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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
22/110

第一楽章‐4:プライド?

午後5時11分。

美咲の携帯電話が鳴った。

メールのようだ。

美咲は自分の部屋にいた。

芦屋にもらったピンクのワンピースを着て、ドレッサーの前に座っていた。

風呂上がりで髪はおろしてアルニカヘアになっていた。

「どうしよう………いいえ!友達なんていらないし?!…」

美咲は考えたこともなかった。

自分と友達になりたいという人間がいるなんて、と。

美咲は鏡に向かって自分に言い聞かせるようにボソボソと喋っていた。

しばらくすると口が止まり、携帯電話を手に取った。

メールは芦屋からだった。



ヤッホー!

びっくりした?

ちーの友達の神宮愛里沙だょ♪

今ね、近くの公園で喧嘩見かけたよ

あたし学校中の人間熟知者だけど、美咲ちゃんのクラスじゃない?

って報告♪



美咲はゾッとした。

綿貫かもしれない。

ドレッサーから素早く離れ、黒短パンをワンピースの下に履いた。

着替えている場合ではない。

こんなことは生まれて初めてかもしれない。

人のためにわざわざ喧嘩を買いに行こうとしているのだ。

今さら二つに結び直すのは面倒なので、垂れ下がった二つの髪の束を後ろで一つに結わいた。

ハッとして電話をかけた。

相手はすぐに出た。

「く、クロちゃん?ああぁぁの!今日散歩がで、できなくて」

「………もうちょっと落ち着いて喋ってくれます?正義のヒロインさん?」

かけた相手はクロだった。

喧嘩をしに行くのだから、アルニカになって散歩ができるわけがない。

「えと、クラスメートが喧嘩してて、その…」

「ん。いってらっしゃい」

美咲は意外と早い返答に言葉がつまった。

クロは続けた。

「助けに行くんだろ?一応ヒロインなんだから顔気を付けろな」

美咲は相手には見えていないのに何度もうなずいた。

「うん、いってきます!!」

電話を切った美咲は勢いよく扉を開けた。

「ぎゃっ!!」

ぎゃっ?

美咲は恐る恐る扉の向こう側を見た。

白に青のセーラー服に黒のスウェットズボンを履いた箕輪が倒れていた。

混乱したようで、頭上にヒヨコが見えた。

「あっれー、アルミン今日はセクシーだねー」

たしかに美咲の格好はピンクのリボンつきワンピースと黒のピタッとした短パンである。

他と比べれば短い足も露出し、裸足にスニーカーを履いている。

美咲が顔を少し赤らめた後、自分が急いでいることを思い出す。

「箕輪、今急いでるから」

「ん?喧嘩でもすんの?」

そうよ、と美咲が鼻を鳴らすと、箕輪は壁伝いに立ち上がり、スウェットズボンを脱ぎ始めた。

美咲はもちろん止めに入る。

ズボンの下がパンツだったからである。

白い肌に映えるブルーのレース仕様だった。

スウェットズボンを美咲に差し出す。

「履いていきな?そんな可愛いと襲われちゃうよ?」

「ちょっと!お前こそなんで………あー!!せめてこれ履きな!」

美咲は顔を真っ赤にして部屋から制服のスカートを持ってきた。

ふんわりとお礼を言われ、互いにその場でズボンとスカートを履いた。

「アルミン、明日遅刻しない程度になー」

「わかってるよ。……ありがとう」

美咲は箕輪を置いて走り出した。

音は町を飛び、公園へと走り抜けた。

全ての景色が見えないくらいに流れ、夕焼けを裂いた。

たくさんの音が美咲の耳に入る。

「絶対………抜けてみせる!」



「柔なこと抜かしてんじゃねーぞこの野郎が!!」




いた。

美咲は降り立った。

ちょうど綿貫の前だった。

昼に喧嘩を売ってきた女子達を音速で蹴散らした。

ぼろぼろの綿貫をちらと見ると鼻を鳴らした。

「随分なやられようね?」

「………音姫!」

「美咲でいい」

綿貫はムスッとした美咲を見上げた。

「友達になるんだろ?綿貫」

今にも死にそうだった綿貫の目が少し輝いた。

女子達がふらふらと立ち上がり、次々に罵声を飛ばした。

もう空は暗く、公園に設置された電灯二つだけが両者を照らしていた。

「お前は美咲組の!」

「美咲組?」

綿貫が首をかしげた。

美咲組といえば、花柳中の組を一挙に牛耳る代表格である。

その娘なのか?

と綿貫はぐるぐると頭を回転させた。

「昼はお前らの頭が止めちゃったからね。これで邪魔者いないでしょ」

美咲はパチンと手を叩き、音波を震わせた。

辺りの木々がざわめき、ブランコが揺れた。

「続きをしよう、覚悟しな!」

美咲が走り出すと、真ん中で一番偉そうな女子が片手で風を斬った。

美咲の腕を風が切り裂いた。

美咲は足を止め、舌打ちした。

「…能力者」

「その通り!あたしは鎌鼬よ」

そう言って笑うと、彼女はどんどん風を斬っていった。

身体中につけられた傷がさらに深くなる。

しかし、それを大きな音波が一掃する。

「何……全員雑魚ってことでいいの?」

美咲は片足を鳴らし、砂を渦巻かせた。

一瞬で消えた美咲を探しながら鎌鼬は風を斬り、探しだそうとした。

「遅い」

鎌鼬の背後にいた女子達が次々と音波を込めた拳で殴られた。

その拳が鎌鼬に向かった時、音波が止まった。

頬を斬られたのだ。

うっすらと伸びた切り傷からは一筋の血が流れ出た。

「なるほど。他の振動で中和すればよく見えるな!」

「顔傷付けんなって言われてきたんですけど?これは更に落とし前だなオイ」

二人は、いわばぶちギレ状態だった。



    *   *



午後7時2分。

芦屋は部屋で大噴火していた。

前には土下座する神宮愛里沙。

芦屋の手には生徒会で忘れていった携帯電話。

「誰が勝手にメール使っていいって言ったのよ!」

「そんな怒るなよちーちゃん」

「そして部屋が汚すぎる!今すぐ片付け!」

確かに部屋は脱ぎ捨てられた服や本、そして荷物で散らかっていた。

全て神宮のものだけである。

神宮は嫌な顔で口を尖らせた。

「だって、全部そこに置いてあるんだよ」

「どう見たってゴミ屋敷の始まりにしか見えない!少なくとも私のベッド周りくらいどうにかしなさい!」

神宮はブーブー言いながら近くの服を両手で抱えた。

芦屋はため息をつくと携帯のメールを見た。

「美咲ちゃんに喧嘩情報教えたんだ。友達だったみたいだから」

芦屋が驚愕しながら神宮を叩いた。

いい音がした。

「美咲さんを喧嘩させてどーすんの!場所は?さっさと教えなさいこのスカタン!!」

肩を掴まれ、ぐらぐらと揺らされた神宮は近くの公園だと白状した。

よほど煩かったのか、風紀委員の安西潔子が扉を開ける。

「何の騒ぎじゃ……うわっ!!」

安西の顔面に枕が飛んできた。

二人は枕投げをしていた。

ストックの枕まで参戦し、4つに増えていた。

まるで修学旅行の夜更かしの風景だった。

まともにぶつけた安西は真っ白な枕をぐっと握り締めた。

「お前達…何をしている!!」

芦屋と神宮の手が止まる。

投げたばかりだった枕が芦屋の頭を叩いて落ちた。

安西は魔女のような黒いローブを着ていた。

もう春だから暑かろうに………。

二人は笑顔をひきつらせて声を揃えた。

「やぁ、きよちゃん」

「気安く呼ぶでない!何時だと思っておる!」

二人はきょとんとして時計を見た。

午後7時10分。

芦屋が挙手する。

「今の言い回しは夜中にするもんじゃ」

「このうつけ!もう私は就寝時間だ!」

神宮の身体中に鳥肌がたった。

今、7時ですよ?

夜はこれからですよ?

「寝ちゃうの?」

次に言おうとした言葉を止めた。

眉間にしわをよせ、歯を食い縛る(マジギレ)安西が枕を振り上げた。

「私の安眠を邪魔するでない!」

柔らかい枕と言えど、ものすごい勢いで叩かれた芦屋と神宮は頭をふらふらさせた。

「次一言でも騒いでみろ、殺すぞ」

彼女からは黒いオーラさえ見えた。

扉を乱暴にバタンと閉め、安西は出ていった。

二人はしばらく無言でその場に座っていた。

芦屋がハッとして、素早くカバンを持った。

「どこいくの?」

「美咲さんとこ。大怪我とかしてたらどーすんの」

芦屋は静かに、少し警戒しながら部屋を出ていった。



    *   *



午後7時10分。

美咲と鎌鼬のバトルは白熱していた。

お互いに傷だらけになり、風と音波の戦いが繰り広げられていた。

しかし、美咲には限界が近づいていた。

両手のひらが血で滲んだ。

鎌鼬が声高らかに笑った。

「音波の使いすぎだ!私はまだまだ使えるぞ?」

美咲は舌打ちした。

今すぐやめるように綿貫が叫ぶものの、美咲が聞くわけがなかった。

「大丈夫、お前に組としてのプライドがあるように、私にもプライドがある。風で飛ばされないように響かせてやる!見てろこのボケナスめ」

美咲は手を叩き、音波を発した。

右手拳をぐっと握りしめる。

「いいかボケナス。私の友達志願者は正式に組から抜けようとしてる。勝手なプライドで邪魔すんじゃねぇ!!」

走り出した。

鎌鼬が大きく風を斬り、見えない盾を作っていた。

更に連続して斬ったため、盾は強いものになった。

美咲は拳を思い切り盾にぶつけた。

馬鹿げた行動に鎌鼬が大笑いする。

しかし、彼女の唸り声とともに風の盾に音がめり込んだ。

美咲が左手で風の裂け目をこじ開けた。

笑い声は一瞬で止まった。

「鋼鉄の音姫なめんなよ」

少しだけ開いた風の隙間から、右手拳のパンチが飛んできた。

風は美咲の服をヒラヒラさせながら止まり、鎌鼬は遠くの木まで飛ばされた。

気絶していた。

美咲が血のついた手でガッツポーズ。

「うぉし、私の勝ちぃ…………」

美咲はマネキン人形のようにその場に垂直に倒れた。

綿貫が苦し紛れにも走る音、誰かが近づいてくる音、全てがこだまして、美咲は静かに眼を閉じた。


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