表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルニカ交響曲  作者: 結千るり
29/110

第三楽章‐3:ジュリ

今回、更新が大変遅れましたことをお詫び申し上げます。

では、どうぞ☆

午後10時18分。

クロは葵通りに侵入することに成功していた。

何が起こったのかというと、アルニカがジュリに感覚麻痺ウィルスをつけたのだ。

全身麻痺や死ぬような麻痺ではなく、一瞬だけ五感を麻痺させるウィルスである。

ウィルスを受けたアルニカにジュリが触れた瞬間、彼女に全て移すという作戦である。

別に、持っているからといってアルニカが死ぬわけではないのでご安心を。

その一瞬にアルニカがかかとでも鳴らせば、クロは気づかれずに葵通りに入れるというわけだ。

正直、この作戦の成功にホッとしているクロはあくびをした。

成功する確率が本当にわずかだったからだ。

そもそも提案したのはアルニカで、実現化するために頑張ったのがクロである。

算数さえまともにできないアルニカから出た作戦が、まさかうまくできるとは思っていなかったのだ。

「さて、犯人の家を探しますかね」

クロが辺りを見回すと、各家のパソコンのメインフロアが見えた。

しばらく見ているうちに、クロは一軒に目をつけた。

「犯人はメインフロアを開いてないはず。でも全てをオフにはできないんだな」

パソコンが起動されていなくても、各家にメインフロアが常に現れている。

起動している場合は少し明るく見え、ログイン状態になる。

犯人はそれを隠したいはず。

「なーんてことをマジで考える犯人がいるんだなぁ。」

一軒だけログオフ状態で微かに光るおかしなメインフロアがあった。

クロが楽しそうに目を細めた。

「ド素人が」

その一軒の前に立ち、空白領域を発生させた。

オンラインゲームのファイルを見つけ出したクロはすんなりと中に入れた。

入ろうとしたクロは、少しだけ足を止めた。

フルートの美しい音色が聞こえたからだ。

存在感ある独奏が遠くまで響いていた。

「……アルニカだ」

今度は自分のために弾いてくれないかな。

あの美しいバイオリンを。

そしていつか。

自分のために、歌ってくれないかな。

クロはファイルに入り込み、ゲームを始めた。



    *   *



芦屋千代はこの葵通りの様子を見てはがゆくなった。

アルニカがフルートを独奏してジュリを引き付け、黒猫が一軒のサーバに侵入していたのだ。

もう犯人をつきとめたというのか?

午後10時24分。

芦屋と安西は電子警察の資料室にいた。

安西が芦屋の横で資料を見つめていた。

「芦屋、犯人が分かった」

「え!?」

芦屋が安西を二度見した。

安西が資料の一ページをひらりと見せる。

「露木光。葵通りで唯一被害を受けていないのじゃ。行くぞ」

芦屋が少しうつむくと、珍しく安西が声を荒げた。

「事件に集中しろ!お前は生徒会の芦屋千代じゃろ!」

芦屋が奥歯を噛みしめ、うなずいた。

露木光。

花柳大学二年生。

とくにパソコンに関する技術はないようだ。

どちらかというと体育会系。

二人は警察署を出て、暗くなった町に足を踏み入れた。

「ここからじゃ葵通りは遠いわ」

すると眩しい二つのライトが二人を照らした。

ものすごいエンジン音とブレーキ音、青いミニワゴン車が止まった。

運転席の窓から篠原ことはが叫んだ。

「おーい!急いでんだろ?乗んな!」

いつもはただ庭を守る管理人が少しだけ格好よく見えた瞬間だった。

直ぐ様後部座席に座った二人を乗せ、車は猛スピードで発進した。

荒すぎる運転に芦屋は手すりに掴まった。

「寮長!」

「花岡から連絡があってな、本当は中で頼まれ事があったんだが急ぎなら送ってやる!」

すると手すりに掴まった安西が行き先を葵通りと告げた。

車のスピードがさらに速くなる。

止まったら絶対吐く。かもしれない。

二人は思った。



    *   *



フルートは高音域に位置する楽器で、独奏も重奏も美しい。

まぁ、どの楽器も美しい音色を出すが、アルニカは楽しそうにその音を響かせていた。

ジュリがぺたりと座ってアルニカの音色を静かに聴く。

その音色は葵通り全域に広がった。

最後の小節を終え、静かにアルニカはフルートをくるりと回した。

ジュリが小さな拍手を送る。

「ありがとう」

アルニカは軽くお辞儀をし、その顔で言った。

「教えてくれる?」

ジュリはうなずいた。

「ねぇアルニカ、恋をしたことはあるかしら」

アルニカは少し頬を赤らめた。

そしてひたすらに否定した。

するとジュリは微笑んで語り始めた。

「5年前、私は恋をした」

ちょうどその日は雨が降っていて、私は研究所を出たところだった。

アルゴリズムの完成に近づいていた。

視界の悪い一本道で私は車にはねられた。

とても眩しくて、冷たかった。

雨が当たる音がすごく大きく聞こえた。

その時、彼と出会ったの。

次に目を覚ますと、病院にいて手当てされていた。

最初、何が起こったのかわからなかった。

助けてくれた人は外の受付前で寝ていた。

まだ高校生だった。

露木光。

ハンドボール部だったんですって。

人一人軽々と持ち上げそうな、背の高い子だった。

それから、私たちは連絡をとるようになった。

研究者になって、恋をするなんて思いもしなかった。

胸が熱くなって、心が踊って、世界が美しく見えた。

幸せだった。

でも事件は起きた。

あの日、この場所で待ち合わせをしていたの。

でも彼は来れなかったの。

何故だかはわからないけれど、夜になっても来なかった。

そして帰ろうとした時、異変に気付いた。

ログアウトができないことに。

自分のメインフロアに行くと、自分が端末機の前で死んでいた。

頭から血を流して。

これほどの恐怖はなかった。

自分の死に顔を見るなんて。

二度と現実世界には戻れないなんて。

私はまだ生きているのに!

アイコンは一定時間を超えると電波を失い、感知されなくなってしまうの。

私はその日から、電脳世界の亡霊になった。

もちろん彼が探しにきて、隣にいても気付いてはくれない。

どんなに触れても感触さえない。

突然一人ぼっちになって、ずっと泣いた。

どれだけ寂しい5年間を送ったか!

でもつい最近、彼は私のメッセージを見つけてくれた。

私が書いた暗号を見つけてくれた。

でも彼には、解き方がわからなかった。

だからゲームをつくった。

暗号を解いてもらうため。

でもそれだけじゃなかった。

彼は人を殺し始めた。

やめてほしくて叫んだけれど、私の声は届かなくて、何もできなくて。

でも彼が捕まるのは嫌でしょうがなくて。

涙が止まらなくて。

雨が降った。

「会いたい………!」

ジュリは仮面の下で泣いていた。

アルニカがフルートを消し、膝をついた。

肩がひくひくと動き、すすり泣く声がした。

「ジュリさん、会いに行こう」

ジュリが顔を上げた。

ふざけた仮面だが、不思議と悲しげに見えた。

「彼の家に行こう」

「私、彼には見えないのよ?」

「大丈夫」

アルニカは強気な笑みを浮かべた。

「私のパートナーが向かってる。私たちも行きましょ」

午後10時24分。

アルニカはジュリを連れて葵通りに入った。

露木光。

どこかで聞いたな。

そしてハッとレストランを思い出す。

電子警察らと黄緑頭の青年の間を割った筋肉質バリバリの青年だ。

自己紹介もして、誕生日まで言っていた。

いつだったかなんて忘れたが。

とにかく彼のことだ。

会いに行かなくては。

ジュリが、消えてしまうその前に。

愛する彼のところへ。

と思った瞬間だった。

ジュリが膝をついた。

仮面を強く押さえ、叫びはじめた。

アルニカは見た。

彼女の仮面が真っ黒に染まっていく様を。

そして仮面はジュリを覆い、もう人ではなくなっていた。

「ジュリ……さん?」

長い夜が始まった。



    *   *



午後10時30分。

誰かがアクセス侵入してきた。

ものすごい速さで問題を解いている。

今までこんなことはなかった。

お前は、お前は一体何者だ?

露木光は頭をかきながら唸った。

電脳世界を見ると、一匹の黒猫が次々とブロックを破っていた。

そんな簡単ではないはずだ!

ズルでもしたのか?

誰だ。

お前は誰だ。

誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ!!

拳を握りしめ、デスクを叩く。

パソコンの画面が電脳世界の様子一面になる。

忌まわしい黒猫がすべてを解こうとしている。

知りたかった言葉を。

探していた答えを。

答えは。

「その答えは……!」







ソノ答エハ?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ