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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
23/110

第二楽章‐1:母、襲来

遅れました、申し訳ないです;;

午前6時46分。

目覚めの悪い鴉の鳴き声でゆっくりと眼を開けた。

公園ではなかった。

とてもふかふかで、起き上がると白い清潔な布団がかけられていた。

そこら中に絆創膏や包帯などの処置がしてあり、ズキズキする頭を押さえた。

美咲歩海は山吹病院にいた。

能力者専用設備が成されている総合病院であるが、美咲には恐ろしい思い出があった。

時空領域の一件で不法侵入したのだ。

すぐさま出ていきたい美咲を引き戸の開く音が止めた。

「あら、起きたのね?良かったわ………?」

看護師の後ろから馴染みの面々が飛び出した。

「アッルミーン!」

美咲をきゅっ、と抱き締めに来たのは箕輪だった。

その後ろから芦屋と神宮が入ってきた。

「美咲さん?………遅刻どころか欠席沙汰とはいい度胸じゃない」

顔をひきつらせる芦屋の後ろで神宮がひたすらごめんなさい、とジェスチャーをする。

メールがバレたんだ。

美咲はその事実を一瞬で理解した。

看護師はすぐにクスクスと笑いながら出ていった。

芦屋が美咲の前で腕を組んだ。

「ま、3日ほど安静にしてれば退院できるみたいよ。死ななくてよかったわね」

「心配のしの字もなさそうですね」

美咲が顔色一つ変えずに言うと、箕輪はブンブンと首を振った。

「でも救急車呼んだの芦屋先輩ですよー?」

「言うな!!」

芦屋が箕輪を軽く叩いた。

笑い声が響く。

美咲が少し微笑んだ。

今まで入院なんてしてもお見舞いに来る人がいなかったからだ。

来ても家族だけだ。

友達や、先輩が来るという初めての現象を前に、少しだけ幸せを噛みしめているのだ。

そんな時、隣で一名、向かいで二名がゆっくり起き上がった。

隣は綿貫、向かいは鎌鼬と不良だった。

箕輪が綿貫を呼ぼうとしたのを二人の声が掻き消した。

「お前!!」

もちろん指差すのは美咲。

ボコボコにされたのだから。

美咲がニヤリとして中指を突き立てた。

芦屋が病人にも関わらず美咲をはたいた。

「全員の親にはしっかり連絡しておいたから」

「え?!」

「嘘?!」

「…………電話………しちゃったか」

不良二名は驚いただけだが、美咲は頭を抱えて落胆していた。

どうしたの?と芦屋が聞いても反応しない。

箕輪と綿貫があー、とうなずいた。

「アルミンのお母様恐いもんね」

「見たことねぇが、お頭みたいだしな」

と噂をすれば、引き戸が開いた。

ただし、静かに。

入ってきたのは昭島組次期総長、昭島麗子だった。

「うちの者がすまなかったな」

一気に不良二名が背筋を伸ばす。

綿貫がうつむいたので美咲は昭島に視線を向けた。

「綿貫に何を言ったの?」

芦屋達が青ざめる。

昭島は三年生である。

この病室では一番年上である。

なぜタメ口?と全員が思ったのだ。

昭島は鼻で笑い、薄ら笑いした。

「賭けをしたんだ。一週間で歯向かう奴を全員倒せたらとなぁ。それが組を抜ける条件だ」

まだ抱きついている箕輪は美咲を見上げた。

何故かこちらを向いていた。

瞳がギラギラと反撃を待っていた。

苦笑いした箕輪はさっと離れ、芦屋、神宮に耳打ち、綿貫にジェスチャーした。

「耳を塞げ」と。

伝言が回った瞬間。

「ふざけんじゃねぇぞコラァ!!」

不良二名がまたベッドに倒れこんだ。

昭島が慌てて耳を塞いだ。

病院の警報が鳴り、看護師が耳を塞ぎながら入ってきたが、芦屋が大丈夫ですと追い返した。

「お前の組の掟なんか知らない!お前らのお遊びなんかより、こいつの覚悟の方がダントツ上なんだよ!」

「こんな下っぱの覚悟?遊んで何が悪い!」

美咲が拳を握りしめた瞬間、引き戸がものすごい音を立てて開いた。

黒に赤い牡丹の柄の着流しの女性がすたすたと入ってきた。

金の帯は輝かしく、長い黒髪をかんざし一つで結い上げていた。

髪がどこか桃色に近く、美咲と似ていた。

昭島の腹に蹴りをいれ、美咲のベッドの前に立った。

美咲がいつになく怯えた様子で、「おか」と言ったところで女性に勢いよくビンタされた。

室内でビンタの音が響く。

全員が氷のように固まった。

音姫にビンタした。

喧嘩買いの少女にビンタした。

この女何者?

てか、誰?

それをお構い無しに女性は怒鳴り声を上げた。

「ダァレが病院沙汰の喧嘩しろっつったんだコラァ!」

それに続いて黒い甚兵衛を着た男が二人入り、美咲のベッドの前に膝をついた。

「お嬢!心配しやした!」

「お怪我の方は!」

「うるさいよ、黙ってなお前たち」

女性が一喝。

更に芦屋達の頭はちんぷんかんぷんになってきた。

美咲がビンタされた頬を撫でる。

力強く女性を睨む。

女性がうなずいた。

「お前何しに!」

「おい昭島、私とお前の身分差を知らんわけじゃあるまいな?」

女性が壁に座り込む昭島を横目に見る。

「花柳公認、美咲組の総長ですぞ!」

また子分が口走ったので女性が叩く。

「黙ってな。それより昭島、そいついらないならくれないか?」

「お前にタダでやるわけないだろ」

二人のお付きがやいやい、と脅しをかける。

「遊んで痛め付ける“物”なんてタダだろ?」

女性の殺意の視線が昭島を黙らせた。

「今日はとにかく帰んな、後程他の者を入れるといいよ」

昭島は二人の子分に後で来る、と告げて病室を出た。

芦屋が恐る恐る女性に近づいた。

「あの………失礼ですがどちら様でしょうか」

女性は少し振り向き、微笑んだ。

結い上げていたかんざしを抜き、美しいつやつやの髪が腰の辺りまで落ちた。

どこか色っぽかった。

いや、とてつもなく色っぽかった。

「私は花柳総元締め、美咲組総長の美咲歩遊。歩海の母親だ」

箕輪以外の全員が口を開け、悲鳴と歓声が上がった。

美咲がため息。



    *   *



午前7時18分。

美咲を(無視して)間に挟み、母歩遊は綿貫を勧誘していた。

「というわけで、菜穂ちゃんはどこにいきたいの?」

「どこって……て、何で名前知ってんですか」

「……エスパー?」

歩遊は先ほどとは別物のようにニコニコしていた。

芦屋達は学校のため病室を出ていった。

昭島組の二名が話の輪に入れるわけもなく、美咲さえほっぽって話していた。

「で?美咲組やめんの?別に条件なしで今やめられるけど…………って事を踏まえて入院ライフ送んな♪返事は百年後でも良いからさ」

ふてくされた美咲がフン、と鼻を鳴らした。

「百年後じゃ干からびてんな」

母が美咲を叩く。

綿貫は下を向き、悩んでいたが、すぐ美咲の母をまっすぐ見つめた。

その目はいつもより輝いていた。

「やります…お世話になります!娘さんの友達にもなります!」

母は歯を見せてにっこりした。

「いい返事だ!」

「よろしくお願いします!」

二人のお付きも両手を上げて喜んだ。

「ま、とにかくお前も無事で良かった」

「も?」

誰のお見舞いに来たんだ、と猛烈に問いたいところをグッと我慢した美咲は、母の少し安心した顔を見て微笑んだ。

「あ、それから動いたらしいぞ」

美咲以外は首をかしげ、美咲は眉を少し困らせた。

「……また病院入ったらごめんなさい」

「仕方ないな、また何かあれば連絡しな」

母は美咲の頭を力強く撫でた。

「無事で良かった」

「……ありがとう」

しっかり入院しろよ、と残して美咲歩遊は病室を出ていった。

引き戸が閉まると、綿貫が美咲を呼んだ。

美咲は振り返り、首をかしげた。

「あたしさぁ………」

「それくらい自分で考えろボケ」

「まだ何も言ってない!」

綿貫は口をへの字にし、少し悩んでいるようだった。

「何すればいいんだろ?」

美咲が大きなため息をついた。

「私の護衛でもしてれば?友達として」

綿貫は目を丸くし、意外と簡単な美咲の答えに笑った。



    *   *



美咲歩海は入院中である、つまり、アルニカには当分なれない。

何故ならば、オルゴールがないからだ。

そして、できたばかりの友達や看護師などの目もある。

入院イコールアルニカストップ。

そしてその大問題はすぐにきた。

ニュース速報だ。

午後9時01分。

病室には一つずつテレビがついており、みんなそのニュースに釘付けになった。

電脳世界でウィルスが暴れだしたのだ。

どうやら生徒会などでも間に合わないらしい。

美咲はウズウズしていた。

何故このニュースに釘付けになっているのかというと、アルニカが今まで早急に破壊していたため、話題が珍しいのだ。

何故アルニカが来ないのか、どうしたのか、と心配する声が飛び交うのが聞こえる気がした。

綿貫が隣で呟いた。

「アルニカどーしたんだろな」

ギクッ!

美咲が返す言葉に困っていると携帯電話が鳴った。

本当は出てはいけないのだが、美咲は相手を見て出ることにした。

クロだった。

「もしもし」

「で?何でこの一大事に出てこれないのかなー、正義のヒロインのアルニカさん?」

美咲が歯を食い縛る。

「喧嘩したから今病院なんだって。手とかぼろぼろに………」

「はぁ?!」

美咲はクロの怒鳴り声に携帯を耳から離した。

また当てて申し訳なさそうに言った。

「ごめん、大丈夫、すぐに行くし」

「本当に行けるの?」

美咲は自分の怪我を見て黙りこんだ。

クロのため息が聞こえた。

美咲が落胆されたんだ、と落ち込んだ。

少し間を置いてクロが切り出した。

「テレビ見てんのか」

「……見てる」

「よし、そのまま見てろ」

美咲が電話を両手で持った。

少し嫌な予感がしたからだった。

「は?何を……」

「俺が行く」

美咲が反対しないわけがない。

「ダメだって!一人で何……」

「じゃああんた見てるだけ?」

「そんなことしたくないけど」

「あのさ」

美咲の声が止まる。

「この前の“どうして”の後を聞かせてくれる?」

仮面の少女の話をした夜のことだった。

美咲は息をのんだ。


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