第二楽章‐3:芦屋千代の大作戦その2
安西潔子 (あんざいきよこ)
芦屋千代の隣のクラス、そして風紀委員会。
本人らは一切語らないが、どうやら二人は幼なじみらしい。
無造作に切られた黒髪は自分で切っている。
時々芦屋が切るが、結局髪型は変わらない。
他人に厳しく、自分にも厳しく、寡黙で早寝早起きの安西さんでした。
午前9時40分。
まるで倉庫のような狭い一窓の生徒会室に、役員全員が集まっていた。
会長の花岡紗夜。
副会長の水無瀬しづる、羽賀優奈。
会計の上沼美代子、千森美代子。
書記の河南渚、そして芦屋千代。
花岡が資料を両手に話を切り出した。
「今日は緊急会議です。先生方に授業欠課の申請もしてあります。昨日の件についてです」
羽賀がニコニコしながら両手を後頭部に回す。
「いやー、サボりかぁー」
すかさず水無瀬が羽賀を殴る。
深刻な表情であることに気付いた羽賀は小さな声で謝った。
外に見えていた桜は全て散り、緑色の葉が風に揺れていた。
会計の上沼美代子がティーカップを片手に会長に呟く。
「会長、今回の件の説明をお願いしますわ。あまり時間もありませんのよ」
完全にお嬢様だった。
胸あたりまでの金髪をふわりとカールさせた上品な生徒である。
隣で分厚い眼鏡をかけた千森美代子が数独をひたすら解いている。
上沼が肩を叩くと、彼女はペンを置いた。
花岡はうなずいて、資料を読み始めた。
事件は昨日。
一人目の被害者が亡くなったのは午後5時ちょうど。
それを始めに18名が次々と自殺をしている。
その方法は様々で、共通点はひとつだけ。
書記の河南渚が挙手する。
「共通点とはなんでしょう?」
花岡が少し口ごもったので、水無瀬が資料を奪う。
静かに読み始めた水無瀬は花岡を横目で見た後、内容を口にした。
「被害者の腕には大きく切り傷が残っており、その文字は被害者全員に同じようについていた」
ソノ答エハ
と。
場の雰囲気が冷め、しんとする。
水無瀬が全員をちらと見て、また切り出す。
「私達は被害者のリストからまだ亡くなっていない方々への聴取、そして調査をします」
全員の声が揃い、部屋から次々と出ていく。
花岡と水無瀬だけがまだ席に着いていた。
芦屋は不思議に思い、部屋の外で立ち止まる。
ちょうど死角に入り、耳を寄せる。
「だから私が読むと言ったのに」
「ごめんなさい、でも私は会長だし……」
「その前に貴方は被害者の遺族です。本当なら私達はここで会議してる暇なんて」
「いいえ!この事件を解決しなきゃいけないわ!」
花岡が素早く立ち上がり、ガタッと椅子を引く音がした。
水無瀬も静かに席を立つ。
「今の貴方は足手まといよ」
「そんなこと言ってられないの!」
とケンカになりそうになった部屋に芦屋は堪えきれずに割り込んだ。
「行ってきて下さい!!」
二人の動きが完全に止まる。
言ってしまった後に芦屋もハッとする。
しまった。
盗み聞きしてたのに。
しかし、芦屋の言葉は止まらなかった。
「ご家族が亡くなられたなら、こんなところにいる場合ではありません!すぐにご家族のところへ!早く行ってきて下さい!」
花岡が何か反論する前に芦屋は叫んだ。
水無瀬が静かに見つめる。
「私達に任せて下さい!みんな生徒会の仲間なんです!ちゃんと解決してみせますから!」
水無瀬が微笑み、花岡の肩を優しくたたいた。
「行かないと彼女に強制連行されるわよ?」
花岡は両手で顔を隠しながら、その場に座り込んだ。
静かなすすり泣きが聞こえた。
午前9時57分。
花岡紗夜は椿乃峰学園を発ち、生徒会は調査を開始した。
* *
午前10時18分。
芦屋は河南と菊通りに来ていた。
暖かい日差しがじわじわと人々を唸らせる。
河南がだるそうに芦屋に引っ付いた。
咄嗟に暑苦しい河南を避ける芦屋。
「やっぱり学生が多いはずだし?回るわよ!」
「えー、暑いしアイスとか食べちゃダメ?」
それもそのはず。
まだ椿乃峰学園は冬服で生地も厚く、夏服の移行期間を迎えている公立学生よりは何倍も暑いだろう。
スカート丈も規定通りの長さで厚い生地なので、これまた暑いのだ。
てきぱきと歩く芦屋にふらついた河南がついてくる。
芦屋は菊通りからアクセスされている閉め出しを食らった被害者のリストをペラペラとめくった。
「菊通りだけで254人か……しらみ潰しでいくわよ!」
「何をしているのじゃ?」
ばったり。
一言で言えばそのような感じだ。
芦屋の前に風紀委員会の安西が立っていた。
さらりと現れた彼女は、冬服にも関わらず汗ひとつかいていなかった。
「あ、きよ。おはよう!」
「うむ。で、何をしているのじゃ」
芦屋は菊通りで事件の調査をしていることを簡潔に話した。
風紀委員会と生徒会は協力体制になることが多く、調査内容などを話しても良いとされている。
安西もニュースは見たようで、話の内容をすらすらと理解した。
「では、今日1日ご苦労様だな。一枚渡せ」
「え?だってきよのやることじゃ……」
安西は芦屋からリストを一枚破った。
河南が声なき悲鳴を上げる。
「お前一人では夜を越して朝になる」
「ちょっと、私もいるんですけど!」
安西は河南を無視し、芦屋に聞いた。
「花岡会長の分もあるのだろ?」
芦屋は強く一回うなずいた。
リストが多い理由を言い当てた安西は小さく何度かうなずいた。
「ありがとう、きよ」
「良い。寮の門限に遅れるなよ」
安西はリストを眺めながら芦屋に背を向け、目的地へ向かった。
芦屋の隣で河南がその背中を見つめた。
今回の大作戦、それは菊通りの被害者全員を今日中に調査することである。
この気が遠くなるような作戦を芦屋は着々とこなしていった。
時より、扉さえ開けない生徒もいたが、芦屋お得意の根性で粘って開けさせた。
午後3時47分。
芦屋は自分の寮の前のベンチに座った。
河南も隣でだらりと座った。
薄い夕焼け色の雲が早く流れていく。
「何も情報無かったねー」
「全員回ったのに……収穫無しじゃ帰れない!河南、先帰ってて」
芦屋がベンチを立つと、河南も立ち上がる。
「嫌だって!生徒会として一緒に頑張るの」
そのように盛り上がっていると、見慣れない青年が寮の前を通った。
黄緑色の髪に左額に二つの丸傷、よれたTシャツとジーンズの青年である。
芦屋は不審に思い、彼に話しかけた。
「ねぇ!あなた見かけない顔ね、どこの学校の子?」
青年はギラリとした目付きで芦屋をにらみ返した。
芦屋が半歩引くほどだった。
「何だよ」
「……今流行ってるオンラインゲームについて、何か知らない?」
芦屋は冷や汗をかきながら聞いた。
緊張感が辺りを包み込む。
河南が緊張して唾を飲み込んだ。
青年は面倒臭そうにため息をついた。
「強制的マインドコントロール」
芦屋は首をかしげた。
青年はまたため息をついてその場を去っていった。
河南がそっと芦屋に近づく。
「マインドコントロール?」
「……有りかも」
河南が芦屋の顔を覗きこむ。
マインドコントロール
強制するのではなく、あたかも自らの意志かのように、思い通りの行動させること。
強制的となればそれは洗脳である。
たくさんの種類があるが、全員に同じ行動をさせるには一番の方法である。
しかし、
「どうやって…」
芦屋は眉間にしわを寄せた。
青年の姿はもう見えない。
夕焼け色はさらに空を染め上げ、門限が刻々と近づいていた。
* *
電子警察は本日より、花柳内のハッカーを全て聴取することを決めた。
ニュースは電波に乗せて花柳中に流す。
美咲はそれを見てすぐさま電話をかけた。
「はい?」
「もしもし!大丈夫?!もしかしてもう捕まって」
クロが電話の向こうでため息をついた。
「今、夜中の1時ですよー?ニュース見るの遅くない?」
午前1時15分。
外は真っ暗で美咲のいる廊下も真っ暗だった。
非常口の緑色のランプが不気味さを演出、ゾンビでも出てきそうな雰囲気だった。
「いや、なんかお見舞いと称して情報ペラペラする人が大分長くいて」
芦屋のことである。
「情報?」
「ん、マインドコントロールとか洗脳が何とか…………きっと今回の被害者たちの殺害方法として浮かんだのかも」
「有りだな」
美咲はもちろん何故か聞いた。
クロははたまたニヤニヤしているのだろう、楽しそうに言った。
「ジュリについて少しわかった」
ついに、待ちに待った情報が明かされようとしていた。
しかし、それは一瞬で中断された。
電話が切れてしまったのだ。
音がしない。
画面を見ると電源が切れていた。
何故か再起動もできなかった。
「一緒に来てもらおう、アルニカ」
美咲が目を丸くし、ゆっくりと声がするほうを向いた。
冷や汗が止まらず、全身が熱かった。
現実世界でアルニカと呼ばれたのだから。
上下ジャージ、ひとつ結びの長い黒髪、単調な声。
病院のガードロボットだった。
そして彼女がおす車椅子に座るのは一人の金髪少女。
「私はアリシア・フリーデン。殺されたアルニカの友達よ」
美咲は息をのんだ。