第四楽章‐2:再会
【憑依】
霊や魂が人の身体にのりうつること。
憑くこと。
通常は魂、悪霊、日本では狐などがとりつき、悪いイメージもある。
しかし医療などにも使われていたりする。
アルニカは時間が無いことを考え、ジュリに右手を出した。
ジュリは亡霊アイコン、つまり魂である。
アルニカは身体ごと電脳世界にログインしているので、ジュリは憑依することができるはず。
と考えたのだ。
アルニカとしては、自信をもって提案していたのだが、これをジュリが賛成するわけがなかった。
もちろんクロも同じだった。
全てのリスクがアルニカにかかるからである。
小声で話している三人の会話が全くわからない現実世界の三人は揃って首をかしげた。
「何話してるの…?」
そんな三人を無視し、ジュリは首を横に振った。
「危険なのはアルニカなのよ?!」
「あんたの場合は現実世界にも影響が出るからな」
「でもこのままじゃきっと後悔する!」
アルニカの両目に涙が溜まっていた。
ジュリが拳を握りしめる。
「違う?」
ジュリはまたぼろぼろと涙をこぼした。
二人の視線による対話が数秒の間に成された。
「……わかった」
クロが全く意味のわからない言葉無き会話に、慌てて口を挟んだ。
「待て待て待て!何考えてんだ、今の話聞いてた?」
「クロちゃん黙ってて!」
アルニカが一喝。
「これは女の話よ!」
クロは初めての真面目(?)な一喝に言葉を止める。
クロがため息をつき、もって2、3分だと告げた。
ジュリが手をとる前に注意した。
「アルニカ、私が憑依すると姿も変わる。自分の意思をしっかり持って、私に負けないで」
アルニカは強くうなずいた。
ジュリはクロの方を向き、微笑んだ。
「暗号を解いたのはあなたね?ありがとう」
クロは少し照れくさそうにうつむいた。
またアルニカの方に向き直り、手をつないだ。
「頑張ってね」
アルニカは一瞬顔を赤らめたが、すぐにその姿は変わっていった。
ふわりとした金髪、蒼い瞳、白い質素なワンピース、アルニカの姿は面影さえなく、ジュリそのものだった。
彼女が辺りを見回した直後、露木が叫んだ。
「珠理さん!」
パソコンの画面に手をつき、叫んだ。
ジュリが画面を見つめて涙をこぼす。
お互いにその目は愛しい人を見る目だった。
「やっと会えた……」
「ずっと探してたんだ!」
初めて露木が涙を流した。
ジュリは自分が死んでしまったこと、亡霊になってしまったこと、そしてもうすぐ死んでしまうことを露木に告げた。
露木は真実を驚きながらもうなずいていた。
「俺があの日行けなかったのは………ひ、人を助けてたんだ。火事が起きてて」
ジュリは笑った。
今までにない笑顔で。
よかった、と繰り返しながら泣いた。
しかし、ジュリの姿は光の粒となり消えようとしていた。
露木がパソコンの画面を叩く。
何が起こっているかというと、ジュリの命が消えつつあるのだ。
「ありがとう」
ジュリは光となって消えた。
露木はパソコンを前に泣き崩れた。
芦屋が優しく背中を撫でる。
しかし、クロはそれどころではなかった。
アルニカごとジュリが消えたのだ。
つまりクロにとっては、アルニカが電脳世界から消えたのだ。
もしかしたら現実世界に放られたかもしれないのだ。
それは大いにマズイ。
クロは誰にも気づかれぬ間にログアウトした。
芦屋がパソコンの画面を見た時、そこには誰もいなかった。
安西が窓の外を見ると、電子警察の車が何台か停まっていた。
「芦屋、行くぞ」
芦屋はうなずいて露木を立たせた。
扉を開けると電子警察の男たちが犯人である露木に手錠をかけた。
二人も外に出され、すぐに現場の確保が成された。
そして車の側には、生徒会長の花岡が立っていた。
「会長?!」
「芦屋さん、今回はお手柄ね。安西も」
安西は礼儀正しくお辞儀をしたが、芦屋は慌てふためいていた。
「ご家族には!」
「水無瀬から連絡があってね、二人が頑張ってるって言うから来ちゃった♪」
ふわふわしたご返答に芦屋はうなずいて返すしかなかった。
外はもう暗く、パトカーの赤い光が葵通りを照らした。
学生である芦屋たちはパトカーに乗せられ、直ぐ様各家に送られた。
とはいえ、花岡以外の二人は寮だった。
パトカーの中で芦屋が拳を握りしめる。
安西が芦屋の拳に手をかける。
「芦屋」
「解決したのは………私じゃない!アルニカだ!」
芦屋が泣きそうな顔で言った。
「いつだってアルニカが解決してる!私は………」
「芦屋よ、お前が今日何もしていないと思うなよ?むしろ今日は喜ぶべきじゃ」
芦屋が横目でちらと安西を見た。
何を喜べばいいのか全くわからなかった。
「お前の推理は見事に当たり、情報提供した青年は犯人ではなかった。お前は今日大きな事件を解決に導いた。喜ぶべきじゃ」
芦屋は下を向き、髪を前にだらりと垂らす。
泣いていた。
安西の心の声。
〔悪いことを言ったろうか。もしや逆に悲しませたか。慰みにもならなかったか。………まぁ、よいか〕
この芦屋という奴は、単純にできている。
急に顔を上げた芦屋の顔は涙で濡れながらも、笑顔だった。
「ありがとう、きよ」
「気安く呼ぶでない」
午後11時10分。
オンライン罰ゲーム事件はこうして幕を閉じた。かもしれない。
* *
午後11時57分。
露木光の事情聴取が始まった。
今回のオンライン罰ゲームを作った動機、不正解者に対する罰と殺人、そして暗号の出所。
露木は何一つ答えず、彼女はずっと私を愛していた、Jとは私のアイコンネームなどと呟き続けた。
イライラしたのか、警官の一人が机を叩いた。
「どうしてこんなことをしたのか聞いてるんだ!」
露木の口が止まり、警官をじっと睨んだ。
二人の警官が口を閉じ、息を飲む。
露木は頭の中で自分の声を響かせた。
理由?
誰かわかってくれるのか?
この俺の気持ちを?
暗い聴取室に卓上ライトがポツリと辺りを照らす。
警官が二人、じっと露木を睨む。
「私は………俺はもう答えを見た。彼女は………珠理は星になっただろうか」
そう呟き、唾を飲むように何かを飲んだ。
二人の警官が席を立つと、露木は座っていた椅子を蹴飛ばし、その場に倒れた。
11時59分。
露木光の死亡は確認された。
毒物を口の中に忍ばせていたらしく、即効性だったようだ。
しかし、その死に顔に苦しみは見えず、安らかな顔だったという。
* *
午前0時12分。
美咲の母歩遊は自宅にいた。
自宅とはいえ美咲組の本家、たくさんの組員を抱える大きな日本家屋である。
白い足袋が木の床を擦る音が響く。
歩遊は暗い畳の部屋で縁側に座っていた。
煙管をくわえ、白い煙を吹かした。
空に浮かぶ月のすぐそばに赤くきらめく二つの小さな星を眺めていた。
白い煙は月を隠す雲のようにゆらゆらと揺れ、消えていく。
「誰か二人死んだのかな………」
そう呟いた瞬間、廊下に続く襖から声がした。
「お頭、朝霧様よりお電話です」
歩遊は煙管から最後の一吹きをし、煙は夜空に消えた。
「今行く」
色鮮やかな着流し姿で歩遊は部屋を出た。
この時代には珍しく、黒電話が玄関近くにあった。
歩遊は受話器を取って声色を低く変えた。
「何の用だ」
するとしわがれた声の男性が落ち着いた口調で返した。
「久しぶりだね。どうだい、歩海は元気にしているかい?」
「お前にそれを言う権利があるのか?」
男性朝霧が笑う。
歩遊が受話器を握りしめる。
「権利?あるさ。だって私は歩海の父親なんだから」
歩遊が舌打ちをして怒鳴った。
周りにいた組員たちが肩を震わせた。
「よくもぬけぬけと!二度と電話するな!」
「音波を元に作った応力発散が花柳に放された」
歩遊が言葉を切る。
「おそらく歩海と戦うだろう」
「勝手な!」
「そのうち返してもらうからな」
電話が切れ、歩遊が受話器をゆっくり置いた。
組員の一人が恐る恐る近づいた。
「何と……言っておられましたか」
歩遊は額に手を当て、ため息をついた。
「……歩海が危ない」
歩遊はそれ以上喋らなかった。
美咲の知らない間に、違う物語の歯車が回り始めていた。
*答えあわせ*
1、まず、「ソノコタエハ」アルファベットにする。
2、シーザー暗号を使い、「A=D」に基づいて文字を変換。
変換後は「VRQRNRWDHKD」となる。
(ちなみに暗号化とは逆の変換になる。通常は「A=X」。)
3、変換した文字をポリュオビス暗号を使って変換。
*変換表*
12345
1ABCDE
2FGHIK
3LMNOP
4QRSTU
5VWXYZ
上記を使って変換すると、「15241424332541325241」となる。
4、全ての数字から一番多い「2」を抜き、全てを足す。そして割る。
計算すると「25」となる。
5、問題の番号の次に「△1」は「マイナス1」という意味なので、「25−1」で「24」。
6、「24」をポリュオビス暗号表で見ると、「I」になる。
7、ポリュオビス暗号で「I」は「J」と置き換えられることがある。
仲間外れ。
クロ:はい、この問題の答えはこのようになる。わかった?
アルニカ:全く。
クロ:あぁ、あんたはわかんなくて当然だろ。
ちなみに使われた2つのアルゴリズムは昔から使われていたもので、俺にとっちゃ簡単だったな。
アルニカ:でも解くの苦戦してたじゃない?
クロ:してない!
アルニカ:してたわよ?でも今回は助かったわ。ありがとう、クロちゃん。
クロ:お、おぅ!べべ、別に大したことじゃ………………まぁ、どういたしまして。
アルニカ:(*´∇`)
クロ:(*/∧\*);;