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 秋峯に何事も無かったのは喜ぶべきことだろうが、何がどうなって今の事態に陥っているのか、矢橋にはさっぱり分からなかった。

 連日の睡眠不足で憔悴気味の矢橋は、自力で考えることを放棄して、手っ取り早く解答を得ることにした。すなわち、上代に直接聞くことである。


 昼休み、矢橋は上代を呼び出し、中庭へと連れ出した。

 何の前振りもしない。単刀直入に訊く。


「教えてくれ、俺は悪霊に取り憑かれてるのか?」

「確かに先輩は憑かれてはいます。でもそれは基本的に夜間だけですし、憑いているのは悪霊ではありませんよ」


 ――悪夢を見せて金縛りをする奴が、悪霊で無くて何なのだ?


「生霊です。あなたもよく知る人物の」

「お前じゃないのか?」


 訝しげな矢橋を、上代は無表情でスルーした。


「彼女は、最初の被害者です」


 ――『被害者』?


「花岡か」

と、言ってから気付いた。それではおかしい。


「花岡さんは二番目の被害者でしょう」


 ――花岡が二番目? ということはつまり、生霊になった『最初の被害者』は……


「秋峯さんです」


 ――嘘だろう?


「あいつ、何にも気にしてないような顔してたぞ? あの時だって――」

「分かりやすく表面に出る感情だけが本心だとでも?

 彼女の場合、抑圧されている大きくて重すぎる感情やストレスを、つい生霊という形で発散してしまったんでしょうね」


「つい」でそんなことはしないで欲しい。


 普段の朗らかでサバサバした秋峯の姿と、生霊の暗くてドロドロした感情のギャップに、矢橋は戦慄した。


「本人には生霊になっているなんて自覚はありません。寝ている間に見た夢と同じで、朝になったら忘れています」

「……何か……。そうだ! お祓いとかお清めとか、そういうのは出来ないのか!?」


 上代は、ポーズだけは残念そうに首を振る。


「残念ながら。わたしはその手のことは専門外なので」

「くそ、どうすれば……」

「先輩には、出来ることがありますよ」

「! 何をすればいい」


 藁にも縋る思いで上代を見た。

 だが彼女は、藁ごと矢橋を濁流に蹴飛ばした。


「土下座です」

「…………え?」

「誠心誠意、心を込めた謝罪をしてください。先輩は加害者なんですから」


 加害者。その言葉がずしりと来た。脳裏を一瞬、囚人服を着た自分が過る。


「本当は先輩が秋峯さんのことを、本気で好きになってしまえばいいんですけど。

 彼女の素直な望みはそれですから」


 自業自得だったとはいえ、この数日間、本当に苦しい思いをした。

 あの黒い靄の正体を知って、それでも彼女を受け入れ恋愛感情を抱けるほど、矢橋は心が広い人間でもないし、怖いもの知らずでも無かった。



 恋愛感情がどんなものか、矢橋は知らない。

 一応中学時代に「彼女」はいたが、告白されたから付き合っただけで、矢橋としては友人の延長という感じだった。恋人といる時間より、友人と大騒ぎする時間の方が楽しかったのだ。


 だから、嘘でも好きな人が他の人に告白するのを見ていられないとか、告白された女の子に嫉妬するとか、そういう繊細微妙かつ鮮烈な感覚が、矢橋には理解できない。


 ましてや、強過ぎるあまりに恨みや憎しみに反転してしまう恋情や愛情が、今の彼の手に負えるはずは無いのだった。中途半端に関われば、きっとますます彼女を傷つけるのだろう。



「俺、謝ってくる……!」


 そして、誓おう。もう二度と、嘘の告白なんてしない。本気で好きになった奴にしか、好きだなんて言わない、と。


 彼女には、憎しみや悲しみとは関係の無い、幸せな恋をしてほしいと思う。

 矢橋にはもう、そんなことを言える資格は無いかもしれないが。



 秋峯と、花岡にも土下座して謝り、相手の気が済むまで拳で殴られて、ようやく矢橋は辛い夜から解放された。


 ぐっすり眠り、すっきりした頭で思考した彼は、あることに気付いた。


ミステリっぽくしてみたかったのに……犯人バレバレでしたよね(笑)

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