第一楽章‐1:調査開始?
はたまた紹介ページです。
襟澤称
どこかの高校生。
宿題をやりによくレストランに出没するらしいが、結局進まない。
嫌いなのは退屈な時間。
好きなのはパソコン。
4月に自転車を吹き飛ばされたらしく、新調したばかりのようだ。
午後10時59分。
美咲歩海ことアルニカはピンクの傘をさしていた。
電脳世界は本日、雨。
混沌とした青い世界が広がっている。
雨粒が現実世界より大きいため傘が必要なのである。
アルニカの桜色の服も全く映えない。
大きくため息。
「何もなかったかのように平和ね」
「平和ってのは当たり前にあるもんじゃないんだぜ?」
アルニカは辺りを見回し、嫌な予感で傘下を見下ろした。
真っ黒な猫が身体中の水滴を身震いして弾き飛ばしていた。
「クロちゃん、人の傘に勝手に入ってんじゃないわよ」
「いーじゃん。それか抱っこでもしてもらえ……ブッ!!」
アルニカは片足でクロを踏みつけた。
しかし、その足は珍しくすぐ上げられた。
「あ、そうだ!会ったら聞こうと思ってたの」
「……何を?」
アルニカはクロをひょいと抱き上げた。
傘を肩にかけて二人分の雨を凌いだ。
「最近変なオンラインゲームが問題になってるの。あんたつくった?」
クロは首をかしげた。
中身は男性だがやけにかわいらしかった。
「俺がそんなことするわけないじゃん?」
「だって作り手はハッカーだろうって……」
クロが小さな口でため息をついた。
「だから、ハッカーは尊敬すべき人!俺はあんな悪用はしない。………ってぉぉ俺はクラッカーなんかじゃないし?!他人事?!」
クロはじたばたしながら無罪でも主張するかのように叫んだ。
「うん、もう白状なさい。天才クラッカーさん?」
「え?…………いやぁ、そんなぁ…………………はい、わかりました」
数秒間にかなりの葛藤があったようだが、クロはやっと自分がクラッカーであると白状したようだ。
アルニカがホッとした顔をしているのでクロがまた首をかしげた。
大粒の雨はまだ降り続き、アルニカの傘をボタボタと打つ。
「じゃあ、敵はあんたじゃないのね」
「何、心配してくれたの?嬉しいなぁ〜正義のヒロインに心配さ………ゴッ?!」
「…あら、手が滑ったわ」
アルニカはクロを持つ両手をパッと放した。
もちろんクロは勢い良くしりもちをつく。
普通の猫なら大変なことに………がしかし、クロは電脳アイコンなので多少の痛みで済む。
すぐに四つ足で立ち上がり、アルニカが傘を持ちなおすとその傘下に収まった。
「クロちゃんはゲームしたの?」
「まさか、紛い物クラッカーの不正ゲームなんてするかよ」
そんなものするくらいなら自分で作ります、と付け足した。
が、クロが口を開けたまま固まった。
アルニカは不審に思い、クロの視線の先を眺める。
「隠れるぞ」
「何で」
「アレはヤバイ」
クロの視線の先には桜通りのメインロードがあった。
やけに騒ついている。
よく見るとアイコンが一つ苦しそうにもがいていた。
周りのアイコンがそれに足を止めていた。
アルニカがそれを放っておけるわけもなく、すぐさま向かおうとした。
クロは咄嗟にアルニカの前に立ちはだかった。
とはいえ小さいのでそうには見えなかった。
「何よ?このままログアウトしなければ死ん………」
「いいから近づくな」
クロはアルニカを止め、もがき苦しむアイコンを見ながら言った。
「あれが、オンライン罰ゲームの様子ってやつだ」
アルニカは言葉を失った。
アイコンはすぐにログアウトし、周囲のざわめきだけが残った。
今の罰ゲームであのアイコンは、二度と同じアイコン(同じくパソコンなどの端末機)で電脳世界には入れない。
なんとも恐ろしい罰ゲームだった。
* *
午前6時30分。
大きな窓から強い日差しが射してきた。
美咲歩海は珍しく、既に制服に着替えていた。
部屋を後にし、食堂で食事を済ませ、寮を出ていた。
芝生を踏まないようにしっかりレンガ畳の上を歩く。
ちょうど寮長の篠原ことはが水まきをしているところだった。
「ん?美咲、随分早いな。明日は雪か?」
「おはようございます、明日は晴れです。テレビくらい見てください」
美咲は篠原の前で止まった。
篠原も水まきのホースを置き、蛇口を締める。
芝生や花が雫を落として光る。
「どこ行くんだ?」
「図書館」
「今日休みだぞ」
「嘘?!」
美咲は三秒ほど硬直し、すぐに首を振った。
篠原は笑って、またホースを手に取った。
「調べ物でもあるのか?教えてやるぞー」
「………」
「ホントはどこ行くんだ?」
「……………」
美咲は白状した。
「桜通り」
何故なら、昨日オンライン罰ゲームがあった現場だからだ。
何かヒントはないかと思うわけだ。
しかし、アルニカが白昼堂々桜通りに出没するのはまずい。
言葉では言い表わせないくらいまずい。
というわけで。
アイコンを買おうかと、外出したい。
なんて言えるわけもなく、美咲歩海のままで桜通りへ繰り出すつもりだった。
「そういえば昨日アイコンが一つ再起不能になってたな」
それ!調べたいのはそれです!と美咲は内心叫んだ。
「もう生徒会が行った後だからなぁ、何もないかもな」
「でも行きたい」
「意外とアンテナ網が広いんだな?なんか収穫あったら教えろよな、行ってこい!」
笑顔で手を振る篠原に美咲は一礼した。
芝生は踏むなよ、と投げ掛けるような声が飛び、美咲はレンガ畳を慎重に歩いた。
よし、行くぞ桜通り。
と思った瞬間、間の抜けた声が美咲を呼んだ。
「アッルミーン!!」
美咲が振り向くと、胸あたりまである黒いゆるく巻かれた髪をふわりと浮かせ、満面の笑みを浮かべた女子高生が美咲に飛び付いてきた。
大きな花のついたカチューシャも風に揺れる。
蓑輪なぎさ。
彼女の名前である。
出席番号が隣の陽気な風紀委員である。
今日は休みなのか、腕章がなかった。
「どこ行くのー?」
「関係ないじゃん。」
「聞くだけならいーじゃん!」
とにかく美咲は腹に抱きつく蓑輪を引き剥がした。
桜通りに向かって歩きだした。
蓑輪が三歩後をついてくる。
「買い物ー?」
「違う」
「じゃー付き合って」
美咲は足を止め、振り返った。
蓑輪が拝むように両手を合わせて頼んだのは、友達の誕生日プレゼント選びだった。
友達は病院にいるらしく、お見舞いも兼ねてとのことだった。
美咲はため息まじりに承諾、桜通りのモールに向かった。
その後、蓑輪は桜通りのあらゆる店を周り、5時間かけてプレゼントを選んだ。明日お見舞いに行くようだ。
「アリシアっていうの。スウェーデンの生まれでー……………」
と夕方まで小話(一方的)は続いた。
別れた後、美咲は小さなため息をついた。
夕焼け色の空は町を照らし、行き交う人をも染め上げていた。
「随分遅いスタートね、美咲さん?」
「?!」
美咲の落胆する肩を叩いたのは、彼女と同じ学校の生徒会書記である芦屋千代だった。
「どうせオンライン罰ゲーム調べてるんでしょ?そういった事に首を突っ込むのが得意みたいだから」
「そういった事に首を突っ込み済みの先輩が何やってんの?………………でしょうか」
一応芦屋は先輩だ。
芦屋はよしよし、とうなずいた。
コーヒーでも?と芦屋は美咲を誘い、美咲も〔おごりなら!〕とついていった。
自動販売機を見付け、缶コーヒーを二つ買うと美咲に一つを手渡した。
「そろそろ暑いじゃない?だから冷たいの買ったわ」「で?何かわかったんですか?罰ゲーム」
芦屋がニヤニヤしながら語り始めた。
わかっているのはニュースに流れているものとほぼ同じ。
生徒会で今日わかったのはゲームを作った端末がある地区。
葵通りとまではわかったけれど、主に住宅地だから特定はキツい。
「一件ごとはキツいでしょ?」
美咲はうなずいた。
花柳はネットワーク管理都市であるため、最低でも一家庭に一つはパソコンがあり、9割以上が携帯電話と個人アイコンをもっている。
つまり、住宅地なら家を全件回ることになる。
「今日の収穫は以上ね。何か質問は?」
「……話していいんですか?」
美咲は一番基本的で素朴な疑問を投げ掛けた。
彼女は花柳を守る生徒会、美咲はアルニカであることが秘密なのでただの一般人である。
捜査内容は秘密のはずが、芦屋は完全に流している。
「いいのよ、まだ大した情報じゃないし。でも美咲さん、あんなゲームに引っ掛かっちゃダメよ?被害者として会うの嫌だし」
「何で」
「なんか笑っちゃいそう」
何をぅ!と美咲が芦屋に怒りをぶつける。
その後、暗くなってから恐る恐る帰った所を寮長篠原にこっぴどく叱られたのは、言うまでもない。
* *
外は午前8時頃。
しかし部屋は真っ暗で、パソコンの青白い光だけが部屋を照らす。
今度はどんな罰ゲームにしようかな。
だいたいがやらずにログアウトするハメになるけれど、助かろうと必死に罰ゲームを実行しているのを見るのも楽しい。
誰か、最後まで解いてくれないか。
最後の暗号を、読んでくれないか。
私には読めないんだ。
応えてくれ。
愛しい人よ。