第二楽章‐1:母、襲来
遅れました、申し訳ないです;;
午前6時46分。
目覚めの悪い鴉の鳴き声でゆっくりと眼を開けた。
公園ではなかった。
とてもふかふかで、起き上がると白い清潔な布団がかけられていた。
そこら中に絆創膏や包帯などの処置がしてあり、ズキズキする頭を押さえた。
美咲歩海は山吹病院にいた。
能力者専用設備が成されている総合病院であるが、美咲には恐ろしい思い出があった。
時空領域の一件で不法侵入したのだ。
すぐさま出ていきたい美咲を引き戸の開く音が止めた。
「あら、起きたのね?良かったわ………?」
看護師の後ろから馴染みの面々が飛び出した。
「アッルミーン!」
美咲をきゅっ、と抱き締めに来たのは箕輪だった。
その後ろから芦屋と神宮が入ってきた。
「美咲さん?………遅刻どころか欠席沙汰とはいい度胸じゃない」
顔をひきつらせる芦屋の後ろで神宮がひたすらごめんなさい、とジェスチャーをする。
メールがバレたんだ。
美咲はその事実を一瞬で理解した。
看護師はすぐにクスクスと笑いながら出ていった。
芦屋が美咲の前で腕を組んだ。
「ま、3日ほど安静にしてれば退院できるみたいよ。死ななくてよかったわね」
「心配のしの字もなさそうですね」
美咲が顔色一つ変えずに言うと、箕輪はブンブンと首を振った。
「でも救急車呼んだの芦屋先輩ですよー?」
「言うな!!」
芦屋が箕輪を軽く叩いた。
笑い声が響く。
美咲が少し微笑んだ。
今まで入院なんてしてもお見舞いに来る人がいなかったからだ。
来ても家族だけだ。
友達や、先輩が来るという初めての現象を前に、少しだけ幸せを噛みしめているのだ。
そんな時、隣で一名、向かいで二名がゆっくり起き上がった。
隣は綿貫、向かいは鎌鼬と不良だった。
箕輪が綿貫を呼ぼうとしたのを二人の声が掻き消した。
「お前!!」
もちろん指差すのは美咲。
ボコボコにされたのだから。
美咲がニヤリとして中指を突き立てた。
芦屋が病人にも関わらず美咲をはたいた。
「全員の親にはしっかり連絡しておいたから」
「え?!」
「嘘?!」
「…………電話………しちゃったか」
不良二名は驚いただけだが、美咲は頭を抱えて落胆していた。
どうしたの?と芦屋が聞いても反応しない。
箕輪と綿貫があー、とうなずいた。
「アルミンのお母様恐いもんね」
「見たことねぇが、お頭みたいだしな」
と噂をすれば、引き戸が開いた。
ただし、静かに。
入ってきたのは昭島組次期総長、昭島麗子だった。
「うちの者がすまなかったな」
一気に不良二名が背筋を伸ばす。
綿貫がうつむいたので美咲は昭島に視線を向けた。
「綿貫に何を言ったの?」
芦屋達が青ざめる。
昭島は三年生である。
この病室では一番年上である。
なぜタメ口?と全員が思ったのだ。
昭島は鼻で笑い、薄ら笑いした。
「賭けをしたんだ。一週間で歯向かう奴を全員倒せたらとなぁ。それが組を抜ける条件だ」
まだ抱きついている箕輪は美咲を見上げた。
何故かこちらを向いていた。
瞳がギラギラと反撃を待っていた。
苦笑いした箕輪はさっと離れ、芦屋、神宮に耳打ち、綿貫にジェスチャーした。
「耳を塞げ」と。
伝言が回った瞬間。
「ふざけんじゃねぇぞコラァ!!」
不良二名がまたベッドに倒れこんだ。
昭島が慌てて耳を塞いだ。
病院の警報が鳴り、看護師が耳を塞ぎながら入ってきたが、芦屋が大丈夫ですと追い返した。
「お前の組の掟なんか知らない!お前らのお遊びなんかより、こいつの覚悟の方がダントツ上なんだよ!」
「こんな下っぱの覚悟?遊んで何が悪い!」
美咲が拳を握りしめた瞬間、引き戸がものすごい音を立てて開いた。
黒に赤い牡丹の柄の着流しの女性がすたすたと入ってきた。
金の帯は輝かしく、長い黒髪をかんざし一つで結い上げていた。
髪がどこか桃色に近く、美咲と似ていた。
昭島の腹に蹴りをいれ、美咲のベッドの前に立った。
美咲がいつになく怯えた様子で、「おか」と言ったところで女性に勢いよくビンタされた。
室内でビンタの音が響く。
全員が氷のように固まった。
音姫にビンタした。
喧嘩買いの少女にビンタした。
この女何者?
てか、誰?
それをお構い無しに女性は怒鳴り声を上げた。
「ダァレが病院沙汰の喧嘩しろっつったんだコラァ!」
それに続いて黒い甚兵衛を着た男が二人入り、美咲のベッドの前に膝をついた。
「お嬢!心配しやした!」
「お怪我の方は!」
「うるさいよ、黙ってなお前たち」
女性が一喝。
更に芦屋達の頭はちんぷんかんぷんになってきた。
美咲がビンタされた頬を撫でる。
力強く女性を睨む。
女性がうなずいた。
「お前何しに!」
「おい昭島、私とお前の身分差を知らんわけじゃあるまいな?」
女性が壁に座り込む昭島を横目に見る。
「花柳公認、美咲組の総長ですぞ!」
また子分が口走ったので女性が叩く。
「黙ってな。それより昭島、そいついらないならくれないか?」
「お前にタダでやるわけないだろ」
二人のお付きがやいやい、と脅しをかける。
「遊んで痛め付ける“物”なんてタダだろ?」
女性の殺意の視線が昭島を黙らせた。
「今日はとにかく帰んな、後程他の者を入れるといいよ」
昭島は二人の子分に後で来る、と告げて病室を出た。
芦屋が恐る恐る女性に近づいた。
「あの………失礼ですがどちら様でしょうか」
女性は少し振り向き、微笑んだ。
結い上げていたかんざしを抜き、美しいつやつやの髪が腰の辺りまで落ちた。
どこか色っぽかった。
いや、とてつもなく色っぽかった。
「私は花柳総元締め、美咲組総長の美咲歩遊。歩海の母親だ」
箕輪以外の全員が口を開け、悲鳴と歓声が上がった。
美咲がため息。
* *
午前7時18分。
美咲を(無視して)間に挟み、母歩遊は綿貫を勧誘していた。
「というわけで、菜穂ちゃんはどこにいきたいの?」
「どこって……て、何で名前知ってんですか」
「……エスパー?」
歩遊は先ほどとは別物のようにニコニコしていた。
芦屋達は学校のため病室を出ていった。
昭島組の二名が話の輪に入れるわけもなく、美咲さえほっぽって話していた。
「で?美咲組やめんの?別に条件なしで今やめられるけど…………って事を踏まえて入院ライフ送んな♪返事は百年後でも良いからさ」
ふてくされた美咲がフン、と鼻を鳴らした。
「百年後じゃ干からびてんな」
母が美咲を叩く。
綿貫は下を向き、悩んでいたが、すぐ美咲の母をまっすぐ見つめた。
その目はいつもより輝いていた。
「やります…お世話になります!娘さんの友達にもなります!」
母は歯を見せてにっこりした。
「いい返事だ!」
「よろしくお願いします!」
二人のお付きも両手を上げて喜んだ。
「ま、とにかくお前も無事で良かった」
「も?」
誰のお見舞いに来たんだ、と猛烈に問いたいところをグッと我慢した美咲は、母の少し安心した顔を見て微笑んだ。
「あ、それから動いたらしいぞ」
美咲以外は首をかしげ、美咲は眉を少し困らせた。
「……また病院入ったらごめんなさい」
「仕方ないな、また何かあれば連絡しな」
母は美咲の頭を力強く撫でた。
「無事で良かった」
「……ありがとう」
しっかり入院しろよ、と残して美咲歩遊は病室を出ていった。
引き戸が閉まると、綿貫が美咲を呼んだ。
美咲は振り返り、首をかしげた。
「あたしさぁ………」
「それくらい自分で考えろボケ」
「まだ何も言ってない!」
綿貫は口をへの字にし、少し悩んでいるようだった。
「何すればいいんだろ?」
美咲が大きなため息をついた。
「私の護衛でもしてれば?友達として」
綿貫は目を丸くし、意外と簡単な美咲の答えに笑った。
* *
美咲歩海は入院中である、つまり、アルニカには当分なれない。
何故ならば、オルゴールがないからだ。
そして、できたばかりの友達や看護師などの目もある。
入院イコールアルニカストップ。
そしてその大問題はすぐにきた。
ニュース速報だ。
午後9時01分。
病室には一つずつテレビがついており、みんなそのニュースに釘付けになった。
電脳世界でウィルスが暴れだしたのだ。
どうやら生徒会などでも間に合わないらしい。
美咲はウズウズしていた。
何故このニュースに釘付けになっているのかというと、アルニカが今まで早急に破壊していたため、話題が珍しいのだ。
何故アルニカが来ないのか、どうしたのか、と心配する声が飛び交うのが聞こえる気がした。
綿貫が隣で呟いた。
「アルニカどーしたんだろな」
ギクッ!
美咲が返す言葉に困っていると携帯電話が鳴った。
本当は出てはいけないのだが、美咲は相手を見て出ることにした。
クロだった。
「もしもし」
「で?何でこの一大事に出てこれないのかなー、正義のヒロインのアルニカさん?」
美咲が歯を食い縛る。
「喧嘩したから今病院なんだって。手とかぼろぼろに………」
「はぁ?!」
美咲はクロの怒鳴り声に携帯を耳から離した。
また当てて申し訳なさそうに言った。
「ごめん、大丈夫、すぐに行くし」
「本当に行けるの?」
美咲は自分の怪我を見て黙りこんだ。
クロのため息が聞こえた。
美咲が落胆されたんだ、と落ち込んだ。
少し間を置いてクロが切り出した。
「テレビ見てんのか」
「……見てる」
「よし、そのまま見てろ」
美咲が電話を両手で持った。
少し嫌な予感がしたからだった。
「は?何を……」
「俺が行く」
美咲が反対しないわけがない。
「ダメだって!一人で何……」
「じゃああんた見てるだけ?」
「そんなことしたくないけど」
「あのさ」
美咲の声が止まる。
「この前の“どうして”の後を聞かせてくれる?」
仮面の少女の話をした夜のことだった。
美咲は息をのんだ。