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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
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第四楽章‐2:アルニカの発想

紹介すべき人物が減ってきた。

というよりいなくなった。

……………グフッ!!

申し訳…………ございません…!

「ホワイトホール?」

「そこから出られるかもしれない」

午後10時59分。

アルニカはクロに提案していた。


ホワイトホール

アインシュタインの相対性理論上で議論されるものである。

全てを二度と外部へ逃さず、飲み込むブラックホールとは逆に、外部へ全てを放出するのがホワイトホールである。

しかし、数学的な理論としては成り立つが実際にあるかは不明である。




アルニカは暗黒領域の中に入って出口を探そうと考えたのだ。

それをクロが認めるわけはなかった。

「普通に無理だろ!自分で完成した時空領域は永久にものを閉じ込めるって言ってたろ?!」

「言ったわよ!」

アルニカは口をへの字にしてクロの隣にすとん、と座った。

「でも私ならできるかもしれない」

「その自信はどこから?」

フィクションとして扱われるホワイトホールが実際に起こるわけがない、それがクロの見解。

しかしアルニカは暗黒領域を止める気だった。

「音は何でも包み込む。私は暗黒領域を音で包み込む」

「無理だべ」

「あんた無理無理言い過ぎよ、私だって自信無くなっちゃうじゃない」

通常、ブラックホールは肉眼では見えないものである。

それが見えるという異常な事態なのだから、あるわけないものがあってもおかしくないと考えていた。

そこへ電脳警察のサイレンが聞こえた。

浜風はもう動きそうにない。

アルニカはクロに耳打ちした。

クロの耳が少しだけ動いた。

アルニカはその後立ち上がり、音叉を精一杯に振るわせた。

音波は花柳を包み込む大きさになり、暗黒領域をも包んだ。

アルニカは音叉を持ったまま走り出した。

「んじゃ行って来る」

アルニカは暗黒領域に吸い込まれた。

それとともに音波が暗黒領域を引き込み、群青の電脳世界が戻った。

あっという間の出来事で、クロはまだアルニカが消えていった空を眺めていた。

「………ちょっと……………何で止めるのよ!!」

浜風が突然立ち上がり、クロに怒りの視線を放った。

そういえばアルニカのクラスメイトだったっけ。と思いつつ、クロは後ろ足を少し引いた。

しかし、

「生徒会です!おとなしくその場に座りなさい!!」

生徒会の役員が二人駆け付けてきた。

クロは思わず近くの草むらのフィールドに飛び込んだ。

「逃げよ!」

自分だって見つかっては困る。

既にアイコンが不正なのだから。

とにかく自分はログアウトしなければ。

電脳警察のサイレンが遠退き、クロはやっと足を止めた。

「待ちなさい」

クロは尻尾を立たせて硬直した。

真横から藤色のウィステリアが歩いてきた。

クロは自分の最期を覚悟した。

確実に逮捕だ。

「アルニカを見なかったかしら?」

「……見てない」

「嘘ね」

ウィステリアはクロの前に屈んだ。

「貴方アルニカの連れよね?」

「よくご存知で」

ウィステリアの顔立ちはよく見るととても綺麗で、可愛らしさと言うより美しさを引き出していた。

濃い紫の着物から少し見える足がアイコンなのにやけに生々しい。

クロの見解としては、アルニカよりも胸が明らかに大きい。

アルニカも少しは……………と思いつつ、クロは仕方なく少し話すことにした。

「アルニカは完成した時空領域と一緒に消えたけど」

「消えた?!何があったの?」

「そのうち今まで吸い込まれたモノと一緒に出てくるから安心しろってさ」

「答えになってないわ!ましてや貴方不正アイコンじゃない!」

クロがギクッと心の中で苦笑する。

やはり捕まるのか。

ウェステリアが額に手を当てて深くため息を吐いた。

「…もうすぐ包囲テープがここにも張られるわ。急ぎなさい、黒猫さん…」

「捕まえないのか?あんた生徒会だろ?」

私が追ってるのはアルニカだけ、と言い残してウィステリアはサイレンの鳴る現場へ消えていった。

クロはホッとした。

そしてログアウトしようとした。

ちらと空を見上げ、少しまぶたを落とした。

「アルニカ………」

午後11時05分。

クロは電脳警察の包囲テープが完成する寸前、ログアウトした。

ともに、椿乃峰女子学園高等部1年、浜風莉子は時空領域事件と高畑政一殺害事件の犯人として逮捕された。



* *



翌日、日曜日。

午前9時ジャスト。

電脳警察本部の取調室にて、浜風莉子の事情聴取が行われた。

全てを灰色の壁が囲い、唯一鏡が横長についている。

一瞬でわかる。

マジックミラーであり、向こう側では警察が見ているのだ。

灰色のデスク、向かいに置かれた2つのパイプ椅子、そしてデスクの裏には別室のパソコンに送られる聴取レポートのための音声感知機能の機械がある。

浜風の前にはスーツ姿の男が座った。

「浜風莉子、まず何故やったのか答えなさい」

浜風は何の口籠もりも無く答えた。

「電脳世界の大掃除」

「何故そんな事を?」

浜風の口が少しにやける。

「何か理由が必要ですか?やりたい事に」

男はそれ以上動機は聞かなかった。

経緯や、計画についてのみ聴取し、終えた。

浜風には一切の謝罪の念はなかった。

とにかく満足した。

そう言い残して聴取は終了した。



* *



美咲歩海は考えた。

暗黒領域の中から出口を探す方法を。

アルニカは見た。

暗黒領域に吸い込まれたモノの眠りを。

ここはどこだろうか。

いまは何時だろうか。

光も、色も、音さえ無い空間にアルニカは立たされていた。

周りにあらゆるモノが眠っているのを感じられるだけだ。

でも

何も無い。

叫んでも自分の声なんて聞こえなかった。

風も吹かないからせっかくの青く可愛らしいリボンもしぼんだように見える。

〔こんな所で何をしているんだ?〕

〔もうここからは出られないよ〕

違う。

違う。

眠っている人の諦めが聞こえた。

アルニカはこだまするその声に耳を塞いだ。

ひたすら頭に響く声は、塞いだ耳を通り抜けてくる。

〔もう………諦める〕

違う。

違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!

アルニカの響かない声が虚しく悲鳴を上げた。

〔私はここに何しに来たのよ?〕

アルニカの手に古びたバイオリンが握られる。

右手に弓、左手に弦を構えてアルニカは目を閉じた。

〔私は…………〕

弦に弓を乗せる。

弦がギッと小さな音を響かせた。

呼吸が聞こえる。

音の無い世界に音が響いた。

アルニカは大きく呼吸した。

弓を静かに引いた。

〔私はここを出るために来たの!〕

簡単な答えが真っ黒な空間を真っ白に塗り替える。

「響け、私の音!!」

アルニカのバイオリンからメヌエットが響き渡った。

風が髪を揺らす。

春の音に目を開ける。

真っ白な領域が全てを包み込む。

アルニカはうっすらと目を開けた。


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