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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
4/110

第一楽章‐3:芦屋千代の大作戦

今更、紹介。

美咲歩海みさきあるみ


私立椿乃峰学園女子高等部1年。(長ッ)

学園内能力者ランキングに入ってくるくらいの成績優秀者。(勉強はちょっ………ゴフッ!)

通り名としては音姫、喧嘩買いの少女。(マッチ売り的)

扱うのは音波、楽器を奏でることも長けている。

つまり、音楽のスペシャリスト(の卵)

歩海という名前に少しコンプレックス。(アルミホイ……ゴフッ!)

とにかく強気、そして強い?


誤認逮捕の夜。

8時42分。

生徒会芦屋千代はベッドに座っていた。

風呂上がりで少し頬を赤くしていた。

隣のベッドで金髪の女子生徒が足の爪を切っていた。

芦屋の言葉で手を止めたところだった。

「あのオルゴールを誤認逮捕?」

女子生徒は最後の小指の爪を切って爪切りを閉まった。

芦屋は何度も首を縦に振った。

「で次に合わせる顔が無いと?」

芦屋は大きくうなずいた。

「なんとかして仲直りできないかと?」

芦屋はまた大きくうなずいた。

女子生徒はため息。

「まず謝ることから始めたら?」

その一言で“お手伝い作戦”が実行された。

しかし、

「全力で拒否します」

強引にも寮まで案内したものの、

「手伝いいらない。一人でやる」

と突っぱねられた。

まるでグングニルでも刺さったかのようなショックだった。

「で謝るタイミングを逃してさらに距離が遠退いたと?」

芦屋はまた金髪の女子生徒のルームメイトことクラスメイトの神宮愛里沙に泣き付いた。

「このままじゃ私前に進めないよぉ!生徒会初仕事で張り切ったのに誤認逮捕だなんてそのままにしとけないでしょ!?そう思うでしょ?!」

神宮は苦笑いしながら自分の膝に顔を置く芦屋の頭を軽く叩いた。

「どうせ憧れの一人部屋に感動しすぎてオルゴールを怒らせたんでしょ。で背負い投げでもしたんでしょ」

芦屋はまるで磁石のように自分のベッドに戻った。

図星。

冷や汗だらだらで硬直していた。

「それまずいでしょ。オルゴールの噂知らないの?」

「噂?」

知らないの、と思いつつ神宮は語り始めた。

「中学校でどこからか転校してきて、中でも外でも売られたケンカは全て買い、全戦全勝を誇る鋼鉄の音姫通称“喧嘩買いの少女”!!」

「ほぉ。結局は血の気が多いのね」

神宮は芦屋の両肩をがしっとつかみ、ガタガタと揺らした。

芦屋は首をぐらぐらさせた。

「理解しよ?!空気読も?!」

神宮が手を止め、二人は向き合った。

「あんたは、全戦全勝という鋼鉄の音姫の汚れなき戦暦に、“一敗”を加えちゃったのよ?」

…………?

「あらま」

「あーっ!!ダメだ!もうダメだ!一生仲直りできないよ?!前進できないよ生徒会!!」

ちんぷんかんぷんでぼーっとしている芦屋に神宮は次の作戦を打ち出した。

「よし!千代!やっぱあんたは遠回しな作戦は無理だと今日証明された!つまり残るは………」

「残るは…………」

芦屋は緊張して唾を飲み込んだ。

「……ストレートに謝罪しなさい」

「え………」

そんなこんなで朝を迎え、芦屋は初めての登校より増した緊張感で登校していた。

会ったら何て言えば。

またあの全力否定が大きなベルリンの壁を作ってしまうのだろうか。

またケンカ(?)になって背負い投げを……。

芦屋は首を振った。

両手を握りしめてガッツポーズ、大丈夫!

もう背負い投げなんてしない!

勢いで鳩尾狙ったりしないし、謝るだけ。

ごめんなさい、て言ったら今日のミッションは終了、つまり勝ち。

「私なら言えるわ、大丈夫よ芦屋千代!」

と意気込んだはず。

が。

8時31分。

いや、正確には8時30分42秒。

「何で遅刻してんのよ?!」

芦屋は絶望した。

遅刻者の取り締まりで立っていた。

それだけ。

だったのに!

美咲歩海が下駄箱に音速で入ってきた。

謝るにも謝れない、むしろ叱らなければならないこの状況。

美咲は上履きを履いて芦屋の前に立った。

「寝坊」

「反省は?」

「してまーす」

「してないよね」

「してる」

「じゃなんか一言あるでしょ」

美咲はむすっとして頭を(嫌々)下げた。

「ごめんなさい」

「…………」

芦屋は少し複雑な気持ちだった。

謝りたいのは自分なんだという気持ちを必死に押さえた。

何も言えずにいる芦屋に美咲が首をかしげた。

「何かありました?」

「へ?!何も?!何もないわよ!ただ……」

「ただ?」

芦屋はあわてて話を誤魔化した。

「とにかく授業始まるからクラスに行きなさい!!」

「?………はーい」

美咲は一礼してスキップで芦屋の残る下駄箱を後にした。

美咲の軽快な足音が遠退くと、芦屋はその場に座り込んだ。

前についた両手の片方を拳にして床を軽く叩いた。

「くっ………またタイミング逃した………」

「学校だからじゃないかしら?」

!!

椿乃峰生徒会長、花岡紗夜が芦屋を覗き込んでいた。

「会長?!………どういうことでしょう?」

芦屋は立ち上がった。

花岡はピンと人差し指を立てた。

「お外に誘うのよ。最近美咲さんに謝ろうと頑張ってるみたいだし、今度生徒会の腕章をつけて市街パトロールにでもいってらっしゃい」

芦屋は目をキラキラと輝かせた。

憧れの市街パトロール…………。

芦屋の返事は一つだった。

「はい!ありがとうございます!!」



* *



午後3時42分。

秒単位遅刻した美咲歩海はクラスの女子からお願いを受けていた。

「美咲さん!お願いします!」

「どうしても近寄り難くて………」

学園祭実行委員の子がちらと見る方向には、教室の隅にいわゆるヤンキーな雰囲気をかもしだす女子生徒が数名。

だらりと乱れたスカーフと襟、触ってくださいと言わんばかりのミニスカート(美咲より相当短い)。

その格好にも関わらず足を机にかけたりと、女性としていかがわしい姿だった。

美咲は女子生徒の二人に黒い耳栓を渡して、軽く息をついてその反乱集団に寄っていった。

二人は耳栓を一応つけた。

リーダーと思われる金髪の女子生徒が美咲に気付いた。

「あ?何だよ」

美咲は小さめの声で言った。

「学園祭やる気ないの?」

その質問に集団一同が大笑いした。

「あるわけないじゃん!」

「めんどいし」

金髪は学園祭実行委員に向かって軽く言い放った。

「おいお前ら!従ってほしいからって有名人持ってきたって無駄だぜ?!あたしらには関係ないもん」

「たかが能力成績優秀者に従うとでも思ってんの?!バカじゃん!」

そういった瞬間、机がちゃぶ台を返したようにガタンとひっくり返された。

中に入っていた教科書などが床に散らばった。

さすがに全員が立ち上がった。

「何だよ!」

「喧嘩売ってんの?」

「あ?」

金髪が美咲の制服のスカーフの結び目をぐっと引っ張った。

「てめえこそ喧嘩売ってんのかコラ!?」

「やっぱ売ってんだ…………」

美咲は軽く大声で言い放った。

「そんなチョロ甘でワル語ってんじゃねぇ!で私を“たかが”だと?ふざけんなよコラ!」

大きな音波が教室内に響き渡った。

窓ガラスがガタガタと鳴り、集団一同が固く耳を塞いで目を瞑った。

教室内全員の髪が軽くなびいた。

音波が収まると美咲はじっと金髪を下から上へ睨み付け、また下に視線をそらして自分の席に置いてあるカバンを持った。

金髪が美咲の背に向かって指さした。

「覚えてろ!」

「やだ」

「昭島さんに言い付けるぞ!」

実行委員の二人はゾッとした。

何故なら、この“昭島”という名は椿乃峰全体に広がる不良の名だからである。

彼女に歯向かった者はタダでは帰ってこれない、とも言われている。

しかし、

「言えば?」

美咲はちらと金髪を睨んだ。

金髪が少しビビった。

「自分が弱いって証明してんだよな?」

実行委員が美咲をなだめようと寄ってきた。

「美咲さんまずいよ」

「昭島先輩って」

「“たかが”不良でしょ?こいつらがそいつにたすき渡すならそいつの喧嘩買ってやる」

美咲は桜色のメモにボールペンで書いて二人に見せた。

〔大丈夫だから気にしないで。一週間後には片付くから〕

美咲はメモをしまって教室を後にした。

学校から出て、正門の前で大きくため息をついた。

灰色がかった大きな雲が学校を襲うようにゆっくり動いていた。

「雨か………」

そしてぱらぱらと小粒の雨が降ってきた。

美咲はカバンの中を覗き、折り畳み傘がないのを確認し、同時に覚悟した。

「濡れて帰る」

「そうでもないわよ」

美咲の頭上に茜色の和柄傘がかぶさった。

傘の柄は藤の花と川を模していて、雨に映える傘であった。

美咲の隣には芦屋千代が傘の柄を持って立っていた。

「お茶でもどう?」

「今日気分悪いので遠慮します」

美咲はため息、芦屋の作戦はまた失敗に終わろうとしていた。

しかし芦屋は絶対にあきらめるわけにはいかなかった。

やっと叱らなくていい場面に出会えたというのに、これを逃したらまたズルズル引きずってしまう!

芦屋がそう考えていると、

「先輩」

芦屋はぎょっとした。

それは雨音にかき消されそうな小声だった。

芦屋はその声を僅かに聞き取った。

「あの、聞きたいことがあっ………」

「ごめんなさい!」

美咲の頭上にあった傘が一瞬で地に叩きつけられた。

バシャッという音が雨音に重なった。

芦屋は両手を膝について頭を下げた。

しまった、と我に帰ったがもう遅かった。

二人は全身びしょ濡れになった。

美咲は一体何故謝られたのかが理解できなかった。

芦屋はあわてて頭を上げた。

傘は二人の間に逆さまに放ってあった。

傘の意味がまるでなかった。

雨はさっきより強くなっていた。

「あ、えと………実は…………」

「傘」

「え?」

美咲は茜色の傘の柄を拾い、芦屋を傘下に入れた。

美咲もその中に素早く入った。

「私、私服パジャマしかないから貸して」

芦屋はぽかんと口を開け、ひそかに思った。

この子のクローゼットはどれだけすかすかなんだろうか。

私服がパジャマしかないということは、それと制服とワイシャツ何枚かしかないということになるのだ。

はっきり言って、お粗末である。

芦屋は傘の柄を持って美咲と寮に向かって歩き始めた。

「前回お部屋招待されたし、今度は招待してあげる!」

「勝手に入っただけだろうが」

美咲の迷惑そうな小声を芦屋は聞き逃さなかった。

「何?」

「………何でもない」

芦屋は心の奥底で緊張しながら歩いた。

傘に当たる絶えることない雨音、二人の呼吸、足音、全てがこだましていた。

ぽつぽつ、ぽつぽつ、春の桜も濡れ化粧。


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