第二楽章-2:波乱の誕生日
「お前のために昼ご飯と特別に晩ご飯まで作ってあげるわよ!」
美咲は制服の袖を捲り、台所に入った。
「何してんの!」
「一日三食シリアルバーなんて食べてるから痩せてんのよ!そんなもので平均栄養とってないで、脂っこいもの食べなさい!」
「本当にお母さんか!別に三食シリアルバーなんて」
「食べてるでしょ?」
「食べてます」
美咲はテキパキと炊飯器から釜を出し、米櫃を自力で見つけた。
「食べ盛りな年頃でしょ?二合くらい食べれるわよね?ま、私も食べるし大丈夫でしょうけど」
「あんたも食べるの?」
「酷い人ね!作るだけ作って帰るなんてお断りよ!絶対美味しいから」
「自信ありすぎ」
美咲は釜に入った二合の無洗米を軽く水にさらしてから炊飯器に戻してスイッチを押した。
「待ってて。買ってくるから」
「一人で怪我人に買い物行かせるほど非常識だと思うの?」
二人はスーパーに出かけた。
外に出ると、美咲は駐輪場に襟澤の自転車を発見した。
「……皇さんは乗ったのよね」
「え?皇が何?」
皇祷、最近起こった音波による事件で襟澤が出会した情報屋である。
元よりチャットの友人で、現実世界での遭遇によって恐ろしい人だと分かってしまった。
「……自転車?」
三分後、美咲は襟澤の自転車の荷台に座り、風を切っていた。
人の誕生日に本人の自転車に乗せて貰うのは気が引けたのだが、襟澤は何故か快諾したため実現した。
スーパーに早々着いた二人は、出来る限り遭遇したくなかった人物と鉢合わせした。
彼は二人を見るなりニヤニヤと口角を上げ、楽しげに開口一番。
「おめでと、エリザベス☆」
「次にその名前呼んだらチャット無視する」
「こんにちは、皇さん」
財布を片手にスーパーに降臨していたのは皇祷、その後ろから彼を盾にするかのように覗いてくる空色の髪の少女。
ふわふわの長い髪に海を思わせる瞳は美しく、肌も日焼けを知らない白さだ。
皇を見上げて話すのは英語で、皇もそれに英語で返していた。
「隠し子?」
「んな馬鹿な。まぁ、仲間って所かな?今日はお買い物と日本語の練習~☆」
皇が少女に促すと、そっと彼の隣に立った。
「…………コ、コンニ、チハ?」
「こんにちは、私はミサキよ」
美咲は声を小さめにしながら自己紹介した。
少女は華やかに笑い、美咲の手を握った。
「ミサキさん!ワタクシ、は…?」
と皇を見上げる。
「……リーア」
「ティフォリア、ですの!」
美咲と襟澤は皇に疑いの眼差し。
この子、言わされてないか?
すると皇は苦笑した。
「本名は仲間のみぞ知る所なんでね」
「じゃあ、あんたは知ってんだね」
「激カワな本名ね☆俺も実は本名カワイイんだよぅ?」
「はい!シ……モゴモゴ」
皇が素早く少女の口を塞ぎ、笑顔を引き攣らせた。
「本名言ったら煮詰めて今日のディナーにするからねぇ?」
「モゴモゴモゴモゴ!」
「あ、ごめん。俺の本名とか教えてないんだから知るわけ無いよね~?」
手を放して貰ったティフォリアが口を尖らせた。
この人の仲間にはなりたくない、そう思った。
「あぁ、そうそう!この間出た仮面の女の子アイコンさぁ」
「?!」
「……知りたい?」
本日は襟澤の誕生日である。
そして現在の皇の笑みを見ると、美咲と二人きりであることまでお見通しである。
「そっか、美咲ちゃんとイチャイチャしたいもんねぇ?仕方ないねぇ!聞けないねぇ?!」
「イチャ……!健全な誕生日に何て事言うのコイツは!」
「そうですよ!ただご飯のおかずを買いに来ただけだし」
「ほう?二人で仲良くお昼ご飯?もしかして夜まで二人っきりで……」
「寿命を今にしたいのかあんたは」
「それは嫌かも~☆」
そう言うと、ティフォリアが円い瞳を襟澤に向けた。
「……シオン、この人は敵?」
「いや?本気にしないでね☆それに俺が誰かにボコボコにされたことある?」
「…」
「無いって言ってよ!!」
「でもジャングルで」
「はいはい!!じゃあヒント教えてあげるよぅ!?」
と皇はティフォリアの隣に屈んだ。
「リーアちゃん?!もし自分がすっごい危険な力を持っちゃって、自分でどうにも出来なくなったらどうする?」
ティフォリアは人差し指を立ててにっこりと笑った。
「シオンに助けてもらいますの!」
「ここではイノリね。じゃあじゃあ、俺がそれに気付かなかったら?」
「どうにかして気付いて貰えるようにしますの!その力を使ってキケンって思って貰いますのよ!」
「うんうん、これ最後の問題ね~☆もし俺に、それが自分だってバレたくなかったらどうする?」
ティフォリアは首を捻ったが、ひらめいたように手を叩いた。
「変装しますの!違うお洋服を着て、髪を切ったりして………仮面をつければカンペキですのよ!」
皇はティフォリアの頭を撫で、ちらと二人を見上げた。
先日に現れた仮面のアイコンが、もし自分の力を危険視していたら。
それを止めてもらうために、騒動を起こしたのだとしたら。
「ま、俺はリーアちゃんがどんな変装しても分かるだろうけどねぇ?下手だろうから」
「ぷくぅ」
「さぁてお二人さん、今のでだいたい分かったかなぁ?」
美咲と襟澤は何度か頷き、新たな疑問にぶつかった。
仮面を着ける理由がアルニカにバレたくなかったとすると、彼女が何者であるかを知っている可能性が出てくる。
美咲歩海を知っている人物ということだ。
「私の正体を知ってる人なんてそんなにいないはずなんだけど…」
「俺とそいつと二丁銃と……綿貫さん、あとは……要?」
「すごい絞られるけど誰も暴走しそうにないわ」
「うん、その中にはいないね」
二人は立ち上がった皇を睨んだ。
「知ってんのか」
「俺、知らないこと無いから。良いかい?美咲ちゃんの事を知ってるのが君達が知ってる人だけじゃないってのも理解しといた方が良いよぅ☆だって、君のお母さんの事を知ってる人にとってアルニカは『依り代』であって、その系譜に連なる者のみが扱えるって事を知ってるんだからね?」
「……あなたは母について知ってるんですか?」
「まぁね、君のお父さんも。襟澤ちゃんのお父さん、お母さんもみんな知ってる。アルニカがどうして出来たかも、誰が考えて誰が作ったかも知ってる。初めて救ったのが誰かもね」
皇の表情は憂いを秘め、少しばかり苦笑すると普段通りにおちゃらけた。
「さ、俺はリーアちゃんとデートの最中だからお暇するよぅ!それじゃ、これプレゼントね!お誕生日おめでと☆」
と襟澤にファンシーなピンク色のUSBメモリを渡した。
皇は二人の返事を待たずにティフォリアの手を引き、スーパーの人混みへと消えていった。
残された美咲と襟澤は「その情報はさぞ高いのだろう」と聞き出すことを諦めた。
* *
午後0時31分。
帰りに雨が降り出しそうな中、二人は帰ってきた。
台所に戻った美咲はすぐにゴム手袋をし、醤油と料理酒と生姜を混ぜた液体に豚肉を漬けた。
ラップをし、簡単すぎる下拵えを終えた。
「あとは焼くだけ!」
「簡単だな」
「これくらい作れたほうがいいわよ?野菜も買ったしバランスも文句なしね。クマもなくなるかもよ?」
「なんか色々とごめんな」
「お前の誕生日でしょ?何でも言って」
二人はリビングに戻り、お昼ご飯に買ったベーカリーのパンを食べた。
インスタントコーヒーは常備されていたため、二人でそれを飲みながら談笑した。
「じゃ、仮面の女について調べますかね」
「いいわよ。ついでにプログラミングしてるやつも見たいわね。無駄なものじゃないんでしょ?」
「お、聞いちゃいます?まぁ見て驚きなよ。傑作だからね」
襟澤は美咲を部屋に入れ、扉を開けたままパソコンのファイルを開いた。
美咲が電気をつけ、画面を見た。
三次元体の女の子のアイコンが映し出されている。
空色のポニーテール、星の髪飾り、ワイシャツ襟のインナーにセーラー服の袖口、胸丈ほどしかないジャケット、腰には黒いベルトがゆったりとかけられ、サテン地の細かいプリーツスカート。
星のついたチェーンがかけられ、超ミニスカートがきらめく。
ロングブーツにも星のアクセントがつき、アイドルのような衣装となっていた。
美咲は画面に釘付けになった。
「ほら、あんたよくダウンしたりするだろ?これなら俺が寮まで運べるから」
「………可愛い」
襟澤はメモリースティックを静かに取り、パソコンに読み込ませた。
中のファイルを見るなり、大きくため息を吐いた。
「…あいつ絶対に俺のパソコン見てる、絶対に見てる!……あんた特殊だからできるかわかんないけど。着れるかもよ?これ」
「着れる?!」
襟澤は楽しそうにプログラミングの仕上げをした。
「あとは戦闘時までお楽しみ」
「すっごく楽しみ!ウィルス出ないかしら」
「正義のヒロインが何言ってんのさ」
「そういえば、前に来た時は風邪引いてたからお部屋とかあまり見てないのよね」
「……え、気になるの?」
「マンションって意外と狭いのね!なんだか楽しいわ」
お嬢様きたーーーーー。
美咲組本家の娘である彼女にとって、マンションの一室は非常に興味深かったようである。
「他のお部屋はどうなってるのかしら」
「ちょっ」
美咲は部屋を出て行き、まずは洗面台に突入、直後に声のボリュームは一気に下がった。
襟澤も「げ」と苦笑する。
「おい」
「はい!何でしょーか」
「何日分よ、この洗濯物は」
「4」
洗濯機の中にはとても一日分とは思えない洗濯物が入っていた。
それもぐちゃぐちゃと。
しかも4日分。
美咲は早速ラックにあった洗剤を入れ、洗濯機を起動した。
「……まさか他の部屋は巣窟です、とか言わないでよね?」
「そそそそそそんな事は……あっ!」
美咲は次の部屋を目指した。
襟澤の部屋の隣が閉まっていたので、ドアノブに手をかけようとした。
しかし、間を割って襟澤が扉の盾となった。
大いに焦っており、拡げた両手は僅かに震えていた。
美咲は心音の異常な速さに、この先に見られたくないものがあると覚った。
それも、ふざけたものではない。
「……ここだけは駄目」
美咲が感じ取ったものは、怯えだった。
「分かったわ、こっちこそ勝手にごめんなさい」
「…悪いのはあんたじゃない。ただ、これはちょっと黙示録っていうか」
「……要さんの部屋?」
襟澤は首を横に振った。
「ここに住んだのは要を殺してから。その、理由がこの先…………………ねぇ、美咲」
襟澤は沈黙の中で必死に選択した。
美咲は言葉を待っている。
静まること三分、襟澤はポケットから小さな鍵を取った。
「…あの、この先を見ても、クロとしてだけでも、また会ってくれる?」
「当たり前じゃないの。会って良いなら、襟澤としても何度でも会うわ。パートナーですもの」
「………本当に?」
「無理して見せなくても良いわよ、思い出したくないから鍵をかけたんじゃないの?」
「人に秘密話すとスッキリするとか言うじゃん。せっかく人といられる珍しい誕生日だし、俺の犯行動機みたいなのを一人でも知ってくれれば、少しスッキリするかも」
襟澤称は何故、襟澤要を殺すことになったのか。
何故、襟澤要が襟澤称を殺そうとしているのか。
その答えの鍵を、開けた。
襟澤は扉を開け、埃臭い部屋に入った。
美咲は中を見て立ち尽くした。
窓の無い部屋に明かりが点くと、そこは大量のノートが差された本棚がいくつもあった。
青い絨毯には黒い染みが点在し、奥でナイフが錆びていた。
「ここは俺が日記を書く部屋だった。この能力のせいで要は狂ったし、俺はそれが恐くて受け入れるしかなかった。昔話するの得意じゃないけど……聞いてよ」
襟澤は隅のデスクに座り、椅子を美咲に譲った。
美咲が座ると、彼は語りだした。
それは幼さ故の興味、そして狂気。
* *
要と称、二人はとっても似た双子。
顔も背丈も声も似ている。
でも違うところが一つだけ。
「ねぇ、どうして僕はトクベツじゃないんだろうね」
「俺もトクベツなわけじゃないよ」
「トクベツだよ、僕がそう決めた」
片方はもう片方を、秘密裏に傷つけ始めた。
彼の能力を知っているからこそ、傷は深くなった。
手に持つ包丁は彼の身体を切り裂き、紐があれば彼の手や首を縊った。
それでも彼は死ななかった。
すぐに傷は元通り。
だから何度も繰り返した。
何をしても死なない片割れ。
それは奇怪で、畏怖すべきもので、血を分けた兄弟であるために、片方はもう片方を殺そうとした。
「ねぇ、知ってる?双子って元々は一つが分かれて生まれるんだって。そうすると、僕らは二人で一人だよね?なら……僕はお前が大好きだ。そう、その顔。かわいいなぁ…………そのまま死んでよ、大好きなまま、一人に戻ろうよ」
『お前、化け物なんだから』
言葉はナイフよりも刺さった。
血を分けた片割れに毎日殺され、元通りになる。
その度に抱きしめられ、好意を並べられる。
彼はその好意に恐怖していた。
例え化け物だとしても、痛みを感じる。
一度分かれたものは一つにはなれない。