第三楽章-3:アイドルドライブ
午後7時30分。
襟澤は混乱しそうになる頭を必死に抑えた。
停電した襟澤家を出た三人は、鼎の捜索を開始した。
襟澤が普段のバッグに加えて、やけに大きな袋を持っていた。
「綿貫さん、美咲のお母さんに連絡して迎えに来てもらって。本当にありがとう」
「いや、あたしもついて行きます!お嬢がピンチなのに黙ってるわけには…」
「それであんたに何かあったら俺が死んで詫びる羽目になる。それに病院の個室を確保して欲しいって頼めないかな…と」
綿貫は理由を察し、深く頷いた。
鼎を助けた後に休める場所が無いのである。
治療を要する場合もある。
「じゃ、着いていくのは俺か」
「あんたも帰宅」
庄司は襟澤の持つ袋を奪い取った。
「ログインは恐らく非常電源のある彼女の大学だ。実験対象だから警備も固いだろう、貴様一人で警備を抜けられるのか?」
「正面突破するような馬鹿な真似しないからね」
「策は」
「ない」
沈黙。
庄司は荒いため息の後、美咲組に連絡をしていた綿貫に会釈した。
持参していたライフルケースを背負い、襟澤を米俵のように抱えると、マンションの最上階までひとっ飛び。
彼の悲鳴は近所迷惑となったが、風圧でそれもなくなった。
かつて一度、美咲と高所を駆け抜けた経験があるが、ここまで恐くはなかった。
何故なら、彼女の能力によって速く目的地に着いたからである。
しかし今回は違い、庄司の跳躍によってビルの合間を飛び越えているだけ。
揺れるし、乗り物酔いでもしそうな感覚だった。
風を切って進むうちに、庄司が目的地の大学を指差した。
「あれだな」
「ごめんなざい本当におろじでぐだざいぎもぢわるい」
大学の屋上でやっと下ろしてもらった襟澤は、死に際の怪獣を思わせる断末魔の呻き声を発し、庄司にひっ叩かれた。
「うげぁぁあぁぁ」
「俺が悪者みてぇじゃねぇか」
「事実」
「さっさと行くぞ」
庄司が歩き出すと、襟澤はのそのそと彼に着いていった。
考えていた。
このまま自分に協力し、一件を阻止した場合、庄司は研究所に逆らう事になる。
それは本人が一番分かっているはずだ。
「何で協力するの?」
彼は振り返ると、真剣に即答した。
「正しいからだ」
「あんたらには都合が悪いのに?」
「少し前まではそう思ったろう、変えたのは貴様らだ」
庄司は襟澤を置いて進み、給水タンクの陰に屈んだ。
実際、庄司自身も悩める渦の中にいた。
この先に自分に何が起こるか分からない、少なくとも母とは道を違える事になる。
不安が押し寄せ、足下に重くまとわりつく。
「二丁銃、これどうぞ」
追いついた襟澤は、庄司に一枚の紙切れを渡した。
自分の電話番号だった。
「美咲に電話するなら俺を通してからにして」
「あぁ、一緒にモール行ったからか?別に今回の件を話したかっただけなんだが」
「とにかく駄目!そーゆー話も俺を通して!」
「どんだけ妬いてんだよ、見苦しい」
「妬いてなみゅ」
庄司は咄嗟に襟澤の口を手で覆った。
校内へ続く扉の前に、二人の警備員が直立していた。
片手には銃が見えた。
「峰打ちは嫌いなんだが」
「いいよ、そんな事しなくて」
そう言って手をかざした襟澤は、庄司から大きな袋を奪い取った。
中から取り出したものを見た庄司は驚愕した。
にんまりと笑んで平然と歩きだした彼を警備員は即座に視認し、銃を構え…られなかった。
持っていなかったからである。
「な…?!」
「花柳がいつでも戦争できる危険都市だって忘れちゃ駄目だよ。何も殴って壊すだけが戦闘じゃないんだから」
「止まれ!な、何者だ!」
「えー…あー…んー…オッケ、任せろこういうの得意」
なす術のなくなった警備員の前に現れたのは、黒いネコの被り物をした男だった。
「正義のアイドル、ウサリーナのおともだち!ネコリーノだニャン!」
ぶはっ!!
* *
電脳の空は雲ひとつない夜色、その中にいて一点のみが空色に輝いていた。
煌めく星を散りばめたアイドルは、マイクを片手にもう一度、鼎に立ちはだかった。
「アイドルドライブ!」
ウィステリアが言葉を失う程に驚愕したのは当然の事だったが、それ以上に鼎は首を横に振って狼狽えた。
「…冗談やない……アルニカが、書き換えられるわけ!」
「その辺、たっぷり聞かせてもらうから!覚悟なさい!」
しかし、アルニカは内心で悲鳴を上げていた。
手に持っている物がマイクのみだからである。
美咲は歌うことができない、能力によって人に影響を及ぼしてしまうからである。
それをマイク一本で戦うなど、武器が声しかないという事なのだ。
襟澤なら理解してくれていると思っていたが…
「…?」
マイクの柄にいくつかボタンが配置されていた。
テレビのリモコンのように、色分けされたものがポツポツと……青のボタンを押してみた。
『かざして下さい』
女性のアナウンスが流れたため、その通りにした。瞬間。
マイクから閃光の如きビーム砲が放たれた。
アルニカが脚に力を込める程の威力に、彼女を含む三人が慄いた。
「…」
「…え?何よこのマイク」
「何や、とうとう兵器になるん?」
「いや、そんなつもりは」
とまたマイクを見ると、チュートリアルと表記されたボタンを見つけた。
『アイドルドライブ、チュートリアルを開始します。まず始めに、ボタンの説明を』
「やかましい!!」
アルニカはマイクを場外ホームランさせた。
こんな武器があってたまるか!
そうしてあれこれとツールを引っ張り出し、たどり着いたのは青い大きなピックだった。
「これで引っ叩く!」
ピックは分厚い盾となり、鼎の放った電撃を弾いた。
「ウィズ!」
「指図しないで!」
アルニカのピックを踏み台に、ウィステリアが跳び上がった。
鼎が電撃を構えるより速く、その一撃は真一を描く。
よろめいた直後に見えたのは、盾で押し切らんとするアルニカの突進。
プラズマリングは唸り、電撃とアルニカは眩く衝突した。
ウィステリアが彼女を思わず呼んだが、衝撃にかき消された。
ホームページにあったはずのアイコンは消し飛び、それでも消えずに残る人影が二人分。
しかし、鼎のアイコンはボロボロに焼けてしまっていた。
アルニカも火傷をそこかしこに負ってはいるが、その傷がただでは済まされない事を知っていた鼎は、息を切らしながら肩を落とした。
「……何やの、必死んなって」
「決まってるじゃない」
アルニカだから、と彼女は笑った。
その奥に見たものは、幼い頃に憧れた彼女。
どんなに辛い思いをしても、この街には正義のヒロインがいる。あの人みたいに強くありたい。誰かを安心させられる人になりたい。
大きくなって裏側を見てしまった今でも、画面越しに目を輝かせた光景を忘れない。
アルニカは、誰の目にも輝いていた。それを、目の当たりにした。
「あぁ…アルニカ、なんやねぇ」
鼎はふわりと笑い、目を閉じた。
その刹那だった。
稲光がこの場にいた三人を飲み込んだのは。