婚約破棄される悪役令嬢の侍女に転生したので、どうにかして悪い未来を回避します
最初におかしいと思ったのは、鏡に映った自分の顔だった。
「……誰?」
私は銀色の髪をした少女を見つめながら、数秒間固まった。
見覚えがある。
というより、見覚えがありすぎる。
前世で読んでいた恋愛小説。
『薔薇の庭園と五人の王子』
その作品に登場する、悪役令嬢付きの侍女――リリア。
主人公ではない。
ヒロインでもない。
攻略対象でもない。
ただ、悪役令嬢セシリアに仕える侍女。
そして物語の終盤。
セシリアが婚約者である第一王子アレクシスから婚約破棄を告げられる場面で、彼女はこう言う。
『お嬢様は、何も悪くありません!』
その言葉が王子の逆鱗に触れる。
『主人に盲目的に従う愚かな侍女か。お前も同罪だ』
そしてリリアは、セシリアと共に追放される。
――そういう役だった。
「…………」
私は鏡を見たまま、ゆっくりと頭を抱えた。
まずい。
ものすごくまずい。
よりによって、死亡フラグではなく――
追放フラグのど真ん中にいる。
「リリア?」
背後から声がした。
振り返る。
そこにいたのは、金髪の美少女だった。
真っ直ぐな背筋。
淡い青色の瞳。
誰が見ても貴族令嬢と分かる気品。
そして――私が昔からよく知る顔。
「お嬢様……」
「どうしたの? 顔色が悪いわ」
セシリア・フォン・アーデルハイム。
この国でも有数の名門公爵家の令嬢。
そして二年後。
第一王子アレクシスに婚約破棄を告げられ、国外追放になる少女。
私は思わず彼女の手を握った。
「お嬢様」
「ええ」
「絶対に、王子殿下を心の底から好きにならないでください。貴族によくある政略結婚的な感じになってください」
「…………」
「それから」
私は真剣な顔で続けた。
「王子殿下にも、絶対に好かれないでください」
しばらく黙っていたセシリアは、私の目を見つめる。
「リリア」
「はい」
「あなた、寝ぼけているでしょう?」
セシリアは困ったように笑った。
流石はゲームの登場人物。
この仕草だけでも絵になる。
だが、私は笑えなかった。
なぜなら。
この世界では、物語通りに進めば、二年後に全員が破滅する。
これは私のだけが知っている未来。
何も手を打たなければそうなる未来。
ならば。
私がやることは一つだ。
セシリアを、悪役令嬢にしない。
もっと正確に言えば。
悪役令嬢を必要とする状況そのものを消す。
私は侍女として、未来を変えることにした。
原作の様に黙っている侍女になんてなるものか。
私と、この可愛いお嬢様のために。
仕切りに体調不良を疑うセシリアをなんとか宥めつつ、私は心に誓ったのだった。
◇
最初の問題は、王子だった。
物語のアレクシスは、容姿端麗で頭脳明晰。
王太子としても優秀。
ただし。
女に弱い。
それも、純粋無垢で見目麗しい少女に弱い。
かつて買い漁った設定資料集から見つけたもの。
だからこそ最初にヒロインに会ってから、すぐに攻略されたのだろう。
実際の物語では、ヒロインのマリアと出会った瞬間、彼女の純粋さに惹かれ、婚約者であるセシリアを邪魔者扱いする。
その結果、セシリアはマリアに嫉妬し、さまざまな嫌がらせを取り巻きと共に行う。
小さい物から大きい物まで。
大小様々な嫌がらせを受けて遂にマリアがアレクシスに相談、激怒したアレクシスは卒業記念舞踏会で婚約破棄。
悪行が知れ渡ったマリアは実家からも友からも見放されこの国から追放される。
……ついでに嫌がらせについて、黙認していた侍女に対しても同様の措置がとられる。
その後は誰も知らない。
テキストで追放された、と一文書かれて、ヒロインと一緒に笑い合うアレクシスの姿が出てきてエンド。
それが物語の流れだった。
ヒロインに自身を投影できる小説なら、それでハッピーエンドだろう。
だが、当事者に――国外追放される身になると話は別だ。
死に物狂いで動かねばならない。
◇
まず私は王子について、対処をはじめることにした。
王子のこの拗らせた童貞男子の様なクソ見たいな性格を改善する。
婚約者がいるにも関わらず、別な女に手を出す。
ゴミにもほどがあるだろう。
平民同士ならまだ、ぎりっぎりでなんとか分かる。
だがアンタは王子だろ!
貴族同士は好き合って結婚する方が稀だろうが!
現実を受け入れて好きになる努力をしやがれ!
私は常々そう思っていた。
だからこそ。
この幼少期のうちから性格を矯正すればまだなんとかなるはずである。
私は早速王宮で働く知人から、アレクシス殿下の評判を集めた。
「殿下は最近、剣術の稽古をさぼっている」
「侍従に任せきりで、面倒な仕事は後回しにする」
「女性から褒められると、すぐ機嫌が良くなる」
「…………」
駄目だ。
かなり駄目だ。
私は頭を抱えた。
こんな男にお嬢様を預けるわけにはいかない。
しかし、王太子との婚約を勝手に破棄することもできない。
そこで私は、セシリアにある提案をした。
「お嬢様。殿下に一つ、お願いをしてみてください」
「お願い?」
「『国について優先してください。率先して仕切る男性ってどの女性から見てもカッコいいものですわ』と」
「どういう意味かしら?」
「…………婚約者としてではなく、王太子として何を選ぶ人なのか。それを見極めるのです」
苦し紛れの言い訳になってしまった。
分かりましたわ、ってくると思ってたのに。
ハラハラしながらセシリアを見ていると、彼女はしばらく考えた後、頷いた。
「分かったわ」
ホッと胸を撫で下ろし、自身の業務に戻る私であった。
翌日。
セシリアはアレクシス殿下に告げた。
「殿下。私は、貴方の婚約者です」
「ああ」
「ですが、王太子である貴方が国のために必要なことをするなら、私はそれを邪魔しません。とても素敵だとも思います」
「……突然どうした?」
「逆に、私や他の方を優先して国を犠牲にするようなことをなさるなら、その時は婚約者として心苦しいですが苦言を申し上げます」
王子は驚いた。
当然だ。
こんな質問を突然してくるのもびっくりするだろうし、普通の令嬢なら、
「私と国、どちらが大切なのですか?」
と聞くだろう。
だがセシリアは違った。
彼女は王子に選択を迫るのではなく――
王子が行く道を導いていた。
「…………あ、ああ。わかった」
「ありがとうございます」
そう言って、アレクシスに完璧な笑顔を向けた。
「…………!」
途端に真っ赤になるアレクシス。
普段から余り笑顔を見せていなかった彼女が、急に花開くようないい笑顔を見せてくる。
多感な少年の胸に突き刺さる。
何度も言うが、セシリアも相当な美少女。
そんな彼女の心の底からの笑顔によって、アレクシスは今完璧に陥落したのであった。
と、言う事を聞かされて、作戦が成功したけど、王子に惚れられたのは不味いのかな、と思ったのであった。
「― ―いやまあ惚れられる分には問題ないのかな?
……でも反転アンチみたいになったら相当不味いことに……」
ぶつぶつ言いながら思考の海に沈む私に対して、お嬢様がまた病を疑われたのは言うまでもないだろう。
◇
それから少しずつ。
アレクシス殿下は変わり始めた。
剣術の稽古に出る。
王宮の会議にも顔を出す。
侍従に任せていた仕事にも目を通す。
そして何より。
女性から褒められても、以前ほど浮かれなくなった。
いや正確には。
セシリア以外に褒められても必要以上に浮かれなくなった。
「リリア」
「はい」
「最近、殿下が変わったと思わない?」
「思います」
「どうしてかしら?」
「お嬢様のおかげですよきっと」
「……どういう意味?」
怪訝に尋ねてくる彼女に対して、私は笑って誤魔化す選択肢を選んだ。
だが。
ここまでは順調だった。
問題は――ヒロイン。
マリア・リーネ。
男爵家の令嬢。
平民に近い環境で育ち、明るく素直で、誰に対しても優しい。
そして当然超絶美少女。
儚くも美しいその姿に、多くの人間が恋をしただろう。
物語では、彼女が学園に入学する。
そしてアレクシス殿下と出会う。
そこから転落人生が始まってしまう。
だから私は考えた。
随分時間が経ってしまったが、次の作戦だ。
ヒロインを排除するのは違う。
彼女に罪があるわけではない。
ならば。
王子と恋に落ちなければいい。
しかし。
学園入学の日。
マリアと邂逅してしまった。
私と2人で今後の生活について話していた時。
廊下先から彼女は現れた。
「まあ……!」
廊下を歩く彼女を見た瞬間、私は固まった。
可愛い。
なるほど。
これは確かに、男が放っておかない。
「セシリア様!」
セシリアと目線を合わせた彼女は、名前を呼びながら小走りに駆けてくる。
咄嗟のことで私は反応出来ない。
原作だとこの後――!
「初めまして! マリア・リーネと申します!」
「ええ。よろしくお願いします」
挨拶にセシリアも優雅に返答する。
そしてセシリアが形のいい眉を少し顰めながら注意をする。
「ですが、如何なる理由があろうと廊下を走るのはダメですよ」
「あっ……それはごめんなさい」
不味い不味い!
次にセシリアから次の注意の言葉が出始めたら、原作と全く一緒になってしまう!
言葉遣いが余りよろしくないため、そこを注意されてしまったら――!
「お嬢様――」
「以後気をつければ大丈夫です」
にっこり微笑みながらの言葉。
私は目をパチクリ。
言葉遣いは責めないの?
あたふたしていたらマリアが口を開く。
「私、ずっとセシリア様にお会いしたかったんです!」
「……私に?」
「はい!」
私は更に首を傾げた。
物語では、二人は最初から敵対する。
廊下を走っていた美少女、それも本人の感覚で自分よりも美しい少女に、セシリアは厳しく注意する。
人格否定一歩手前まで注意して、彼女を泣かせ、焦って逃亡。
その後アレクシスとヒロインが邂逅するはず。
しかし。
流れが全く違う。
マリアは目を輝かせながら言った。
「だって、学園で一番綺麗な方だって聞いていましたから!」
「……まあ」
セシリアが頬を赤くする。
「それに、王太子殿下の婚約者なんですよね?」
「ええ」
「すごいです!」
私は嫌な予感がした。
まさか。
まさか――
「私、恋愛とかよく分からないので、色々教えてください!」
「…………」
私は天を仰いだ。
物語と違う。
ヒロインが――
悪役令嬢を慕っている。
いや、違うかも。
もしかしたら。
元々の原作での彼女もセシリアを最初は慕っていたのでは?
原作ではマリアが口を開く前に、言動について厳しく注意し初めて、そのまま泣かせるまで言い続ける。
だからこそ。
彼女が口を開いたら今の言葉が出てきていたのでは?
どっちか分からない。
だが。
今は。
こここそが私にとっての原作なのだ。
それにセシリアも私のしっかりとした教育あって、言動も柔らかくなっている。
必要以上に無駄な注意などするわけも無かったのだ。
そこを忘れていた自分に反省しながら、何やら盛り上がる少女たちを見守るのであった。
◇
そして、その日の昼休み。
さらに問題が起きた。
「リリア!」
セシリアが私を呼ぶ。
「どうされました?」
「マリアさんが殿下に相談したいことがあるそうなの」
「…………」
「それも私抜きで」
来た。
物語の第ニイベント。
ヒロインが王子に急接近する。
ここで二人が(アレクシスはとっくに落ちていたけど)恋に落ちる。
私は覚悟を決めた。
「お嬢様」
「何?」
「私にも同行させてください」
目をパチクリしていたお嬢様だが、何やら覚悟を決めたように「ええ、いいわよ」と言葉を発した。
私はお嬢様から許可をいただき、アレクシスの元に向かうのだった。
護衛達に挨拶し、セシリアから許可を得ている旨を伝え、扉をノックし中に入る。
私は頭を下げながら王子とマリアの前へ出た。
「殿下」
「リリアか」
「マリア様から相談があると伺いました」
「そうだ」
「では、私も同席します」
「なぜ?」
「――お嬢様を抜きにして話すこと、であれば侍女の私が聞き逃すことは出来ません」
王子が眉をひそめる。
流石に失礼だし、理論もめちゃくちゃか。
だが、ここを乗り越えなければ私たちの未来はない!
するとマリアが困ったように笑う。
「殿下、私なら大丈夫ですよ?」
「そうか……分かった。同席を認める。だが他言無用であるぞ」
私は頷き、マリアの一歩後ろに控える。
「では気を取り直して。一体何の相談なんだ?」
王子が聞く。
マリアは少しだけ迷ってから答えた。
「……セシリア様のことです」
「え?」
王子が驚く。
きたか。
何が起こっても対応出来るように思考を整理する。
その間にマリアは話を続ける。
「セシリア様は、私にとても親切にしてくださいます。でも、周囲の方々が『王太子殿下と親しくするな』って……」
私は目を細めた。
なるほど。
すでに別方面から始まっている。
物語の悪役令嬢は、こういうところから誤解される。
ならば。
ここで終わらせる。
「恐れながら、殿下」
「何だ?」
「お嬢様は、マリア様に何もしていません」
「……分かっている」
「では、なぜ噂を放置しているのですか?」
失礼を承知で尋ねる。
これで首になったら笑えないけど、仕方ない。
自分以上にあの少女が大切になってしまったのだから。
王子が黙った。
私は続ける。
「王太子殿下が噂を放置すれば、周囲はそれを事実だと考えます」
「…………」
「お嬢様を守るためだけではありません」
私はマリアを見た。
「マリア様を守るためでもあるのです」
王子の表情が変わった。
「……そうだな」
彼は立ち上がった。
「僕が直接話をする」
「殿下?」
「セシリアを悪者にする者がいるなら、それを止めるのは僕の役目だ」
私は目を見てしっかり頷いた。
物語と違う。
完全に違う。
その日から。
セシリアとマリアは、真の意味で友人……親友となったのであった。
◇
それから時が経ち、最後の問題が立ちはだかった。
物語の終盤の展開。
もうほとんど大丈夫だと思っているけど緊張する。
卒業記念舞踏会。
ここで婚約破棄が起こる。
私はその日、会場の隅に立っていた。
セシリアは美しいドレスを身にまとっている。
アレクシス殿下もいる。
マリアもいる。
そして。
物語通りなら――
ここで全てが壊れる。
「セシリア・フォン・アーデルハイム!」
王子が声を上げた。
来た。
私は身構えた。
セシリアも静かに顔を上げる。
「…………」
王子は彼女の前まで歩いてきた。
私は黙って彼らをみる。
「君に話がある」
「はい」
「僕は――」
会場が静まり返る。
私は拳を握った。
もし。
もしここで物語通りになるなら。
私は侍女として最後までお嬢様の隣に――
「君との婚約を」
王子が言った。
セシリアが微笑む。
「はい」
「――卒業後も、続けたい」
「…………」
会場から歓声が迸る。
私は固めた拳を即座に解き、爆速で拍手し始める。
やっぱりもう大丈夫ね。
王子は続けた。
「君は僕にとって、最も信頼できる人だ。僕は王になる。だからこそ、隣にいてほしい」
セシリアは少しだけ目を伏せる。
「……本当に?」
「ああ」
「後悔しませんか?」
「しない」
「では」
彼女は微笑んだ。
「喜んでお受けします」
会場から更に大きい拍手が起こった。
私はその場でへたり込みそうになった。
終わった。
物語が。
完全に終わった。
だが。
その直後。
「ちょっと待ってください!」
声を上げたのはマリアだった。
会場が静かになる。
私は青ざめた。
まさか。
ここまで来て――
マリアは王子に駆け寄る。
「私にも言わせてください!」
王子が困った顔をする。
「マリア?」
「私、ずっと考えていたんです」
マリアはセシリアを見る。
「セシリア様は、私の大切な友達です」
「ええ」
「だから……」
彼女は笑った。
「私からも、婚約おめでとうございますって言わせてください!」
「…………」
「そして、卒業したら三人でお茶会しましょう!」
「……三人?」
王子が困惑する。
セシリアが笑う。
「いいですわね」
「えっ」
王子だけが置いていかれた。
私は思わず吹き出した。
物語では。
ここでヒロインが王子を奪い。
悪役令嬢が断罪され。
侍女である私は彼女と共に追放される。
けれど。
現実は違う。
誰も悪役令嬢にならなかった。
誰もヒロインにならなかった。
ただ。
皆が自分の人生を選んだ。
「リリア」
セシリアがこちらへ歩いてくる。
「はい」
「ありがとう」
「……何がですか?」
「あなたが、ずっと私の味方でいてくれたこと」
私は少しだけ笑った。
「当然です」
そして。
私は心の中で付け加える。
――だって私は知っていたから。
この物語の結末を。
だから。
変えたかった。
悪役令嬢を救うためではない。
ヒロインを追い出すためでもない。
王子を罰するためでもない。
ただ。
この世界に生きる人たちが、誰かの決めた筋書きではなく、自分の意思で未来を選べるように。
それだけだった。
「ところでリリア」
「はい?」
「卒業したら、あなたも私についてきてくれる?」
「もちろんです」
「なら、これからもよろしくね」
「はい。お嬢様」
私は深く頭を下げる。
その瞬間。
ふと思った。
そういえば。
私はこの世界で、一度も自分の未来を考えていなかった。
悪役令嬢を救う。
ヒロインも守る。
王子を監視する。
そればかり考えていた。
「……私も」
「?」
「私も、自分の人生を考えてみます」
セシリアが笑った。
「ええ。そうしなさい」
物語の結末には、侍女リリアの未来など書かれていなかった。
ならば。
ここから先は。
私が、自分で書けばいい。
――悪役令嬢の侍女だった私は。
こうして初めて、自分自身の物語を始めた。




