終曲:数々の贈り物を、あなたに
午前7時15分。
美咲歩海は女子寮202号室に降り立った。
アルニカでいる時間が長かったためか、足がふらついていた。
カーテンも閉まっていて薄暗い部屋に美咲は一人ポツンとベッドに座った。
終わった。
その事実に脱力感を憶えて肩を落とし、深いため息をついた。
「あれから浜風さんどうなったのかな……」
美咲は学校に行く事が恐くなった。
もしあの後浜風が捕まったとしたら、もう会えなくなる。
学校の隣の席に、浜風がもういない事になる。
美咲は確かに時空領域事件を解決した。
しかし心の奥底で後悔していた。
「私は……」
すると静かな足音が近づいてきた。
ノックの音が部屋に鳴り響く。
「美咲?入っても良いか?駄目なようなら出直すが」
篠原の声だった。
美咲はあわてて扉を開けた。
「どうぞ!全ッ然大丈夫です!!」
「………そうか?まぁプレゼント渡しに来ただけなんだけどな」
「プレゼントですか?私に………?」
おうよ、と篠原が紙袋を手渡した。
中身を取り出すと、黒い短パンが現れた。
ちょうどミニスカートの下に履くようなものだった。
「ケンカがいくら強くてもパンツ丸見えじゃなー、と思ってな」
「パッ…………!!」
美咲は顔を真っ赤にした。
篠原がゲラゲラと笑って腕を組んだ。
「だってこの前ケンカしてた時、音波でスカートひらりだったんだぞ?女として嗜みがないとな!」
わっはっは、と篠原が美咲ね部屋を後にした。
美咲は少し恥ずかしげに黒い短パンを広げた。
そして気付いた。
今日は月曜日である。
色々と考えていたせいか、既に時計は8時を指そうとしていた。
美咲歩海の遅刻をかけた大奮闘が始まった。
* *
午前8時30分。
14秒。
美咲歩海は椿乃峰学園の下駄箱に到着した。
そして冷ややかな視線を感じて振り向いた。
「今日も遅刻ね……」
腕時計を指でコツコツと叩く芦屋千代が立ちはだかっていた。
下駄箱には他に人がおらず、本日の遅刻者は美咲一人のようだ。
「また生徒会室に連行するわよ?」
「生徒指導ですか?」
「当たり前でしょ?もう二回目よ」
「そうですね」
「そうそう、やっと耳鼻科にかかった男子生徒が退院したのよ」
「そうですね」
「知らなかったくせに!!」
芦屋が頭を抱えて激怒する。
まるでキラウェア火山が噴火した大事件のように。
美咲が遠い目で素っ気なく笑った。
美咲は上履きに履き替え、かかとを整えた。
そうやって頭を下げた状態の美咲の前に白いレジ袋が差し出される。
美咲は芦屋を見上げて首をかしげた。
「プレゼントよ」
「何で」
芦屋が口をへの字にして吐き捨てた。
「高畑捕まえてくれたお礼よ!さっさと受け取りなさい!」
「捕まえたの先輩じゃないですか」
「でもケガまでして戦ってくれたじゃない」
セーラー服が長袖のため見えないが、腕にはまだ高畑の能力によるケガが残っていた。
芦屋がレジ袋をわざと揺らす。
美咲は礼を言ってからレジ袋を受け取った。
中身を見て美咲の表情が少女に変わる。
周りにお花畑が見えるくらいキラキラした目をして袋からプレゼントを取り出した。
入っていたのは先日コンビニで美咲が手に取っていた女の子雑誌だった。
しっかりとスペシャル(?)な電動消しゴムもついていた。
まるで子どもを高い高いとするように雑誌を上に上げて喜ぶ美咲を芦屋は白眼視する。
まさか本当に欲しかったとは。
「これ………本当にくれますか?」
「え……えぇ」
「ありがとうございます!!」
本当に喜んだァァッ!
芦屋の頭上に金ダライが落ちた。(非現実で)
しかし芦屋は美咲にどうしても言わなければならなかった。
自分がものすごい緊張感に包まれているのが肌にさえ感じられた。
恥ずかしいというのか、情けないというのか、どんな感情が緊張感を生んでいるのかはわからなかった。
しかし芦屋は美咲とパッチリと(たまたま)目が合った瞬間、緊張が絶頂期に達した。
はっきり言えば、今の自分の顔を鏡で見たくなかった。
美咲の目は変わらずやる気のない目で、芦屋を見つめていた。
「緊張してますね」
「?!………いいえ?!まさか!!そんなわけないじゃない!」
芦屋は両手を振って完全否定した。
美咲には「図星です」と言っているようにしか見えなかった。
何故なら美咲には芦屋の動揺が音波から感じ取れるからだ。
「言わないなら授業に…………」
「待った!ちょっと待って?えーと、あの、」
珍しく美咲が止まってくれていた。
芦屋は叫ぶように言い放った。
「ありがとう!!」
美咲は桜色のメモに何か書き始めた。
芦屋が顔を真っ赤にして美咲をちらと見た。
〔いいって。〕
そう書いたメモを切り取り、芦屋に渡した美咲はたったと教室に向かった。
芦屋はメモを見直す。
端っこに小さく何か書いてある。
〔一人でまたパトロールが寂しかったらまた誘っても良いですよ〕
芦屋の感謝の気持ちが一瞬にして消え失せた。
「二度と誘ってやるか、この問題児がァァッ!!」
美咲が階段を駆け上がる瞬間だった。
* *
午前8時31分。
美咲は一年B組にたどり着いた。
まだ先生は来ていなかった。
ギリギリセーフである事を確認した美咲に学級委員の二人が駆けてきた。
「おはよう、美咲さん!!」
「あの人達何かあったの?!」
学級委員の一人がちらと視線を向けた。
その先には学園祭でのクラスの催しについて企画している輪の中に入る不良(綿貫ら)がいた。
美咲は思い出した。
あ、勝ったわ。
しかしそれは言わなかった。
「さぁ、改心したのかしらね」
「え、じゃあ美咲さん何も……」
「えぇ」
「昭島先輩には…」
「会ってないわ。それに手伝ってくれるんだからそれで良いんじゃない?」
美咲は二人を残して自分の席に着いた。
学級委員は目を輝かせた。
「さすが……」
「音姫様の風格ね…」
ちょうど美咲が椅子に掛けた時、先生が入ってきた。
「ごめんなさいね、出席簿探してて」
先生が教卓に手をついた。
美咲は隣を見るのが恐かった。
しかし彼女は横目で見た。
誰も座っていない浜風莉子の席を。
もう誰も座らない彼女の席を見た。
そして先生が切り出した。
「皆さんに悲しいお知らせがあります。浜風さんが急な都合で花柳外に転校する事になりました。」
美咲は思わず先生をまじまじと見た。
転校だと?
クラス内が騒ついた。
ちなみにその後、電子新聞には時空領域事件解決について書いてあるのを美咲は目にした。
しかし犯人は匿名で、女性ということしか書かれていなかった。
そして一面にはアルニカが暗黒領域から脱出、引き込まれた全てが戻ってきた事が大きく書かれていた。
美咲は授業が終わった後、すぐに寮へと戻った。今日は衝撃的な事がありすぎたのかもしれない。
202号室を閉め、薄暗い部屋で美咲は扉に背をついた。
ずるずるとその場に崩れ落ちるように座り込み、気付けば頬を伝い、床に滲む涙が落ちていた。
足を軽く投げ出すように美咲は座っていた。
「私は……」
その時だった。
美咲のカバンから携帯電話が鳴り響いた。
美咲は鼻をすすり、携帯電話を開けた。
電話だった。
クロからだった。
出る気がしなかった。
こんなに涙でぼろぼろの状態で喋れば確実に笑われてしまう。
そう思った。
しかし……………
長いな。
やけに着信が長い。
どれだけ待っているのだろうか。
もしかしたら「おかけの番号に繋げましたが、お出になりません」(諦めろよ)とアナウンスが流れるまでずっと耳にあてているのではないか?
…………
美咲は携帯電話を床に置いた。
通話ボタンを押した。
しかし美咲は何も喋らなかった。
ただ静かな部屋の音を聞いていた。
携帯電話の画面は通話中と秒数が刻々と刻まれている。
「…………」
「…………」
美咲は終話ボタンに手を伸ばした。
「泣いてんの?」
美咲の手が止まった。
電話からクロの声がした。
しかしその言葉は美咲に電話を持たせた。
「な………泣いてるけど?!それが何よ!笑いにかけたわけ?!」
美咲はまた鼻をすすった。
それでも周りに音波の影響が出ないように声を潜めていた。
「……………笑って欲しいの?」
「違うわよ!!」
「じゃあ切んないで」
美咲はそっと終話ボタンから手を引いた。
「笑うつもりでかけてないから」
クロはいつにも増して物静かに言った。
美咲は笑うためでない事で更に泣き出した。
「だいたいわかるけど何があったか言ってみ?聞いてやるから」
「…………学校行ったら浜風さん転校した事になってて新聞見たら自分の方が大々的に載っててちっとも嬉しくなくて…」
美咲の口が止まった。
クロはまだ何も喋らずアルニカこと美咲の言葉を聞いている。
セーラー服の袖で涙を拭った。
「……私……悪い事したのかなとか……思って………」
美咲はまるで子どものように泣いていた。
それでも声を殺して静かに泣いていた。
しかし美咲はふと気付いた。
クロにとっては美咲は“アルニカ”である。
こんな風に弱音を吐いているようではアルニカの品位が下がってしまうではないか!
クロにとってもアルニカは正義のヒロインかもしれないのだ。
美咲は酔いを覚ますように首を振り、携帯電話を握りしめた。
「ごめんなさい!!やっぱり何でもないわ、気にしないで!」
「え………」
「もう全ッ然大丈夫!!だって……」
「正義のヒロインだから?」
美咲はその一言に少し身震いした。
まるで自分が今考えていた事が筒抜けになっていたように分かり切っているようだった。
心臓の音が聞こえて、空気が無いわけでもないのに胸が苦しくて、呼吸が苦しかった。
また涙が頬を伝った。
「ちなみにさ」
美咲が持つ携帯電話からクロの声が聞こえた。
「…お前は悪い事はしてないからな」
「…………」
「…本当、俺のクラッキング以外は悪い事してないからな」
「…………」
「…ほ、本当にお前は悪い事してないんだぞ!変なブラックホールから人出して、ちゃんと眠気覚ましのバイオリン聞こえたし…」
美咲は“バイオリン”の一言に顔を赤くした。
聞いてくれていたのか、と感動かつ恥ずかしがっていた。
「…眠気覚まし?」
美咲が突っ込んだ。
「いゃ、さすがに徹夜はキ……げ。」
「徹夜?」
美咲は理解した。
身体中が熱くなり、いてもたってもいられない感情にまた涙が落ちた。
クロが電話の向こう側で後悔の叫び声を上げ、話を切り替えた。
「それより大変なんだゎ、復活したか?アルニカ」
美咲は歯を噛みしめ、その目に輝きを取り戻した。
少し返事に間を置いたが、美咲は涙を袖で拭いて強くうなずいた。
「………おうよ!!」
「よし、本題はこれだけだ。よく聞け、電脳世界では今ホワイトホールと一緒に吐き出されたウィルスが花柳を崩壊させようと頑張っている。1分後に桜通りに集合な、んじゃ!」
美咲は硬直したがすぐにハッとした。
「待って!!」
「……何さ」
美咲は本日初めて心から笑った。
「ありがとう」
クロが少し間を置いて答えた。
「………いいって」
んじゃ、とクロは言い直し、電話を切った。
美咲はスカートについたカラビナポーチから素早く銀に輝く音叉を取り出して、震わせた。
「ログイン!!」
こうして美咲は“音”という名の海を歩み、
アルニカは世界を包む“音”となり、
“音”を駆ける。
本日まで読んで下さった皆様、大変感謝でございます!!!
第一章はこれで終了になります♪
本当になんちゃって思いつきストーリーが完成してしまい、私は楽しかったですが皆様は…………という不安な感じです。
しかしながら第二章も考えています♪
完成、完結まで時間はかかると思いますが、続きを待って頂いて、読んで頂けたら幸いです。
本日まで、本当にありがとうございました♪
また第二章をよろしくお願いいたします♪