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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
32/110

終曲:暴走

時は遡り午後9時30分。

黄緑色の髪を乱雑にツンツンさせた短髪の青年が、人気のない路地裏に座っていた。

電灯も無く、真っ暗な道で一人だけ呼吸をしていた。

首都であるからか、路地裏でさえロボットがきれいに掃除するため、ゴミも落書きも一切見当たらない。

ましてや、よくある腐った臭いも全くしない。

汚くもないため地べたにだらりと座る彼はため息をついた。

彼には名前は無い。

つけられたかもしれないが、今は誰も呼ばないし、覚えてさえいない。

どんな名前だったかも気にならない。

自己紹介?

したこともない。

するような奴は今までいなかったし、隣にいた奴も名前は無い。

そしてすぐに死んだ。

自分は運が良い方だと心の中で言った。

「つまらねぇ」

そう言ってその場を立った。

ゆっくりと路地裏を出ていった。

あたたかい風が吹き、青年の髪を揺らす。

誰もいない静かな道路にポツリ。

何かおかしい。

どんな通りの名前かなんて興味は無い。

しかしこの都市で人が一切いない路地なんて宇宙人を見るくらいに珍しい。

辺りを見回すと一台の黒いワゴン車が突っ込んできた。

二つのヘッドライトが眩しく光る。

彼は一切動揺することなく、車をちらと見て左手を出した。

目の前の車に向けて開いた手のひらをぐっと握りしめた。

すると大きな衝撃が走り、車をふっ飛ばした。

アスファルトの表面が粘土を割るように粉々になった。

風にさらわれる綿毛のように飛んだ車は道路に勢い良く叩きつけられ、横倒しになった。

そこらじゅうがボコボコにへこみ、ガラスはすべて割れていた。

運転していた人は…………おそらく死んでいるだろう。

彼の笑い声が響く。

「そうかよ、わざわざ自分から死にに来たのかよ!だったら手伝ってやるよ遠慮すんな!」

彼の周りは既に黒服に身を包み、銃を構えた不気味な集団でいっぱいだった。

その異常な状況下でも彼は不気味な引き笑いをやめない。

一人が引き金をゆっくり弾こうとした瞬間、引き笑いが止まった。

ハッとした時にはもう遅かった。

「馬鹿共が」

彼が両手を強く握った瞬間、大きな衝撃が辺りのすべての人を吹き飛ばした。

彼の髪が揺れ、笑い声が響く。

「さぁ………捕まえてみろよカスどもが!」

「いいえ、捕まえたりしないわ」

彼の前に白衣の女性が現れた。

先日にレストランで捕まえにきた女性だった。

周りで倒れている死体に見向きもせずに仁王立ちした。

「あなたに戦ってほしい人がいる。これは命令よ」

「へぇ?あんたらじゃ敵わないような代物ってことかよ」

女性の目が物を見る目に変わった。

退屈そうな、見下すような目で命令した。

「名前は美咲歩海。先日あなたを逃がした女子高生よ。探して、戦いなさい」

青年は一瞬でその顔を思い出した。

そして不気味な笑みを浮かべた。

「殺しても?」

「構わない」

青年は笑いながらその場を後にした。

堪えようのない気持ちが込み上げてきた。

女性は直ぐ様葵通りから立ち去った。

真っ暗な路地で彼は笑った。

「名前なんかどうでもいい!さっさと出てこい、殺してやるからさぁ……!」

そして彼の暴走は始まった。



    *   *



午後11時21分。

美咲は葵通りの人気のない路地裏に放られていた。

震えが止まらず、体が異常に冷たく、地面に倒れているのに冷たいと感じなかった。

手を握ることすらできない。

憑依のリスクは予想外にも大きかったようだ。

入院時に箕輪にもらった七分袖のプリントTシャツが冷や汗でびっしょりになる。

動けない。

絞り出すような苦しい呼吸、真っ白になった脳内、空っぽの心、美咲は何もできなかった。

うっすらと考えた。

ここは、犯人の家の近くだろうか。

芦屋とか、いるのではないだろうか。

見つかって、しまわないだろうか。

美咲は頬を地面に擦らせながら顔だけ前を向いた。

ゆっくりと。

体を支えるように片手だけ少し前に伸びる。

何故か真っ暗な路地が見える。

何故、今おかしいと思ったのだろう。

美咲は顔を戻し、落ち着くために目を閉じた。

自分の息づかいがいつもより大きく聴こえた。

音ではない、鼓動が。

手が段々冷たくなってきた。

もしかしたら、死んでしまうのだろうか。

涙が出た。

死にたくないな。

歯を食い縛る力も出ない。

ひたすら涙が出た。

前に投げ出されたように伸びた手が少しだけ動く。

死にたくない。

恐い。

ここは暗くて、寂しいところ。

どうして……………こんなところにいるんだっけ?

……………?

なんだろう。

手があたたかい。

頬に何かふれた。

あたたかい。

目を開けたが、美咲にはよく見えなかった。

彼女の手を握った彼の姿が。

誰かの声がかすかに聴こえた。

声は言った。

「アルニカ」

そのあとの記憶は無く、次に目を開けると美咲はあたたかい場所にいた。

病院だった。

白い天井が見え、電脳世界で受けた傷が全て処置を受けていることを手探りで確認した。

まだ頭がくらくらして、美咲は起き上がれもしなかった。

体がだるい。

外は明るいようで、鳥が鳴いていた。

でも、静かだった。

もう一度目を閉じた。

そこでふと気付いた。

たしか「アルニカ」と呼ばれた気がする。

実は相当マズイワードを現実世界で出されていたりする。

バレたということだろうか。

というより、誰がここまで運んだのだろう。

運んでくれるような人が思い付かない。

最悪のパターンは芦屋だ。

確実にバレる。

警察とかマスコミとかが来て大変なことになりそうだ。

するとまた母に迷惑がかかる。

何でこんなことを考えているのだろう?

そういえばジュリはどうなっただろう。

やはり死んでしまったのだろうか。

犯人はどうなっただろう。

今、彼は幸せなんだろうか?

ジュリは、幸せだっただろうか?

クロは…………怒るだろうか。

こんな勝手にして、この有り様、あの後どうしただろうか。

ファイルから抜け出せただろうか。

警察に捕まっていたりしないだろうか。

少し不安になった。

その時。

「おーい」

誰かが美咲の頬を人差し指で強く押した。

口が少し開き、美咲はゆっくり目を開けた。

人差し指の持ち主を探す。

普通は驚くものなのだが、美咲は今そこまでの気力はなかった。

見覚えのある黒髪の青年が美咲を覗きこんでいた。

「よかった、起きたのな」

特に表情を変えなかった青年は真っ黒な瞳を美咲に向けていた。

どこまでも真っ黒だった。

たしかレストランの前で私の髪下ろした最低な奴、としか思い出せなかった。

結局美咲は彼の名前を思い出せぬまま呟いた。

「何でここに………」

「さあ、何故でしょ」

美咲は少し考えた。

今回の事件と無関係の彼が関われるとすれば、と考えた。

「運んだのはお前か。家が近かったのか?」

「さあ、どうでしょ」

美咲は変に思った。

あの真っ暗で人気のない路地裏に倒れていたにも関わらず、何故彼は美咲を救えたのだろう。

葵通りの住人ですら気づかないだろう。

見つけることすら困難だろうに。

そして最初に聞くべき問題に気付く。

「そもそも………誰だっけ……」

美咲の問いかけに青年はさらりと言った。

「パートナー」

名前じゃなかった。

しかしすぐに誰だかはすぐにわかった。

心臓が止まってしまいそうな答えだった。

その時美咲は感じた。

好奇心、恐怖心、そして少しの安心感。

美咲は彼の名前を思い出した。

午前7時09分。

美咲は最大の問題に直面していることをうっすらと理解した。


第二章が終了です。

ここまで読んで下さっている方に感謝感謝です。

ちなみに第三章は第二章と続いている長編を予定しています。

よろしくお願いいたします☆


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