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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
100/110

~間奏~

それは庄司龍一郎が街中である広告貼り紙を見上げていた時の事。

そこはCDショップで、『宮園あおい』として再出発したアルバムの発売記念ポスターが貼られていた。

生き生きとした笑顔でギターを手にポーズを取る彼女に、庄司は目を留めたのだ。

「はぁ…」

「あ、気になります?気になりますよね、わかります」

「?!」

庄司は心臓を跳ねさせ、真隣に立つ男子学生に向いた。

するとそれはよく見覚えのある人物だった。

「貴様!!クソ猫!!」

「公衆の面前で煩くしないでよ、目立つじゃん」

それは襟澤称であった。

チョコレート味のシリアルバーをくわえ、モゴモゴと手を使わずに器用に食べていた。

「せめて手使って食えよ」

「言われる筋合いゼロ」

沈黙。

やがて、襟澤はポスターを見上げて呟いた。

「良かったね、お姉さん」

庄司龍一郎には姉がいた。

幼い頃に、離婚によって離れ離れになった。

姉はその行方を知らないが、弟は知っている。

姉の名は宮園葵。

このポスターの彼女である。

「………美咲歩海は姉に会え、と言った。今更どの面下げて会えば良いかわからん」

「少し口角上げると良いよ」

「誰が表情の話したんだよ」

「だってどの面って」

「話しててイライラする奴だな」

「俺に蹴り入れた奴」

「根に持つな」

「相手が生きてるなら、ちゃんと会った方が良いよ」

庄司は目を丸くし、目を逸らした襟澤に聞き返した。

すると、彼はボソボソと語った。

「伝えたい事を伝えられるうちに」

「…貴様は」

つっかえかけた返事をする前に、襟澤の背後で眼鏡をかけた男子学生が声を掛けてきた。

「見つけたぞ、問題児」

「!!」

襟澤は血相を変え、即刻振り返った。

舌打ちをした。

「ちっ、見つかったか!」

「先輩に舌打ちしない!」

「あんたがパトロールなんて無駄なものに連れ回すからだ!そんな事しなくても俺はパソコン一個で全マップ見れるんですー」

「実際に見た方が良いの!」

「無駄の塊。その曇った眼鏡ちゃんと拭けば?」

その間にも、先輩は襟澤の制服の後ろ襟を掴み、庄司にぺこぺこと頭を下げた。

右腕の生徒会の腕章を見て、庄司は深々と一礼した。

「お疲れ様です」

「いやいや、こっちこそごめんね?うちの子が」

「うちの子?!」

「兄貴分だからね。花柳第二生徒会、秋津だよ。よろしくね」

「兄貴分らしいこと一切してない。ただの近視眼鏡」

と襟澤が言うと、先輩は少し後ろ襟を引き上げた。

「制服伸びるじゃん!放して!俺は帰る!」

「はいはい、パトロールしたらな」

「一人でやれ!」

と襟澤が自分の胸に手を当てると、秋津は唱えようとした口を手で塞いだ。

「モゴッ!」

「それは使っちゃ駄目」

「モゴモゴモゴモゴ!!」

「分かった、カフェ奢るから」

「モゴゴ?」

「ケーキセットまで」

「……」

「よし、コーヒーおかわりつけるよ」

襟澤は頷いた。

交渉は成立したようだ。

襟澤はやっと解放され、携帯電話をいじりだした。

「良かったら、君も食べるかい?」

「え」

庄司が応えようとすると、襟澤が即答した。

「知らない人とお店入らない」

「僕がいるじゃない。それに知らないなら何で話しかけてたの」

襟澤はポスターを指差した。

それは『宮園あおい』。

秋津は衝撃を受けた。

「え?!何、ファンなの?!」

「俺は違う」

「僕、発売日に買っちゃったんだよね!やっぱ歌詞とか惹かれちゃうんだよね!貸してあげようか!」

「俺はいらない。てか美咲から借りる…あ」

「ははーん?やっぱり彼女?」

「違う!!」

「よし、そこら辺根掘り葉掘り聞いてやるから覚悟しろ問題児」

「ふざけんなあんたの彼女について根掘り葉掘りだ馬鹿眼鏡」

ぐちぐち。

庄司は恐る恐る後退りした。

「あの、俺は用事があるので」

「あ、そうなのかい?それじゃあ、またの機会に」

秋津は襟澤を引き摺りながら、手を振った。

引き摺られながら、襟澤は特に表情もないままひらひらと手を振った。

「あんたも聴けば?どの面下げれば良いかわかるかも」

そして俄に笑った。

人混みに二人が消えていくと、庄司はまたCDショップに目を向けた。

入ってみると、手前に大きくそれは展開されていた。

空色のジャケット写真、手に取った彼はレジに進んだ。

その足で真っ直ぐ家に帰り、広いリビングで一人ソファーに腰掛けた。

プレーヤーにCDをセットし、ヘッドホンを着けた。

流れてきたのはミディアムテンポに乗った姉の歌声。

歌詞は人を前に進ませてくれるような、勇気をくれるようなもの。

歌詞カードを眺めているうちに、二曲目に移った。

するとバラードに彼女の声が乗った。

その歌詞は、ずっと誰かを待ち続ける、それでも希望を失わない歌。

最後のページ、スタッフ達の名が連なる中で、最後の行に目を見張った。


「そして私の大事な弟へ あなたに逢えるその日まで、私は何度でも歌います」


庄司は顔を歪ませた。

両手で覆い隠し、嗚咽が小さく聞こえた。


会いたい、いつまでもあなたの影を探している。

雑踏に幼い記憶を見るの。

どこにいるの?

何をしているの?

笑っている?幸せ?

今でも記憶の中のあなたに頬笑むの。

あなたが好きよ、会いたい。


「……会いたい」





     *    *





「葵さん!お待たせしました」

午後3時20分。

美咲歩海はある音楽事務所の一室にいた。

レコーディング用のスタジオでギターをチューニングするのは、宮園葵。

ちょうど、これから帰る所のようだ。

美咲に気付くと、喜んで彼女を手招いた。

「歩海ちゃん!来てくれてありがとう!」

「いえ、何があったかと思えば」

「早く暇になっちゃったからカフェ付き合って!とか驚いちゃった?」

「私で良ければいつでも」

二人は事務所を後にし、近くのチェーン店カフェに入った。

宮園曰く、ここには女性限定ケーキセットがあるのだそう。

勿論、二人はそれを頼み、ボックスソファーの設置されたテーブル席に着いた。

「気になってたんだよね!なかなか一人で入れなくって!」

「有名人ともなると入れないですね」

「この前、入ろうとしたらサインの嵐に巻き込まれたんだよ」

人が一緒ならばカモフラージュもでき、本人とはバレない。

そう話していると、ウェイトレスがケーキセットをテーブルに置き、一礼して下がった。

このカフェのいち押しはザッハトルテにあり。

二人は早速、フォークを手に取った。

「美味しそうですね」

「いっただきま」

「へぇ、鋼鉄の音姫さんは有名人さんとザッハトルテにご執心ですか」

「?!」

フォークの位置をそのままに、美咲は真隣を見た。

そこにはコーヒーを啜る襟澤称と、向かいには秋津悠がいた。

「げっ!襟澤!」

「ザッハトルテと扱いが違いすぎる」

「秋津先輩、こんにちは」

「うん、こんにちは。そちらの方は?」

美咲が言葉を詰まらせると、宮園は笑顔で自己紹介した。

「庄司です!歩海ちゃんとは友人です!」

「そうなんですか、どうぞよろしく」

その間、美咲は襟澤の視線に気付いた。

先はザッハトルテ。

女性限定メニュー。

「……少し、食べる?」

「クレープはヨシとしてもケーキ半分こはちょっと」

半分もらおうとしていたのか。

「一口よ」

「ケチ」

「分かったわよ!交換してげるわ」

「いや、そこは一口で手を打つ。もし、良かったらさ……後日、また」

ニヤニヤ。

襟澤は眼鏡を横目に見た。

宮園と揃って目を輝かせていた。

「青春か」

「若いって良いね」

「あんた一つ上だろ!」

「私は邪魔かね?」

「僕も邪魔ですかね?」

『邪魔じゃないです!寧ろここにいて!』

後、四人は一時間ほどの談笑を経て、カフェの前で解散した。

襟澤も帰ろうとすると、美咲は半歩後ろに着いてきた。

「?」

「ねぇ、好きな色は?」

「は?」

「さっさと答えなさいよ」

「黒」

沈黙した。

襟澤は妙な雰囲気に眉をひそめた。

「あの?」

「……ありがとう、探してみるわ」

「何を?!」

「じゃあね、襟澤」

突然の質問と素っ気ない別れ方に、襟澤はちんぷんかんぷんであった。

この問題が解決するには、もう少し時間がかかる。

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