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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
24/110

第二楽章‐2:パートナー

美咲歩遊みさきあるゆ


美咲の母であり、花柳を統べる美咲組の総長である。

初の女総長であるため、その後を危ぶまれてもいたようだが、それを全く感じさせずに既に8年が経過している。

東京に生まれ、東京に育ち、花柳に務める、ご先祖から根強く暮らすいわば江戸っ子である。


午後9時08分。

クロは青い電脳世界を一人駆けていた。

とはいえ、一匹。

通り過ぎる間にウィルス達をどんどん窒息死させていた。

この世界ではウィルスも呼吸する。

周りの空間を無にすれば駆除は可能なのだ。

そろそろ生徒会が戦う中心地だった。

「さーて、黒猫クロちゃん参上でーす☆」

クロは後ろ足で大地を蹴り、中心地の真上に飛び出した。

「おい生徒会!離れてな!!」

真下にいたウィステリアがクロをまじまじと見た。

クロと視線が合い、一瞬の判断をした。

「皆さん、遠くに逃げて下さい!」

一人が理由を聞いたが、ウィステリアは一喝した。

「いいから!」

クロは生徒会が離れる様子を確認し、大きく息を吸い込んだ。

「スペースエリア!」

そう叫んだ瞬間、生徒会の面々の前に見えない壁が現れた。

ウィルス達が苦しそうにふわふわと浮かび上がった。

一体何が起きているのかわからない生徒会達がキョロキョロと辺りを見回す。

ウィステリアはただ一人、ふわふわともがきながら消えていくウィルスを眺めていた。



    *   *



午後9時11分。

美咲は自分の口をふさいだ。

クロがテレビに写ったからだ。

黒猫という不正アイコンが堂々とテレビに写ったからである。

ニュース番組は大騒ぎである。

生徒会のピンチを不正アイコンが救ったのだから。

美咲はベッドから降り、携帯電話を持った。

綿貫が行き先を聞いたが、軽く謝る以外に言葉はなかった。

引き戸を開けて外に出ると、静かな真っ白い廊下に出た。

エレベーターのボタンを押し、乗り込んだ。

屋上へのボタンを押し、エレベーターは彼女を上に運んだ。

暗い階段へと続く小さな部屋に出て、美咲は鈍い金属音をたてながら上っていく。

頼りなのは非常口の仄かな緑色のランプだけだった。

重い鉄の扉を開けると風が美咲の髪を強くなびかせた。

顔にかかる髪の毛を手で払いながら、美咲は手すりに背をもたれた。

その場に座り込み、花柳のきらびやかな夜景に振り返る。

「……どうして…」

美咲は結局、その後は言えなかった。

電話で言葉がつまったのだ。

するとクロは言った。

“じゃあ、これから俺が無傷で帰ってきたらね。テレビ見ときな”

と。

美咲は携帯のテレビを開き、クロがウィルスを消していく様子を見ていた。

空気の壁を消すと、クロは素早く闇に消えていった。

あれこそ謎のアイコンである。

テレビを消し、電話をかけた。

「もしもし」

「あら早い。俺の活躍見た?」

「この馬鹿!」

美咲は声を殺しながら叫んだ。

「一人で行って何かあったらどうすんの!」

「じゃあんた一人で行けた?俺はあんたの入院してる間交代するだけだって」

「何で私の代わりなんてするの?!」

「パートナーだからに決まってんだろ!!」

美咲の声が止まる。

パートナー?

そんな言葉聞いたことない。

「会ってからほんの1、2ヶ月で勝手かもしれない。でも俺はアルニカの隣にいる。それだけで構わない、今までこんなに楽しいと思ったこと無いんだ。誰かと一緒にいて」

美咲は仰天して頭が真っ白になっていた。

パートナーとはつまり相棒、つまり未知の世界である。

今まで友達さえできなかった美咲にとって、初めての言葉だった。

とこのように、美咲はクロの正直な気持ちをスルーして“パートナー”をエコーしていた。

「聞いてます?」

「聞いてるよ?パートナーは後で辞書引くからさ」

かなり混乱してるんだ、とクロは思った。

パートナーを辞書で引くって何?

そして先ほどの正直さに急に恥ずかしくなったクロは黙りこんだ。

無駄に秒を進める通話画面。

美咲もエコーを続けているため、電話どころではない。

やがてクロが沈黙をやぶる。

「唐突なんだけどさ」

美咲が混乱した意識から戻ってきた。

首を振ってクロの声を聞いた。

「あのオンラインゲームの話」

美咲はハッとした。

今自分が調べているにも関わらず、忘れていたのである。

「まだ推測だけど、作った奴は一般人だ。暗号も最初は自分で作ったんだろう」

美咲はふと昨日のことを思い出した。

たしか青年襟澤が同じようなことを言っていた気がする。

美咲は感心しながらうなずいた。

その間美咲は無言だったのでクロが呼ぶと、彼女はうなずきながら言った。

「いや、昨日クロちゃんと同じこと言ってた人がいて…」

「へー、そいつも頭いいな。」

と一言で片付け、自分の調査結果を続けた。

「でも暗号の難しい部分は自分ではつくってない」

「他の人?」

クロがため息まじりにそうだ、と言った。

美咲は頭の中のエコーを完全に消し、オンラインゲーム一色にした。

「おそらく犯人は二人いる」

「ゲームを作った人と暗号を作った人ね」

「でもってそいつは葵通りにいるかも?と」

クロがニヤニヤしているのがわかった。

とても楽しそうな口調だった。

「あ、もうひとつ情報があるぜ」

「何?」

美咲が喧嘩をしている間にニュースがあったようだ。

「罰ゲームを無視して電脳世界から閉め出された奴らが次々に死んでるんだ」

クロが言うには、ニュースではそこまで言わなかったそうだが、情報の入手先を言わないのではたまたクラッキングでもしたのだろう。

美咲は被害者が多数であると察し、静かに目を閉じた。

少し嫌な予感がし、クロに聞いてみた。

「クロちゃんは……ゲームやった?」

「………やってない」

「嘘つけ」

「本当」

「じゃあどうして暗号の内容がわかるのよ」

美咲は心配になったのだ。

もしクロが調査と称してゲームをやっていたら?そして、間違えて罰ゲームを受けていたとしたら?

深く、深く考えていくと死につながるからだ。

「友達がやってた」

クロが語りだした。

「罰ゲームもやらなかった」

美咲は息をのんだ。

喉元がつまり、クロから次の言葉を聞くのが恐くなった。

「昨夜、死んだ」

美咲は言葉を失った。



    *   *



午前1時02分。

葵通りにはどこまでも広がる静寂と、真っ暗な世界があった。

その闇夜の真ん中に、一人の少女が仮面を小さな両手で覆っていた。

ああ………私はどうして…………

少女が鼻をすすり、震え出す。

………なんて愚かなの…………

どんどん人が死んでいく。

私の所為で死んでいくのだ。

たくさんの人が言葉を連ねる。




ソノ答エハ?




ふわふわとした金髪をぐしゃぐしゃと掻き、静かに仮面の下から涙を落とす。

すると葵通りの青く透明な地面に雫がポタポタと落ち始めた。

次第にその音は重なりあい、世界に涙の雨が降った。

雨の中、少女ジュリは泣いていた。

誰か…………彼を救って………

そして



私を

殺して


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