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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
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喧嘩買いの少女

世界には、たくさんの音が絶えず響いている。

人々の話し声。

様々なリズムの足音。

道を行き交う車の音。

空を裂く飛行機の音。

捨て猫の弱い鳴き声。

全ての波が交差して、町は都市になる。


一人の少女がその騒めきの中で、目を閉じた。

耳を澄まし、ひたすらに音を聴いていた。

彼女の前では、全てが白と黒の鍵盤の上を滑る音符になる。

楽しそうに鼻を鳴らす少女の手を、優しい母の手が包み込んだ。

少女は丸い瞳を大きく開き、可愛らしく微笑んだ。

私は音の国のお姫様。

私の夢は、正義のヒロインになること。

まるで、お母さんのような、さくら色のお姫様に!

突然ではあるが、緊急事態だ。

学園内で喧嘩だ。

現場は確か高等部のグラウンド。

午前10時26分。

私は急いで階段を降りて、黒の革靴に履き替えた。

校舎から飛び出して、グラウンドに入った。

爆音がまだ響いているなかで私は勢い余った両足を止めた。

黄土色の砂が軽く宙を舞った。

金のエンブレムがついたパスケースを見せ付けるように前に突き出す。

「椿乃峰学園生徒会です!校内での能力を使用した喧嘩は禁止ですよ!?それに男子生徒は………」

私は次の台詞に進もうとする口を止めた。

グラウンドには地を這うように倒れる男子生徒が複数。

その真ん中に一人だけ女子生徒が無傷で立っていた。

黒に近くも深い桃色のふわっとしたショートヘアを両横で少しずつ結んだ女子生徒はこちらを向いた。

「……何?」



* *



五感ネットワークシステムがほぼ日本全体に張り巡らされた。

その中心都市東京都を丸々ネットワーク管理都市《花柳》とした。

花柳は研究所と男女別学園と一通り必要な施設、店舗が揃っている。

一般人の居住区と隔離対象者の居住区に分かれ、それぞれ半分づつ。

隔離対象者は異常な能力を持った者、特定の能力に長けた者。

店舗の者達も能力者が多い。

ネットワークシステムも最先端を行き、電脳世界をネット内に形成している。

花柳内の人間は、全て規則に基づいたアイコンを使ってネットワークに接続ログインしている。

この犯罪の多発性を大きく秘めた二重世界都市は、研究所にある電子頭脳メインコンピュータと各学園の生徒会によって管理されている。

ウィルス駆除にも力を入れるため、電脳世界には最大級のファイアウォールが設置されている。

五感を持ってネットワークに接続できるのはまだ不完全で、時間に制限がある。

また、ウィルスなどによる被害も食い止めきれないのが事実である。

その中で今話題となっているのは《アルニカ》という少女アイコンである。

桜色の髪、桃色の服に青いリボン、主に夜、ウィルスが出現する時しか現れないという謎のアイコンである。

電脳世界でシステムを蝕むウィルスを圧倒的な速さで駆除するらしい。

花柳の七不思議として伝わっている。

教科書を読み返すように回想した芦屋千代は生徒会室にいた。

10時55分。

生徒会室のパイプ椅子に桃色ショートヘアの女子生徒は手足を組んで座った。

長い灰色のテーブルを挟んで生徒会所属の女子生徒芦屋千代がきちんと足を揃えて座っていた。

窓の外には桜が咲き乱れる姿が見える。

「私学園を救った正義のヒロインですよね。遅刻とかカッコ悪いよ」

「あなたがどうやってあの男子生徒達を倒したか言ったら遅刻しないわよ?」

「だから」


グラウンドで次の授業の腕ならしをしていたら男子らに「お嬢ちゃん遊ぼう」って誘われたからよろこんで喧嘩を買ってやった。


「喧嘩なんて売ってなかったんじゃない!!」

「だって邪魔だもん」

何故かショートヘアの女子生徒は小声で喋っていた。

彼女はため息をこぼしていた。

11時から授業が始まる。

ショートヘアの女子生徒の上履きは青、一年生である。

ちなみに二年生は緑、三年生は赤である。

確か一年生は次の授業…………能力別測定か。

と思いながら芦屋はため息をついた。

「女子校に侵入した男子をぶっ倒したのって罪じゃないですよねー?」

「生徒全員を病院送りにするのはやり過ぎだとは思わないの?!」

「思いませんねー」

「即答しない!」

女子生徒のふわふわした口調に芦屋はキレかかった。

男子生徒は全員病院に送られた。

生徒の全員が耳から血を流して倒れていたからである。

耳鼻科へ急行した。

ついに芦屋はテーブルに両手をついて立ち上がった。

しかしショートヘアは首をかしげて芦屋を見上げた。

「そんな怒ることですか」

「さっきの生徒が全員病院に行ったのよ?!」

「そうですね」

「ケンカなら普通耳鼻科なんて行かないでしょ?!」

「そうですね」

「いいとも、か!!」

芦屋は頭を掻いた。

「あ〜、もうっ!!」

「あまり喋りたくないんでここらで帰ります」

ショートヘアが席を立ち、廊下へのドアに向かって歩き始めた。

もちろん芦屋は止めに入った。

「待ちなさい!」

「鼓膜やらないとダメなわけ?」

「え?」

芦屋に振り向いたショートヘアは鼻で息をついた。

「喧嘩なら買いますよ?」

ショートヘアは初めて並の声量で喋った。

その声は芦屋の耳が少しおかしくなるほど大きく聞こえた。

一気に緊張感を漂わせた生徒会室。

この緊張感をドアのがらりと開く音が帳消しにした。

セミロングの女子生徒が二人に視線を向けて言った。

「芦屋さん、美咲歩海さんを音楽室に連れてきてください」

「生徒会長?!美咲歩海って………」

芦屋はショートヘアの女子生徒美咲歩海と生徒会長を交互に見た。

美咲が頭を抱えてため息をついた。

生徒会長が芦屋にわかるように説明した。

「その子は椿乃峰一年のトップレベル、《音箱》(オルゴール)の美咲歩海さんですよ。」

芦屋は自分の口を塞いだ。

「えぇ?!」

美咲は生徒会長に軽く一礼して生徒会室を出ていった。

芦屋は廊下に出て美咲の背を見ていた。

生徒会長が芦屋を覗いた。

「花岡先輩、本当にあの子が噂のオルゴールなんですか?」

「気になるなら見てみますか?能力値測定」



* *



音楽室。

11時09分。

音楽の歴史に名を残した者の肖像画が壁にいくつも掛けられていた。

紫のカーペットに超防音の白い壁。

いつも黒板の前にあったグランドピアノは撤去されていた。

黒板の前には美咲歩海が立っていた。

その反対側の端には計測機が置いてあった。

計測担当の先生が耳栓を付けはじめた。

「能力値測定を行います。美咲歩海、始めなさい」

中に入った生徒会長花岡と芦屋千代は渡された耳栓をしっかりとはめた。

美咲は先生に向かってメモを渡した。

〔何でもいい?〕

先生はうなずいた。

美咲は定位置に戻り、大きく息を吸い込んだ。

室内の全ての酸素を味方につけて、美咲歩海は精一杯の大声を張り上げた。

「この、バカヤロォォォォッッ!!!」

爆風が巻き起こり、壁の肖像画が次々に音を立てて床に落ちた。

強化ガラスのはずの窓も繊細なガラスのフィギュアを落としたように割れてしまった。

芦屋と花岡は耳栓を懸命に押さえた。

美咲の髪は激しくなびいて、大声は室内で波をつくっていた。

美咲の声が止まると、ゆっくりと風が止んだ。

先生が耳栓を外して計測機に表示された数値を記録ノートに記入した。

「美咲歩海、321dB。速度343km/秒。」

美咲は先生に一礼して音楽室を出た。

芦屋はそれをすぐさま追って廊下に出た。

「待ちなさい!」

美咲は廊下の真ん中で足を止めた。

振り向いて首をかしげる。

「何?」

「……あんなに大声出せるなら最初から喋りなさいよ!まったく……」

美咲がため息をついて芦屋の前に立った。

ポケットから黒い耳栓を出してめんどくさそうに芦屋に手渡した。

「話してて気分悪くなったら付けてください」

美咲はさっさと教室に向かってUターンした。

その時、爆発音とともに大きな震動が美咲らを襲った。

美咲は耳を塞いで辺りを見回した。

芦屋と花岡、計測担当の先生はまだかがんで耳を塞いでいた。

美咲は音楽室へと走った。

制服のスカートにぶら下がるカラビナポーチから小さな銀の音叉を取り出した。

音楽室の壁に軽く叩きつけられた音叉は、美咲の手元で震えだした。

音の波は壁を跳ね返り、音楽室中を響かせた。

「ログイン!」

美咲はあっという間に姿を消し、揺れが止まって他の三人が見渡す頃には美咲歩海の姿はなかった。

どうやら爆発は科学室のウィルス脱走によるものだったらしい。

電脳世界にログインした美咲歩海は桃色のふわっとしたスカートに青いリボン、桜色の髪、桜色の瞳の少女アイコンに変身していた。

「その喧嘩、買ってやるよ!」

計測担当の先生が無線電話の連絡に驚愕した。

「花岡!電脳に繋いでくれ!」

花岡が黒いノートパソコンを開き、電脳世界に接続した。

「これは………!」

芦屋は美咲の姿を探しながらも画面をちらと見て驚愕した。

桃色のふわっとしたスカートの服に青いリボン、桜色の髪、桜色の瞳の少女が銀の音叉のようなものを震わせてウィルスを除去していた。

その震動は触れずにウィルスを切り裂いた。

水色の電脳空間に映える桃色の少女、彼女は………………………

「……アルニカ!!」

アルニカは音叉を横に滑らせ、ウィルスに向けて言い放った。

「ピアノツール!」

アルニカの前にずらりと鍵盤が現れ、ピアノ曲《春の歌》が流れ始めた。

音は音符として立体化し、ウィルスを包み込んで消え去っていった。

アルニカが両手を鍵盤の前にかざすだけで鍵盤は美しい旋律をひたすら奏で、ウィルスが全て音符に包まれるまで曲は続いた。

演奏を終えると、鍵盤は光の粒となって消え去った。

アルニカも目を閉じてログアウトした。

11時24分。

芦屋は圧倒されながらもハッとして科学室へ走った。

その後、芦屋千代は一度も美咲歩海を見なかった。


音は、いつも人の心を動かします。

その音が心にノックをすると、無性に体が動きます。

口の端っこが少し上がったり。

真っ黒な目が輝きを取り戻したり。

音に合わせて手足を鳴らしたくなったり。

その歌を口ずさみたくなったり。

不意に、涙で頬を濡らしたり。

音は、言葉がなくても世界中の心にノックする事ができます。





…………というのがこの物語のテーマです。

分かりにくい場面もあるかもしれませんが、伝えたいのは音は世界の壁を越えるということです。

アルニカは“音”そのものだと思いつつ書きました。

この物語に気付いて下さった読者様、心より感謝申し上げます。

ありがとうございました!

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