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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
40/110

第二楽章-4:捜索

11時05分。

芦屋千代は保健室で目を覚ました。

誰かが自分を呼んでいる声に、ゆっくり目を開けた。

天井の白さがやけに眩しく、一度強く目を瞑った。

「千代」

「…………きよ?」

少し首を動かすと安西が見えた。

「………あ!あの子は?!爆発とかあって………」

「私がいて良かったな、確実に死んでおったぞ?」

芦屋は頭を撫でながら笑った。

誉めていない、とすぐに声が飛んだ。

「でも何で助かったの?」

「忘れたか。私の能力は『聖域』じゃ。一定区間に来る全ての衝撃を触れる前に緩和、そして消失させるのじゃ」

「あれれ、じゃあありがとうだね。先生は?」

芦屋は辺りを見回し、保健室にいつもいるはずの先生を探した。

安西は黒い革の腕時計を見せた。

午前11時08分。

芦屋が目をぱちくりと、彼女が何を伝えたいかを必死に考えた。

しかしそれは3秒でパンクした。

安西が仕方なく答えを言った。

「今はまだ授業中じゃ。出ていくなら今のうち……………そういえばこれはお前のか?落ちたんじゃが」

安西は膝に乗せていたカバンから群青色の、小さなオルゴールを取り出した。

芦屋はあわててオルゴールを取った。

「そんな大事じゃったか」

「ま、まぁね。実は…………アルニカに近づく一歩なの」

この群青のオルゴール、実は時空領域事件でアルニカが子供たちに使ったものである。(一章の第二楽章‐1を参照)

本当なら証拠保管所に置かれるはずが、芦屋は隠し持っていた。

「そんなにアルニカの正体を………」

「当たり前よ!!!」

安西は言葉を止め、うつむいた。

芦屋は強く拳を握りしめていた。

僅かながら、震えていた。

「絶対に暴いて、捕まえてやる!」

芦屋はその後、深呼吸を繰り返してから保健室を二人で出ていった。

すぐに彼を追わなければならない。

美咲にも電話をかけた。はずが彼女は全く出なかった。




    *   *




わたしの夢は、お母さんみたいな人になることなんだ。

その音で世界中の人を笑わせたり、泣かせたり、とにかく心に響かせるような、“アルニカ”になりたい。

でもそれは簡単に叶うものじゃなくて、わたしは学校では誰ともしゃべらなかった。

帰るとお母さんとお父さんはケンカするようになってた。

その度お母さんはわたしの頭を撫でる。

「大丈夫」

心配なのはお母さんなんだよ?

でも冷たいある朝に、家にたくさんの車が止まった。

お母さんはわたしを連れて二階に走った。

大きなバルコニーに出ようとして、鍵を外していた。

お父さんが外で黒い服を着た人達を家に入れていた。

バタバタと入ってくるたくさんの靴音。

わたしは逃げるお母さんの背中を見ていた。

こんなこと。

お母さんの袖をぐいっと掴んだ。

「どうしてたたかわないの?」

「いい?私達の力は人を殺してはいけないわ。今あの人達と戦ったら大変なことになる。今は逃げるのよ」

そしてお母さんは扉を開けた。

灰色の床に青い空、わたしとお母さんは奥の倉庫部屋に走った。

わたしは思った。

強くて、優しくて、どんなお話よりも輝く、正義のヒロイン。

でも今のお母さんは別人だ。

わたしはお母さんの手を振り払った。

お母さんが止まって、わたしを見た。

「何してるの?あなただけでも倉庫に隠れ…」

「…………っ……」

わたしはぼろぼろと泣いていた。

空が滲んで、お母さんもぼやけた。

「どうして逃げるの!?お母さんは強くて優しい正義のヒロインだよ!!」

「聞き分けなさい!」

お母さんが初めて怒鳴った。

わたしを強く叱った。

また涙が出た。

お母さんは目に涙をためていた。

「生きなくちゃいけないの!お願いだから聞いてちょうだい、あの部屋に隠れるのよ。私は大丈夫だから」

お母さんは今逃げるって言ったじゃない。

大丈夫じゃないでしょう?

ずっとそうやって嘘でわたしを安心させるの?

そんな。

わたしは叫んだ。

「そんな嘘つきお母さんなんて…………」

涙が溢れた。

「お母さんなんて大嫌い!!!!」

時間が止まった。

そんな気がした。

お母さんは何も返さなかった。

その時、後ろからお父さんが入ってきた。

なぜか銃を構えていて、わたしを狙ってた。

わたしが目をつむった瞬間、銃声。

大きくて、空いっぱいに響いた。

「………大丈夫」

わたしは目を開けた。

お母さんがわたしを撫でた。

わたしの前で膝をついた。

ほっぺから涙、口から真っ赤な血、わたしを見つめる優しいお母さんは何故かほほえんだ。

「…………あなたにこれを………」

お母さんは私に小さなオルゴールを渡した。

さくら色の、きれいなオルゴール。

「……さよなら………大好きよ………歩海…」

歩海。

さよなら。

「………さよなら」

美咲は長い瞬きを終えた。

美咲は探した。

喧嘩を売ってきた青年を。

花柳を今震えさせる犯人を。

その時、美咲の携帯電話が鳴った。

すぐに出ると、母歩遊の声がした。

「無事か?!寮で何故かリディア出るし、学校いないし」

「今花柳をかけた喧嘩で忙しくて、学校どころじゃないんだわ」

歩遊は少し返答に間を置いた。

美咲はおーい、と呼び掛けた。

「お前のお父様と話したぞ。応力発散には会ったか?」

「…………会った。これから喧嘩」

落胆のため息がやけにたくさん聞こえたので、おそらく母の後ろでたくさんの組員がため息をついたのだろう。

「止めないでね。負けないから」

「わかってる。止めやしないさ。ただし、棺に入って帰ってきたらもう一度その顔叩くからな」

「うわ、死人にさらにその仕打ち!あり得ないね」

それだけ言うと、二人とも黙った。

しかしすぐに美咲が切り出した。

「切る」

「待った待った!気をつけて行ってこい?何かあったらすぐ電話して………何言ってんだ!ちょっ、ちょっと待て!」

美咲が聞きあきてため息をついた。

「無理しないで。いつものことだし、簡単でいいし」

歩遊は深呼吸をした。

そして咳払い。

また深呼吸。

そして美咲を送り出した。

「いってらっしゃい、歩海!」

「……いってきます」

美咲は終話ボタンを押し、携帯電話を閉めた。

彼女はまた走った。

“音”の速さで。




    *   *




午前11時30分。

応力発散なる彼は研究所にいた。

高レベル能力者管理人、庄司実耶子が呼んだのだ。

会うまでに時間がかかり、研究所に入った時間は11時30分なのだが、今が何時だかはわからない。

「今目標に監視役がバレた。あとは地道にこちらで探すしか無いわね」

「………お前らに任せたら時間かかんだろ。俺が探す」

辺りは機械的な灰色の壁で、庄司が座るパネルが並ぶ席の向こうはガラス張りで、真っ白な実験室があった。

実験室の奥で液体漬けで僅かに呼吸するうずくまっていた女性に目をやった。

遠くてあまり見えないものの、裸で塞ぎこむように身をかたくする彼女の呼吸が聞こえるようだった。

「あれは?」

「この前ある実験で生み出した能力を組み込んだ検体。気になる?」

彼は自分があそこにいた時を思い出した。

まるで自分を見ているかのようだったのだろう、何も言わずに目を背けた。

それを見透かしたように庄司が嘲笑った。

「他にもいるわ。前の子は記憶にちょっと障」

「喋るな」

彼はそれだけ残し、居心地の悪い実験室から出ていった。

また庄司が彼を嘲笑った。

「分かりやすい検体は逆に面白いわね」

彼はすぐに研究所を出た。

高いフェンスの外へ出ると太陽は夕日になり、花柳の地に沈みかけていた。

彼は振り向いた。

能力者達の監獄を。

夕日に染まる地獄を。



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