黄昏の少年たち (ランスロット他・騎士)
黄昏の少年たち
~王子さまのご友人~
「夏風邪は馬鹿しかひかない」
アルはさっきから同じことしか言わない少年をぎろりとにらんだ。
「……おまえは俺を馬鹿にしにきたのか」
すると、ランスロットは怪訝そうに顔をしかめた。
「まさか。ただ、賢い王子のアルは馬鹿ではないから、この真夏に風邪なんてひくはずないだろう?」
「……黙れ」
にらみをきかせたようだが、ランスロットにはちっともきかなかった。
今、アル王子は高熱を出してベッドで横たわり、額には冷たい氷をのせている。顔は真っ赤で、吐く息はヒューヒューと苦しそうだ。
ランスロットは一瞬気遣わしげなまなざしを向けたか、アル王子がそういう態度を好まないのを知っていたので、すぐにいつもの無表情に戻した。
アル王子の我が儘には困ったものだ――先ほど部屋の前で侍女と医者が話していたのをランスロットは思い出す。
どうせアルは医者の言葉や侍女たちの世話を拒否したのだろう。その光景は目に見える。
ランスロットも彼の『我が儘』には呆れるしかない。王子はなにより、自分の弱みを見せることを拒み、やさしくされることをきらった。鋼のように心を硬く閉ざし、決して他者に付け入る隙を与えない。たぶん、信じられないのだろう。
いつから彼がこうなったのか――たぶん、決定的なのはアルの兄王子の死からであろうが――徐々に王子は柔らかい笑みを失っていった。
けれどランスロットにはわかっている。アルは心を失ったのではない――ただ、閉ざしているだけだ。
それがわかっているからこそ、哀れで、離れることなどできない魅力を感じていた。
「……まだなにか用か」
ぼんやりと自分を見ていた騎士に、アルはにらんで口をひらく。ランスロットは首を振り、小さく笑った。
「いや、もう行く。ただ――明日までには治しておけよ」
†×‡×†×‡
ランスロットからアルの様子やその場での話を聞いたふたりの少年騎士は、声をあげて笑った。
「おまえ、それ、本人に言ったのかよ?」
「相手は王子さまですよね、一応」
仕方がないだろ、と肩をすくめ、ランスロットは鳶色の瞳を歪める。
「だが、『夏風邪は馬鹿しかひかない』という言い伝えはある。それに、アルは馬鹿ではないはずだから、明日までに治ってもらわないと困る」
「そりゃそうだ!大いに困るぜ」
ランスロットの言葉に大きく頷いたのは、オレンジ色の短髪の少年だ。眉は太く、堀が深いためか、快活さがにじみ出ているような顔をしている。
彼はすっくと立ち上がると、腰にさしていた剣をすらりと抜き取り、ランスロットへと向けた。
「おい、ランス!相手しろよ。うずうずしてきた」
「別に構わないが……どうしてアンタはそうやって突拍子もないんだ」
呆れる顔で言いつつも、ランスロットはまんざらでもなさそうだ。彼らはとにかく、剣を振るうのが好きでたまらないのだ。
そんなふたりのやり取りをながめて、もうひとりの少年騎士はため息をつく。
「あーあ。そうやって君は兄貴まで巻き込んで……いつも野蛮なんだからさ。僕知らないよ?」
少年はコバルトブルーの瞳に非難の色をのせてじろりとにらむ。まだ幼いその顔は愛らしく、騎士にしては華奢な身体も中性的だ。
「ハイハイ。新参者の男女は黙って見学してろよ」
「なっ!僕のどこが男女なんだよ、ユリウス!」
ユリウスと呼ばれた短髪の少年がからかうように笑うと、コバルトブルーの瞳をさらに歪め、少年も腰から剣を抜き去った。
「力ばかりで技術のない馬鹿に言われたくないね」
「なんだと!非力で卑怯な戦法しか取れない餓鬼には負ける気がしねぇな!」
「ユリウスなんか夏風邪ひいたって気づかないだろうよ」
「おまえは自分が女だってことにすら気づいてねぇだろ、セルジュ!」
「僕は男だ!自分の顔が悪いからって八つ当たりするな」
「なんだとコノヤロ。俺さまは顔だって素敵だぜ」
「はあ?鏡見てから言いなよ」
「うるせぇこの軟弱男女!」
ふたりの口はとまることを知らない。徐々にエスカレートしていき、白熱した戦いが――もとい言い合いが――はじまっていた。
ユリウスとセルジュの剣は互いに触れ合うほどに近づき、ふたりの少年は顔を赤くしてにらみ合っている。
楽しみにしていた剣の打ち合いも、これではできそうにない。ランスロットは深い悲しみと怒りに襲われた。
そして――
「セルジュ!ユリウス!」
今にも切りかからんとしていたふたりの名を呼び、黒髪の騎士は自分の剣を鞘へ納めて言った。
「明日はめでたい日だ。その前日に血を流すような馬鹿な真似はするなよ」
彼の声は氷のように冷たく響く。セルジュもユリウスも途端に士気をなくし、ランスロットを見つめた。
ふっと鳶色の目を細め、ふたりをひとにらみすると、ランスロットはすたすたと歩き去っていった。
「……あれ、完全に八つ当たりですかね」
「そうだな……あいつ、自分が剣の相手にされないからっていじけたぜ」
残されたふたりは戦意を失ったために呆然と立ち尽くして話し出す。
「兄貴――ランスロットさんって、本当に剣が好きだよね」
「あれは使命感に燃えてるんだろうな……」
「使命感?」
セルジュがきょとんと首を傾げると、ユリウスは軽く笑って頷いた。
「そうさ。王子さまを守るっていう、使命感さ」
「ふうん」
会話は途切れ、風が通り過ぎていく。昼間のもわっとする風ではなく、今はやや涼しさをともなったそよ風だった。
訓練場から見える夕日はうつくしい。真っ赤に燃え立つ沈む太陽に、遠くの空から紫、青、白、黄色、橙と徐々にグラデーションされていく。
「……明日はさ」
ふと、セルジュが赤く染まる夕日をながめて口をひらいた。
「明日は……最高の一日になればいいね」
ユリウスも大きく頷く。ここ近年カスパルニアの城に漂う不穏な空気など、一層してしまえればいいのに、と思いながら。
そして、深い響きを込めて、言った。
「明日は――アル王子の十五の誕生日だ」
カスパルニアでは、男子は十五になれば成人して一人前の男と認められ、王から鍛えられた新しい剣を受け取ることになっている。だが、現在カスパルニアには王はいない。代わりに次期国王である、第三王子が王の役目を果たすことになったのだが。
アル王子はいつも日陰の身だ。第六王子には到底王位継承権などまわってはこないだろう。
だから、アルに付き従うランスロットもまた、ずば抜けた剣の腕を持ちながら、一生日陰の騎士として扱われるのだろう。
ユリウスは周りからの評価も高く腕を買われてはやくに、セルジュは新入りでありながらランスロットの推薦で最近、第三王子の騎士――まだまだ地位は低いが――になったが、見習い時代をともに過ごしたランスロットは引き抜きにも応じず、今もアル王子の騎士を務めている。
ユリウスは心配だった。アルは根はいい奴だ。それは知っている。しかし、人を寄せつけようとしない。信じようとしない。それは危険なことではないのか?
第一王子や第二王子が殺され、彼らの部隊であった騎士たちはそれぞれ第三や第四、第五王子など、弟王子たちの騎士へと志願した。しかし、いちばん王位に遠く、加えて人からあまり好かれていない第六王子の元へは、ほんの一握りの数の騎士しか志願へいかなかった。
だが、これだけではない。アルはあろうことか、その一握りの騎士すらも拒絶したのだ。
「僕につくなんてもったいないよ。兄上さまたちの騎士を志願したほうがいいよ」
にっこり笑ってそうやんわりと拒絶していたアル王子を見たとき、ユリウスは危うさを感じていた。
果たして王子は、善意で彼らを拒んだのか?いや、ちがう。アル王子は騎士たちに――国の流れや政治、そして人というものに興味がなかったのだ。
だからユリウスは、ランスロットはなんてもったいないのだろうと思っている。アル王子にはもったいない、と。
それでも、ユリウスやセルジュだってアルがきらいではなかった。きらいだったら、わざわざ誕生日の明日に訓練場へアルを呼び出し、試合をしようという話になどのらないだろう。
これはアルは祝われるより、剣を交えて楽しみたいというのをよく理解していたランスロットが立てた計画だった。
ユリウスはぐんと伸びをして、迫る夕闇を仰ぐ。隣ではセルジュも腰を下ろし、散りばめられた星々に目を凝らしはじめた。
……明日は、アル王子の十五の誕生日。
彼はこの先、なにを担うのだろう。ランスロットはその隣で、なにを想うのだろう。
「俺たち、どこまで行くのかな」
王子暗殺がつづいている。次期国王の配下である自分たちはさらに気を引きしめねばなるまい。
ぽつりと落としたユリウスの声は、遠い空へと吸い込まれてゆく。
セルジュはハッと息をこぼし、目をとじた。
「さあ。だれにも、わからないんじゃない?」
「……そうだよなァ」
小さな星がきらりと光る。白い光を纏う月が細く空へ浮かんでいた。
はい、こちらは第三部にちょっと関連があります。
王国の花名・第六十四章 忘れたい過去の数年後、みたいになっております。
他の作品にもちと関連があるのですが、もう読まれた方は気づいたでしょうか?^^
こちらは徐々に第三部で明かしていきたいと思います!
アルって結構、ランスに連れられて訓練場には足を運んでいました。
なので、顔見知りというか、そういう連中はいたんですよね、たぶん。
でもアルは人見知りだから笑
王子とランス、そして騎士たちの一場面でした!