第一楽章‐1:桜駅前
午前8時39分。
美咲歩海はクロこと襟澤称と一緒に山吹病院を出た。
何故まだ一緒にいるのか。
私が知りたい。
まるで罰ゲームでも受けているかのように付いてきた。
山吹病院を離れて桜通りに向かったが、それでも彼は付いてきた。
学生が見当たらない、むしろあまり人が見当たらない桜通りで襟澤は美咲の隣を歩いていた。
「しかしあんたお嬢様だったんだな」
「何で」
「椿乃峰だろ?」
美咲は病院に用意していた椿乃峰学園の制服を着ていた。
寮から持ってきてもらっていたのだ。
白に青のセーラー服、赤いスカーフ、青いそこそこ短いスカート、白のルーズソックス。
他から見ればその制服はお嬢様の証だったりする。
椿乃峰学園は花柳一のお嬢様校なのだ。
対する襟澤は黒の学ラン、同色のズボンに革靴と至って質素だった。
「そういうお前はどこの学校なの」
「花柳第二。あんたとは違って公立さ♪」
「公立なら無理なカリキュラムは無いはずよ」
「色々あるわけよ」
襟澤は笑っていたが、美咲にはごまかしたようにしか見えなかった。
二人はさらに歩いた。
そして着いた。
目の前には黄色い電子テープ、アスファルトはひび割れ、所々に血がついていた。
その向こうには桜駅が見えた。
「ここで間違いないみたいね」
「今朝7時頃、通勤ラッシュだな。あの黄緑がやったって事以外に俺達は何もわからない」
「犯人が最初からわかってる事件なんて微妙ね。何か手掛かりは……」
と言いたいところなのだが、美咲は警察でも生徒会でも何でもない。
つまりこの電子テープの先にある手掛かりには一切触れられない。
つまり現場を見に来ただけで、何もできないのだ。
電脳世界とは全く違うのだ。
「んー」
「何」
美咲が唸りはじめたので襟澤は彼女の顔を見るのに右往左往した。
「…………」
「…………」
「お腹減った」
「………あ、はい、そうですか。ならさっさと言えばいいのに」
そう言って襟澤は大きなボストンバックからよくある白いシリアルバーを取り出した。
美咲が明らかに嫌な顔をする。
「そんなの食べたくない」
「ワガママだな。おいしいのに」
襟澤は開けたシリアルバーをもくもくと自分だけ食べはじめた。
美咲は辺りを見回し、コンビニを発見した。
財布に105円あるのを確認し、たったと行ってしまった。
襟澤がシリアルバーを飲み込んで、美咲を追ってコンビニに入った。
中では店員が元気よく声をかけてくれた。
美咲はホットスナックのショーケースを確認した。
「唐揚げ棒ひとつ」
「かしこまりましたー♪」
店員はすぐに唐揚げ棒を袋に入れ、レジ袋を出そうとした。
美咲はすぐ食べるのでいらない、とレジ袋を断り、店員から唐揚げ棒が入った紙の袋を受け取った。
コンビニを出ると、襟澤も一緒にまた付いてきた。
美咲が唐揚げ棒をもくもくと食べはじめた。
「ほひあえふ、はひはおほっへいふか、が問題ね」
「その重要な問題点が全く聞き取れなかった。もう一度」
するとまた唐揚げをひとつ口に入れた。
「だから、とりあへふ、はひは……」
「とりあえず唐揚げを飲んでから喋ろうか」
襟澤は苦笑いしながら拳をギリギリと握りしめた。
美咲は首をかしげながらもまた唐揚げをもくもくと食べる。
「鈍感ね」
「食べてからなわけ?!」
それから3分後、美咲は近くの清掃ロボットが来る直前にゴミを置き、回収してもらった。
見たことないゴミのセコい片付け方にまた襟澤が苦笑い。
「で?」
「何が?」
「さっき言ってた問題!」
あぁ、と美咲はふてぶてしく言った。
「とりあえず、何が起こってるか。一番問題でしょ」
「まぁ……そうな。じゃ調べてみますか」
襟澤は近くにあったベンチに腰掛けた。
そんなことができるのか、と美咲は腕を組んだが、彼は鼻を鳴らして答えた。
「誰だと思ってんのさ?」
「だよね」
襟澤が大きなボストンバックからノートパソコンを出した。
すぐに電源がつき、美咲に隣に座るよう言った。がしかし、美咲は少しためらいながら座った。
しかも、ベンチの端っこでちょこんと座っていた。
襟澤がまじまじと彼女を見る。
「何やってんの」
「……いや、その」
「あ、警戒してるとか?」
それも当たり前、といえばそうかもしれない。
今朝会って、今まで知らなかった人が電脳世界ではパートナーで、いつの間にか変な事件が起きていて、一緒に調べてくれている。
電脳世界ではパートナーでも、現実世界では知り合いにも満たないのである。
「じゃ無理に、とは言わない。聞いてな」
襟澤は一回も美咲を見ずにパソコンに向かっていた。
昨晩9時頃。
葵通りで大きな爆発が発生。
ちょうど民間人もおらず、目撃者も無し。
電子警察も調べているみたいだが、多分お手上げ状態だろう。
ただし、そのお手上げには更に上の地位からの圧力という理由がある。
つまり隠蔽された。
この爆発も黄緑が仕出かしたとすると、上の地位とは研究所だろう。
次に午前7時頃。
桜駅前の大通りで黄緑による爆発。
これで研究所も隠せなくなった。
今度はたくさんの民間人を巻き込む大惨事。
今頃病院はてんてこ舞いだろう。
どちらも彼が突発的に起こした可能性が高い。
何故なら。
「計画性の欠片もないから」
襟澤の状況報告と分析が終わった。
美咲はふむふむとうなずいていたが、頭の中はこんがらがっていた。
「……突発的ってことは、とりあえずどこで何するかわからないってことね」
「今の話でそれしか読み取れなかったと」
まだ朝の事件から1時間ほどしか経っていないため、駅は封鎖されていた。
そしてもうひとつ定義がある。
「あの黄緑は近くにいる、と」
襟澤がパソコンを閉じて鞄を持った。
美咲はベンチを立ち、襟澤も同じようにベンチを立った。
「研究所行ってみますか」
「何で!」
やけに美咲が驚いたので、襟澤は「話の成り行き上だろ」と首をかしげた。
あの惨状と最初に会った時からして彼は能力者である。
なら管理をしているのは研究所、もしくは病院である。
しかし病院は今大変忙しい。
研究所なら何か聞けるかもしれない。
「それか資料でも」
「無理でしょ」
美咲が腕を組んだ。
「萩研究所は厳重なシステム。私のコネがない限り入れないわよ?」
「あんたそんな偉いわけ?」
「えぇ」
美咲は鼻を鳴らした。
詳しく聞く必要も無いと襟澤は思った。
「ショーン!」
甲高い声が襟澤を呼んだ。
彼の背後からサラサラ茶髪の女子学生が抱きついてきた。
美咲を見るなりニヤニヤした。
「なぁに〜?彼女?」
「違う!」
その後も女子学生の疑いの眼差しは変わらなかった。
「アタシ如月まりあ♪彼のクラスメイトよ」
美咲はその関係に納得した。
何故なら制服の襟についた校章が同じだったからだ。
ただ、女子如月まりあの校章の隣に別のバッチがついていた。
何のバッチかはわからなかったが、学校のではなさそうだった。
「美咲歩海です」
美咲が軽くお辞儀すると如月はすぐに誰だか思い出した。
「あぁ♪音姫ってあなたなの?!」
少し恥ずかしげに美咲はうなずいた。
如月は両手で美咲と握手し、襟澤の腕を抱きしめるように掴まえた。
「ごめんね〜、これからエリザベス借りるから!じゃ、次は一緒に遊ぼうね♪」
すると如月はズルズルと襟澤を連れていった。
襟澤が美咲に呼び掛けた。
「あとで絶対報告しろよー」
二人は買い物に出かける主婦の人混みに消えていった。
美咲はため息をつき、研究所に向かって歩き出した。
急がねばならない。
とりあえず本日は学校サボりの方向で決定された。
* *
女性の名前は庄司実耶子。
萩研究所の高レベル能力者管理者である。
そして、黄緑髪の青年に命令を下した女性である。
彼女はちょうどパソコンに向かいながら電話をかけていた。
「応力発散………長いわね。ストレスって呼んでも良い?」
「別に。呼び名はどうでもいい。」
本当にそれでいいの?というようなあだ名に、青年はふてぶてしく返した。
女性は赤く魅力的な唇に指を当てた。
「美咲歩海は今研究所に向かってる。頼んだわよ」
電話は切れた。
青年は笑った。
場所がわかれば簡単だ、と呟いた。
刺客は研究所に向かった。