめとけ、触ると解ける。」
すると襟澤はその壁に手を突っ込み、手のひらをふわふわと浮遊させながら、僅かに外への穴を開けた。
「おい、……………もう始めたし。おーい」
すでに美咲は応力発散と戦っていた。
相手の準備を待ってくれる敵がいるわけないのだ。
美咲は襟澤の声に気付き、カバンについた時計を素早く持ち上げた。
襟澤はすぐに理解し、返答した。
「5分!!」
美咲はうなずき、両手に銀色に光る音叉を一つずつ構えた。
二人を守る空気の壁が密封される。
「5分って?」
「この中で俺達が呼吸できる時間。それまでに作戦が成功しなければ、二人とも死ぬ。でもこれからすごいことになるから黙って見てな」
午後7時10分。
二人は戦争の本番を始めた。
* *
午後7時10分。
緊急警告が全電子警察、生徒会に通達された。
椿乃峰学園の生徒会の面々は会議室に出揃っていた。
もちろん芦屋もそこにいた。
隣で同じ書記を務める河南渚が緊張した表情で座っている。
何故か会計の上沼美代子だけ優雅に紅茶を飲んでいる。
会長の花岡紗夜が電子警察から来た資料を読み上げる。
電子警察ではまだ指名手配しているあの青年の名前もわかってはいないみたい。
ただし、能力は“衝撃波”とみて間違いない。
今梅通りで誰かと戦っているらしく、向かった隊員は衝撃波により全滅、まだ交戦は続いてる。
相手は女の子みたい。
ここまで言うと、花岡は言葉を止めた。
副会長の水無瀬しづるが首をかしげ、羽賀優奈がすかさず花岡の名を呼んだ。
「あのね………これ嫌な予感がする」
「何故?女の子の能力に問題でも?」
水無瀬が聞いた瞬間、芦屋は勢い良く席を立った。
「まさか美咲…………さん…………じゃないですよね?」
花岡が深刻そうに口を固く閉じた。
芦屋は会議室を出た。
止める声がかかったが、気にしなかった。
美咲はまた一人で戦っている。そう思ったからだ。
上履きを脱ぎ捨て、革靴を急いで履いた。
携帯電話を取り出し、電話をかけた。
「もしもし!きよ!梅通りに………」
「行くのじゃろ?」
やけに近くで聞こえたので、芦屋は止まった。
もう外は暗かった。
その闇に溶けるような黒いスカート姿の安西がいた。
何故か後ろには神宮が手を振っていた。
「何で?!」
「ちーはすぐ突っ走るから止めてやんねーと」
「美咲歩海なら寮にはいなかった。おそらくお前の予想通りじゃ」
芦屋は強くうなずき、拳を握りしめた。
「行こう!」
三人は梅通りに向かった。
その頃、会議室は大騒ぎだった。
花岡が。
「どうしましょ!!!!芦屋さん行っちゃった!」
「私達も早く行くわよ?」
水無瀬が席を立った。
花岡は深呼吸を二回、そして資料をテーブルに置いた。
次々と役員が立つ。
「梅通りに向かうわ」
「了解」
* *
午後7時11分。
梅通りは大変なことになっていた。
衝撃波と音波が激しくぶつかり合っていた。波を使って殴り合い、美咲の口の端からは微かに血が出ていた。
不気味に、楽しそうに衝撃波を浴びせてくる応力発散はこの時点では明らかに優勢だった。
しかしそれで終わりではなかったのが今の現状である。
音波が衝撃波を包み、更に大きな音波になろうとしていた。
美咲は両手の音叉をいっぱいに震わせ、自分の声で反響させていた。
襟澤は空気の壁を二人の周りにかけた。
そして音波は応力発散にまで耳を塞がせた。
空気の壁をぶち壊そうとするほど大きな波の爆発が、中で起こった。
* *
「メーターが異常値、持ちこたえられません」
同じ時、萩研究所のパソコンばかりの一室では警報が鳴っていた。
「朝霧博士!このままでは!」
近くで座っていた女性が焦げ茶髪の男、朝霧に言った。
しかし彼は聞いていなかった。
不気味ににやける顔が歪んでいた。
何かをぶつぶつと呟き、彼はこの現象を理解した。
「超音速による大音響、即ち“ソニックブーム”」