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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
33/110

序曲:喧嘩売りの青年

大変お待たせしました!

第三章、開幕です。


朝、そのニュースは大々的に放送された。

何のニュースかって?

俺がぶっ壊したあの路地のニュースだよ。

研究所はよほど隠したかったのか、清掃ロボットの爆発によるものになっていた。

笑える。

あの地割れが?

あの車の有り様が?

あの死体の数が?

清掃ロボットの爆発だなんてまともじゃない。

嘘が丸見えじゃねーかよ。

少し考えた。

ニュースで誤魔化せないくらい大きなことできないかな。

きっと相当困るだろうな。

やってやろうじゃねーか。

あの美咲歩海とかいう奴を相手に。

どこにいる。

朝の光を浴びながら彼は人気のある大路地を歩いていた。

人が群れ、声が溢れ、嫌気がさす。

吐き気さえする。

そんな時、彼の肩に男の肩がぶつかった。

よくあることだ。

これを気にしていたら、満員電車なんて一生乗れない。

しかし、その男は何も言わずに去ろうとした彼を許せなかったらしい。

何も悪びれていない、スーツ姿の男性だった。

「ちょっと君、謝るくらい必要なんじゃ」

ごもっともである。

しかし彼は男性を睨み付けた。

男性が半歩引く。

「何だよ、お前何か言った?」

男性はびくびくしながらも謝るように言った。

それが礼儀だと思ったからである。

すると彼は男性の前で拳を強く握りしめた。

その瞬間。

男性は野次馬化した人混みに飛ばされた。

野次馬もその衝撃に吹き飛ばされた。

悲鳴が飛び交い、たくさんの足音が彼から遠ざかる。

彼は静かになったぼろぼろの大路地で何かを嘲笑った。

「失せろよ」

こうして、彼による戦争はスタートを切った。



    *   *



午前7時09分。

ネットワーク管理都市花柳の抱える能力者専用医所属の山吹病院にて。

美咲歩海は最悪のパターンを超える最凶のパターンに遭遇していた。

その病室には他の患者はおらず、白い壁がよく見渡せた。

昨晩の疲労感で座ることさえできない寝たままの彼女に追い討ちをかけるようにそれは来た。

彼女の前には黒髪の青年。

彼は言った。

「パートナー」

言葉を失った。

もしも、現実世界でばったり会ってしまったらどうする?

「………クロ…ちゃん?」

すると彼は口元に人差し指を当てた。

「それはコードネーム。あんたもそうだろ?」

馴染みのある、落ち着いた低めの声は美咲を少しだけ安心させた。

美咲はどうにか起き上がろうと努力を始めた。

手を必死に動かし、腹筋を力一杯に使った。

懸命にゆっくり起き上がる様子を青年は見つめていた。

無理するな、という言動は一切無かった。

やっと座れる高さに上体を起こした美咲は一息吐いた。

「………もっと衝撃的な遭遇だと思ってた」

「俺も。もっと衝撃的な反応すると思ってた」

二人はお互いに率直な意見を述べた。

「で?お前の用事は済んだの?」

「?」

美咲はくらくらする頭の中で考えていた。

自分は音波の使い手。

過剰な音量で怒鳴ったりすれば、今までの電脳世界とは全く違って、効果(被害)が出てしまうのだ。

少なくとも耳鼻科に急行させることになる。

しかし、青年はそれを知らないために首をかしげた。

「何か用事でもあるのか?」

「別に。それより学校は?高校生なんでしょ」

先日、美咲が聞いたことによれば彼は高校生である。

青年はにっこりと嘘くさい笑顔で返した。

「今日は土曜日…」

「金曜日よ」

病室がしん、と静まり返る。

美咲が馬鹿を見る目でじっと睨む。

青年が冷や汗を一筋。

そして深々と頭を下げた。

「すいませんでした」

「さっさと学校行きなさい」

「それは嫌」

「何で」

青年は頭を上げ、めんどくさそうな表情で語り始めた。

どうやら彼の学校は特別なカリキュラムがたてられているようで、どうも気が乗らないようだ。

いつもはちゃんと行くのだが、今日は特に嫌らしい。

「あんたも無い?あ、今日嫌だな。って感じ」

「私の学校は単位制。出ないと退学するような授業ばかりよ」

「えー、なにそれ」

とはいえ美咲の場合、優秀生徒かつ入院があるのでテストで挽回するようにと許されたらしい。

青年は落胆し、すぐに何かを思い付いたように両手を合わせた。

「良いニュースと悪いニュース、どっち聞きたい?」

「え…………良いニュース」

まだ頭が混乱している中で美咲はニュースを聞くはめになった。

「まずあんたが無事生きてる事。ここはあの世じゃない」

「そうですね」

「あとはオンラインゲーム事件も解決した」

「そうですね」

「いいとも!リターンズ!……………て何で俺この台詞………?」

どうやら良いニュースが終わったようで、青年は少し間を置いた。

「次悪いニュースな。犯人の露木が自殺した」

美咲は悲しげにうつむいた。

ジュリのことを思い出したのだ。

犯人の露木が死ぬということは、ジュリが死んだと見ていいことだとわかっている。

二人は恋人同士だったのだ。

憑依したこともあって、ジュリの気持ちが伝わった。

嬉しい気持ち、悲しい気持ち、そして言葉。

ジュリは最期に幸せだったろうか、と心の中で呟いた。

そんな美咲を見て、青年が少し焦る。

おそらくそんなつもりではなかったのだろう。

かけるべき言葉を探す青年。

それに気付いた美咲が表情を取り戻し、一つだけ聞いた。

「あの…………ジュリさんは、幸せだったかな…………」

青年ははたまたさらりと答えた。

「幸せだったと決めつけるのは救った側のエゴでしか無いと思う。ただしそれについて一つだけ報告してやる」

美咲はクロが言いそうな返答に安心したような気がした。

青年はひそかにオンラインゲームの中での出来事、ジュリが消えてしまった時を思い出した。

「笑顔だった」

青年の言葉は美咲に温かいため息をつかせた。

ため息というより、ホッとした一息だった。

青年が人差し指を立てた。

次にもニュースがあるようで、言いにくい雰囲気が広がった。

「で次は?」

美咲が会話の突破口を開いた。

青年はうなずいた。

「ちょっと前にレストランで初めて会った時にいた変な奴覚えてない……………?」

美咲は思い出した。

実験から逃げてきた青年を庇って逃がした日。

何もできなかった日。

屈辱がふつふつと湧いた日。

そしてうなずいた。

「あの時逃がした奴が戦争始めてるぜ」

「そうですね………って何?!」

完全に予想外の悪いニュースに美咲は病室のテレビのリモコンを両手で探した。

青年は一緒に探そう、なんて動作は一切なかった。

ついに見つけた美咲はテレビをつけた。

児童チャンネルでウサギさんが踊っていたので、舌打ちをして他に回した。

青年があ、と言ったので美咲がさらに舌打ち。

さらにチャンネルを回した。

するとニュースが映った。

「昨晩の葵通りの爆発に続き、今朝、花柳線桜駅近くで爆発がありました。死者、重軽傷者ともに多数で…………?あ、只今監視ロボットの映像が届いたようです。今から流します」

すると画面は人混みの桜通りに変わった。

朝のいつもの駅前だ。

しかし、少し溜まり場ができており、次の瞬間だった。

大きな衝撃音とともに、人が画面の外に消え失せた。

その真ん中には一人の青年がポツリと立っていた。

黄緑色のツンツン、どうでもいいような白いTシャツ、そして左額の丸い傷。

美咲は眉間にしわを寄せ、面倒くさそうに呟いた。

「あの野郎………」

「そういうわけだ。どうする?」

美咲は素早くテレビを消した。

「あれどうにかする」

「現実世界でしか解決できないぞ?」

「それでも解決する」

すると青年は温かいため息を吐いた。

美咲は青年を見て思った。

どうして不敵な笑みを浮かべているように見えるのだろう?

最初もそうだった。

話したこともない美咲に声をかけ、止めようとした。

その時もそうだ。

思い出せば、退屈そうな目の奥に不敵な笑みが見えた。

いつかその意味がわかるだろうか。

青年は美咲に対する大きなため息をつき終わった。

「そっか」

青年は右手を前に出した。

美咲はふと前にした電話を思い出した。

勇気が出たら、握手できるかも。

「では改めて。俺は襟澤称、みんなひつじのショーンと呼んで面白がる。」

美咲は一度手を止めたが、ゆっくり彼の手を握った。

「美咲歩海。鋼鉄の音姫とか噂されてるわ」

二人はやっと現実世界で顔合わせをした。



    *   *



午前8時。

芦屋千代は校門前で登校する生徒のチェックをしていた。

他の生徒会役員や風紀委員会も他の門や校内の集計に回っている。

何故こんなことをしているのかというと、今朝の事件の被害者の確認である。

まだ被害者が発表されていないため、椿乃峰学園では全員の登校を確認していた。

芦屋はリストを見ながら首をかしげた。

「………美咲さんがいない」

隣でたまたま一緒だった風紀委員会の箕輪なぎさがリストにチェックを入れていた。

「あ、今日退院ですね♪余韻に浸ってるとか」

「何の余韻よ」

すると彼女は両手を組んで目を輝かせた。

まるでこれから青春でも語るかのようだ。

「恋です!!」

「嘘!?」

「芦屋、箕輪!何を喋っている!検問は終わりだ!帰るぞ」

風紀委員会の三年が呼び掛けたので、二人は急いで校舎に入った。

すると自動で青銅の大きな鉄格子のような門が閉まった。

その様はまるで牢獄のようで、なんとも言えない威圧感があった。

しかし、その装飾は美しく、門の奥では清らかで美しい心を持つ少女たちが今日も様々な勉学に励んでいる。

その中に本日、美咲歩海の姿はなかった。


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