第三楽章-2:因みに土下座する頭は容赦なく踏む☆
午後7時。
襟澤称は美咲の呼んだ客と対峙していた。
何故なら、客が呼んでほしいと頼んだ人物と大いに違っていたからである。
襟澤は玄関に棒立ちする客から距離をとって声にならない悶絶をしていた。
やっと確認できた言葉がこちら。
「普通そこ違うじゃんかよぉおぉぉぉぉ……!そこは普通さぁ、綿貫さん呼ぶだろうがよぉぉ!思考読取があればライブ映像から鼎梗香の居場所読めるかもしれないだろうって話だろうがぁぁぁ!」
「おい」
「何でこうすれ違うかなぁ!ってか俺は知らなかったよ!あんたがこんな奴の連絡先を入れてるなんてさぁ!削除しろぉ!こんなん来たってただの棒だよぉぉぉ……!」
「棒とは何だ」
「正に今のあんただよふざけんな!何で来たんだよ!」
顔を被ってしまっていた襟澤は問いかけに答えると同時に頭を上げた。
玄関で棒立ちしているのは、栄養ドリンク剤の入ったレジ袋を持った庄司龍一郎だった。
美咲から連絡を受けた彼は、研究所の職員なら実験にも詳しく、許容量を戻す事もできるだろうと頼まれたのである。
しかし襟澤は、許容量は自分で戻せるので電波障害で見つけられない鼎の居場所を思考読取で探って欲しかった。
「あぁぁぁぁ違う!俺あの人の連絡先知らない!でも一人で組に行くの恐い!絶対行けない!」
「夜な夜な呼び出された挙げ句に罵倒されるとは思ってなかった」
「だろうなさっさと帰れ!」
「一発殴ってから帰る」
ハッとした。
襟澤は黒い霧の言葉を思い出す。
自分が痛みを感知したら一秒後に相手が殺される。
ここを殺人現場にされるのは困る。
「わぁぁあ!ちょっと待った!ここは穏便に済ませませんか?済ませよう!」
「手土産まで持って来てやったのに人違いみたく言われて殴らねぇ奴がどこにいんだよ」
「あなたです!本っっ当にお待ちしておりました!ずっと一緒にいてくださいお願いします何でもしますから殴るのだけはやめて!」
「色々と誤解を招く物言いとその土下座をやめろ。そんなに殴られたくねぇのか」
殴られたい人なんていないと思う。
ただ今回は理由が少し違う。
襟澤は仕方なく庄司を部屋に案内し、何かを指折りに数え始めた。
「何数えてんだ」
「あんたにエンカウントした回数」
「敵みたく言うんじゃねぇ」
「敵だろ」
「敵ならドリンクじゃなくて鉛玉が土産だ」
「俺そんなもん当たんないもん」
部屋のドアノブに手をかけ、ぐちぐちと文句を言い合いながら扉を開けた。
しかし、向こう側は何故か電気がついており、ビーチベッドにパラソルが設置されていた。
トロピカルジュースを片手に寝そべるのは、先ほどまで話していた長身のローブ男だった。
襟澤は庄司に目撃される前に勢いよく扉を閉めた。
何だ今のは。
「…どうした」
「ハワイに繋げちゃった」
「貴様はドラ●もんか」
「もう一回開けるわ」
次に開くとハワイではなく、普段の部屋に戻っていた。
が
「何しやがる放せぇぇ!!」
「所望の人間はこれかな?」
今度はローブ男が袴姿の綿貫を摘まんでいた。
また勢いよく扉を閉めると、遂に背を向けた。
何で綿貫さんがいるんだ。
「おい、一体何が」
「綿貫さん助けないと!どうしよう、もう開けたくない、でも人として開けないと!」
「ゾンビでもいたのか」
「ゾンビがいたらさすがに綿貫さん諦めるわ」
次の瞬間、真後ろの扉が開き、息を切らした綿貫が襟澤の腕を掴んだ。
「へぇ……?あたし諦められるんすか…?」
「ぎゃぁぁあぁぁっ!」
* *
午後7時19分。
襟澤、庄司、綿貫、謎のままのローブ男ケテルは、パソコンを前に緊張感を醸し出していた。
この状況をどうしたものか。
現在、アルニカの出現を待っているのだが客人二名の視線はどうしても奴に向かう。
それもそのはず、人間離れした容姿だからだ。
「むむ?君達どうしたのかな?我輩、そんなに見つめられると照れてしまうよ」
恐らく照れても分からない。
「あの、何であたしはここにいるんですかね」
「君の能力が必要だそうだ。我輩に頼めば十秒で済むんだがね?どうにも人間は馬鹿な生き物でね、抱えきれないものを何でも背負い込んでしまう性質なんだ」
イラァ…
「死ぬと分かっていても歯向かってきたり、敵に手を差し伸べて、そのくせ自分には差し伸べさせない……本当に愚かな生き物でね」
襟澤はアルニカのログインを確認すると、ケテルに見上げて問いかけた。
「それって皇の事?」
「…そうだ」
「敵だったんだ」
「我輩が何度も倒した」
それでも立ち上がり、死闘を繰り返した。
挙げ句にこの奇怪な手を取って笑うのだ。
「人間の分際で生意気だ」
「でも今は一緒にいるんでしょ?」
「…君は取るかい?」
そう言うと、ケテルは黒い枝のような手を伸ばした。
パキパキと音を立てる様に、庄司と綿貫は突然の悪寒に退いた。
しかし襟澤は迷いなく指に触れ、微笑んだ。
「あいつが何を背負い込んでるかは知らないけど、きっと周りを巻き込みたくないからだよ」
「巻き込めば解決するのに」
「大事な人に自分の事話すのって勇気いるから」
「そぅですよぅ?俺の秘密知りたいなら勇気に一億円に土下座のセットじゃないと☆」
襟澤はケテルの背後で手を振る皇に目を丸くした。
鍵はちゃんと閉めたはずなのだが。
ケテルは振り返ると、皇がティフォリアを連れていない事に首を傾げた。
「……レディはどうしたんだい?」
「眠そうだったからお家に返してきた~☆今日はもうやること無いし、飲んでから帰る~?」
「君、お酒は飲めないじゃあないか。我らが主と同じくらい弱いし、使い物にならない少年を持って帰るのは面倒だよ」
「俺の扱いが酷くないかなぁ!」
皇は迷いなく手を差し出した。
ケテルはどうにも自分の手が気になっているらしく、指を動かしてから手を下ろした。
誰が見ても、人間の手ではない。
それでも差し伸べるこの手は何の企みもない。
「じゃ、帰って飲めば安心だね?」
「…君は懲りないね」
「さっさと取れよ、ここで仮面叩き割られたいか」
「我輩にもう一度殺されたいかい」
嫌な雰囲気になってきた。
できれば人の家で喧嘩などしてほしくないのだが。
しかし仲裁するには相手の戦闘力が高すぎる。
「俺死なないから大丈夫だもん!」
ちょっと待て、今なんて?と襟澤が問いかけたが話は彼を置いていく。
「痛みに変わりはない、躾の一環と捉え給えよ。あぁそうか、君は痛いくらいが丁度いいのかな?」
「俺、躾する方が得意だよぅ☆痛いの好きなのは人類共通だから無問題だよぅ?」
それは人それぞれだ。皆が皆、怪我したくって仕方がないわけではない。
「そうなのかい?ではこの子供たちも皆…」
『違います!!』
三人は同時に否定した。
ケテルが皇に向き直ると、何故か得意気に主張した。
「皆そう言いつつ痛いの好きだからね?ほら、ツンデレって奴よ☆」
「君の事かい」
「俺はデレないよぅ?『あんたの事なんか全然好きじゃないんだからっ』とか言ったことないじゃん」
「じゃあ君の事だね。言葉の意味から推察すると、己の心に素直ではない物言いをする人だものね?」
「俺すっっっごい素直」
「ではティフォリア殿に本心を伝えても」
「アウトォォォォォ!!」
「はいツンデレ」
襟澤は察した。
「ロリコン…」
「違う!断じて!」
「少年、その『ろりこん』というのはどういう」
「強制送還~!!」
皇は無理やりケテルの手を取り、三人に非常に引きつった笑顔を振り撒いて襟澤宅を後にした。
しっかりと鍵を閉めてから、やっと本題に入る。
アルニカは既に鼎と対峙していた。
「ふぅ…綿貫さん、この人の居場所を読めない?」
「少し時間下さい。この戦ってるのって、ショッピングモールの」
「そう、あの向こう側に行きたいんだよね」
綿貫は画面に目を凝らした。
思考読取で視るものは断片的なイメージであり、全体を把握するには時間を要する。
実際に綿貫が読み取れたのは、鼎の居場所から見えるものだけであった。
「…」
非常口のランプ、白い壁、電灯
「壁…いや、天井。寝そべってるのか…?」
「ログインするのに寝る場所は限られるな。普通は座ってパソコンの前でログインするもん」
「研究所か病院、あとは大学もいくつか扱ってる所がある」
襟澤は話す間にも検索を進め、鼎の通う大学を調べあげた。
アルニカに伝えようとマイクのスイッチを入れた途端に、彼女が先に声を発した。
『クロちゃん!そっちはどう?』
「目星がついた。これから行く」
『っ!』
襟澤は画面の向こう側で顔を歪めるアルニカに、思わず席を立った。
両手で音叉を握りしめていたからである。
電脳世界では、血液は結晶となって散るようになっている。
アルニカの両手からは少量の結晶が散っていた。
「アルニカ!楽器ツールは?!」
『こんなに速くちゃ出せないわ、私は大丈夫だから早く……わっ?』
『黙りよし』
次の瞬間、部屋が真っ暗になってしまった。停電だった。
鼎が一帯の電気を落としてしまったのである。
襟澤は何度か声をかけたが、応答は無かった。
「アルニカ!」
* *
午後7時19分。
花柳大学のホームページに彼女はいた。
アルニカが前に降り立つと、落書きをしたかのような顔の仮面が笑った。
「来てくれはったんやねぇ」
「勿論よ、あなたを助けるために」
そう言って音叉を構えると、鼎はプラズマリングに電撃を走らせた。
「なぁ、美咲はん」
「!……私の事を、知ってるのね。きょん」
アルニカが美咲である、という事を知っている人もいる。
皇がそうであるように、美咲の母を知っている人物はアルニカについて知っていてもおかしくはない。
鼎梗香はアルニカの正体を知っているからこそ、誘き寄せたのだ。
「うちな、もう能力が寿命なんやて。そしたら医者が言うんよ、データ取りたいって」
「そんなの聞く必要ないじゃない!私が阻止するわ!」
「もう手遅れや、堪忍な」
電撃がアルニカに襲いかかり、ホームページに浮遊していたリンクやファイルなどのアイコンが貫かれ、跡形もなく破壊された。
彼女が楽器を出そうとすると、鼎は既に眼前にいた。
アルニカは発動させようとしたツールを戻し、襟澤に呼び掛けた。
「クロちゃん!そっちはどう?」
すると素早く返事が聞こえた。
『目星がついた。これから行く』
アルニカは咄嗟に音叉を盾にした。
鼎が手いっぱいのスパークをぶつけてきたのである。
「っ!!」
火傷していた手が痛み、歯を食い縛って音叉を握りしめた。
鼎を振り払うと、襟澤から楽器を出していない事を指摘された。
出している暇がない。
その間に間合いを詰められる、そして一撃が重い、まともに受けたら死ぬ。
「こんなに速くちゃ出せないわ、私は大丈夫だから早く……わっ?」
「黙りよし」
一瞬、そのよそ見をしていただけだった。
鼎は見えなかった。
それほどに眩しい閃光、その稲光はアルニカに直撃した。
轟音となった爆発は、ホームページの入り口を破壊した。
全ての電気を落とす程の衝撃は、アルニカを立たせる事は無かった。
ホームページから弾き飛ばされたアルニカは、頭と腹から血の結晶を溢れさせていた。
電脳亡霊の仮面を外した鼎は、赤い瞳を細めてアルニカの腹の傷口を踏みにじった。
「何を寝てはるん?今のは計測用や、もうこの仮面も嫌やったんよ」
「いっ…!」
「あらぁ?うちを助けてくれはるんやないのー?どないしたん?」
やっぱり子どもやね、と呟くと右手を挙げて電気を走らせた。
アルニカはその一撃を避ける力も無くなっていた。
受ければ存在自体が消されるのではないか、と思える威力に背筋を凍らせた。
そうして鼎が右手を下ろそうとした瞬間だった。
稲光の隙間から日本刀が鼎の鼻先を掠めた。
鼎は驚愕した。
周囲の電気を落とした時点で、誰もログインができないはずだったからである。
鼎が使用しているログインブースは、最初から非常用蓄電ラインに変更してあるため、ショートさせても問題なかった。
この事態になる事を知っているのはこのデータを測定している研究所のみのはず。
しかし、彼女は鼎を退けた。
藤色の髪が揺れ、アルニカの盾となるように立った。
「…何で、ここに」
「うちは最新鋭のお嬢様学園よ、甘く見ないで。椿乃峰学園生徒会、ウィステリア、今からあなたを逮捕するわ!」
ウィステリアは瀕死のアルニカを揺り起こすと、止血ツールを出した。
「アルニカも非常回線を使ってるのね、いい情報になったわ」
「?…あんさん、知らへんの?アルニカは生身やって」
「え…?」
理解しきるまでに数秒かかったが、血の気が引いた。
生身と考えると、彼女の傷が死に至る程のものだったからである。
「そんなわけないじゃない!電脳世界は端末がないとログインできないのよ?」
「アルニカは別や。母親の遺伝のお陰で継げたんやろうけど、まだ子どもやしね」
「母親?何を言ってるの?」
鼎は嗤った。
それはアルニカが決して語らない秘密。同じ衣装に身を包む彼女を継いでいる真実。
幼い頃に見ていたアルニカは、別人であるという事。
「その子の正体はなぁ…」
「黙れビリビリ病み子!!」
アルニカは大きく息をした。
血は止まらず、意識が遠退いていくのが分かる。
しかし、こんな所で倒れるわけにはいかない。
よろめきながら立ち上がると、咄嗟にウィステリアはそれを支えた。
しまった、何を支えているんだ。
「…こんな事もあろうかと、ダウンロードしてたのよ…見せてあげるわ!」
アルニカが右手を前に出すと、青いギターのアイコンが淡く輝いた。
光の束が駆け巡り、眩しさにウィステリアと鼎は目を瞑った。
なびくのは空色のポニーテール、しゃらりと揺れる星の髪飾り、浮遊するギターが自ら音を奏で、彼女が持つのはマイクひとつ。
キラキラ眩しく煌めいて、ハートを貫く残響を。
「アイドルドライブ!」