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アルさまの召使 (スー)


そういえば第二部から、

あまりアルに暴力を奮ってもらっていないな、

そういえばもっとスーを虐めたかったな、

というかそのために【王国の花名】は書きはじめた(ォィ)ようなものなのに……


そんなことをチラチラ思っていましたわたくし。

されど今更過激な暴力を奮う気にもならないアル王子。

だって読者さまに嫌われるものね!←

そんなワケで、スーを虐めたいわたくしは考えました。

よし、『とある一日』……みたいな感じで書いちゃえ、と!!!


楽しんでいただければ幸いです。



※理不尽な行為(暴力?)にご注意ください。

あ、でも大丈夫だとは思いますが、一応警告です。^^





アルさまの召使

~ご機嫌ナナメなご入浴~



「おまえ、なにしてんの」


 わたしは震えがとまらなかった。

 ああ、これはきっと神さまが嫌がらせをしているんだ。そうにちがいない。

 思わずうつむく。わたしの赤毛が空気も読まずにバサリと垂れて、風に踊る。

 見つめた足元の地面は黄金色だ。目がチカチカするくらい、きらびやか。

 ここは――王族専用の、露天風呂。



「誘っているの?それとも、殺しにきたの?」

 ついぞ冷たい視線を向けていた彼は、くいとわたしの顎をとらえて上を向かせる。口元を引き上げ、ゆっくりと弧を描き、アル王子は先ほどの震えるような冷たさの瞳を細めた。

 思わず固まっていたけれど、すぐに顔を振って否定する。


 まさかまさかまさか!わたしが王子を誘う?ましてや、殺すだなんて!


 打って変わって愉快そうにくつくつ笑うと、王子さまは上半身裸のまま、湯からあがろうとした。

 待ってください――そんなか細い声は聞こえないに等しい。頭がうまく働かないなかで、わたしは後悔していた……。




 それは一時間ほど前のこと。

「いけないわ!」

 そんな悲鳴にも似た声が聞こえてきたのは、侍女たちの休憩室。

 おやと耳をすませば、さらに悲痛な声が重なる。

「どうしましょう……アルさまに頼まれていたのに……すっかり忘れてしまって……」

「どうかしたの?」

「く、クリスさまにお飲みものを運ばせるように頼まれていたのよ!」

「アルさまに?」

「いいえ……詳しくいえば、ランスロットさまに」

 知った名を聞き、思わずわたしは足をとめる。

「なんでも、アルさまがあの新しくきた世話係の方に伝えとけとおっしゃっていたらしいの。でも、見当たらなくて……別にクリスさまへの伝言なら、その方でなくてもいいでしょう?」

「そうよね。わざわざ見当たらない人間に時間を割く必要はないわ。……で、あなたは引き受けてしまったと」

「そうなの!でも、クリスさまは……今薬草を取りに出かけているらしくて……」

 今にも泣き出しそうな声。聞き耳をたてたかいあってか、この話にはわたしも関係しているようだ。

 まだ日は浅い。この城へきてから一ヶ月も経っていなかったけれど。でも、わたしはアル王子の世話係。

 侍女たちの会話はまだつづく。

「ねえ、なら、その世話係に持っていっていただいたら?」

「そんな……アルさまのところへ……?」

「そうよ!わたくしたちは無理でも、彼女は世話係なんでしょう?」

「そ……そうよね。彼女なら、平気よね」

 悪い予感がしてきた。けれど、ええ、どうしようもないのかしら。

「たしか、もうすぐ休憩にくるはずよね?」

「でも、ここに来ない日もあるわ」

「知らないわよ、そんなこと。いいじゃない、アルさまの世話係なんだから、彼女の責任にしてしまえばいいわ」

「そうね。彼女なら、大丈夫でしょうよ」

 恐怖に支配された人間はなにを考え出すかわからない。

 わたしだって平気なわけじゃない。あの冷たい眼を見ると、震えがとまらなくなる。声はひどく拒絶に満ちていて、わたしを縛りつけては動けなくさせる。

 無理。わたしだって、本当は極力近づきたくないのよ。

 そう嘆いたとて、侍女たちの勘違いはおさまることを知らない。テーブルにわたしへのメモと瓶に入った液体を残し、そそくさと出ていった。

 ひっそりと物陰に隠れてやり過ごしていたわたしは、深くあきらめのため息をつく。

 これは幸運だったのかもしれない。もしわたしが気づかずにいたら、すべて責任を――もとい、アルさまの怒りを受けるのはこのわたしになったであろうから。


 そんなわけで、メモに書かれた場所へと、お飲み物を運んだというわけである。


 もちろん、おかしいな、とは思った。進めば進むほどに、その違和感は頭をめぐる。

 されどまだ城へきて日が浅いわたしには、この場所がなんなのかわからなかった。

 衛兵たちが不審な者でも見るようにわたしを見たり、はては「なにをしに来た」なんて尋ねてくるものだからたまったもんじゃない。

 だけれど、ふと、脱衣所らしきところへきて、やっとその違和感を突き止める。


 ――アルさまはいったい、なにをしているのかしら?

 わたしはいったい、どこへ届けるつもりなのかしら?


 最後の砦ともいうべき扉の前に立つ衛兵に、わたしはやっとのことで尋ねる。

「あの、あ、アルさまは――」

 びくびく肩を震わせるわたしに、衛兵はやや気の毒そうに首をすくめた。その目は憐れみに満ちている。

「王子はただいまご入浴中です」

 やっぱり――愕然としながらも、一縷の望みをかけて、衛兵を見つめる。

「あの、わ、わたし……お飲み物を……」

 衛兵の目に、さらに憐れみを見た瞬間、わたしはさらに震えた。

 まさか。

「どうぞ。飲み物はなかへ運ばせろとのご命令です」

 まさか。

「あ……はい」

 衛兵が身体をどけて扉をあけた。むわっと湯気が立ち込める世界が、その先にある。

 わたしがうなだれたのは、言うまでもないだろう。




 という訳で、冒頭へ戻る。

 アルさまを捜してきょろきょろしているうちに随分奥までやってきたわたしは、湯気がいつの間にか引けていくのに気がついた。そして、主から声をかけられたわけである。

 まさか、まさか、ご入浴中であったとは!

 だからクリスさんが命じられたのかな、なんて頭の片隅で考えながら、ずいと盆にのせてもってきた飲み物を差し出す。

「……ク、クリスさんはいま不在で……代わりに、わたしが……」

 そう言ってうつむく。

 アルさまの身体なんて見ちゃいけないし、なにより、怖かった。

 数日前の悲惨な自分が頭をよぎる。彼の足元でズタズタになったなけなしのプライドだとか、涙でぼやけた視界でもいやにハッキリ見える冷たい瞳だとか。

 無意識に、肩が震え出す。

 ふーん、とすこしなにか考えていたアルさまは、突然ぐいとわたしの腕を引っ張った。

 もちろん予想だにしていなかったから、飲み物はものの見事に湯舟のなかに落ちてゆく。あっと思う間もなく、わたしはアルさまの顔の目の前にいた。


「俺が怖い?」

 クスリと音をたてて笑い、青い瞳はわたしを捕らえて離さない。非難されているような、否定されているような、けれど求められているような、そんな不思議な感覚に陥る。

「……死ぬのが、怖い?」

 その瞬間、ああ、危ないと思った。すっと細められた眼が、恐ろしいほど冷たい光を放っていたから。

「アルさ――」

 途端、後頭部に彼の手が回ったかと思うと、物凄い勢いで湯舟に顔を押し付けられた。

 顔面が生温い液体を受けて痛み、息を吸うためにひらかれた口からは水が入ってくる。

 苦しみのあまり、必死で手足を動かして抵抗しても、アルさまはびくともしない。本当に殺される。わたしは死ぬのだ。


 ――怖い。


 意識が飛びそうになる。気持ち悪くて頭がぐるぐるする。

 視界が真っ白になった――唐突に、拷問のような苦しみが終わった。

「……死ななくてよかったね」

 ヒュー、ヒューと肩で息をしながら、いまだはっきりしない頭をうなだれているわたしに、彼はなんとも柔らかい調子でそう言うのだ。

 思わず顔をあげる――そこには、意外なことに今にも泣きそうな顔があった。

 どうして?あなたがわたしを殺そうとしたのに。あなた自身がわたしを苦しめていたのに。

 なぜ、あなたがそんなにも悲しそうな表情をしているの?

 狂っていると言うには、あまりにもはかなげに見えてしまって、わたしは彼を責める言葉をなくした。

 濡れたわたしの赤い髪を一房つかみ、アルさまはそっと指を這わせる。その手つきが壊れものを扱うがごとく丁寧で、変な錯覚を起こしてしまいそうだった。

 その指はどんどん上へのび、わたしの頬に到着する。


「死ぬわけないか……おまえは俺の奴隷だろ?」


 意味がわからない。ああ、たしかにおかしいのかもしれない。

 けれどやはり言葉とは裏腹に、彼の眼や手つきはやさしくて。

 そういうふうに感じてしまうわたしこそが、すでに手遅れなほどおかしいのかもしれないけれど。




 これからいつか、彼は本当にわたしにやさしさを与えることなんてあるんだろうか。わたしが彼に恐怖を感じなくなることなんてあるのだろうか。

 わからない。ただ、いつだってアルさまは不機嫌だ。わたしの緑の目を見ると不機嫌になるんだ。

 ひどく寂しいような気がする。それでも文句を言うことなどできない。

 今はここにしか居場所がない。だから必死でとどまろう。


 だけれど、いつか。いつかわたし自身が望む居場所ができたなら――

 そんな夢のようなことを考えて。



「スー」

「はい、ただいま参ります」



 わたしは今日も、不機嫌なアルさまの召使です。





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