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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
41/110

第三楽章‐1:数分前

午後7時04分。

美咲は暗がりに一つだけライトのついた公園にいた。

指名手配の件もあり、外出者はほとんどいなかった。

夜でなければ色鮮やかに見えるブランコに座り、ため息をついた。

探して探して、さらに探して全く見つからないというアクシデント。

しかも彼女は素朴な問題にぶち当たっていた。

『私、どこで寝るの』

そもそもこんな危ない状況下で寝れるか、と言われれば無理に等しい。

つまりテストでもないのに徹夜するハメになろうとしていたのだ。

一度でも寮や家に帰れば襲われた時に被害が大きくなる。

それはなんとしても避けなければならない。

できれば一人で花柳中を探している時に会えれば一番良かった。

しかし見つけることはできなかった。

それに実際、夜なら事件の揉み消しがしやすく、喧嘩開始の確率は圧倒的に高い。

美咲は行き場もなく、この公園でまるでホームレスのような状態になっている。

「………もう暗いな」

現在、花柳には一切ホームレスがいない。

いたのだが、養成所が大規模に開設され、不労者は全て施設に入り、職を与えられるまで住まわされる。

しかし、呑気に職を待っているわけでなく、なりたいものに向けての勉強やなどを強制的に行わせるので、すぐに卒業する者ばかりだ。

その花柳では珍しいホームレスになりかけている美咲。

またため息をついた。

「どうするかな」

「本当。今が冬じゃなくて良かったな」

美咲は目覚めたように顔を上げた。

外灯に照らされ、陰が伸びた。

襟澤だった。

長めの黒い髪を風に揺らし、彼は美咲の前で腕を組んでいた。

美咲は何かを喋る気さえ起こらず、そのまま顔を下げて暗い地面に視線を戻した。

「無視?!まさかのイベント放置?あんた!」

「…………」

美咲は面倒臭そうに顔を上げた。

桜色のメモを取り出し、ボールペンで何か書いた。

襟澤に向けてかざすようにメモを見せた。

[じゃ一つだけ。あの黄緑が捕まるまで家にいなさい。]

「つまり帰れ、と」

美咲はうなずいた。

襟澤は美咲から素早くメモを取り上げた。

美咲が必死に取ろうとしたが、天高く(とまではいかないが)上げられてしまったメモには届かなかった。

ピョンピョンと無様に飛ぶ音姫がいた。

襟澤は美咲を強制的かつ優しさをもって、先ほどまで座っていたブランコに座らせた。

鎖の音、木の軋む音が響いた。

「あんたさ、俺にはこれ使わないで」

「ちょ?!」

「声が聞きたいから」

美咲は言葉が出なかった。

声?

聞きたい?

「………何で」

「だって。こんなメモ使ってたら一生喋らないだろ?勝手にフヨフヨどっか行っちゃうだろ?」

「は?帰れよ、偽物事件は解決!もう関係無いでしょ?」

「でもこれから実験とやらで戦いに………」

「帰れ!!」

美咲は小さな声で嘆くように怒鳴った。

発せられる音波も彼の鼓膜を破るほどではなかった。

彼女はまた暗い地面に目を落とした。

暗い公園がまた静かになる。

周りで木々についた葉が擦れあう軽い風の音が大きく聞こえた。

美咲は目を閉じた。

ぎゅっと瞑るように閉じた。

まだ襟澤は動いていない。

秒を刻むように安定した心音が美咲には響くように聞こえた。

消えない。

こんな音…………

「……聴きたくない」

襟澤の耳には届かないくらいの声で呟いた。

少しだけ、空気が揺れた。

砂を踏む音、そしてブランコの軋む音。

美咲は目を開けた。

ふと隣を見るとブランコに襟澤が座っていた。

こちらには向かなかった。

悲しげな横顔が少し、黒い髪に隠れていた。

それは美咲よりも心細いようにも見えた。

「……何やってんの」

「喋りたくないなら喋るな。でも隣にはいるから」

それから襟澤は喋らなかった。

しかしその沈黙に美咲が堪えられるわけもなかった。

「…何か」

「何か喋れよ。でしょ?」

重ねるように言われてしまった美咲は口を尖らせた。

襟澤が腹を抱えて笑いだした。

とはいえ大笑いではなく、友達とちょっとした話で盛り上がった時くらいの小さな笑いだった。

またブランコが軋む。

「あ、そうだ!今日は不覚にも偽物に自己紹介しちゃったからな」

「何、自己紹介しあうわけ」

「そ。駄目?」

男のくせに甘ったるい声で彼は言った。

まわりに花が飛んで見えた。(空想上)

美咲は首をかしげる襟澤からふいっと顔を背けた。

「現実世界にまで関係は必要無いわ」

「既に関係しすぎてると思われまーす」

襟澤はまるで簡単すぎる問題に当てられた時のように誇らしげに、自慢気に挙手した。

美咲はまた襟澤の方を向いた。

「じゃ今から無関係ってことで」

「そしたら一人で喧嘩行っちゃうだろ?」

「当たり前じゃない」

あっさりと即答された襟澤は落胆するように肩を落とし、深いため息をついた。

「あのさ、それ無謀って言うんだぞ?勇気じゃなくて、無謀」

「どっちでも無い。勝てるもん」

美咲は面倒臭そうに、しかし自信に満ち溢れたように言った。

襟澤が頭を抱えて小さめの叫び声をあげた。

「わかった!そういった所はもうアルニカん時に経験済だ!」

美咲が首をかしげた。

一体こいつは何を言ってるんだ。

そう思った。

次に何を言えば良いのか、襟澤が戸惑っていたので美咲は切り出してやった。

「………話題変えたら?そんな話したいなら」

「そっかそっか!じゃ…………」

襟澤は懸命に話題を考え始めた。

美咲はそれを横からじっと眺めていた。

昼に美咲を助けたような冷たい声、今のような無邪気にも聞こえる声、彼は別人のようだった。

本当に気まぐれに見えて、猫みたいだ。

美咲はそう思った。

「………」

まだ襟澤が考えているようだ。

美咲はだんだんイライラしてきた。

そして、ふと話題を思い付いた。

「……ねぇ」

「何さ」

その、えと、と美咲がごもごもしていたので襟澤がもう一度同じ言葉を繰り返した。

美咲は一度深呼吸して話題を振った。

「花柳の外に、出たことは?」

襟澤は目を丸くした。

ぱちくりと瞬きをし、うなずいた。

「神奈川。俺の実家」

「神奈川………神奈川かぁ………」

美咲が自然に口の端を上げた。

気味悪くニヤニヤしているように見えなくもない。

「もしかして………こっから出たことないの?外に?」

「…………実は」

襟澤はしょんぼりとした美咲にあわてて語り始めた。

「かっ、神奈川は良いとこだぞ?!中華街あるだろ?山もあるだろ?あとは…………港あるし魚うまいし………」

なんてヘンテコな説明をした。

神奈川県民の皆様、こんな奴が代表者ですみません。

と土下座させたいところである。

しかし美咲はその説明に素早く聞き返した。

「今、港って?」

「?おう、あるよ?海沿いだしな」

「海……………」

美咲が海、海、と繰り返した。

襟澤は嫌な予感がしたので、一応聞いた。

「まさかの、行ったことない?」

「………見たことも」

襟澤は停止した。

この15、6年間で一度も海を見たことがない人に遭遇してしまった。

まさか本当にそんな人間がいるとは思っていなかった。

「今まで私はたくさんの音を聴いてきた。でも…………海の音は聴いたことない」

襟澤は思った。

きっと彼女は知らないのだ。

海の果てしない景色。

重なる雲の白。

どこまでも高い空。

熱い砂と泡を運ぶ波。

触れた時の冷たさ。

透き通った波の音。

潮風が鼻をかすめる香り。

美しく深い青。

「じゃ………そのうち連れてってやるよ」

美咲が目を輝かせた。

まるで子どもだった。

「ほ、本当に?」

「海だろ?一生に一度くらいは見た方が良いし…………」

「うん、行こう」

あっさりとまた即答した美咲に襟澤は驚いた。

「ちょっ…………約束だぞ?絶対な?本当に行くからな?」

「うん」

襟澤は何故か顔を真っ赤にした。

すぐに首を振り、自分の頬を両手で叩いた。

「本当にあんたは退屈しないな」

「?」

その時、美咲の携帯電話が鳴った。

襟澤がどうぞ、と言ったので美咲はすぐ電話に出た。

知らない番号だった。

「もしもし」

「やぁ、我が愛しい娘よ」

美咲は全身に寒気がした。

ゆっくりと太い声が響いた。

冷たい風が駆け巡ったようだった。

彼女にとっては、一番、一生聴きたくない声だったからである。

「………切ってもいい?」

「大事な情報だぞ?良いのか聞かなくて」




今、アメリカ人の娘の近くで応力発散がお前を探すために歩き回っている。

アメリカ人の娘もお前を探して名前を呼んでいる。

もうすぐ二人は暗い夜道で出会うだろう。

既に警察部隊は彼が一掃し、しばらくは出動不可だ。

場所は梅通り。




「さぁ、どうする」

「………」

美咲は強く歯を食い縛った。

襟澤はとにかく嫌な奴と電話しているのを察して小声で呼び掛けた。

「そこで熊にでも喰われて死んでろ!」

「そこで熊にでも喰われて死んでろ!」

美咲はなんの先入観もなくそのまま咄嗟に繰り返した。

「そして切る!」

美咲は乱暴に終話ボタンを押した。

そしてハッとした。

「何言わせんだ!」

「だって嫌いだったんじゃないの?」

そして自分は無関係だ、とでも言うように口笛を吹いた。

「もういい!私行くから」

「どこに?」

「梅通り」

「何で?」

「リディアが危ない」

「リディアって?」

美咲は質問攻めにイライラした。

襟澤の方に振り返る。

「いわば幼なじみ!」

そしてすぐにまた公園から出ようと歩いた。

「じゃ俺も行く」

襟澤が音をたててブランコを立つ。

公園を出ようと入口まで歩いた美咲が振り向いた。

「こっちの世界でも、パートナーってことで」

「…………」

美咲は小さな手をいっぱいに広げて彼に差し伸べた。

「走るから掴まって」

襟澤が嬉しそうに美咲の手を“握手”として握った瞬間だった。

二人は一瞬で公園から消えた。

音の速さで。



お、お待たせしてすみません(--;)

ゆっくりやっていきます。

長ーい目で見てやって下さい。

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