第三楽章‐3:ケンカのテキトーなあしらい方
水無瀬しづる(みなせしづる)
椿乃峰学園女子高等部3年生。
生徒会副会長。
学園内で常に学問成績がトップ。
その理由は一度見たものを絶対に忘れない瞬間記憶である。(何を暴露しているの。自分のことでも話したら?)
いや、水無瀬さんの紹介なんで。
冷静沈着、品行方正とは彼女のことである、という感じです。
クラッキング。
それはネットワークシステムに侵入、破壊、改竄などの不正な行いをすること。
今ではハッキングと称されているが、ハッキングは元々システムを使いこなす尊敬すべき人のことを呼ぶ。
午前8時49分。
美咲はクロのクラッキングの事実に言葉を失った。
「大丈夫、足跡着けてないから。再起動には時間かかるだろうけど」
「……何、もしかしてプロクラッカー?」
クロの声が一瞬止まり、にゃははと棒読みで笑い始めた。
「まさか!馬鹿言うんじゃないよアルニカ!専用のソフトなんて持ってないし……」
「持ってんだ」
………。
「でもすげぇ情報は入手!その看護師とやらの顔が見える映像を発見したわけよ」
話をなんとか反らしたクロは画像を送るために電話を切ると言ってさっさと切った。
美咲の部屋がしん、と静まり返った。
メールが来るまでの時間はそこまで長くはないだろう。
しかしその間に美咲は少し考えてみた。
「そっか、クロちゃんもこっちでは人なんだよね」
その通り。
電脳世界では猫であっても現実世界に戻れば彼も人間なのだ。
少し気になった。
「きっと相当嫌な面してんだろーなー」
外は清々しい晴れで、桜も少しずつ散りはじめている。
すると外で何かあったのか、救急車のサイレンが近づいてきた。
美咲は窓からガラス越しに外を覗いた。
「休日なのになんとお忙しいこ………!?」
救急車のサイレンが遠退く。
美咲はあわてて携帯電話を開け、リダイヤルした。
わりと早く出たクロに美咲は間髪いれずに言った。
「わかった!」
「……………何が」
電話の向こう側のクロが首をかしげているのが目に見えるくらいの間があり、美咲がまたハッとする。
ドタバタと慌ただしく階段を駆け上がる音が近づいてきた。
「えと、今日夜話す!じゃ!」
美咲は携帯電話の終話ボタンを押した。
切られた電話の向こう側が一言。
「……一方的だな」
そして美咲の方は……
「何事ダァァァッ!」
また来たァァッ。
と心中で叫びながら美咲は唖然する。
篠原が息を切らして美咲の部屋へ踏み込んできた。
美咲は懸命に理由(言い訳)を考えたが、篠原は何かを思い出したように手を叩いた。
「そうだ美咲、外で友達が呼んでるぞ」
「は?」
それから美咲は外へ向かうと見覚えのある顔が並んでいた。
クラスでケンカを売られた不良達だった。
「えー、場所を変えさせます…」
「いや」
篠原が頭をかく。
「芝生を傷つけなければケンカは認める」
「………ありがとうございます」
美咲は篠原を置いて外へ出た。
長い金髪を風に揺らしながら、腕を組んで立つ女子生徒一名。
他後ろに5人。
春風が桜を舞い散らせ、芝生をなびかせた。
「おう!美咲歩海!昭島さんの手を借りるまでもなくはっ倒しに来てやったぜ!!」
「はぁ……ご苦労なこって……」
「行くぞ!」
合計6名が美咲に向かって拳で殴りかかってきた。
こんなの音波で一発ではないか、とにやける美咲、しかしふと動きが止まった。
《人間の言動ひとつひとつに責任があるように、能力を使うTPOにも責任があるわ》
TPO………。
石畳の上から芝生へはみ出さないように拳を躱した美咲は、頭上に浮いた豆電球が点いたかのようにひらめいた。
「よし!」
金髪はそこに立ったまま、他5人がまた殴りかかってくる。
美咲は試してみることにした。
《今の怒鳴り声聞いても何ともなかったわよ?ましてや私まで悲しくなったわ》
できるかもしれない。
美咲は大きく息を吸い込んだ。
「ふわんふわんふわーん」
金髪は首をかしげた。
しかしその異変はすぐに現れた。
美咲に向かってきた5人がふらふらと足をくねらせた。
すぐに石畳に膝をつき、芝生に次々と倒れこんだ。
金髪の動揺は目に見えた。
すぐさま美咲の前に来てTシャツの襟をつかみあげる。
「何した!!」
「寝ただけ。後でお仕置きくらうけどね」
「?」
すると恐ろしいオーラを放った篠原ことはがゆらりと歩いてきた。
すぐに目を覚ました5人の前で篠原は手首を鳴らした。
「オレの芝生に乗るんじゃねェッッッ!!」
5人はことごとく一発づつ殴られ、石畳の上に倒れた。
美咲は棒読みの笑い声を発した。
しかし、
「お前等も同罪だァァッ!!」
「嘘ォ?!」
篠原の殴りかかってくるのを避けた二人は一目散に庭を出た。
少し遠くまで走った美咲と金髪は同時に後ろを振り替える。
「来ないか?」
「来ないね」
二人は同時にその場に座り込んだ。
仲間はいいのか、と問う美咲に金髪は首を振った。
「もうなんか戻ったら殺されそうじゃん」
確かに。
美咲は鼻で笑って立ち上がった。
学校別の寮が立ち並ぶ菊通りの休日は私服の生徒が多いので誰が誰だかよくわからなくもなる(趣味が見える)。
その中制服を着た金髪を美咲は軽く笑った。
「今日休日だよ?普通私服じゃね?」
「うるせ!」
「で、まだやる気?」
金髪が少し引いた。
美咲が今ごろカンカンであろう篠原がいる寮を指差した。
「連れてくよ?」
金髪は深くため息をついた。
「………わかった。今回は……」
「じゃ学園祭頑張りましょ?」
金髪がギクッとしたのがまたわかる。
「お……お前がもっと真面目にケンカ受けてればこんな状況にはなって無ェんだよ!!」
「そうですね」
「自分の能力をフルに使ってない時点でまともにケンカして無ェじゃん?!」
「そうですね」
金髪が眉間にしわをフルによせた。
「いいとも!か!!」
美咲は立ち上がった金髪を見上げ、止めを刺すように言った(美咲曰く、言ってやった)。
「そもそも、私が能力をフル活用しないでも勝てる相手の方が悪いでしょ」
金髪はショックで言葉を失った。
美咲はにこりと笑みを浮かべて金髪に手を差し伸べた。
「私もそれなりに暇ではないの。今日は終いにしましょ?」
「暇だと?!」
「そうよ、あんたの名前さえ知らないんだから。」
「ちょ!!あたしには綿貫菜穂って名前があるんだぞ!」
「そっか。じゃこれからよろしくね」
金髪が頭を抱えてうなり声を上げた。
今日は帰る、と叫んでたったと菊通りを後にした。
それを見送った美咲は棒読みの笑い声を発した。とともに、自分の能力がコントロールできたことに少し感動した。
〔責任とTPO……〕
音波で空気を小さく揺らす手のひらをぐっと握りしめた。
「この音は人の心に響かせる音…」
午前9時02分。
美咲は嬉しそうに寮へ戻った。
その後篠原に叩きのめされたのは言うまでもない。
* *
午後10時48分。
美咲は既に群青の電脳世界に降り立っていた。
アルニカとして。
クロはまだ見当たらない。
少し散歩だけしようかとアルニカは音速で電脳世界の夜を駆けた。
そのうちにアルニカは自分の大々的な推理を整理していた。
「クロちゃん来ないねぇ」
「来ないわよ」
アルニカは振り向いて言葉を失った。
* *
同じ時。
クロは群青の電脳空の下で既に足止めを食らっていた。
立ちはだかる女性アイコン(少しピンクロリータ気味)は既に右肩からすべてがキャノン砲に変わった自動アイコンだった。
さすがに小さな黒猫では分が悪い。
「おいおい、誰の差し金だオイ」
自動アイコンはクロにキャノン砲を向けて無表情で応えを述べた。
「私の主人は時空領域、すなわち浜風様とお応え致します」
クロは心の中で苦笑いした。
“大々的な推理は的中だな、アルニカ”