表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルニカ交響曲  作者: 結千るり
109/110

第三楽章-3:アイドルドライブ

午後7時30分。

襟澤は混乱しそうになる頭を必死に抑えた。

停電した襟澤家を出た三人は、鼎の捜索を開始した。

襟澤が普段のバッグに加えて、やけに大きな袋を持っていた。

「綿貫さん、美咲のお母さんに連絡して迎えに来てもらって。本当にありがとう」

「いや、あたしもついて行きます!お嬢がピンチなのに黙ってるわけには…」

「それであんたに何かあったら俺が死んで詫びる羽目になる。それに病院の個室を確保して欲しいって頼めないかな…と」

綿貫は理由を察し、深く頷いた。

鼎を助けた後に休める場所が無いのである。

治療を要する場合もある。

「じゃ、着いていくのは俺か」

「あんたも帰宅」

庄司は襟澤の持つ袋を奪い取った。

「ログインは恐らく非常電源のある彼女の大学だ。実験対象だから警備も固いだろう、貴様一人で警備を抜けられるのか?」

「正面突破するような馬鹿な真似しないからね」

「策は」

「ない」

沈黙。

庄司は荒いため息の後、美咲組に連絡をしていた綿貫に会釈した。

持参していたライフルケースを背負い、襟澤を米俵のように抱えると、マンションの最上階までひとっ飛び。

彼の悲鳴は近所迷惑となったが、風圧でそれもなくなった。

かつて一度、美咲と高所を駆け抜けた経験があるが、ここまで恐くはなかった。

何故なら、彼女の能力によって速く目的地に着いたからである。

しかし今回は違い、庄司の跳躍によってビルの合間を飛び越えているだけ。

揺れるし、乗り物酔いでもしそうな感覚だった。

風を切って進むうちに、庄司が目的地の大学を指差した。

「あれだな」

「ごめんなざい本当におろじでぐだざいぎもぢわるい」

大学の屋上でやっと下ろしてもらった襟澤は、死に際の怪獣を思わせる断末魔の呻き声を発し、庄司にひっ叩かれた。

「うげぁぁあぁぁ」

「俺が悪者みてぇじゃねぇか」

「事実」

「さっさと行くぞ」

庄司が歩き出すと、襟澤はのそのそと彼に着いていった。

考えていた。

このまま自分に協力し、一件を阻止した場合、庄司は研究所に逆らう事になる。

それは本人が一番分かっているはずだ。

「何で協力するの?」

彼は振り返ると、真剣に即答した。

「正しいからだ」

「あんたらには都合が悪いのに?」

「少し前まではそう思ったろう、変えたのは貴様らだ」

庄司は襟澤を置いて進み、給水タンクの陰に屈んだ。

実際、庄司自身も悩める渦の中にいた。

この先に自分に何が起こるか分からない、少なくとも母とは道を違える事になる。

不安が押し寄せ、足下に重くまとわりつく。

「二丁銃、これどうぞ」

追いついた襟澤は、庄司に一枚の紙切れを渡した。

自分の電話番号だった。

「美咲に電話するなら俺を通してからにして」

「あぁ、一緒にモール行ったからか?別に今回の件を話したかっただけなんだが」

「とにかく駄目!そーゆー話も俺を通して!」

「どんだけ妬いてんだよ、見苦しい」

「妬いてなみゅ」

庄司は咄嗟に襟澤の口を手で覆った。

校内へ続く扉の前に、二人の警備員が直立していた。

片手には銃が見えた。

「峰打ちは嫌いなんだが」

「いいよ、そんな事しなくて」

そう言って手をかざした襟澤は、庄司から大きな袋を奪い取った。

中から取り出したものを見た庄司は驚愕した。

にんまりと笑んで平然と歩きだした彼を警備員は即座に視認し、銃を構え…られなかった。

持っていなかったからである。

「な…?!」

「花柳がいつでも戦争できる危険都市だって忘れちゃ駄目だよ。何も殴って壊すだけが戦闘じゃないんだから」

「止まれ!な、何者だ!」

「えー…あー…んー…オッケ、任せろこういうの得意」

なす術のなくなった警備員の前に現れたのは、黒いネコの被り物をした男だった。

「正義のアイドル、ウサリーナのおともだち!ネコリーノだニャン!」

ぶはっ!!





    *      *





電脳の空は雲ひとつない夜色、その中にいて一点のみが空色に輝いていた。

煌めく星を散りばめたアイドルは、マイクを片手にもう一度、鼎に立ちはだかった。

「アイドルドライブ!」

ウィステリアが言葉を失う程に驚愕したのは当然の事だったが、それ以上に鼎は首を横に振って狼狽えた。

「…冗談やない……アルニカが、書き換えられるわけ!」

「その辺、たっぷり聞かせてもらうから!覚悟なさい!」

しかし、アルニカは内心で悲鳴を上げていた。

手に持っている物がマイクのみだからである。

美咲は歌うことができない、能力によって人に影響を及ぼしてしまうからである。

それをマイク一本で戦うなど、武器が声しかないという事なのだ。

襟澤なら理解してくれていると思っていたが…

「…?」

マイクの柄にいくつかボタンが配置されていた。

テレビのリモコンのように、色分けされたものがポツポツと……青のボタンを押してみた。

『かざして下さい』

女性のアナウンスが流れたため、その通りにした。瞬間。

マイクから閃光の如きビーム砲が放たれた。

アルニカが脚に力を込める程の威力に、彼女を含む三人が慄いた。

「…」

「…え?何よこのマイク」

「何や、とうとう兵器になるん?」

「いや、そんなつもりは」

とまたマイクを見ると、チュートリアルと表記されたボタンを見つけた。

『アイドルドライブ、チュートリアルを開始します。まず始めに、ボタンの説明を』

「やかましい!!」

アルニカはマイクを場外ホームランさせた。

こんな武器があってたまるか!

そうしてあれこれとツールを引っ張り出し、たどり着いたのは青い大きなピックだった。

「これで引っ叩く!」

ピックは分厚い盾となり、鼎の放った電撃を弾いた。

「ウィズ!」

「指図しないで!」

アルニカのピックを踏み台に、ウィステリアが跳び上がった。

鼎が電撃を構えるより速く、その一撃は真一を描く。

よろめいた直後に見えたのは、盾で押し切らんとするアルニカの突進。

プラズマリングは唸り、電撃とアルニカは眩く衝突した。

ウィステリアが彼女を思わず呼んだが、衝撃にかき消された。

ホームページにあったはずのアイコンは消し飛び、それでも消えずに残る人影が二人分。

しかし、鼎のアイコンはボロボロに焼けてしまっていた。

アルニカも火傷をそこかしこに負ってはいるが、その傷がただでは済まされない事を知っていた鼎は、息を切らしながら肩を落とした。

「……何やの、必死んなって」

「決まってるじゃない」

アルニカだから、と彼女は笑った。

その奥に見たものは、幼い頃に憧れた彼女。

どんなに辛い思いをしても、この街には正義のヒロインがいる。あの人みたいに強くありたい。誰かを安心させられる人になりたい。

大きくなって裏側を見てしまった今でも、画面越しに目を輝かせた光景を忘れない。

アルニカは、誰の目にも輝いていた。それを、目の当たりにした。

「あぁ…アルニカ、なんやねぇ」

鼎はふわりと笑い、目を閉じた。

その刹那だった。

稲光がこの場にいた三人を飲み込んだのは。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ