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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
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第二楽章‐4:掟

河南渚かなんなぎさ



椿乃峰学園二年、生徒会書記。

芦屋とは知り合ったばかりだそうで、現在は友達になりたて。

能力は速記術。

すごいのは速記する際に両利きであること、そして書きながら先を予想して書き進められることである。

パソコンのタイピングも異常に速い。

陽気で暑いのが大嫌いなインドア派。

午前1時21分。

美咲は変な部屋に連れ込まれていた。

真っ暗なはずの小さな部屋がパソコンの青白い光でピカピカしていた。

大きなサーバに冷却装置、パソコンは3台。

部屋であのロボットがもう一人いた。

長い金髪を膝の上に乗せる少女アリシア・フリーデンが二つのロボットを紹介する。

「ゴムの色が赤いのがキャロライン、青いのがアンジェリカ」

何そのネーミングセンス。

微妙、かつ呼びにくい、そしてゴムの色とか見分けつかない。

と美咲は内心つっこんだ。

「で、どうして呼んだの?」

「貴方がアルニカの真似事をしているから。その若さじゃ本物を見たことも無いんじゃないか?」

アリシアは偉そうに車椅子の手すりに頬杖をついた。

青白い光でできる影が不気味さをさらに演出していた。

「やめてほしいの」

「あんたアルニカの友達?」

「そうよ」

二人はにらみあっていた。

すると、一つのパソコンから何か音がした。

アンジェリカがアリシアに電話がきていると伝えた。

画像は無かった。

上についたスピーカーから陽気、かつ冷静な声がした。

「ヤッホー♪話の途中で俺の彼女誘拐したのはあんただな?誰だよ」

美咲が一瞬にして誰だかわかる。

クロだ。

何故ここがわかったのだろうか。

「そういう君は何者だ?」

「彼氏?」

「断じて違います」

アリシアがスピーカーと美咲をまじまじと見るが、二人のロボットは一切動かなかった。

「とにかく、私はこいつに話がある。君の話は後にしな」

「あんたの話そんなに大事なの?」

クロの静かな問いかけにアリシアが口の両端を吊り上げる。

クロには見えていないであろうに、アリシアは美咲を指差した。

「君は知らないだろうな」

誰かが口を挟む間もなく、アリシアがいい放った。

「アルニカは既に死んでいる!」

美咲は歯を食い縛り、拳を握った。

事実だからだ。



    *   *



私のピアノはみんなのこころを優しく揺らし、鼻歌を歌わせた。

でも音楽室でみんなと歌えないことに変わりはなかった。

母の呼ぶ声をたよりに夕飯のあたたかいテーブルに走る。

お手伝いさんが母と一緒に食事を持ってきた。

何でお手伝いさんがいるのに母が持ってきたかって?母が料理を作るのが好きだからだ。

私と父は二人が座るのを待ち、一緒に夕飯を食べ始めた。

だいたいの日本人小学生が好きなカレーを口を汚して食べる、美味しさを表現する子どもの特権である。

私の笑顔を見て、母がにっこりする。

美味しい、は何度も言わなくてもわかるのだ。

何が美味しいとか、この具がどうとか、理屈じゃないのだ。

母にとっては私の笑顔が全ての答えだった。

そんなあたたかいテーブルで、父ははりつめた顔をしていた。

お手伝いさんが心配そうに聞くと、父は箸を置いて答えた。

母の名前を呼ぶ。

「………アルニカのコアを、私にくれないか」

何故、と聞くと父は答えた。

ある計画に必要なのだ、と。

あたたかいテーブルが冷めていく。

母が少しわかったようにうなずいた。

また、全てを理解してくれたようなやさしい顔で言った。

「何の実験かしら」

「……人を傷つけずに人を気絶させる道具さ。なんなら、歩海でもいいんだ」

「それだけはお断りよ!」

初めてかもしれない。

母が父にこんなに怒鳴ったのは。

この日からだ。

家族が壊れていったのは。

母は私を強く抱きしめて言った。

「あなたは何も心配する必要はないの」

心配だよ。

私はこんなに心配してるのに、どうしていつも笑ってるの?

そして、その日は来たのだ。

母が、二度と笑わなくなる日が。



    *   *



美咲は瞬きをした。

クロが何か答えたからだ。

「だから何?」

「真似事はやめてほしいと言っているのだよ」

「あんたに何かデメリットがあんの?」

「計画の邪魔だ」

計画?

〔ある計画に必要なのだ〕

〔実験?〕

脳裏にそれがこだました瞬間、美咲は音波を散らして怒鳴った。

「違う!!」

アリシアが耳をふさぎ、二人のロボットが素早く美咲の腕を片方づつ掴んだ。

「アルニカは……私の母親だ!」

アリシアが大きく目を開けた。

全ての時が止まったようだった。

そんなわけない、そんなはずない、と何度も呟くアリシア。

美咲は二人のロボットの手を振り払った。

「でもって今のアルニカは私!花柳は私が守る!」

そしてクロに時間を聞き、話を明日に回した美咲はたったと部屋を出て暗がりの廊下に消えた。

アリシアは震えながら呟いた。

「彼女に……娘などいなかったはず」

「でもあいつはアルニカだ。あんたこそ邪魔するなよ」

クロは電話を切り、アンジェリカがスピーカーを切った。

キャロラインが車椅子を押し、パソコンの前に移動させた。

アリシアがキーボードを強く、素早く叩き始めた。

アルニカの名前を何度も呟きながら。

そして午前1時50分、美咲は暗い屋上に一人座っていた。

涙をぼろぼろと流しながらネオンでいっぱいの町を眺める。

携帯電話が鳴った。

クロだった。

とても出る気にはなれなかった。

「………前にもこんなことあったかも」

携帯電話をコンクリートの床に置き、通話ボタンを押した。

暗い屋上で光る携帯の画面が秒を刻む。

「前もあったなこれ。泣いてんの?」

「悪い?」

美咲は鼻をすすった。

「また私のこと知ってる人増えたんだもん!いっちゃいけないのに」

「それはなんかのルールなのか?」

「そう!アルニカは他人に正体を知られてはならない!言ってもいけない!………負けてはならない!」

美咲は唇を噛みしめ、また涙をこぼした。

携帯に向かって手をつき、自分に言い聞かせるように言った。

クロはそれをじっと聞いていた。

また美咲が黙りこむとクロが喋った。

「……それさ、お前の掟か?」

「………お母さんのじゃダメなわけ」

即答したクロに美咲が反論できなくなる。

「一人ならそれでいいかもしれない。でもあんたは………」

「一人じゃない。わかってる。パートナーだって辞書で引いたのよ」

【パートナー】2人1組でする際に組む相手。事業などの協同者。

「わかってるから尚更守るのよ!」

「じゃあ何であんたは一人で突っ走ってんだ!!」

電話の向こう側でクロが怒鳴った。

おそらく向こう側では近所迷惑になっている、かもしれない。

「パートナーってのは遠慮なんかしないんだよ!隣を歩くのがパートナー!どっちかが前に立つのはどっちかがダメになった時だけ!」

「前に立つ必要なんて無い!時空領域事件終わったのにどうしてまだ協力してんのよ!」

クロの声が止まり、美咲が音波の飛ばないように静かに泣いた。

涙が床に滲み、携帯の液晶画面がそれをぼんやりと照らした。

「どうして………隣にいるの……」

美咲は袖で涙を拭い、頭の中をぐるぐると駆け回る言葉をやっと口にした。

「それが昨日聞きそびれた続きみたいだな。ダメダメの泣き虫め」

クロが言いそうで言わなさそうな言葉に美咲が反応する。

携帯を軽く持ち、耳に当てた。

「何その言い方!このわからず屋め!」

「はっ!わからず屋はどっちだど阿呆、既にアルニカの掟破ってるくせに中途半端に守ろうとすんなんて」

異常にムカついてきた美咲は舌打ちをして怒鳴った。

「あれは約束なんだもん!お前にど阿呆扱いされる筋合いはない!」

「破っちまったもんはしょうがねーだろ!あんたが自分でルールでも何でも作れば結果オーライだろ!」

「何が結果オーライだ!猫のくせにその耳は節穴か!破ってもルールは変わらないんだよ、私はアルニカについて何も言えないもん!」

「辛くても言わないんだろ、一人で何でもできると思うなよ?あんたの弱音くらいいくらでも聞いてやるよ。要するにあんたを一人にしておけないだけ!」

美咲が眉をひそめる。

クロがハッとしたようで、言葉が止まった。

「………今…なんか寒気したかも」

「え?!ジーンときたとかじゃないの?ま、まぁいいや、今日調べた大々的成果は明日までにメールするから!じゃな!おやすみ!!」

美咲が言葉を返す前に電話が切れた。

美咲は待ち受け画面に戻った携帯電話を見つめ、少し顔を赤らめた。

「……クロちゃん最近変じゃない?」

変なのはクロだけではない、というのは完全にスルーで美咲は呟いた。

また花柳の夜景を眺め、携帯電話を閉じる。

涼しい風が屋上に舞い込み、美咲の頬を撫でていく。

しかし火照った顔はしばらく冷めることはなかった。

午前1時56分。

美咲は屋上を後にし、暗い病室で静かに目を閉じた。

翌日、朝ごはんをスルーするほど寝坊した。


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