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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
27/110

第三楽章‐1:美咲歩海の困惑、故。

午前11時37分。

美咲はごちゃごちゃの髪型で起き上がった。

隣で綿貫と箕輪が大笑いする。

「このお寝坊さんめ!何してたのー?」

「朝飯は無いからな」

何してたって………と美咲は思い返す。

アルニカワード連発だから言えるわけもなく、美咲は電話をしていたと言ってごまかした。

「誰と電話してたんだよ?」

「彼氏とか!」

「違うわよ………何ていうか……その………」

美咲は言葉を止めた。

完全にアルニカワードが出る。

というより。

「その人のこと何も知らないんじゃない?」

「恋どころじゃねーじゃん」

美咲は少し顔を赤らめ、完全否定した。

しかし本当に知らなかった。

クロという名前とクラッカーであること、それから………男性であること以外。

箕輪が両手を組み、目を輝かせた。

「誕生日とか血液型とか職業?学校とか?今度聞いてみな♪」

「却下!そもそも聞けるような関係じゃ……」

というより、何だこのガールズトーク!

何故病院で展開してるんだ!

と心の中で美咲は叫んだ。

メンツも微妙で話も微妙、美咲がそう思うのも無理はない。

「そーいえばメールが来てたよ?まだ見てないけど」

箕輪が美咲の携帯電話を摘まむように持った。

美咲はハッとした。

クロが昨日言ってたメールかもしれない。

面白半分で見られたらマズイ内容であること間違いない。

オンラインゲームについてだろう。

「返せ!私の携帯じゃん!」

「彼氏かなー♪読んじゃう?」

普通なら恥ずかしそうに真っ赤になるこのシチュエーション。

しかし美咲の場合、アルニカ内容連発のメールの危機なので真っ青だった。

箕輪はメールを見て口を開けた。

無言なので綿貫が箕輪を呼ぶ。

美咲が唾を飲み込む。

「………何このデコメ………」

「は?」

箕輪が美咲と綿貫に携帯電話の画面を見せ、二人もすぐに口を開けた。

メールにはデコ画像がひとつ貼り付けられていた。

黒猫が真ん丸になって座りながらあくびをし、その吹き出しには「おはよう」と可愛らしく入っていた。

箕輪が美咲に携帯を渡し、キャーキャーと騒ぎ始めた。

「やっぱ彼氏だぁー♪ヤッフー♪」

「なんか進展したら報告しろよな!気になるから!」

何故か綿貫も目を輝かせる。

美咲が携帯を閉じ、ホッとしたようにため息をついた。

「そんな進展あり得ないから却下!」

箕輪と綿貫が声を揃えて駄々をこねたが、美咲は携帯を枕元に置いた。

「遂に明日退院かー!外が恋しい!」

綿貫が両手を組んで伸びをした。

箕輪がそうだね、と返す。

この和んだ雰囲気の中心で美咲は考えた。

〔これが……友達、なんだろうか〕

二人の笑い声がこだまし、白い病室が鮮やかになる。

〔今までこんなことなかったからな〕

彩られていく。

〔でも……〕

〔もし、私がアルニカだと知ったらどんな顔するんだろう?〕

少し不安になる。

この彩りが消えてしまう。

〔離れていくんだろうか〕

箕輪が美咲を呼んだ。

美咲がハッとして、ごめん、と謝った。

「提案なんだけどー、夏休みに三人でピクニックとかどう?お姉ちゃんの家があるから泊まりで♪」

「ひまわりすごいらしいぜ」

美咲はいつも見せないくらいににっこりした。

「いいよ」

〔今はこのままで〕

このままで。



    *   *



午後3時58分。

美咲の携帯電話が鳴った。

クロからのメールだった。

綿貫は昼寝中、あとの二人は退院手続きが終わったようで病室にはいなかった。

今なら!




もしもーし

昨日の大々的成果を大発表!

ジュリについて少しわかった。

もとは現実世界で普通に働いてた女性だった。

名前は秋元珠理。

ただし、その履歴は並じゃない。

…………続きはウェブで☆




美咲の携帯がミシミシと音をたてた。

しかしメールはさらに下まで続いていた。

下へ、下へ、下へ……………………

長い。

そしてやっと文が出てきた。




5年前、ネットワークに接続中に身体だけ殺されている。




美咲は目をこすり、また文を読み返した。

間違いはなかった。

身体だけ死んだ?

つまりログインした精神は………?

「あの仮面の子は死んだはずのアイコン…」

しかし、今回のオンラインゲームとは関連性が全く見られない。

ゲームの発信源として怪しい葵通りにいる謎のアイコン、ということ以外は無関係だ。

美咲は頭を悩ませた。

そこで美咲はふと思い付いた。

【何も知らないんじゃない?】

【誕生日とか血液型とか職業?学校とか?今度聞いてみな♪】

全く関係ない話を急に思い出した美咲は挙動不審に辺りを見回した。

唾を飲み、勇気を振り絞ったのか、美咲は電話をかけた。

「もしもし!」

「あれ?ちゃんと最後まで見た?怒られるようなこと送ってない………」

クロが言葉を止めた。

美咲が電話の向こう側で口ごもっていたからだった。

「えと………その……あの………」

「何」

また少し美咲のごもごもは続き、遂に何か言った。

「誕生日とか血液型とか職業とか!あと好きなものとか嫌いなものとか!例えばあと身長とかそーゆうの!」

美咲は目を瞑りながらマシンガンのように質問攻めにした。

全くもって頭が真っ白の美咲はおそらく今言った質問の内容さえ覚えていない。

綿貫が寝返りをうったのでドキッとしたのか、美咲は周りをキョロキョロと見回した。

「………何、本当に好きになっちゃった?」

「ち、違うわよ!」

「じゃ何で知りたいの?」

美咲が口をつぐみ、理由を懸命に考えた。

友達に言われた?

私が知りたい?

何で?

気になる?

「……その………」

クロのため息が聞こえた。

「誕生日は文化の日の翌日、血液型はAB、実は高校生」

美咲が動揺している間にクロはまだまだ続けていく。

「もちろん公立な、やっぱ女いないとな。あと何だっけ……好きなものは真夜中の散歩、嫌いなものは暇な時間、それと身長は……いくつだろ?あ、この前測ったかも。165前後だと思う。低いだろ?あとは?」

美咲は口をポカリと開け、唖然としていた。

まさか答えてくれるとは思っていなかったからだ。

「答えると思わなかった?さて、こんな教えたんだからあんたも言えよな」

美咲は頬を赤くし、視線を宙に泳がせた。

また綿貫が寝返りをうったのでホッと一つ息をした。

「た、誕生日は7月7日、血液型はA型で高一、あと…………」

「え、今のは歳言っちゃったも同然じゃん」

「あ!まぁ…別にいいか」

美咲は15歳だと完全にばらしたが、特に気にしなかった。

「好きなもの?オルゴール、嫌いなものは私の身長、146センチだから!」

クロが吹き出した。

おそらく身長についてだろう。

アルニカの時は靴が多少ヒールなので背が高く見えるが、実際はとても背が低い。

美咲は顔を真っ赤にした。

「笑うな!」

「いや別に?てかもうすぐ誕生日なんだな」

今は6月。

美咲は短く答えた。

クロが思いだし笑いをする。

「でも本当にいきなりだなぁ…何かあったの?やっぱ好きになっちゃった?」

「違うって!なんかそればっかりね?そんなに好かれたいの?」

「あー………」

クロが今さら気付いたように声を伸ばした。

「アルニカなら良いかなぁ」

美咲は顔を真っ赤にして口の端をひきつらせた。

クロが少しニヤニヤしているのがわかり、美咲が猛反発した。

「この変態!私は絶対好きになんてならないから!」

「ウソだぁー♪相手のこと知りたくなるのは恋だろ?」

ヒューヒューとクロがもてはやす。

「切る!!」

「あ、待った待った!本題はあんたの恋愛相談じゃないから」

美咲はカバンから透き通った赤い暗記用下敷きを出し、顔に向けてパタパタと扇ぎ始めた。

真っ赤になった顔はまだ元に戻らず、下敷きから送られる風がさらに涼しく感じた。

「さて、秋元珠理についてだな」

「電脳世界にいる間に現実世界の身体が殺されたってことは?」




秋元珠理は既に死亡届が出されていた。

他殺のようで、犯人は捕まっているようだ。

島村隼人。

動機は彼女が作り上げたアルゴリズムで……




「ストップ」

美咲が下敷きをパタパタしながら質問した。

クロがまるで先生のように解説した。

「うん、おそらくアルゴリズムだな?」


【アルゴリズム】

数学、コンピューター関連の問題を解くための手順を表すもの。

いわば解き方。

世に出回る電子的産物にはすべて基本のアルゴリズムを元にした電子文書プログラムが搭載されている。


クロがわかりやすいよう例まで出してくれた。

「そうだな……ネット上の検索、あとは素因数分解とかもそうだな」

「なにそれ」

クロが信じられない、とでも言うような短い悲鳴をあげた。

素因数分解は高校一年生なら既に習っている課程だからである。

花柳の授業課程では中学三年生で習うものである。

「素因数分解!ルート(√)とかやったでしょ!?」

「さぁ?ましてや算数で30点以上とったことないし」

「算数から?!」

クロのイライラが爆発したような叫び声が聞こえ、美咲が何もわからず首をかしげた。

【素因数分解】

ある整数を素数の積で表す方法。

素数とは約分ができない1より大きな自然数のこと。

2、3、5、7、11のように割りきれないものが例である。

これを元に解いていくのが素因数分解のアルゴリズムである。

「お分かり頂けたでしょうか?」

「んー、ちょっとだけ。まさか病院で算数の勉強すると思わなかった」

「これ数学!とにかく話がずれてきたから戻すぞ。」

秋元珠理が殺された動機は彼女が作り上げたアルゴリズム。

未だ誰にも使われず、闇に消えた幻とも言われている。

もしかしたらオンラインゲームの難しい問題は彼女のアルゴリズムが使われているのかもしれない。

「葵通りにいたジュリって子にもう一度会いに行かないと」

「いいよ、俺行ってくる」

「私行く」

美咲は辺りを見回し、ひそひそと言った。

「私もう明日退院だし、近いし行ってくるよ」

するとあっさりクロがそれを承諾した。

驚く美咲にクロは一つ提案した。

「じゃその間ゲームでもしてようかな」

美咲は耳を疑った。

ゲームとは問題のオンラインゲームだろう。

「何言ってんの?!」

「大丈夫だよ、俺天才だから」

「間違えたらどうするの!」

「一つだけ聞いてもいい?」

美咲が反論を止め、クロが静かに言った。

「外でもし、俺と会ったらどうする?」

美咲はその瞬間、呼吸を忘れたように固まった。


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