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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
107/110

第三楽章ー1:秘密裏の依頼

午後6時15分。

襟澤称の携帯電話が鳴った。

初期設定の黒電話が鳴り響き、襟澤は相手を見て青冷めた。

寮に戻る美咲の見送りに出ようとしていたところを中断し、二人で画面に注目する。

「か、要………!?」

「お誕生日おめでとう、かしらね」

「んなわけあるかい!ちょっと無理あるだろ!え、どうしよう、出るべきか?!」

「当たり前でしょ?!さっさと出なさいよ!」

「でも、俺殺され掛かったりしてるし」

「の割にはちゃっかり電話帳登録してるんじゃない」

美咲は通話ボタンを勝手に押した。

襟澤称は短い悲鳴の後、電話を耳に当てた。

「も、もし、も、も、し」

『誕生日おめでとう』

「はぁ?!」

「何て?」

「誕生日おめでとうっつった!冗談だろ?!ちょっ、一発殴って!これ夢なんだ!」

『誰か一緒?』

称は答える前に違和感に気付いた。

声色が低い。

何かあったのかもしれない。

「……何かあったのか?」

『誰が一緒?』

「美咲」

『………リア充デートかよ』

「違う」

『どこにいる?』

「家」

『この時間、家、二人きり……あぁ、そう。邪魔したね』

「違う違う!!で何?!まさか『誕生日おめでとう』で電話してくるわけないだろ」

すると要は暫く黙り込み、「あぁもう!!」と聞こえた後に一言吐き捨てた。

『今からリア充デートぶち壊しに行く!』

ガチャン。

美咲と称は沈黙し、同時に慌ただしく部屋を片付け始めた。

「クラッカーあるよ」

「何であるのよ!」

「馬鹿眼鏡が俺にぶちまけた余り」

「へぇ…」




午後6時41分。

襟澤要が押したインターホンに応え、彼が玄関に脚を踏み入れた。

その瞬間、美咲と称はクラッカーを鳴らした。

『お誕生日おめで』

「本当リア充爆散しろ!!そんな事してる場合じゃないんだよ!!」

要は扉の鍵を素早く閉め、二人の袖を掴んでリビングへ連行した。

ソファーに腰掛けると、素早く本題を述べた。

「電脳亡霊の仮面アイコンは知ってるよね?」

『はい』

「それ、研究所からの命令で第二スキル計画の被験者がやってるんだ」

『へぇ』

「でその被験者が今日死ぬ気なんだよ」

『は?!』

要は頭を抱え、その名を口にした。

「被験者は鼎梗香、第二スキル実験の失敗作で、強化計画に回された。そこで本来の能力を無理矢理に強化されて、寿命が尽きようとしてる」

「私、ずっとその人を探してたのよ!今どこに?すぐに助けなきゃ」

「どうしたら助けられる!寿命は変えられない!」

「どうにかして欲しくてここに来たんでしょ?」

称は何ら表情を変えず、美咲に目配せした。

美咲が頷くと、オルゴールを取り出した。

「自分の立場じゃ出来ないだろうからな」

「……ムカつく」

称がパソコンを取りに行こうとすると、インターホンが鳴った。

相手を液晶で確認し、扉を開けた。

「はろ~ん☆美咲たんとイチャコラしてんのを茶化しに来たよぅ?」

「帰れ今忙しい」

来客は皇とティフォリアだった。

「えぇ?!い、忙しいって」

皇はすぐに殴られた。

「こ、こんにちは?」

「リーアちゃん、こんばんはだよぅ?」

「こんばんは!」

勝手にリビングに突入した皇とティフォリアは、要を見て挨拶をした。

「おやぁ?帰宅?」

「違う。てか誰この人」

「俺~?皇だよ?いのりんって呼んで?」

要は自分のことを知られているのでは、という不安で思わず称を見たが、彼は何ら慌てることも無く美咲にUSBメモリを渡していた。

視線に気付いた二人は、皇が勝手に冷蔵庫を物色する様を目撃した。

「あのね、この人は何でも知ってるから気にしないで」

「いだだっ!髪は貴重な資源だから引っ張んないで~!!」

「ティフォリアちゃん?お菓子でも食べる?」

「はい!いただきますわ!」

ティフォリアがお菓子に夢中になっている間に、面々はテーブルを囲んだ。

「事態は一刻を争うかもしれないわ」

「だろうね~☆」

「知ってたから来たんでしょ?でどうしたら良いかも知ってる。記念すべき誕生日に遭いたくない奴に会ったからおかしいなとは思ってたもん」

もぐもぐ。

「鼎梗香、女子大生でモデルとかハイスペックだな。スキル強化計画の被験者かつ成功例で、初期は電波のみを扱えたが、強化により磁波も扱えるようになった。電脳世界では電磁波をプラズマリングに抑制させないと入れないくらいの能力のデカさ。現実世界でもなにかで抑制させてるだろうが、そこまではわかんないな。アクセサリーかもしれないし」

「それほどの能力なら、花柳中のネットワークをジャックすることも」

と美咲が聞くと、称は頷いた。

「可能だろうな。研究所はとんでもない化け物を作っちまったってところだな。やろうと思えば、一人で花柳の通信網を潰せる」

急に深刻な話になったため、美咲は息をのんだ。

プラズマリング。

ショッピングモールにいたジュリもどきは鼎梗香だ。

アイコンを守るのが精一杯だった彼女を、止めなければならないという事はすぐにわかった。

と視線を落とし、ふと思い出した。


『地球が滅亡した時の自殺方法について』


「花柳を……滅亡させた後の自分の始末について」

「え?何?」

そうか、と理解した。

鼎梗香は、山吹病院で答えを言っていた。

花柳を壊滅状態にし、自分の能力を全て放出し、値を実験前に戻す。

過剰に使うことで薄れる人工強化を電脳世界を利用して放出している。

ただ、独りで放出し続けるのは難しく、相手さえいれば出し惜しみする必要がないために、アルニカに対して能力を大盤振る舞いした。

「人工強化された能力って、使い切るとどうなるの?」

その問いには皇が答えた。

一心不乱にお菓子を頬張るティフォリアの頭を軽く叩いてから。

「彼女のレベルだと、天然と人工強化の境界線ははっきりとつけられないなぁ~☆もし、電脳世界で使い切ることがあれば、本体は脳死あるいは死亡って所かなぁ?」

「………………止めないと」

答えは聞かずとも、美咲の表情で読み取った襟澤は、パソコンで違う画面を起動した。

「おい、外は意外と大変な事になってるらしい」

襟澤はパソコン画面にニュース速報を出していた。


『日本、電脳世界にアクセス障害』

『アメリカ、イギリス、他数ヵ国で電気製品等に異常発生』


「原因は一緒だな」

「どういうこと?」

襟澤はカーテンを開け、暗がりの空を見た。

「鼎梗香の能力が尽き始めてるんだろうな。量が膨大すぎて現実世界にも影響が出てる」

アクセス障害も、電磁波を操るなら電気系統のものを故障させる事もできる。

しかし規模が大きすぎる。

「まだ電脳世界にいるかも。アクセス障害が出てるなら」

「鼎ちゃんは噂通りのスーパー電磁波使いだよ~、俺には敵わないかもしれないけど花柳からしたらラスボス感覚で挑みたい所だねぇ☆」

「皇さん、そんなにお強いんですか?」

「やだなぁ!俺には俺の倒し方があるってだけだよぅ☆美咲たんの参考にはなれないかなぁ」

もぐもぐ。

「とにかく能力を使い切らせるわけにはいかない。その前に止めないと…」

「私がボコボコにすれば良いんじゃないの?」

「時間稼いでよ。その間に本人を見つけ出して、実験で増やされた許容量を戻す」

「そんな事できるのか?」

もぐもぐ。

「アテがある。美咲、電話してここに呼べる?」

「任せて」

美咲が廊下に出て行くと、称は彼女の背を目で追った。

自然とそれは手負いを隠す手袋へと向いてしまう。

「心配?」

皇の問いかけに、称は短く肯定した。

「…でも言ったって休んでくれない」

「じゃあ、早く解決できるようにしないとねぇ☆さて、あまり長居しても疑われちゃうよぅ?要ちゃんは戻ったら?結果は見てれば分かるだろ?」

要が殲滅部隊にいる以上、他の部署が進めている計画を邪魔するわけにはいかない。

準備を終えた美咲は、皇とティフォリアとともに襟澤宅を後にした。

この状況で置いていくの?この面子にしないでよ!という襟澤の悲鳴は敢えて無視した。

しん、と静まり返る襟澤兄弟。

称がガタガタと震えている様を見て、要は玄関扉に手を掛けた。

「じゃあね」

「…あの、その、た、た」

「この一件さえ無ければ殺してるのに、お前は僕を祝うのか?」

ひやりと背筋が凍った。

家族に恐怖してしまうなんて、普通ならあり得ない事だろう。

しかし、それを抱いてしまうほどの過去が蘇る。

「…でも、誕生日は別だと思う」

「あっそう」

そう呟くと、要は称を壁に叩きつけた。

襟首を掴まれ、頭がぐらつく程の衝撃に、視界がチカチカと点滅した。

首の圧迫感は自分には縁遠い『窒息』を思わせた。

しかし

「それはやめておいた方が良い」

?!

他に誰もいないはずの襟澤宅で、どこからともなく声が響いた。

笑みを含んだ男の声は、黒い霧となって二人の前に現れた。

「あの少年、おっと、皇殿から留守を頼まれているからね。その子に手出しをするなら例え血縁でも殺して良いと言いつけられている。理由もわからず殺されるなんて、嫌じゃあないかい?」

「理由を教えてくれるのか?」

要は咄嗟に右手にスパークを纏わせ、黒い霧に向かって構えた。

しかし声は、自分は理由までは聞いていないと答えた。

自分も理由もわからず人を殺すのは嫌らしい。

「だって、王命でもないんだよ?面倒じゃあないか。だからここは穏便に帰し給え、それとも我輩に殺されてみたいかい?」

緊迫した玄関で、称は要の前に立った。

留守を頼まれている理由を知りたい、何故自分が守られようとしているのかを知りたい、そして目の前にいる姿なき彼が何者なのかを知りたい。

それを聞くには、要を穏便に帰さなければならない。

そう考えていると、黒い霧はクスクスと笑った。

「君は皇殿によく似て心の声が多いのだね。どうせ我輩も暇なのだ、どんと訊ねてくれ給え。差し障りない程度には答えよう」

「じゃあ、まず要を無傷で帰らせる。あとは作業しながら根掘り葉掘り聞くよ」

称は要に目配せをし、結果は自分で見るよう言うと、彼は静かに部屋を後にした。

残された黒い霧はその場で形を変え、黒い蛇腹状の裾をしたローブに身を包む白い仮面の男が現れた。

一般的な見た目として男と判断できるものは何一つ見えないが、長身すぎる事と声の低さで判断した。

称としても恐怖感がないと言えば嘘になる。

こうも得たいの知れない人物は、顔まで見えないと怖いものである。

しかし、皇が残していった人物なのだから、信頼できるはずだ。

「…何で俺を守るように言われたの?」

「君が彼にとって大事な子だからさ。理由は本人が勇気を出すまで聞かないでやっておくれよ、あれでも人一倍に臆病なんだ」

「よくご存知なんだ」

「当然だよ、我輩は彼の対を担う神様なんだからね!あっっの小賢しい少年も光栄に思い給えよ!この我輩が盾である限り、絶対に折られないのだから!」

何故かプンスカと怒りだしたローブ姿の神様とやらは、外の気配を察知して両手を振った。

真っ黒の手指は異常なまでに細く、人間ではない事は一目瞭然だった。

「ふむ、それでは我輩は遠ぉーーーくから警備するとしようか。何、君が少しでも痛みを感知した場合、一秒後に相手の心臓を破裂させてあげるから心配無用だよ」

あっはっは!と笑い声をあげる神様に称は背筋を凍らせた。

少しでも怪我をしたら誰かが一秒後に殺されるなんて、そんな能力があるわけない。

絶対に怪我なんかできない。

「あぁ、そうだ、人間は名前が無いと親しみにくい生き物だったね。我輩の名はケテル、それが今の名だ。またいつか変わるかもしれないが、その頃には君も死んでいるだろう。最後に一つだけ、君に質問させてあげよう。皇殿についてなら」

称は考えた。

人差し指を唇にあて、導き出したのは

「対なんだよね、あなたにとってはどんな人なの?」

ケテルは暫く沈黙し、クスクスと笑ってから応えた。

「核心をあえて訊かないね?」

「それは本人から聞かないとフェアじゃないからね」

「よく似ているね、だから大事なんだろう。よし、答えてあげよう!」

そして黒いローブは霧に戻り、声だけが落ちてきた。

背後でインターホンが鳴り、美咲が呼んだ人物の到着を告げる。


『まだまだ頼りない剣だよ。でも背を預けるに値する。一つ望むなら、今まで苦しんでいる分、相応以上の幸福を。彼はあれでも、人一倍に泣き虫だからね』





     *    *





「リアちゃん、雨の日って嫌だねぇ☆」

「わたくしは嫌いではありませんわ!雨の音はステキですの!」

午後6時58分。

皇とティフォリアは相合い傘をしながら人気のない公園を目指していた。

後ろから着いてきた美咲は、何故そんな場所を目指しているのかを知らなかった。

公園に入り、大きな水溜まりを前に足を止めると、皇は傘を閉じた。

「それじゃ、とっても大事な日に雨が降ってたら?」

「まぁ、それは決まってましてよ?」

ティフォリアは水溜まりを躊躇いなく踏み、中心で大きく右手を一振りした。

「払うまで、ですわ」

その一振りで、何の前触れなく雨が止んだ。

止んだ、というより消えた、が正しい表現だ。

夜空には雲一つ無く、月がとても良く見えた。

愕然とする美咲に、皇が笑んだ。

ティフォリアが彼の後ろに隠れ、そっと二人の表情を窺った。

その理由には、美咲が目を真ん丸にして驚いていた。

彼女の耳の位置から青いヒレのようなものと、指先に僅かなウロコが煌めいていたからである。

皇は黒いレースのヴェールを被せてやり、空を見上げた。

「ここまで湿気を無くせば、勝ち目あるかもよ?」

「ありがとう、ございます………でも、どうやって?」

すると皇は開いた鉄扇で口元を隠した。

「能力じゃないねぇ☆因みに俺が使ってるのも実際は能力じゃない。君らのそれと違って、使えなくなっても死なないし、使い熟すのには割と苦労するんだよぅ☆」

「苦労、ですか?」

「リアちゃ…リーアちゃんは制御するのが難しいけど、声が嗄れない限りは戦えるし」

「シオン、リアに戻っていますわ」

あわわ、と慌てた素振りで誤魔化す皇をティフォリアがつついた。

どうやら普段はリアと呼んでいるらしい。

わざわざ伸ばして呼んでいたのはカモフラージュのためだろうか?

美咲が推測していると、話を途切れさせないために質問した。

「皇さんは制御が簡単なんですか?能力は使いすぎとかで注意が必要ですけど」

皇がにんまりして答える。

美咲が必ず襟澤に話すと分かっているからだ。

「俺はただの人間さ、能力者でもないし、特別なほら…映画みたいなパワーもないし?」

「でもお強いと聞きました。それに能力だって」

「それは皆が弱いからじゃない?俺はこれでも心身共に割れ物だよぅ☆あぁ、でも能力は避けられないかぁ…じゃあ、マジカル~って事にしとこうか!みんなマジカル~っで倒してまぁす☆」

今までこの人に倒された人達全員の怨みを買った。

皇は自分の秘密は教える気が無いらしく、話題をそらした。

「……何話してんだか。そうそう、美咲たんに良いものあげるよぅ☆」

皇は一枚のメモ用紙を美咲に差しだした。

何やら電話番号が書かれている。

特に海外のものでもなさそうだ。

「誰の番号ですか?」

「これから先、さっき見たような現実的にあり得ない能力に出会したり、それによって事件が起こった場合の通報先。状況を説明するだけで解決法を答えてくれる恩師だよ?困ったら電話してみなよ☆イタ電も喜ぶかもよ?」

「せめて名前が分からないと、電話しにくいですけど…」

「大丈夫~!でもそんなに呼びたいなら…“魔法使いさん”で☆」

そう言い残し、皇とティフォリアは去っていった。

一人残された美咲は、跡形もない雨の水溜まりを見下ろしながら、メモをポケットにしまった。

「通報…あの人の仕事って結局なんなのかしら」

そう疑問をこぼしながら、オルゴールを鳴らした。

その先はすっかり雨の晴れた夜の電脳、暗雲を纏う遠雷が響く。

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