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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
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第一楽章‐2:仮面の少女

露木光 (つゆのきみつる)


花柳大学生。

ものすごい体力の持ち主で、その実力はムキムキの容姿からも証明できる。

パソコン関係はそこまで詳しくなく、勉強を始めるも、既に行き詰まっているらしい。


午前0時10分。

アルニカは散歩と称して深く、青い電脳世界を駆け回っていた。

小さな弱いウイルスを次々と蹴散らし、ふとため息をついた。

「一応見に行ってみますか、梅通り」

「何で?」

アルニカが見下ろした先にはクロがいた。

ここまでくるといるのが当たり前になってくる気がする、と思った。

「あぁー、ちょっと調べた結果よ。ゲーム発信源がそこなんだって」

「家ばっかできついな。俺が特定してやろうか?」

そんなことができるのか、とアルニカは隣にぺたりと座った。

クラッカーに出来ないことはない、と誇らしげに言った。

そして2秒後に多分、と付け加えた。

アルニカが次の言葉を遮るように手を叩いた。

何か思い出したようで、右手を前に出す。

「今日買ってきたんだ、クロちゃんには効くかなと思って」

手に持ったのは桃色の猫じゃらしだった。

クロの目の色が一瞬だけ変わる。

アルニカがニヤリとしたのでクロはすぐに首を振った。

アルニカは猫じゃらしの穂先をクロの顔に近づける。

「そんなものっ!」

「やっぱり好きなんだ。これは現実世界でも効くってことだよね?」

クロはぐっと目を瞑って堪えていたが、やがて猫じゃらしに襲い掛かってきた。

アルニカが声を高らかにして笑った。

クロは猫じゃらしを追わずにアルニカを見てきょとんとした。

その頬に一筋の涙が伝っていたからだ。

「………こんなに笑ったのは初めてかも!」

「お前さ…」

涙を拭うアルニカの顔は、いつの間にか嬉しそうな泣き顔になった。

クロはアルニカの前でちょこんと座った。

「笑ったこと無いのか?」

クロはどこか悲しげなアルニカを見ていた。

新聞やニュースには絶対見せない表情だった。

「大笑いしたりとか……その……」

アルニカはクロに笑って返した。

「無いよ。鼓膜を破っちゃうから」

音波を扱うアルニカが、美咲が人前で笑えるわけがなかった。

小さな頃、コントロールができなかった音波で何度も人を傷つけてきたからである。

ましてや、人と話すにも耳栓という壁がある。

少し前に全ての感情の音波が人を傷つけているわけではない、と芦屋が言ってくれたが、美咲にはまだ抵抗があるようだ。

もちろんここは人気のない町の裏。

誰も来ないし、クロ以外にアルニカの笑い声を聞く者もない。

「笑って」

「?」

クロが呟いた言葉にアルニカは目を丸くした。

3秒後、クロが焦ったのが見て取れた。

「ほら……その、笑わないと顔の筋肉衰えるからな!一生動かなくなるぞ?!」

アルニカはクロの懸命な言い訳にまた小さく笑った。

「あら、こんなところで何してるの?」

二人は魔法でもかけられたかのように固まってしまった。

振り向いた先には藤色のポニーテールを揺らすウィステリアが立っていた。

「げ、生徒会じゃねーか」

「何って、散歩♪」

さっさと帰るようウィステリアは命令したが、アルニカは逆に質問してきた。

「あんたは何しにきたの?」

「私が言うと思うの?とにかくさっさと帰ってもらうわよ」

アルニカが音叉を取りだそうとした瞬間、少女の静かな声が辺りにこだました。

「夜分遅くに騒ぐのはどなた?」

アルニカはすぐに声がする方を向き、少女の姿を見た。

それは真っ白で、ふわっとした金髪以外は色がないと言ってもいいくらいに白い少女が立っていた。

というより、空から降り立った。

しかし、そのきれいで華奢な容姿なら必要無いであろうものがつけられていた。

顔を覆うように白い不気味な(テキトーに描かれた)仮面がつけられていたのだ。

その場にいた3つのアイコンは完全停止、白い仮面少女を未確認生物を見る眼で見た。

声さえかけにくい。

すると少女が小さな両手を顔にあて、身を左右に振った。

「そ、そんなにみるでない!顔が火照ってしまうっ!」

うわ、馬鹿だ。

三人とも思った。

仮面をつけているのだから関係ないだろうに。

しかし、この少女は一体どこから来たのだろうか。

アルニカが恐る恐る声をかけた。

「あ……あの」

「何だ?ピンクの出来損ないマリモ」

「マッ………!?」

たしかにふわっとショートで丸く見えますけど、その言い様は問題アリなのでは?とアルニカは考えるのに必死で硬直してしまった。

「嘘よ♪私はジュリ。いきなりごめんなさいね、でももう遅いから帰りなさいな」

ウィステリアがその言葉に反応する。

「いや、私は調べたい事が…」

「帰りなさいな」

ジュリの声が少し低くなった。

クロはジュリをじっと睨みながら返答した。

「帰るぞ」

アルニカとウィステリアはクロをまじまじと見た。

アルニカはクロの分かりにくい(何故なら猫だから)表情を察し、従った。

仕方なくウィステリアもその場でログアウトした。

誰もいなくなった暗がりの梅通りのメインストリート。

ジュリは不気味な仮面の下で安堵の息を漏らした。



    * *



午前0時31分。

美咲は自分の真っ暗な部屋に戻ってきた。

緑色のオルゴールがカタカタと揺れた。

美咲は肩を上下させて大きく息をしていた。

何故なら、アルニカはいつでもどこでもログアウトできるわけではないからだ。

寮の自分の部屋、つまりオルゴールがある場所まで戻らなければならない。

みんなの前では「ドロロンッ」としているだけなのだ。

梅通りから寮がある菊通りまでは距離があり、さすがに音速でも疲れる、というわけだ。

赤い絨毯の上に座り、前の白いベッドに顔を埋める。

ベッドに置いてあった携帯電話が鳴る。

電話のようだ。

誰から、というのを見ずにだるそうに電話に出た。

「………はい」

「もしもーし、そろそろ着いた?クロちゃんだよ」

「切っていい?」

携帯電話がミシミシと音をたてる。

必死に、かつ棒読みでクロは切らないようにお願いする。

「あの趣味悪い仮面女のこと知りたくないの?いいなら切るけど」

「あ、それ聞きたい。てかあんたさっき初めて会ったのに何かわかったの?」

クロはそれがわかるのが当たり前かのように語りはじめた。

「あの仮面女、無人だった」

美咲はすぐに聞き返した。

通常、アイコンはパソコンなどの端末に保存されている。

そこに五感と精神を繋げることで有人アイコンが完成する。

しかし、無人アイコンは人間の精神の代わりにそれぞれに合ったプログラムが入っている。

つまりはロボットである。

「でも彼女には感情があったし、無人アイコンにはないはずよ」

「そこが問題」

無人アイコンにはもちろん感情はない。

プログラムでアイコンの全てが構成されているからである。

しかし彼女は、人々の視線に照れたり、声色を変えたりと、感情があったのだ。

クロもその謎には唸った。

「自分のこと“ジュリ”って言ってたし、つけた人がいるはず」

「じゃ、そっちで調べてみますかね」

「……できるの?」

できるよ、とクロはまた当たり前のように言った。

美咲は埋めた顔を上げ、少し間を置いて口を開いた。

「クロちゃん」

その声は少し沈んでいた。

「……何?」

「…………何でもない。おやすみなさい」

美咲はクロの返事を待たずに電話を切った。

また布団にぎゅっと顔を埋める。

「……どうして…?」

美咲はそのまま寝てしまい、翌日に大遅刻をした。



    * *



午後3時。

美咲は帰りの公園で足止めを食らっていた。

前には4、5人の女子学生。

同じ学校の先輩のようだ。

生徒が一人、腕を組んで仁王立ちした。

「お前が美咲歩海だな?うちのもんが世話になったみたいでな」

美咲は首をかしげた。

あの、と挙手する。

あん?と4、5人が首をかしげる。

「どちら様?」

「んだとコラァ!?」

美咲は誰が世話になったのかさえ覚えていなかった。

女子学生の一人が舌打ちしながらだんだんっと地面を鳴らした。

「綿貫!テメェのクラスにいんだろーがよ」

「……あー………いたっけ?」

うぉいっ!!

ちなみに世話になったのは文化祭で揉めた綿貫菜穂である。

今でも名前は呼びあわないらしく、人前で話すことはまずない。

「ま、知らなくてもテメェには落とし前つけてもらわなきゃな!」

女子学生らが拳を握りしめた瞬間だった。

「やめておけ」

太く聞こえた女性の声に彼女らの手が止まる。

美咲の背後から長く切り揃えられた黒髪を揺らした生徒がゆっくり歩いてきた。

短すぎるスカートから伸びる足はすらりと細かった。

女生徒らが急にかしこまり、深々と礼をする。

美咲が軽いため息をついた。

「お前が美咲歩海だな?あたしは昭島麗子。昭島組の次期組長だ」

「誰も聞いてないし、私帰ります」

美咲は公園の出入口に向かって歩き出した。

昭島の横を通りすぎた時、彼女は口を開いた。

「お前、美咲組の娘か?」

美咲の足が止まる。

「家に何かしてみろ」

昭島は美咲の背を眺める。

「その耳潰すぞ」

美咲はさっさと公園を後にした。

昭島は女子学生らを止め、誰もいない出入口を見つめた。

「何故ですか!」

「良い。あたしだって奴の組には逆らえない。あの美咲歩海は花柳の天下、美咲組の娘だ」

女子学生らが揃って言葉を失った。


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