第一楽章-2:意外なアクシデント
午前11時時53分。
美咲と綿貫は静かな屋上で立ち尽くしていた。
「……………な、何、その袖」
「……これは、その、そこら辺でケガしちゃって」
「嘘だ」
綿貫は真っ青のまま声を震わせた。
美咲はまさか、と考えた。
自分が庄司と話す事を、綿貫は思考読取した。
もし能力の余韻を残したままアルニカを見たら、アルニカの思考を読み取ることができる。
そして綿貫は読み取った。
この場所を。
「…だって…アルニカが……え、じゃ何で…」
美咲は目を閉じた。
「アルニカを視たの?」
「………」
綿貫は頷いた。
美咲は諦めた。
嘘はつけない。
いつかに思った。
もし、友達が自分の正体を知ったら、離れていってしまうのではないか。
こんなに早く実現するとは思わなかった。
「ちゃんと説明するから、今はカーディガン貸して」
「わ、わかった」
戸惑いながら、綿貫は美咲に紺色のカーディガンを貸した。
ふと美咲の携帯電話が鳴り、綿貫に持って貰いながら電話に出た。
「もしもし」
『そのまま帰りな。少なくとも怪我してるんだろ?』
「クロちゃん」
『二丁銃は追い払っとくから。でも綿貫さんがどっか行っちゃって。近くにいるかもしれないから』
「今目の前よ」
沈黙した。
『………話すのか?』
「仕方ないわ。お前の事も話すことになるかも」
『別に良いよ、すっごい天才だって言っといて』
「はいはい」
すると電話は切れ、綿貫が画面を閉じた。
「…綿貫、一度帰るわ」
「わかった」
二人はショッピングモールを後にし、寮へと向かった。
終始、話すことはなく、黙ったまま歩き続けた。
* *
午後1時。
一度寮で着替えをした美咲は、綿貫とともにまた外出した。
火傷には包帯をぐるぐる巻きし、なんとか痛みにも耐えた。
人がまばらなレトロ風のカフェで、木製のティーテーブルを囲って二人は座った。
「今日はごめんなさいね」
「いや、それよりケガは?」
「これくらい日常茶飯事よ。さて…………菜穂、これから言うことは、絶対に極秘事項だから」
まさか、自分からアルニカ三原則を破る日が来るとは。
美咲は深呼吸し、小声で言った。
「菜穂が能力で視たものは、間違ってない。私は、アルニカよ」
綿貫が目を丸くしている。
信じられるわけがない。
花柳を救う正義のヒロインが、高校生だなんて。
鋼鉄の音姫が、アルニカだなんて。
知ったらきっと、離れていく。
友達ではいられない。
事実を隠していた。
嘘をついていた。
そんな友達を、誰が信じるんだ。
「……もちろん急に言われて信じろなんて言わないわ。何年も前からいるアルニカがこんなだなんて、嘘っぱちにしか聞こえないもの。先代は母がやってて………私にオルゴールを託して死んだ。中学に入ってから、母を継ぐことにしたの。ショックもあったし、その………歩遊にもバレてないから」
美咲はたどたどしく説明し、綿貫はそれを黙って聞いていた。
一度、顔を両手で覆い隠し、握りしめた。
「私の近くには、いない方がいい。今更かもしれないけど、状況は本当に激化してるから、殺されかねないの。だから」
「アルニカは花柳のヒロインだ」
綿貫の言葉に、美咲が視線を上げた。
「アルニカは強くて、綺麗で、誰もが憧れる。あたしにとっても同じ憧れだ………もし、その憧れが、現実世界の憧れと同じ人だったなら、あたしは、あんたを更に尊敬する」
綿貫は美咲の包帯で巻かれた手を握った。
「友達だろ?嘘が下手なのはわかってるよ。今のが全部、本当ってこともわかった。あたしはあんたの護衛でもあるんだから、色々と教えといて。護りたくても護れねぇよ」
「ゎ…ゎだ………」
綿貫がハンカチを手渡し、美咲は目に溜まった涙を吸い込ませた。
「あたし和田じゃないからね」
「わがっでるよ?」
その後、美咲は自分の周りの人間について説明した。
椿祭に来た襟澤がパートナーであること。
自分の父親が兵器の研究をしており、箕輪なぎさはその直属の能力者殲滅部隊にいること。
応力発散こと黎が自分の能力をベースに作られた能力者であること。
霧島佳乃が夏に噂になった能力喰いであり、現在は名を変えて外国にいること。
そして彼女を救って亡くなったアリシア・フリーデンのこと。
庄司龍一郎が第二スキル保持者で、その計画の研究員でもあること。
話すことは山ほどあった。
三時間ほど話し込んだ二人は、寒い夜空の下で人混みを歩き出した。
「聞けてよかったな。秘密」
「そう?私は菜穂の夢壊したようですごく申し訳ないんだけど」
「んなこと無いって!むしろ嬉しいよ、本当に友達になれた感じがする」
「…ありがとう。いつ友達じゃなくなるのか、不安だったから」
綿貫に背を叩かれ、美咲はやっと笑った。
寮の前で二人は別れ、部屋に戻った美咲は仰天した。
大きな窓は少しだけ開いており、ソファーの上に小さめの紙袋と置き手紙が置いてあった。
『美咲歩海へ、プレゼントは本人にはバレてないぞ。事件について言いそびれた事は後ほどメールする。このアドレスにメールしろ』
と下にアドレスが記されていた。
美咲はそれを携帯電話に打ち込み、電話帳に保存した。
そして電話をかけた。
もちろん、パートナーに。
長い呼び出し音の後、低い声が電話に出た。
「なぁーにぃー?」
「あ、あの、もしもし?襟澤?」
「聞いて聞いてー。俺今フィーバー中でさ。プログラミングがうまくいき過ぎてんだよね、ナウですよ」
「お邪魔だったみたいね」
「待った待った!電話の方が大事だから!」
襟澤称は美咲の終話ボタンへの人差し指を声で止め、会話に戻った。
「怪我は?大丈夫なの?」
「勿論!軽症よ!」
「なら良いけど。綿貫さん、どうだった?」
「……信じてくれたわ」
「良かったな」
「あの…………明日、少し時間ある?」
「明日?このままプログラミング続けてるから、超忙しいけど」
超忙しい?
プログラミング続けてる?
美咲は耳を疑った。
「……えっと、明日って………」
「え?明日なんかあったっけ?」
こいつ!!と美咲は携帯電話をミシミシといわせた。
「もしもし?ちょっと?」
「豆腐の角に脳天ぶつけてろバカヤロ!一生やってろバァァカ!」
美咲は電話を切った。
ここまで馬鹿とは思わなかった。
自分の誕生日をまるっきり忘れている。
明日同い年になる奴とは思えない。
すぐに電話がかかってきたが、出なかった。
そしてそのまま就寝。
こんなオチでたまるか!
どうにかしてやるんだから!